天安門事件とライカ、中国人の「民度」を高めようとした魯迅
ニューズウィーク日本版 / 2019年4月26日 11時15分
天安門事件の翌年、私はアメリカとフランスへ行き、政治亡命した人たちを取材して『柴玲の見た夢』(講談社、1992年)を書いた。事件から10年後には、数人の亡命者の軌跡を追った『「天安門」十年の夢』(新潮社、1999年)も出版した。だが当時から、中国ではなぜ天安門事件のような悲劇がたびたび起きるのかと不思議でならなかった。
それが時間が経つにつれ、「中国の本質とは何なのか、それは日中関係にも深く影を落としているのではないか」という疑問に行き着いた。そして日中関係の真相を探ろうと、今春、『戦争前夜――魯迅、蒋介石の愛した日本』(新潮社)を出版した。作家の魯迅と軍人政治家の蒋介石の軌跡を軸に、「国家」と「国民」の関係を見つめ、現代の日中関係に横たわる違和感や嫌悪感の真相を突き止めようという試みである。
ときは20世紀前半。清国ではアジアでいち早く近代化した明治日本に学ぼうと、日本留学ブームが起こっていた。最盛期の1906年には約1万2000人の清国留学生が来日し、8割が東京にいたという。魯迅も蒋介石も日本留学生だった。
夏目漱石に憧れた魯迅は、近代化した文芸のかたちを「口語体による短編小説」だと見定めて、『狂人日記』を書いて有名になった。革命に身を投じた蒋介石は、日本で学んだ軍人精神を発揮し、軍人として次第に頭角を表して、ついには国家の最高権力者に上り詰めた。
その過程で、ふたりは「ペンと剣の闘い」に火花を散らし、真っ向から対峙する。「国家」を夢見る蒋介石と、「国民」を見つめる魯迅が、日本の侵略と国内権力争いの時代の中で、かつて愛した日本との関係に悩み、葛藤しつつも、日本人との友情を大切に思う姿を描いた人間ドラマである。
この人間ドラマの中で、1902年に来日した魯迅に大きな影響を与えたのが嘉納治五郎である。NHKで放送中の大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」に登場し、スポーツを通して人間形成を広めようと情熱を傾ける嘉納は「柔道の父」として知られているが、1902年に清国人のための日本語学校「弘文学院」を創設した事実はあまり知られていない。魯迅は「弘文学院」の第一期生だった。
中国では一度も「公理」を重んじる教育が行われてこなかった
嘉納は1902年夏、2か月に及ぶ清国視察旅行へ出かけ、帰国後の10月に「弘文学院」の最初の卒業式で、次のような講話を行った。
「清国で最も急を要する教育は普通教育と実業教育であり......普通教育の目指すものは、国家の一員としての資格を備えた国民の養成である......中国の改革は急進的にではなく、平和的で斬新的に行うのが良い」そして「中国の国民性」について、嘉納は「中国の国体は、『支那人種(漢民族)』が『満州人種』の下に臣服することで成り立っており、この名分にはずれてはならぬ。『支那人種』の教育は『満州人種』に服従することを要点とする......『支那人種』の民族性は長い間にできあがってしまったもので、奴隷的な根性は改善の見込みがない!」と言い切った。
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