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「やりがい」中吊り広告を炎上させた月収30万円の微妙なライン

ニューズウィーク日本版 / 2019年7月3日 16時45分

<広告会社は月収30万円に届かない人は少数派と考えたのかもしれないが、現実は違う>

今年6月、阪急電鉄の車内広告が炎上する騒ぎがあった。広告には、次のような文章が書かれていた。

「毎月50万円もらって毎日生き甲斐のない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか?」

月収は50万円がスタンダードで30万円は低い部類だ、と言っているかのようだ。SNSでは「世間の感覚とズレている」「30万どころか、その半分も貰えていない」という声が上がった。

厚労省の『賃金構造基本統計』に,民間企業に勤める一般労働者の所定内月収(税込み)の分布が出ている。上記のフレーズには50万と30万という数字が出てくるが、労働者の月収をこのラインで区切った分布にすると<図1>のようになる。一般労働者とは短時間労働者を除く労働者で、フルタイム就業者と同義とみていい。



阪急の広告では暗に低いとみなされた30万円のラインだが、この線を超える労働者は多くない。40~50代の中高年でやっと半数を超える程度だ。ましてや、50万円を越える人などマイノリティーと言っていい。

問題の広告は、図中の水色のゾーンの人たちの反感を買ったと思われる。広告の作成者は、月収30万円に届かない人は少数派だろうと考えたのだろうが、その思い込みは大きく外れた。これが今の日本の現実だ。



広告を作る過程で「おかしい」と異論が出なかったのか、と疑問に思う人も多かったはずだ。広告会社に作成を委託したのだろうが、彼らの収入感覚が世間一般とズレているのかもしれない。<図2>は、大企業の大卒男性労働者に絞って同じグラフにしたものだ。



労働者全体の図と模様が大きく異なる。この集団だと、月収は50万円がスタンダードで30万円は低いと言えなくもない。広告を作ったのが、こういう人たちであれば疑問は感じないだろう。

全労働者の数パーセントしかいない(勝ち組)集団によって作られた広告は世間の反感を買い、車中から撤去される運びとなった。混雑した通勤電車の中、こういう広告が目に入ったらストレスも倍増するというものだ。

阪急電鉄は反省の意を示し、今後はチェックを強化すると述べている。結構なことだが、社内ではなく外部のチェックを経るべきだろう。

少し話を広げると、ネットメディアの隆盛によりフェイクニュースが増える中、ファクトチェックや質の担保をどうするか、という問題が出てきている。手間がかかるのはもちろん、ある程度の専門知も必要で、誰にでもできる仕事ではない。

定職のない高度人材の能力を活用するのも一つの手だ。行き場のないオーバードクターが増えているが、「街でコンビニ店員やガードマンとして働いている人文系の大学院出身者に2万円を支払い、1時間ほどでザッとチェックしてもらって意見出しをしてもらうだけで」、メディアの質は大幅に改善される(安田峰俊「役に立たない学問を学んでしまった人文系ワープア博士を救うには」『文春オンライン』2019年4月15日)という指摘もある。

阪急の広告騒動を機に、浪費されている知的人材の活用の在り方も考えてみてはどうだろうか。

<資料:厚労省『賃金構造基本統計』(2018年)>








舞田敏彦(教育社会学者)

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