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日本の警察による「捏造」と「拷問」に迫った袴田事件のノンフィクション

ニューズウィーク日本版 / 2024年11月30日 17時50分

しかも、そういった過度な緊張状態が以後数十年も続いたわけである。そして1968年9月11日に死刑判決が出てからは、長期の拘束と死刑の恐怖から拘禁症状が現れ、言動がおかしくなっていく。

「無罪になってよかった」と終わらせるべき問題ではない

 一九八一年一〇月四日、東京拘置所の独居房から袴田さんがひで子さんに宛てた手紙は、「死」「処刑」「悪魔」などの言葉がちりばめられた不気味な内容だった。「私が独居房内を歩くと、その度に蛍光灯がチカチカするように感ずる。電灯が無数の硝子に反射している。そして私をみつめている」「私の居房に住みついている魂は二つであり、影法師の如くありありと見られるときがある。彼らの顔には悪意と善意が表れている」 袴田さんは、隣の独居房にいた死刑囚の刑が執行されたと知り、衝撃を受けた。「次は自分かもしれない......」。迫る死の恐怖にさいなまれ、長期の拘置も影響して、徐々に精神がむしばまれていった。手紙の文面が、その拘禁症状を表している。(104〜105ページより)

また、ご飯を水で洗って食べるなどの奇行もみられたという。2014年に釈放され、ひで子さんと暮らすようになってからは少しずつ元に戻っていったようだが、しばらくは男性に警戒心を抱くなどの傾向があった。58年という歳月の長さを考えれば、それは当然のことではないか。

9月26日に無罪判決が出たあの日のことは、私もよく覚えている。袴田さんに面識はないが、袴田事件について思いを馳せるたび、「もしも自分が同じ立場に立たされたとしたら......」という思いが頭をよぎり、そのたび、「とてもじゃないけど、自分には耐えられないだろうな」と感じていたからである。

だがこれは、「無罪になってよかったね」と終わらせるべき問題では決してない。今この時点でも冤罪と戦っている人はいるのだし、私たちがその立場に立つ可能性も否定できないのだから。

だからこそ、ひとりでも多くの人が本書を手に取ることを切に願う。そもそも、ここでご紹介したことは、さまざまな現実のほんの一部に過ぎないのだ。そう考えるだけでも、この一冊が持つ重さが想像できるだろう。

『姉と弟
 捏造の闇「袴田事件」の58年』
藤原 聡 著
岩波書店

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。最新刊は『現代人のための 読書入門』(光文社新書)。

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