朝日新聞名文記者が「いい文章」を書きたい新人に最初に必ず教えること【ベストセラー文章術】
ニューズウィーク日本版 / 2024年9月10日 12時5分
たとえば先ほど書いたように、秋の晴天を、「抜けるような青空」と書いたとします。最初にこの表現を使った人は、ずいぶん苦労したのでしょうね。どこにも雲一つない、突き抜けていけそうな、まるで天蓋の底が抜けたような空。それを「抜けるような青空」と書くとは、なかなかな文章術だと思います。
しかしいったん書かれてしまうと、そしてその表現が〝流行〞していろんな人が書くようになると、もういけません。「抜けるように青い空」と書いた時点で、その人は、空を観察しなくなる。空なんか見ちゃいないんです。他人の目で空を見て、「こういうのを抜けるような青空と表現するんだろうな」と他人の頭で感じているだけなんです。
事実は、秋晴れの日に、ひとつとして同じ日はないのです。すべての青空が、違う青さをもっている。大きな仕事を終え、晴れ晴れとした気持ちで天を仰ぐときもある。恋人と別れ、死にたい気持ちに沈んでいるが、空はやはり青かった。そんな日もある。
空がどう青いのかを「自分」でよく見て、考え抜く
いずれの「青空」も、違うんです。そもそも、ふだんは気にもとめていなかった空を見て、なにかを感じている時点で、いつもと違う気分、特別な心持ちでいるはずなんです。そうでなければ、わざわざ空の色に言及するはずもない。
自分にとって空がどう「青い」のか、よく観察してください。自分の頭で考え抜くんです。
「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない」とは、有名な批評家が書いた有名な言葉です。この言葉を、ごくかいつまんで「常套句を書くな」と言い換えても、大きな間違いではないでしょう。
わたしたちはつい、「美しい花」「美しい海」と、言ったり、書いたりしてしまいます。日常会話ではそれでいいのかもしれません。しかし、ライター志望者が「美しい海」「美しいメロディー」「美しい人」と書いているようでは、未来はありません。
一輪一輪で異なる、美しい個々の花は、たしかにあります。しかし、花一般の美しさというようなものは、ありません。みな、違う。だからこそ逆に、「美しい花」と書いてはいけないんです。
書くとは「自分だけの」言葉で描き出そうとする試みだ
今日の、この海が、どう美しいのか。別の日、別の場所の海と、どう違うのか。そこを、自分だけの言葉で描き出すのが、文章を書くことの最初であり、最後です。
自分が感じた美しさを、読者にも分かってもらいたい。伝えたい。だから書く。ところが多くの場合、読者だけではなく、自分にもその「美しさ」は、分かっていないんです。見えていないんです。
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