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二正面作戦を戦うロシアの苦境

ニューズウィーク日本版 / 2024年7月4日 11時0分

事件現場を訪れたダゲスタンのメリコフ首長(右から2人目) HEAD OF THE DAGESTAN REGION SERGEI MELIKOV VIA TELEGRAM–HANDOUT–REUTERS

サム・ポトリッキオ
<ウクライナ戦争の波紋が、軍事的側面を超えて心理的な影響もロシア本国に及ぼしている>

ロシアで最も幅広い人脈を持つ指導者の1人から「テロの危険があるから新婚旅行でダゲスタンには行くな」と警告された──ロシア人の妻にそう話すと、彼女は肩をすくめて「モスクワよりは安全よ」と言った。

この話を思い出したのは、1990~2000年代初頭にロシアを悩ませた国内のイスラム地域における騒乱が再び拡散する可能性について、ロシア政府報道官が語った次のような発言を読んだからだ。「昨日のダゲスタンのような行為に走る犯罪的テロリストは、ロシアとダゲスタンの社会から支持されていない」

私たちは最初の子供が生まれるまでダゲスタン行きを延期した後、幼い娘を飛行機に乗せてマハチカラとデルベントを訪れた。6月23日、警察署やシナゴーグ、ロシア正教会に対する襲撃事件で23人が殺害され、50人以上が負傷した場所だ。

以前から情勢が不安定だったダゲスタン共和国で、人々の不満が過激化する兆候が確認されたのは今回が初めてではない。イスラエルのガザ侵攻後には、イスラエルの難民がダゲスタンの空港に向かうという噂がメッセージアプリのテレグラム上で飛び交い、その到着を待ち受ける暴徒が空港を占拠する事件があった。

ロシアのムスリム(イスラム教徒)は2000万人以上。信徒数が国内で2番目に多い宗教であり、ダゲスタンのように人口の95%以上がムスリムの地域もある。ただでさえ彼らの間には、旧ソ連のアフガニスタン侵攻、カフカス地方に対するロシア軍の容赦ない武力鎮圧(チェチェン共和国を徹底的に破壊した)、シリアの反政府地域への全面攻撃が生み出した歴史的敵意とトラウマが残る。ウクライナ戦争でムスリムの戦死者が不釣り合いに多いという現実は、彼らの不満を爆発させる火種になっている。

今年3月には、モスクワ郊外のコンサートホール襲撃事件で今回のテロの犠牲者よりずっと多くの死者が出ている。犯人とされる過激派組織「イスラム国」(IS)系グループの4人組は140人以上を銃殺した。

多くのロシア人の間では、この事件はロシア政府の「偽旗作戦」に違いないとの臆測が飛び交った。数キロ先には連邦保安局(FSB)と大統領警護連隊の建物もあるのになぜ到着まで40分もかかったのか。

しかし、この種の陰謀論は単純な事実を無視している。情報機関はウクライナ戦争と国内反体制派の対応に忙殺されているため、こうした無差別殺人に関する情報収集と必要な対策がおざなりになるのも当然だ。ウクライナがロシアの軍事インフラや石油・ガス精製所への攻撃を強化し、ロシア国内では不安が徐々に広がり始めている。ダゲスタンのテロ事件の後、クリミアの海岸でも民間人の死傷者が多数出た。ウクライナがより多くの弾薬と攻撃用兵器の支援を受け、情報能力を向上させれば、ロシアの苦境はさらに深まりそうだ。

私が初めてモスクワを訪れた15年前に印象的だったのは、地下鉄や空港、大学やショッピングモールに入る前の厳重なセキュリティーチェックだ。9.11同時多発テロ後でも、アメリカ人の私には、これほど厳重な警備体制は経験がなかった。

それでもモスクワの友人たちは、小学生だった90~00年代に感じた本物の恐怖を思い出し始めている。私の妻が最初のダゲスタン旅行の前と同じような反応をするかどうかは分からない。だがロシア人が空港や映画館に行くとき、テロ攻撃が市民を震え上がらせた00年代初頭を彷彿させる恐怖を抱き始めた今、ウクライナ戦争の「副作用」が軍事面だけでなく、心理面でもロシア本国に影を落としつつある。

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