ロヒンギャ弾圧と経済制裁のジレンマがスーチーを追い込む
ニューズウィーク日本版 / 2018年10月13日 14時0分
<ロヒンギャ弾圧のミャンマー政府にEUが鉄槌――経済制裁の成否を左右する日本はどう動く>
イスラム系少数民族ロヒンギャに対する弾圧について、ミャンマー政府は国際社会から厳しい批判を受けても意に介さない姿勢を見せてきた。ミャンマー軍のトップは「国連に干渉する権利はない」とも発言した。しかし、今後はそうはいかなくなるかもしれない。EUが貿易制裁を検討し始めたからだ。
欧州委員会は10月3日、ミャンマーが無関税でEUに輸出できる関税優遇措置の停止を検討していることを明らかにした。今後6カ月の間にミャンマーが改善措置を取らない場合は、制裁を発動する。
ロヒンギャ弾圧をめぐる国際社会の対応はこれまで、国連人権理事会による非難決議や、国家顧問で事実上の国家元首のアウンサンスーチーの名誉市民称号の剝奪など「メンツ」に関わるものが中心だった。
一方、ミャンマーからEUへの無関税輸出額は年間約18億ドルに達する。EUによる貿易制裁はミャンマーにとって背に腹は代えられない圧力となる可能性がある。
実際、経済制裁は過去にも人権問題の解決で効果を上げてきた。アパルトヘイト(人種隔離政策)を行っていた南アフリカは、国連による経済制裁の呼び掛けに呼応した加盟国の圧力を受けて制度撤廃に追い込まれた。
ミャンマーの日本依存
EUの新方針は、ミャンマー政府と軍から迫害を受け続けるロヒンギャにとっては朗報のはずだ。しかし、迫害を逃れたロヒンギャ難民たちは手放しで喜んでいるわけでもない。
日本に暮らすロヒンギャ難民のアブールカラムは、EUによる制裁報道を「歓迎するが、心配もある」と語る。「日本がどう行動するか見えないからだ」
EUの経済制裁の成否を握るのは実は日本だ。これまで日本政府は、ロヒンギャ弾圧の実態を調べる国連事実調査団の設置に反対するなど、ミャンマー政府寄りの立場を取ってきた。人口5100万人以上のミャンマー市場が魅力的だからだ。
EUとミャンマーの貿易が停滞すれば、日本企業のビジネスチャンスが増える。そのためミャンマー政府を刺激したくないというのが日本の本音だ──と、日本にいるロヒンギャ難民支援者の1人は語る。「EUに日本が同調してくれればいいが、これまでの対応を見ると難しい。それどころか、制裁が発動されればミャンマーはますます対日依存を強めるだろう」
ロヒンギャの人々が日本政府に懸念を示すのは、期待の裏返しでもある。ロヒンギャ難民として日本に暮らし、アジアのロヒンギャ同胞とつながりのあるゾーミントゥットによれば、弾圧を非難する東南アジア諸国はマレーシアとインドネシアのみ。だが日本がこの問題でミャンマー政府を非難すれば、シンガポール、タイ、カンボジアなどが同調するはずだと、彼は考える。
「日本からの非難はアジアに対する最大の圧力となる。ミャンマー政府は日本からの援助や投資がある限り、EUの制裁など痛くないと思っている」
東京で開催される「日本・メコン地域諸国首脳会議」に参加するため、スーチーは10月5日に来日した。その直前、ゾーミントゥットらは外務省の担当者にロヒンギャ弾圧を主導した人物を国際司法裁判所に提訴することなどを陳情したが、反応は皆無に等しかったという。
「スーチーは巨額援助の約束を手に帰国するだろう。その一部が、ミャンマー国内に残る30万人のロヒンギャに対する弾圧に使われるかもしれない」
[2018.10.16号掲載]
前川祐補(本誌記者)
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