天皇退位の顛末にみる日本の旧思想
ニューズウィーク日本版 / 2019年4月30日 11時25分
ところが、彼がこれを書いて20年もたたない、昭和20(1945)年、この言葉を裏切りそうになった。
過去には南北朝に分裂して争うなどということもあったが、天皇そのものがなくなるということは考えられなかった。ところが、いまや天皇廃止が現実になろうとしていた。場合によっては1億玉砕で、日本というもの自体がなくなっていたかもしれない。幸い、昭和天皇が日本の伝統とご自分の責務をしっかり認識されていたおかげでギリギリのところで、踏みとどまった。
しかし、戦後、史上最悪の事態を生み出したものに対する真摯な反省はいつの間にか消えて、今日にまで至ってしまった。
譲位の件も現在の皇室典範はふつうの法律であるから、国会で議決して改正すればいいだけの話であった。それなのに時代錯誤し、中には「憲法問題になってくる。予測はつかないが、日本の社会に大きな混乱が起こる」などとフェイクニュースを流す人もいた。めずらしく誰も忖度せず、陛下みずからカメラの前で国民に直接訴えざるをえなかった。玉音が流れたからには仕方がないという感じでようやく動き出し、結局、一代だけの特例として渋々認められた。
まあ、何はともあれ、とりあえず陛下のご希望が叶えられてよかった。
歴史上61の天皇が譲位している。125代のほぼ半分、実在が確認されている天皇に限れば半数を越える。日本の伝統にあるまったく普通のことである。
[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの』(新潮選書)、『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)他。
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)
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