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「次世代のスー・チー」が語る本家スー・チーの価値と少数民族乱立国家ミャンマーの未来

ニューズウィーク日本版 / 2023年11月2日 17時54分

Linyi

「ミャンマー」は多数派ビルマ人の国

シュンレイ・イーに面会した次の日、我々は国境沿いの闇市を訪れた。一帯の国境線は幅の狭い川に沿って引かれており、物資運搬用の橋の脇200mほどに、ミャンマーで製造されたと思しきタバコや日用品、酒類などを扱う簡易な屋台が並ぶ。店の前には鉄条網が設置されており、商品のやりとりは手を伸ばして鉄条網=事実上の国境線をまたいで行われる。しかしその後ろを覗き込むと本来の国境線であるはずの川まではまだ100mほどの空間があり、どうやら屋台の店主たちが住んでいるらしき小屋も見える。国境が地続きの場所にはありがちだが、その空間は事実上誰にも管理されていないのだろう。

その夜、シュンレイ・イーと会ったのと偶然同じ店で、今度は学生時代にサフラン革命(2007年の僧侶を中心とした反政府デモ)に参加して以来政治運動を続ける活動家と会った。彼は席について早々に「実は結婚式の最中に軍が踏み込んできて逮捕されたもんだから、俺まだちゃんと結婚してないんだよね。子供もいるし、書類はあるんだけど」などと言い、彼自身が「ここのは割といける」というミャンマー料理をかきこみながら、様々な勢力が今どのような思惑で行動しているかすこし面倒くさそうに、それでも意外と丁寧に解説してくれた。武装勢力向けの印刷屋が本業だという彼の見方は過度に楽観的ではなく、むしろ逆にともすれば冷めたともいえるものだ。「革命はもうそのもっとも熱い季節を終えてしまった」という彼は、多くの人がいつでも祖国に帰れるようにと1年更新のピンクカードを申請するところ、10年有効な無国籍証を取得して仲間から「お前はクーデターが10年も続くと思っているのか?」と呆れられたらしい。

いま彼自身が力を入れているのは、サッカー大会や映画上映などのイベント開催を通じたこの街で暮らすミャンマー人たちの交流促進・コミュニティづくりだ。彼は「他のやつらはみんなずっと『これからの政治はどうあるべきか』みたいな肩肘張ったつまらないことしか言わないから」とシニカルにいうが、私がこれを聞いて思い出したのは、そもそもミャンマーであれ旧国名のビルマであれ(これらは一般的に同じ言葉の口語と文語の表現の違いとされる)、その国の名前すら「多数派民族であるビルマ人の国である」という意識で命名され、3割を占める少数民族はこれまで常に無視されてきたということだ。だから事実「(民族として)ビルマ人」ではない少数民族は外国人に「あなたは何人ですか」と聞かれたら当然自民族の名前を言う。連邦制を唱え少数民族を幹部に据えるNUGですら、ゴールであるはずの各民族が統合された先の国家にも、その国民にも、ふさわしい名前すらあたえることができていないのが現状だ。これは国軍の支配に勝てたとしても残り続ける、ミャンマーが抱える根本的な問題ではないか。

この街に潜む統計上は数万人の「ミャンマー人」たちも祖国にいるとき同様、普段はそれぞれの民族や宗教ごとのバラバラで小さなコミュニティの中で暮らす。活動家の彼にとってイベントを通じてそれらを結びつける試みは、あるいはこの小さな街の中に、今は名前すら持たない未来の母国の雛形を創造する試みなのだろうか...そんなことを考えながら、私の短い滞在最後の夜は更けていった。


林毅


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