中国経済が失速しても世界経済の底は抜けない
ニューズウィーク日本版 / 2024年10月22日 14時0分
河東哲夫
<中国は巨大市場と言われるが民間消費はアメリカの半分以下。経済タカ派もハト派も皆、中国を買い被りすぎている>
「スタグフレーション」がやって来る、と言う人が増えている。不況で雇用が減り、賃金が下がれば、物価は下がるのが普通。しかし原油高騰などの外部要因でインフレが起こり、国民はダブルパンチ。これがスタグフレーションだ。
産業革命以降、「資本主義の危機」(要するにモノを作りすぎて売れず、不況になる)は何度も叫ばれてきた。そのたびに経済を救ってきたのは実は植民地拡大であり、戦争だった。
最近のスタグフレーションは1970年代のアメリカで起きた。この頃のアメリカは、日本、西独からの輸出にさらされて製造業が空洞化し、経済が後退する一方、73年の「石油危機」で原油価格が跳ね上がり、インフレが起きたのだ。
これを境に夫婦共稼ぎが一般化し、おうようだったアメリカ人は一気に世知辛くなる。生活の悪化は、カーター大統領が80年、1期だけでレーガンに敗れる主因となった。
しかし90年代にはインターネットが急速に発達し、ITが経済に新たな次元をもたらす。それに、世界経済への中国の参入が重なった。先進諸国は戦争なしに、新しい市場を手に入れた。以後30年間、世界は中国を軸にGDPを膨らませ合う、「皆で一緒にドーピング」の現象を呈する。
米欧日は中国に機械・部品を輸出して、低賃金労働を使って製品に仕立て、世界に輸出した。中国へは2004~08年の貿易黒字だけでも、8740億ドルの外貨が流入する。中国の銀行はそれを土地開発・インフラ建設に回す。土地は国有・公有で原価がゼロに等しいから、開発は空前の付加価値を生み、中国の高度成長を演出した。
中国がなくても世界の底は抜けない
「ドーピング」はアメリカも同じで、膨らむ財政・貿易赤字を、国債の大量発行でごまかして成長を維持した。00~20年、中国のGDPは12.3倍、アメリカは2.1倍、ドイツは1.9倍に膨らんだ。日本は1.8%増という惨めな数字だが、00年までに達成した高い生活水準は維持した。
日本はバブル崩壊のトラウマでドーピングをためらううちに、中国や米欧の成長に周回遅れ、さらにアベノミクスの円安で二周遅れとなる。今や日本は、価格体系も別世界。ホテルは外国人観光客であふれ、企業はM&Aで買いたたかれるありさまだ。
中国は、外国資本と技術で築いた経済力に舞い上がってアメリカに挑戦。自国企業に助成金をばらまき、過剰生産に陥った企業は押し込み輸出に走って、世界から対抗措置を招く。外資の対中投資は減少し、米欧は中国産品の関税を引き上げた。今や世界のタカ派は「中国抜きの世界経済」を語り、ハト派は「中国経済を破綻させれば世界は共倒れ」と戦々恐々だ。
しかし皆、中国を買いかぶりすぎている。中国市場は巨大といわれるが、民間消費総額はアメリカの半分以下。西側は「世界の工場」として利用してきたが、それは別の場所に移せばいい。中国に輸出してきた機械、部品はそちらに輸出されるから、例えば日本の輸出総額はさして変わらない。
中国という「ドーピング成長の相棒」がいなくなるのは寂しい。しかし、これからの世界は日本のように筋肉質の堅実な成長を追求し、低成長に順応すればいい。株主の利益より、社会全体の利益を考えるいい機会ではないか。
少子化、労働力減少に対抗して生産性を維持・向上させる投資はこれから増える一方だ。宇宙関連事業、ロボットなど、時代を引っ張る「夢」は次々に出てくる。日本はそのいくつかの分野でトップグループにいる。スタグフレーションは怖くない。
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