マゾヒスト女性はその行為を真に欲望しているのか、それとも男性優位社会の社会通念を内面化した「被害者」なのか
ニューズウィーク日本版 / 2024年4月24日 11時0分
しかしながら、著者はこのようなマゾヒストの存在に、可能性を見出している。本書では、暴力から逃れない理由のひとつとして、「私はマゾヒストである」という主張が検討されている。
この主張は、暴力の原因を被害者に押し付け、加害者を免責するものとして、これまで強く批判されてきた。著者は、その批判は正当だとしながらも、この批判によって不可視化される、真に暴力を求めるマゾヒストの存在に注意をうながす。
大多数の人々を救う論理・政策は明らかに有用だ。しかしこれらが消し去ってしまう「異端」で「歪」なものたちを、著者はどうにかして拾い上げようとするのである。
本書は、〈第三者〉を読者として想定しているはずだが、加えておそらく、「何も考えられないし話すこともできない被害者」として扱われ、感情を否定されたことのある人々に向けても書かれている。
加害者を擁護する意図はないが、被害者が語る加害者像を通じて、加害者を全面的に否定する通説もゆらいでいく──論争的な本であることは間違いない。様々な立場の人に読まれ、議論が進展することを願う。
河原梓水(Azumi Kawahara)
1983年生まれ。立命館大学大学院文学研究科博士課程後期課程修了。博士(文学)。現在、福岡女子大学国際文理学部准教授。専攻は日本史。サディズム・マゾヒズム・SMを中心とする近現代日本の性文化史・思想史・メディア史。共編著に『狂気な倫理 「愚か」で「不可解」で「無価値」とされる生の肯定』(晃洋書房)、単著に『SMの思想史 戦後日本における支配と暴力をめぐる夢と欲望(※)』(青弓社、2024年5月上旬刊行予定)。
※本書は2022年度 サントリー文化財団研究助成「学問の未来を拓く」の成果書籍です。
『歪な愛の倫理 〈第三者〉は暴力関係にどう応じるべきか(※)』
小西真理子[著]
筑摩書房[刊]
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