なぜ私たちは松本清張に励まされるのか?...41歳でデビューした作家が描いた「不公平な時代」を生きる人間のまがまがしい魅力
ニューズウィーク日本版 / 2024年4月5日 17時50分
執筆の方法も独特で、他の作家にもまして編集者に「感想」を求め、様々な専門家に電話で「取材」を重ね、一般に出回らない警察や官庁などの資料をかき集め、印刷画工時代から愛用している製図台の上で、小説を記した。晩年には、考古学への愛が高じて「邪馬台国九州説」を背負う存在にもなった。
紛れもなく松本清張は、戦後日本を代表するベストセラー作家であり、映像メディアの世界にも巨大な足跡を残した国民作家でもあった。
映画化された作品が40本弱、ドラマ化された作品は無数にあり、放送回数は千回をゆうに超える。
「張込み」、「一年半待て」、「霧の旗」、「天城越え」、「わるいやつら」、「黒革の手帖」など、それぞれの映像作品が、時間を経ても変化しない人間の欲望や感情を、巧みにとらえている。
清張の妻・直子の回想によると、彼は「とにかく仕事が好きで、時間があれば何かやっていました。努力家というか、勉強家というか、子どもたちとのんびりはしゃいだり、何も考えないでぼんやりするなんていうことはまずありません。書くことでも英語の勉強でも、やりたいことをやって、それがまた、いい方にいい方に向くんです」(*)と述べている。
たとえば清張が英語を独学で勉強し始めたのは、戦時中に朝鮮半島に滞在していた時で、苦しい状況でも前向きに生きる彼の姿に頭が下がる思いがする。
41歳で作家としてデビューし、46歳で専業作家となった清張のバイタリティに学ぶことは多い。
(*)松本直子「『俺は命の恩人だぞ』と妻に言っていた」「文藝春秋」文藝春秋、1998年2月号
酒井 信(Makoto Sakai)
1977年、長崎市生まれ。明治大学准教授。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学助教、文教大学准教授を経て現職。専門は文芸批評・メディア文化論。著書に『現代文学風土記』『吉田修一論 現代小説の風土と訛り』『メディア・リテラシーを高めるための文章演習』など。
『松本清張はよみがえる 国民作家の名作への旅』
酒井 信[著]
西日本新聞社[刊]
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松本清張原作・映画「張込み」
あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション『張込み』/松竹チャンネル/SHOCHIKUch
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