「ハト派の石破新首相」という韓国の大いなる幻想
ニューズウィーク日本版 / 2024年10月16日 19時10分
木村幹
<「ハト派」石破首相の誕生を韓国は好意的にとらえている。その歴史認識が韓国から見て「望ましい」からだが、石破氏は誤解されているのではないか>
「日本の新総理に、韓日歴史認識『ハト派』の石破茂」
韓国を代表するリベラル紙、ハンギョレ新聞が石破茂氏の自民党総裁選出を伝えた記事の見出しである。今回の自民総裁選では、石破氏の対抗馬となった高市早苗氏がナショナリスティックな歴史認識で知られる人物であり、靖国神社参拝を明言していたこととも相まって、韓国メディアの多くは、その選出を好意的に報じた。
好意的な姿勢にはいくつか理由がある。その1つは彼の歴史認識で、韓国から見て相対的に「望ましい」ものと見なされている。よく挙げられる事例は大きく2つ。1つは、2019年に日本からの輸出管理措置発動に反発した韓国政府が、日本との間の秘密情報保護協定(GSOMIA)の破棄を通告した際に、石破氏が自らのブログに「わが国が敗戦後、戦争責任と正面から向き合ってこなかったことが多くの問題の根底にあり、それが今日さまざまな形で表面化している」と書いたこと。2つ目は、8月に出版された石破氏自身の著書『保守政治家 わが政策、わが天命』(講談社)で「一国の文化や言語、制度や軍隊をも失わせしめる『併合』がどれほど相手国の国民の誇りやアイデンティティを傷つけるものであったのか」と書いたこと。これらにより韓国人の多くは石破氏が戦争責任と韓国併合の不当性を認めたと解釈している。
とはいえ、韓国メディアの「期待」には、かなりの行きすぎが存在するように見える。なぜなら、石破氏の発言は韓国世論や裁判所における日本の戦争責任や植民地支配に対する理解とは大きな隔たりがあるからだ。元徴用工裁判や慰安婦問題に典型的に見られたように、今日の韓国世論や裁判所が求めているのは日本政府や企業の法的責任であり、その背後にはそもそもの日本の植民地支配が違法という考え方がある。
「良心的な人々」への幻想
しかしながら、石破氏らの議論の前提とされているのは、植民地支配の合法性であり、また、植民地支配や第2次大戦に関する法的処理そのものは過去の条約により終了している、という理解である。その上で、相手国の感情にも配慮すべきだ、というのがその議論である。
石破氏の議論が韓国の人々に「誤解」されている理由はもう1つある。それは彼の議論が韓国における「典型的」な日本のイデオロギー認識と合致していない点にある。例えば韓国で、日本の「極右」というときに念頭に置かれているのは、戦前からの歴史認識を引き継ぐのみならず、憲法を改正して自衛隊を合憲化し、軍備拡張を進める人々である。だからこそ、その反対の「良心的な人々」は、戦争や植民地支配の責任を認めて、平和憲法を護持し、自衛隊の縮小・撤廃を求める人という理解になる。
しかしながら、韓国の人々が「典型的な」リベラル派の歴史認識を持つ、と報じる石破氏は、安全保障面では積極的な憲法改正論者であり、また、軍備拡張論者である。顧みれば、石破氏のみならず、今日の日本では野党政治家の多くも、植民地支配や過去の戦争の責任をめぐる議論を、その法的処理は終了済みであると理解し、また、台湾海峡問題をはじめとする軍事的緊張の高まりの中で、一定の軍備拡張を認める方向へと動いている。その中で、韓国の人々が期待するような「良心的な人々」の影響力は急速に失われつつあるように見える。
だとすれば韓国国内における石破氏への期待は、彼らが有するかつては日本で力を持った「良心的な人々」への幻想なのかもしれない。だとすれば変わるべきは、現実から反した幻想のほうなのだろう。幻想が失望に変わらないことを望みたい。
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