アメリカ最大の奨学金を削って月探査を行うという計画に衝撃が広がっている
ニューズウィーク日本版 / 2019年5月20日 1時37分
<アメリカ政府は2024年までに有人月着陸探査を再開すると発表したが、このための予算増額のいっぽうで、学生向けの奨学金削減を提案し、これが衝撃を広く衝撃を与えている>
NASAは2024年までに有人月着陸探査を再開し、女性初の月面探査も実施する、と発表した。アルテミス計画と呼ばれるこの計画を、元の2028年から前倒しで達成するため、米政府は2020年のNASA予算に16億ドルを増額するよう議会に対し要求している。
奨学金を受給している学生も科学者やエンジニアになる
この増額案の出処を巡って、大きな論争が発生している。米下院科学技術小委員会の宇宙航空分科会のエディー・バーニス・ジョンソン、ケンドラ・ホーン議長は5月15日に「大統領はこのイニシアチブの初年度予算のために、 低所得層の学生の生命線となっているニードベースの奨学金「ペル奨学金」削減を提案していることがわかっています。支持できません」とのプレスリリースを発表した。
ペル奨学金とは、1965年に制定された高等教育法を元に設立された大学学士課程の学生を対象とする給付型の奨学金だ。ニードベース(経済的必要性)に基づいて給付され、援助総額、受給者数共にアメリカ最大の給付奨学金となっている。学生支援の基礎となるもので、平均的に世帯収入が6万ドル以下の学生が受給できる。2018-2019年度には570万人がこの奨学金を受け取っている。
ワシントン・ポスト紙によると、米政権は2020年度予算で合計39億ドルをペル奨学金の準備金から削減するよう求めているという。経済の好調が続いたことから近年では奨学金の受給者は減少しており、準備金には余剰があるとしている。あくまで余剰の削減であり、奨学金を受給している学生への影響はないという考えだ。
ただし、景気が後退すれば奨学金の受給者が増える可能性がある。5年前の2013-2014年度では920万人が受給していることから、比較的短期間に大きな増減があることがうかがえる。直近の状況だけを見て準備金を削減することへの懸念は強いという。
議会には民主共和両党にペル奨学金制度を支持する議員が多く、政権の要求は通らないとの見方が強いという。「奨学金を削って月探査を行う」という言葉は衝撃的で、強い反発を招くと考えられる。「アメリカが月、そして火星探査を行うにはより多くの科学者やエンジニアが必要です。NASAの探査計画のためにペル奨学金を利用してはなりません」というケンドラ・ホーン議員の声明は非常に納得する声も多いだろう。
SLS、オライオンなどを含むNASAの月探査計画。Credit: NASA
JAXAとトヨタの月面有人ローバー開発計画にも影響が
日本からこのNASA予算問題を見ていて懸念されるのは、月探査が不安定な予算計画のもとで実施されるという点だ。アルテミス計画はアメリカの宇宙飛行士による月面探査計画だが、関連する月ゲートウェイ計画は日本、欧州を含む各国の協力のもとで月近傍に有人探査拠点を置くという計画だ。
安定した予算がつかず、大型ロケットSLSやオライオン宇宙船など中核となる部分が開発できなければ、JAXAとトヨタが計画している月面有人ローバーの開発にも影響がある。月計画の将来を見るには、米政府の予算の基盤までチェックしなくてはならないということが明らかになった一件だといえる。
秋山文野
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