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元朝日新聞「事件取材の鬼」も10代の同級生たちの中では戸惑うばかり...事件記者、保育士になる?

ニューズウィーク日本版 / 2024年12月20日 11時30分

履修登録、スマホ操作がままならない

「それでは授業の履修登録をします」

教員の呼び掛けで、配布資料の中から登録用紙を探しますが見当たりません。半世紀前の大学入学時には、喫茶店に集まった仲間と「この授業は出欠確認なし」、「試験は資料持ち込み無制限」などと情報交換しながら紙に履修科目を書き込んだものです。

「スマホで入力します」と教員が告げました。まずは履修登録をはじめ休講情報やシラバス検索、成績照会など短大生活に必須のポータルサイト「ユニパ」をインストールしてくれ、と。

しばし待たれよ。

こちとら最近まで「ガラパゴス携帯」と呼ばれる二つ折りの携帯電話を使っていたのです。スマホは入学に合わせて泣く泣く新調しましたが、通話とメールの送受信ができればそれでよし。ポータルだのユニパだのと言われても戸惑うばかりです。

ユニパ? 大学の国際スポーツ大会のことですかのう。

いまや多くの大学、短大が導入している「ユニバーサル・パスポート」の略とは知る由もありません。ユニバーシアードではないんだ。笑えもしない繰り言を吐いてみても事態は好転しません。

助っ人、現る

同級生のみなさんは白魚のごとき指でスマホをさくさくと操作し、登録画面を開いています。上半分が近視、下半分が老眼対応の眼鏡をずり上げ、画面にガンを飛ばしていたら左隣の女子学生がおずおずと声を掛けてくれました。

「あのう、お手伝いしましょうか?」

悪戦苦闘する当方を見ていられなかったのでしょう。ありがたいお申し出に甘えることにしました。

「ここを押さえりゃよろしいのですか」
「いえ、違います。こっちです」

こんなやり取りを繰り返した末、なんとか登録画面に到達しました。「ありがとうございます。おかげで助かりました」と申し上げたら、「よかったです」と天使のような笑顔と涼やかな声でこの学生がおっしゃいます。

菅原文太さん風の短髪に、こらえにこらえた末に敵地へ乗り込むときの高倉健さん風目付きの当方へのお声掛け、さぞや勇気を要したと拝察します。この女子学生はバドミントンの達人で、家でペットのウサギ「ぶぶちゃん」を飼っていることを後に知りました。なるほど肝が据わっていて優しさも備えているわけです。

◇ ◇ ◇

著者本人が朗読してみた!|『事件記者、保育士になる』緒方健二著/YouTube

緒方健二(おがた・けんじ)

1958年大分県生まれ。同志社大学文学部卒業、1982年毎日新聞社入社。1988年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄、詐欺)・捜査4課(暴力団)担当、東京本社社会部で警視庁警備・公安(過激派、右翼、外事事件、テロ)担当、捜査1課(殺人、誘拐、ハイジャック、立てこもりなど)担当。捜査1課担当時代に地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。国税担当の後、警視庁サブキャップ、キャップ(社会部次長)5年、事件担当デスク、警察・事件担当編集委員10年、前橋総局長、組織暴力専門記者。

2021年朝日新聞社退社。2022年4月短期大学保育学科入学、2024年3月卒業。保育士資格、幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取得。得意な手遊び歌は「はじまるよ」、好きな童謡は「蛙の夜まわり」、「あめふりくまのこ」。愛唱する子守歌は「浪曲子守唄」。

朝日カルチャーセンターで事件・犯罪講座の講師を務めながら、取材と執筆、講演活動を続けています。「子どもの最善の利益」実現のために何ができるかを模索中です。

『事件記者、保育士になる』
 緒方健二[著]
 CCCメディアハウス[刊]

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