日本の家庭や学校・職場で性犯罪が隠蔽される理由
ニューズウィーク日本版 / 2024年7月25日 17時45分
舞田敏彦(教育社会学者)
<家庭内の性犯罪は生活の破綻を恐れて被害者が訴え出ないことが多く、警察も被害届の受理を渋りがち>
2022年12月20日の弁護士ドットコムニュースに、「娘への強制性交、罪に問われた夫に『処罰は望みません』法廷で妻が語った驚きの理由」という記事が出ている。実の娘に強制性交等をした夫の裁判で、妻が次のように訴えたという。
「夫がしたことは許せないが、家のローンが今年6月から始まり経済的にも大変なので、してしまったことは反省して、父親として夫として経済的に支えていってほしい。刑事処罰は望みません」。
本件は事件化されたケースだが、「お父さんが捕まったら生活できなくなる」と警察に通報すらしない家庭もあるだろう。家庭という牢獄に閉じ込められたまま、生き地獄のような日々を送っている子どももいるはずだ。
警察庁の統計によると、2020年に警察が検挙した強制性交等事件は1278件で、このうち加害者が家族・親戚のものは197件(15.4%)。これが現実を反映しているかは、被害経験者の申告と対比してみると分かる。<図1>を見てほしい。
加害者が家族・親戚である事件の割合は、警察統計では15.4%でしかないが、被害経験者の申告では24.0%となっている。犯罪の中でも性犯罪は発覚しにくいのだが、とりわけ家族の犯行は闇に葬られやすいようだ。
生活の破綻を恐れ、被害者が被害を訴え出ないことが大きい。警察にしても、家庭という私空間には物証が残りにくかったり、「家族がそんな鬼畜なことをするはずがない」といった思い込みがあったりして、被害届の受理を渋りがちだ。民事不介入と私事不介入を混同している警察官もいる。
学校・職場関係者の割合も、警察統計と被害者申告の間でズレがある(前者では9.4%、後者では14.8%)。教師や上司による犯行だろうが、地位関係や報復を憂慮して被害を訴え出にくい。かくして近い間柄による犯行は闇に葬られ、警察統計では「知らない人」による犯行が最も多くなっている。これが現実と隔たっていることを、当局は認識するべきだ。
もっとも、以前に比べたら家族間の性犯罪も事件化されるようになってはいる。2015年から2020年にかけて、家族・親戚による性犯罪の検挙数が増え、全数に占める割合も上がっている<表1>。この期間中に伊藤詩織氏の事件が明るみになったこともあり、性犯罪の検挙(厳罰化)への要望が高まったこともあるだろう。だが先ほどの図でみたように、被害経験者の申告との間にはまだ隔たりがある。
冒頭の事件のように、家庭で苦しんでいる子を救うに際しては、子どもが発する有形・無形の「SOS」を、学校において教師が察知して、警察や福祉へとつなげることが重要となる。また、日本に長く根付いている「家族信仰」を見直すことも必要だろう。子ども関連の施策を一元的に担う「こども家庭庁」ができたが、当初の「こども庁」に家庭の2文字が付されたことには異論もあった。子どもの生活の基盤は家庭で、家庭を単位として権利保障を行おうという意図だが、家庭が善とは限らない。
昭和と時代背景が異なる令和では、子どもを一個人として尊重すること、社会全体で子どもを育てる心構えが求められる。
<資料:警察庁『犯罪統計書』、
内閣府『男女間における暴力に関する調査』(2020年度)>
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