慰安婦問題が突き付ける、「歴史を装った記憶」の危険性
ニューズウィーク日本版 / 2019年8月15日 20時30分
<参考記事>9.11を経験したミレニアル世代の僕が原爆投下を正当化してきた理由
いま噴出している歴史問題は、長い間「記憶」としても語られてこなかったために後になって記憶の相違が炙り出されたという、そのプロセスごと見る必要がある。例えば「太平洋戦争」の物語には、パールハーバーに先立つ日中戦争の記憶は含まれていない。日本軍の元捕虜だった人々が日本に謝罪を求めてきたのも、日本でその存在が認知されていなかったことが大きい。また慰安婦の歴史も、1991年に初めて元慰安婦が名乗り出て90年代に日韓を超えて世界で「問題」化するまで、日本だけでなく韓国の「記憶」からも取りこぼされた存在だった。
今、ニュースを通じて知る「慰安婦」や「徴用工」の記憶は、国民感情に訴える一方で「歴史」からは悪い方向に遠ざかる傾向にある。グラックは本書の「はじめに」で、こう警鐘を鳴らしている。
私がそうであるように、もしも未来の記憶が良いものになることを望むなら、最大の希望は若者たちであり、同時に彼らは最も大きな危険をはらんでいる。若者に希望があるのは、彼らがひとたび「記憶の政治(メモリー・ポリティクス)」という存在を認識すれば、その愚かさに気づきやすくなるからだ。若者が最大の危険因子であるのは、彼らは歴史から離れた記憶の動向に、より容易に影響されやすいからだ。
「歴史を装った記憶」に振り回されないようにするには、「歴史」なのか「記憶」なのかを意識的に見ることが必要だ。それが「記憶」である場合、国ごとに一致を見ないのはある意味当然である。その当然を受け入れた上で、「開かれた対話こそが、多様な過去と現在を繋げる道である」とグラックは本書を結んだ。なぜその国はその視点で語るのか、その背景を複眼的に知ろうとし、対話しようとする姿勢が、より良い「未来の記憶」に近づく一歩になる。
『戦争の記憶 コロンビア大学特別講義―学生との対話―』
キャロル・グラック 著
講談社現代新書
小暮聡子(本誌記者)
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