米中対立を哲学者ヘーゲルならこう見る、歴史の方向性は「自由の実現」だが...
ニューズウィーク日本版 / 2019年5月21日 11時40分
<18~19世紀の哲学者ヘーゲルによれば、世界史の覇権は古代中国から欧米近代社会へと西進した。米中対立など現代社会の難問も、哲学で読み解けば解決策が見えてくるかもしれない>
テクノロジーが驚異的に進化している。IoT(モノのインターネット)など「第4次産業革命」は経済的な機会を拡大。そのうねりはネットによる民意の把握や世論形成など政治にも及んでいる。
問題はそれが現代社会の課題を解決するかどうかだ。歴史的に技術革新は人類に富をもたらしてきたが、世界の矛盾はなくならなかった。むしろ人工知能(AI)を使った顔認識技術は監視社会を招き、ネットや交通の発達が移民問題を加速させ、ソーシャルメディアがポピュリズムの温床になるなど、新たな難問を突き付けている。
どうやら「ビッグデータをAIで解析すれば難問解決」といったパラダイスは訪れそうにない。こういった時代こそ、人間の究極の知恵、「哲学」が武器になるかもしれない。
哲学は必ずしも現実と無縁な象牙の塔で生まれたのではない。ナポレオン皇帝のドイツ侵略がフリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831)の歴史観を、大英帝国の繁栄と矛盾がJ・S・ミル(1806-73)の経済哲学を、ナチスの蛮行がハンナ・アーレント(1906-75)の政治分析を、息苦しい管理社会がミシェル・フーコー(1926-84)の社会観察を生んだ。
危機が生んだ人類の英知こそが新たな危機に対する一番の処方箋となるだろう。
いま渦中にある米中対立を見て、ヘーゲルなら、そこに古代中国から欧米近代社会へと西進した、世界史における覇権のダイナミズムを読み取るかもしれない。
「ヘーゲルが論じたのは、歴史は単なる出来事の羅列ではなく、明確な方向性を持っているということ」そしてその「方向性とは『自由の実現』」だ(萱野稔人・津田塾大学教授による特集の論考「アメリカと中国、激突の勝者は」より)。覇権は地球を一周して、再びアジアへ回帰するのだろうか。
また中国における人権抑圧や、米大手IT企業GAFAなどのビッグデータ活用による監視社会はどうだろうか。そうした「のぞき見」横行に対して、フーコーなら個人のプライバシー侵害だけでなく、人間の「動物化」を指摘するだろう。
セクハラ告発にも使われ、社会変革の利器となったツイッターなどのSNS。アーレントならそこに輝かしい未来よりも、全体主義をもたらす危険を見るのではないか。
移民元年となり、外国人労働者に対する期待と不安が広がる日本。J・S・ミルなら、先進国の幸福を向上させるために、移民は排除すべき存在とみなすのか。それとも受け入れるべき人材とみるのか。
あるいは世界を席巻するポピュリズム運動をどう読み解けばよいのだろうか。
本誌5月28日号(5月21日発売)の特集「ニュースを読み解く哲学超入門」では内田樹、萱野稔人、仲正昌樹、清水真木といった気鋭の専門家が勢ぞろい。危機の時代の解決策を「あの哲学者ならこう考える」というクリティカル・シンキングはまさにスリリングだ。
また、『武器になる哲学』で話題の著作家、山口周によるブックガイド「ビジネスに効く新『知の古典』」も収録した。今こそ哲学を知り、哲学を武器に国際ニュースの本質を読み解いてはどうだろうか。
【参考記事】強気の米中、双方に死角あり「アメリカはまずい手を打っている」
ニューズウィーク日本版編集部
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