「自尊心だけが唯一残されたもの」...18歳で旧ソ連からアメリカに渡った私が支援活動で知った、ウクライナ難民の苦悩
ニューズウィーク日本版 / 2024年2月24日 16時30分
<たどたどしい英語を遮られても、私に決して代わりに話させようとしなかった祖母が重なる...>
コロナ禍が始まって1年ほどたった頃、主に旧ソ連圏出身の高齢の移民向けに、アメリカ市民権取得のための試験対策を指導するボランティアを始めた。
私は元教師だし、30年前に18歳でアメリカに渡ってきて同じ試験を受けた経験があった。
教え子のほとんどは、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、モルドバなどからやって来た中高年女性だった。アメリカの歴史や政治についての知識は問題なかったが、英語は苦戦した。
レッスンでも文法を間違えたり、亡き夫の名前や出身地の住所のつづりを間違えたり。涙を流す女性もいた。私にできるのは、励まして練習を続けさせることだけだった。
このような女性たちは私の祖母を連想させた。
ウクライナのユダヤ人コミュニティーで暮らしていた祖母は、1930年代にソ連の政策による大飢饉で膨大な数の人が餓死した「ホロドモール」とナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺ホロコーストを生き延びた人物だ。
10代の頃には、貨物列車に乗り込んで、ドイツ軍から逃れた経験もある。そんな祖母がアメリカにやって来ると、新たな試練が待っていた。
その試練とは英語だ。祖母はくじけず、あらゆる機会に英語を使おうとし、バスの運転手や図書館の職員、そして医師にも英語で話した。
医師は、祖母のたどたどしい説明を遮ったり、いら立たしげに時計を見たりすることもあった。
それでも、祖母は決して私に代わりに話させようとしなかった。自分の運命について語る役割を他人に任せる気はなかったのだ。
2022年2月、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、多くのウクライナ人がアメリカに逃れてきた。私はカリフォルニアにやって来た人たちのために、通訳などの支援活動も始めた。
ある母親は、まず娘の英語教師を見つけたいと言った。ウクライナの学校では優等生だった娘が、アメリカでは学校からいつも泣いて帰ってくるとのことだった。
「お願いはしたくない」
一方、英語を学ぶつもりは全くないという女性もいた。戦争が終わり次第、すぐに帰国したいというのだ。
「ありがとう。でも、英語は私たちに向いていない。祖国はウクライナ。希望は捨てたくない」
私はウクライナ人難民の就労許可申請書を英語に翻訳するボランティアも行っている。この手続きには410ドルの手数料を求められる場合がある。
ある中年女性はボランティアの弁護士との面談で無理に笑顔をつくり、事情を説明した。どんな職でもいいから仕事が欲しい、息子に負担をかけたくない、と。
「手数料の免除を申請したいですか」と、弁護士が尋ねた。私がウクライナ語に通訳すると、女性は言った。「はい、よろしくお願いします」
ところが、息子が口を挟んだ。「お願いはしたくない。お金はなんとかすればいい」
母親は訴えるような目で息子を見た。最終的に息子は免除を申請することに同意し、私の通訳を介さず、片言の英語で弁護士に返答した。
戦争で多くを失った少年に残されているのは、もはや自尊心だけだったのだろう。
そうした感情は、ほかの多くのウクライナ人たちの言葉や視線の端々にも感じ取れた。言葉で語られずとも、戦争の悲劇がそうした場の空気を満たしていた。
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