若い女性が「命を懸けて」王室批判を行うタイ...実は政治的だった王室の歴史と、若者たちが抱く希望
ニューズウィーク日本版 / 2024年1月3日 11時0分
このような若者たちの認識が醸成されたことで、不可能と考えられていた王室批判も、公然と行われるようになった。王室不敬罪などで収監された政治犯への面会の記録を、小説風のノンフィクションとして描き、大きな話題を呼んだ『狂乱のくにで ในแดนวิปลาส』(2021)で、著者のラットは綴る。
「〔上の世代が抱えていた〕鬱屈とした絶望は、もはや新しい世代の人々が抱える本質じゃない」。
運動が長期化し、弾圧が繰り返されることで、確かに活動の規模は縮小している。けれども、自分たちの手で新しい物語を紡がなければ、タイ社会にも、自分たちにも未来はないという覚悟や焦慮が、若者たちを捨て身の抗議活動に駆り立てている。
前置きがずいぶん長くなったが、そんな若者たちの「目覚め」を後押ししたとも言われる書籍がある。歴史学者ナッタポン・チャイチンの『将軍、封建制、ハクトウワシ ขุนศึก ศักดินา และพญาอินทรี』だ。
博士論文を書籍化したこの本は、2020年の8月に出版されるとたちまち社会現象的な人気を博した。各独立系書店の売上ランキングでは、それから半年以上にわたって本書が上位にランクインし続け、ブックフェアでは、著者のサインを求める大学生や高校生が長蛇の列をなした。
その影響力を危惧した警察が、版元のファーディアオカン(「同じ空」の意)の捜索を行い、書籍を押収するほどだった。
なぜそれほどの評判となり、同時に問題とみなされたかといえば、端的にこの本が、国王や王室にまつわる「物語」を書き換えているからだ。
著者のナッタポンが焦点を置くのは、1948年から1957年までのおよそ10年間における、政局の激しい変遷だ。
第二次世界大戦後のタイ政治が、米国が構築しようとする冷戦下の世界秩序にどう取り込まれて、どのような影響を受けていったのかを、米国側の公文書を大量に参照して細やかに記述している。
そこで浮き彫りになる──主導権争いの中で生き残る──3つの政治的ファクターが、将軍=国軍(陸軍)、封建制=国王・王室・王党派、ハクトウワシ=米国、であるというわけだ。
戦後のタイでは、実に多くの派閥が入り乱れる。陸軍、海軍、警察、王族と王党派、1932年の立憲革命で絶対王政を廃止した人民党のメンバーたちが、ときに手を組み、ときに反目し、政治の主導権を握ろうとする。
米国は、タイを東南アジアにおける反共の拠点にすべく、さまざまな派閥に経済的・軍事的支援を行いながら、どの派閥が自らのパートナーとなりうるかをじっくりと観察する。駐タイ大使から本国への報告に、その時々の米国の見立てがのぞく。
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