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ドラマが描いた「英国史上最大の冤罪事件」、アートの力が現実を動かした例は過去にも

ニューズウィーク日本版 / 2024年2月1日 17時31分

こうしたドキュドラマの原点と言えるのが、66年にBBCが放送したケン・ローチ監督作『キャシー・カム・ホーム』だろう。

ホームレスの人々の苦しい生活を描いた作品で、大きな反響を呼んだ。

リアルな声で心揺さぶる

それぞれのドラマのテーマと同じく、これまで郵便局スキャンダルへの世間の関心が薄かったのは十分な報道が行われなかったからでも、問題の重要性が低かったからでもない。

ドラマが放送されてやっと、事態の深刻さやシステムの欠陥による影響が実感され、人々の心が大きく動かされたのだ。

ドキュドラマでは事実関係を伝えるだけでなく、通常の報道とは違った文脈から状況が語られる。

よく見られるのが、力を持たない人々が強力な組織に立ち向かうという文脈での描き方だ。

事実そのものよりも、そこに巻き込まれた人々に光を当てることで、ドキュドラマはメッセージをストレートに届けることができる。

そして報道など他のコミュニケーション手段ではなし得ない形で、視聴者の関心をつかみ取る。

筆者の専門は「逐語演劇」という演劇のジャンルで、現実をドラマや演劇で描くことで生まれる力について研究している。

逐語演劇では、さまざまな社会的・政治的問題をめぐる物語を現実の人々の言葉をそのまま使って語ることで、これまで耳を傾けられなかった人々の声を伝える。

さらに私は、イギリスの児童養護制度に関わった経験を持つ芸術関係者や若手研究者のプロジェクトにも参加している。

逐語演劇的な手法を用いて、当事者の視点から児童養護についてどう感じたか、若い研究者らの声を伝えようというものだ。

目的は、彼らの声をソーシャルワーカーなど児童養護制度で働く人たちに届けることだ。

自分たちの判断が当事者である子供たちに与える影響をさらに深く理解することで、仕事への取り組み方を見つめ直すきっかけになればいいと考えている。

広く聞いてもらうことで、当事者の声はただの「かわいそうな話」の寄せ集めではなくなる。

言葉を交わしていても、当事者が話を聞いてもらったという実感を得られず、孤立感や恥の意識さえ感じていることを分かってもらえる。

それが共感につながるのだ。

『ミスター・ベイツ対ポストオフィス』にも同様の感情があふれていた。

演劇と演技が声なき人々の声を擁護し、応援するという非常に重要で強力な役割を果たしている。

これまでと違った形の支援や活動のきっかけをつくったのだ。

不当な扱いを受けた人々が正義を求めて四半世紀にわたって続けてきた活動が、ドラマによって勢いを得たようだ。

数百万人の人々がベイツらに共感し、彼らの身になって怒りを募らせた。

アートの力が現実の人々の行動を引き出した例だ。



Sylvan Baker, Senior lecturer, Royal Central School of Speech & Drama, University of London


This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


シルバン・ベイカー(ロンドン大学ロイヤル・セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマ上級講師)


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