海外で活躍した「日本人」芸術家たちが問う「日本」と「日本人」の意味
ニューズウィーク日本版 / 2024年1月31日 11時10分
とりわけロサンゼルス南部のサンペドロ地区にあるターミナル島には太地出身者がコミュニティを形成し、アメリカの缶詰産業の発展に大きく寄与した。その太地町には1991年に石垣記念館が創設されている。
貧困や人種差別などアメリカ社会の暗部を告発した作品も多く展示されている。その根底には父に呼ばれて渡米して以来、アジアからの移民の子として経験した不条理の数々が横たわっていることは想像に難くない。
石垣は冷戦下のマッカーシズム(赤狩り)のあおりを受けて 1951年に国外退去を命じられた。帰国後は本格的に活動を再開することなく、わずか7年後に65歳の若さで亡くなっている。
ちなみに石垣の妻・綾子は帰国後、『婦人公論』をはじめ多くのメディアで女性問題に関して発言するなど、前衛的な論客として活躍した。アメリカ民主主義がまだ輝きを放っていた時代。彼女を通してアメリカの女性解放運動に啓発された日本の女性も少なくなかった。
石垣の時代の「日系アメリカ人」は戦時中の体験が「日本人であること」の意味を強烈に突き付けた出来事だったが、1960年代半ば以降はビジネス目的で移住した「新日系」も増え、「日系」としての共通意識は希薄になった。
ウォント盛香織は「多人種化する日系アメリカ人作家」で複数の人種ルーツを持つマーガレット・ディロウェイ、養子として白人アメリカ人家庭で育ったグレッグ・ライティック・スミスなどを通し、現代の日系アメリカ人作家がますますハイブリッド(異種混交)化している現状を詳述している。
同様の傾向はブラジルに渡った日系人についても当てはまるが、かつての日系移民の子孫が出稼ぎ労働者として数多く日本に戻るなど、状況はさらにダイナミックだ。私自身、2023年夏にサンパウロを訪れた際、元・出稼ぎ労働者だった方々と話をする機会があったが、どの体験談も実に面白く、私自身の日本理解が相対化される感覚に襲われた。
アンジェロ・イシは「「デカセギ文学」の現在とその可能性」で日本に暮らすブラジル出身の作家による「デカセギ文学」に注目。「今後は日本語が流暢な在日ブラジル人二世による日本語での文芸的な試みの活発化と多様化が予想される」と述べる。そうした作品は「日本文学」そのものをより豊かにしてゆくことだろう。
今後、「日本」はどうなるのだろうか。グローバル化の中で「県」のような存在になってゆくのだろうか。格差や分断が拡大するにつれ、「日本人」としての共通感覚は希薄になってゆくのだろうか。いや、だからこそ、逆に「日本」が強調され、日本を礼賛するテレビや投稿動画がますます大量生産・消費される時代になるのだろうか。
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