最期まで真のヨーロッパ人だった「米外交の重鎮」...「複雑なリアリスト」キッシンジャーが逝く
ニューズウィーク日本版 / 2023年12月7日 14時50分
米外交の根底にウィルソン主義があることは認めつつも、そこに落とし穴がある現実を誰よりも鋭く見抜いていた。
冷戦が終われば世界に民主主義が広まるという見立てにも懐疑的だった。冷戦の終結がアメリカ型民主主義と資本主義の勝利につながることはなく、所詮は「まぶしい夕日のごとし」と予見してもいた。
近年の中国を見ればいい。歴代のアメリカ政府は中国をグローバル市場と民主主義の秩序に取り込もうとしてきたが、キッシンジャーに言わせれば、それは「敵を寝返らせれば平和が来るという時代遅れのアメリカの夢」だった。
実際、今の中国はソ連崩壊後のロシアと並んで、強権政治と人権抑圧の新時代の推進力となっている。中国のような大国への唯一合理的なアプローチは、刻々と変化するパワーバランスを注意深く調整することで問題を管理するレアルポリティークであると、キッシンジャーは一貫して論じてきた。
「彼の見るところ、政治家の仕事は些細なもの、本質的にネガティブなもの」だったと、グーエンは書いている。「世界を普遍的な正義へと導くのではなく、権力と権力を戦わせ、人間の攻撃性を抑制し、できる限り災難を避けるよう努めることだ」
ここで大事なのは、恒久的な解決ではなく達成可能な目標を設定することだ。前出のインダイクによれば、「キッシンジャーにとっての平和外交は、大国間の対立の解決ではなく緩和のプロセスだった」。
キッシンジャー自身は1994年の著書『外交』で、この現実主義の哲学を次のように定義している。
「国際システムは不安定だ。どの『世界秩序』も永続を目指しているが、その構成要素は常に流動的だ。実際、世紀が進むごとに国際システムの有効期限は短くなっている」
キッシンジャーによれば、「世界秩序の構成要素は過去に前例がないほど急速に、深く、グローバルに変化している」。だから、とキッシンジャーは言う。
「(21世紀の)アメリカの指導者は国益の概念を国民に明確に示し、その国益は欧州やアジアにおける力の均衡の維持によって実現されると説かねばならない。世界中で均衡を保つにはパートナーが必要だが、そのパートナーを道徳の観点だけで選んではいけない」
晩年のキッシンジャーは、アメリカ政府が道徳的ないしイデオロギー的な理由で中国とロシアの双方を敵に回せば、中ロの古い絆が復活しかねないと危惧していた。18年にはドナルド・トランプ大統領に、ロシアに接近して中国に対抗するよう助言したとも伝えられる。
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