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国立大学「学費3倍」値上げ議論の根本的な間違い...これでは日本の国力は低下するだけだ

ニューズウィーク日本版 / 2024年5月29日 18時15分

NED SNOWMAN/SHUTTERSTOCK

加谷珪一
<慶応義塾長による国立大学の大幅な学費値上げの提言は、人材育成を重視する日本の価値観が大きく変化したことを表している>

文部科学省の審議会で、国立大学の学費を大幅に値上げすべきという意見が出たことが波紋を呼んでいる。慶應義塾トップの伊藤公平氏は、中央教育審議会(中教審)の特別部会において「教育の質を上げるためには(中略)、国立大学の学費について現在の53万5800円から約150万円に引き上げるべき」と提言した。

同氏はメディアの取材に対しても「経済的に困窮している世帯には奨学金や貸与制度の拡充で対応すべき」「(国立大学の学費が安いことは)一種の不当廉売ではないか」とも主張している。AI(人工知能)など高度な教育を行うためには資金が必要というのがその理由だが、大学無償化の議論が出ている最中に、逆に学費を3倍にまで値上げする提言に違和感を持った人も少なくない。

現実問題として、日本の高等教育における機会均等は劣悪な状況となっている。高等教育における家計の費用負担割合を比較すると日本は何と7割近くに達しており、典型的な弱肉強食社会であるアメリカに近い水準となっている。

つまり、日本では高等教育の学費のほとんどを自己負担する必要があり、逆に言えば、世帯に負担能力がなければ大学に進学できないことを意味している。

奨学金のみを高等教育の機会確保の原動力にする日本は危険

一方、欧州各国は家計の負担割合が10%以下という国もあり、高等教育を受けるに当たって家計はほとんど費用を負担する必要がない。

もっともアメリカは大学進学に際して相当な経済力が必要ではあるものの、豊富な奨学金制度が用意されているので、無償で大学に通える学生も多い。アメリカは世界でも突出した寄付大国であり、こうした文化がまったく根付いていない日本において、奨学金のみを機会確保の原動力にするというのはあまりにも危険である。

これまで政府は、明確な形では大学無償化政策を実施してこなかったとはいえ、昭和の時代までは国立大学の学費を極めて安く設定することで、事実上、無償化に近い効果を得ていた。

だが国立大学の学費は年々、引き上げが行われ、現在では私立大学と大差ない水準まで高騰している。大学教育は完全に豊かな世帯だけが享受できるものとなりつつあるのが現実だ。

日本という国は資源に恵まれておらず、人材育成だけが豊かさを担保するというのは、明治の近代化以降、全国民に共通する価値観だった。格差をゼロにすることは現実的に難しいとはいえ、可能な限り機会の平等は保障されるべきとの考え方に異論を唱える人は、少なくとも30年前まではほぼ皆無だったといってよい。

公的教育を受けることを制限・抑制しようという動きが顕著に

だがこうした価値観は音を立てて崩れ始めている。ある首相経験者が国立大学出身の市長に対して「人の税金を使って学校へ行った」と批判し波紋を呼んだことがあったが、公的教育を受けることを制限・抑制しようという動きが顕著となっている。

日本はモノ作りの国であり、その技術力は国立大学における工学教育によって担保されてきたといっても過言ではない。今後、大学進学の門戸を狭めれば、日本の技術力はさらに低下の一途をたどることになるだろう。

大学の全無償化など思い切った決断をしなければ国力を回復できないような状況のなか、逆に大幅に値上げすべきといった意見が出てくること自体が、今の日本の衰退を象徴している。



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