シーク教徒暗殺未遂が米印関係に落とす影
ニューズウィーク日本版 / 2023年12月4日 13時40分
<アメリカも過去に似たようなことに手を染めてきたが>
米印関係を緊迫させかねない問題が持ち上がった。米検察当局は11月29日、米国内でインド系米国人のシーク教徒活動家を暗殺しようとしたとして、インド国籍の男を起訴したと発表した。
起訴された男、ニキル・グプタは今年6月、インド政府機関関係者の指示の下、ニューヨークで暗殺を実行させる目的で「殺し屋」に10万ドル支払ったとされる。しかし実際には、「殺し屋」はアメリカのおとり捜査官で、暗殺計画は米当局によって阻止されたという。
暗殺の標的は、グルパトワント・シン・パヌンという人物だったようだ。アメリカとカナダの国籍を持つパヌンは、シーク教徒が多いインド北部パンジャブ州の分離独立運動に関わっている。
カナダでも今年6月、シーク教徒活動家であるハーディープ・シン・ニジャールが暗殺されている。9月には、カナダのトゥルドー首相がこの暗殺事件へのインド政府の関与を指摘し、厳しく批判したばかりだ。
インド政府はこれに激しく反発し、関与を全面的に否定。インド駐在のカナダ外交官の大幅減員を要求し、カナダ人へのビザ発給を停止した。
インド政府当局は長年、インドからの分離独立を目指すシーク教徒活動家たちが一部の欧米諸国で自由に活動していると言い続けてきた。ニジャール暗殺への関与疑惑が報道されると、インド政府は、ほかの面では友好的な関係のカナダを「テロリストの安全地帯」と指弾。ニジャールは、同政府がテロ組織に指定している武装組織「カリスタン・タイガー・フォース」の「黒幕」だったと主張した。
インド政府は数十年来、カナダを拠点とするシーク教徒過激派のテロに神経をとがらせてきた。1985年、カナダからインドに向かっていたインド航空機がアイルランド沖で爆発し、329人の乗員と乗客が全員死亡した。シーク教徒過激派が載せた荷物に仕掛けてあった爆弾が爆発したのだ。
カナダ当局はこの事件に関連して4人を検挙したが、有罪判決を受けて刑務所に入ったのは、爆弾を作った人物の1人だけだった。しかも、その人物は刑期満了前に仮釈放された。こうしたカナダ側の対応に、インドは不満を抱き続けてきた。
アメリカ政府としては、インド政府を公然と批判して、これまで数代の政権が苦労して築いてきたインドとの戦略的パートナーシップを損なうことは避けたいだろう。
それに、アメリカも過去に似たようなことに手を染めてきたことは周知の事実だ。20世紀の冷戦時代には、他国の領内で外国指導者の暗殺計画をたびたび実行していた。オバマ政権時代の2011年にも、01年の9.11同時多発テロを実行した国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンを潜伏先のパキスタンで暗殺している。
つまり、今回の問題でアメリカ側がインド政府を厳しく批判すれば、批判が自国に跳ね返ってきかねない。アメリカ政府は、インド側に静かに懸念を伝えて、対応を求めるのが賢明と言えそうだ。
一方、インド政府も、アメリカの過去の暗殺計画を声高に批判することはしていない。この20年ほど、米印関係は目を見張るほど良好になり、今や両国はインド太平洋地域での安全保障上のパートナーになっている。インド政府としても、アメリカとの関係悪化は避けたいのだろう。
From Foreign Policy Magazine
スミット・ガングリー(フーバー研究所客員研究員)
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