脳内に侵入した新型コロナウイルスにより「ゾンビ化した細胞」を破壊し後遺症を防ぐ研究に成果
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月7日 16時20分
パンドラ・デワン(本誌記者)
<オーストラリアの研究チームにより、幹細胞から育てたミニチュア臓器を使い、コロナに感染した脳に働きかけることで脳の老化を抑制する治療薬の検証が進む>
新型コロナウイルスへの感染による後遺症で、脳の老化が加速される例がある。ただしオーストラリアでの研究によれば、この早すぎる老化を止める手だてはあるらしい。
豪クイーンズランド大学の研究者らは、学術誌「ネイチャー・エイジング」に2023年11月13日付で発表した研究で、脳オルガノイド(ヒト幹細胞から育てたミニチュア脳)に新型コロナウイルスを感染させ、脳組織にどのような変化が起きるかを調べた。
細胞は分子レベルの工場のようなもので、私たちの生存に不可欠な作業を日々黙々と行っている。だが、その過程では有害な老廃物が生成される。これが迅速に排出されていればいいが、排除し切れず細胞内に蓄積されていくと、やがて「工場」が停止し、新たな細胞分裂ができなくなってしまう。
これが細胞レベルの老化で、俗に「ゾンビ細胞」と呼ばれる。ただし、まだ完全に死んではいない。
論文の筆頭著者であるフリオ・アグアド(クイーンズランド大学オーストラリア生物工学ナノテクノロジー研究所)によれば、「老化した脳細胞は組織の炎症や変性を促し、ブレインフォグ(脳の霧)や記憶喪失などの認知機能障害を発症しやすくする」。
そして今回の研究では、新型コロナウイルスに感染した脳ではゾンビ細胞の蓄積が、通常の健康な人の老化プロセスに比べて加速されることも分かったという。
もう動物実験は不要?
だが研究チームは、この早すぎる老化を止める手がかりを見つけたようだ。
アグアドらは感染させた脳オルガノイドを使ってさまざまな治療薬を試し、新型コロナウイルスが原因のゾンビ細胞を選択的に破壊する4つの薬品を発見した。ナビトクラックス、ABT-737、フィセチン、およびダサチニブとケルセチンの組み合わせだ。
そのメカニズムの解明にはさらなる研究が必要だが、ウイルス感染と老化、神経学的な健康の複雑かつ微妙な関係を理解する上で「重要な一歩」を踏み出せたとアグアドは言い、いずれは「新型コロナウイルス感染症のような急性疾患に由来する執拗な後遺症の治療に、これらの薬が広く用いられる」日が来るだろうと期待している。
新型コロナウイルスに起因する脳機能の早すぎる衰えに苦しむ患者には朗報だが、それだけではない。幹細胞から育てた人工臓器(オルガノイド)が臨床的な研究に役立つことの証明ともなった。
論文の共同執筆者であるアーンスト・ウォルフタングは大学の記者発表で、「人間の脳オルガノイドを使って治療薬の臨床前スクリーニングを加速できることが分かった。動物実験を回避できるわけだから、世界中にインパクトを与え得る」と述べ、さらにこう続けた。
「この方法で薬剤のスクリーニングを行えば、アルツハイマー病を含む神経の老化に起因する病の研究に役立つはずだ」
<ニューズウィーク日本版別冊『世界の最新医療2024』より>
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