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香港「逃亡犯条例」改正反対デモ──香港の「遺伝子改造」への抵抗

ニューズウィーク日本版 / 2019年8月23日 16時45分

したがって、香港市民は上述のように、何重もの意味で香港の「遺伝子改造」とも言うべき逃亡犯条例改正を阻止すべく立ち上がったわけであるが、自由の防衛戦はまた、香港市民運動の遺伝子に刷り込まれた「お家芸」でもあった。

返還後も、香港の反政府派は、2003年に「50万人デモ」で国家安全条例を廃案に追いやり、2012年には「反国民教育運動」で小・中・高の愛国教育の必修化を断念させた。

民主的な行政長官の普通選挙を求める2014年の雨傘運動が成果を得られなかったように、香港が何かを求めて「攻める」運動は得意ではないが、自由を「守る」となると、市民は一致団結して激しく抵抗し、多くの場合は成功するのである。



今回も、2月の条例改正の提案後、反対の声は各界からあがった。雨傘運動後に顕著になった、反政府側の穏健派・急進派間の路線対立はにわかに解消した。

それどころか、民主化問題では政府支持に回る財界や保守派の市民をも、反政府側がある程度味方につけた。その結果、返還後最大のデモを実現させ、政府を孤立させて、法案改正の審議停止に追い込んだのである。

デモ参加者の一つのキーワードになったのが「Be water」という言葉であった。水の如く融通無碍に、変幻自在に相手を惑わす戦術である。毎回のように形を変える、特定の指導者なきデモは、実際に政府を大いに苦しめた。この「Be water」は、かつて香港映画の大スターであったブルース・リーが語った言葉である。このようなところにも、香港のDNAが現れたのである。

8月5日、ゼネストと各地での集会が決行される。 新界地区・沙田のショッピングモールでの抗議活動 Studio Incendo/Wikimedia Commons

北京の「お家芸」に、デモはどう向き合うか

こうしてデモは延々続いている。雨傘運動が79日間粘ったように、デモの長期化もまた香港の「お家芸」である。しかし、今や「革命」の言葉も掲げ、統治方式の大転換まで求めるようになったデモは、北京の中央政府とも対峙せねばならない。

対する中央政府もまた「お家芸」を繰り出している。デモの一部の過激派を非難して孤立させ、市民のデモに対する反感を強めさせ、デモ参加者と市民の対立を作るとともに、中間派の多数派を味方に付ける戦術である。これは中国共産党が国民党との内戦に勝利した秘訣とされる「統一戦線」の発想である。

8月に入ってさらに過激化の度を増すデモは、何らかの失敗を機に市民に嫌われ、この北京のシナリオに沿って弱体化する可能性も少なくない。小売りや観光などを中心に、香港経済への悪影響も徐々に現れている。香港市民はどこまで、急進化するデモを受け入れるか。

香港の「遺伝子改造」の試みは、政府の想像を遥かに超える抵抗を生んだ。しかし、香港の抵抗運動が、北京の「お家芸」と対決するという最も困難な局面が、この先に待っているのである。

※当記事はジェトロ・アジア経済研究所「IDEスクエア」からの転載記事です。

[執筆者]倉田 徹
1975年生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て、立教大学法学部政治学科教授。専門は現代中国・香港政治。著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、共著に『香港』(張彧暋と共著、岩波新書、2015年)、編著に『香港の過去・現在・未来』(勉誠出版、2019年)など








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倉田徹(立教大学教授)


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