中国から日本、そして台湾へ...激動の20世紀を「移ろい」ながら描き続けた前衛画家・李仲生らに今私たちが学べることとは?
ニューズウィーク日本版 / 2024年12月20日 11時5分
呉 孟晋(京都大学人文科学研究所准教授) アステイオン
<自国中心のナショナリズムに傾きがちな東アジアで国境や思想を超えて連携した美術運動に思いをめぐらせる意義──第46回サントリー学芸賞「芸術・文学部門」受賞作『移ろう前衛──中国から台湾への絵画のモダニズムと日本』の「受賞のことば」より>
いまから思えば、大学生のときにふと立ち寄った中国の現代美術展がひとつのきっかけでした。
哲学的な省察にみちびくインスタレーションから街なかでの裸体パフォーマンスの映像まで、改革開放後の「若さ」あふれる1990年代中国の「現代(いま)」を表わす作品を前にして、そのアヴァンギャルドな融通無碍ぶりに心がおどったことを覚えています。
東西冷戦が終わって世界秩序が大きくかわったこのとき、「アジアの時代」の到来が喧伝されていました。
神戸で生まれた台湾系の華僑として、「中国」なるもの、「台湾」なるものから逃れられなかったゆえに、「美術」の名のもとに社会を語ることができるアジアのアヴァンギャルド、すなわち「前衛」に魅せられたのかもしれません。
戦後の台湾美術を知ることからはじめて、ゆきついたのが李仲生という前衛画家です。彼は昭和初期に中国の広東から東京に来て藤田嗣治と東郷青児のもとでシュルレアリスムに傾倒し、日中戦争をはさんで戦後の台湾では抽象絵画を描いて多くの学生を育てました。
日本で西欧由来のモダニズムを学び、中国そして台湾にそれを根づかせようとした、洋の東西をまたいだ創作活動は、しかし、さまざまな困難をともなうものでした。
本書で紹介した作品の多くが現存していないように、そのときどきの政治や社会情勢によってみずからの意思に反して「移ろう」ことを余儀なくされた李仲生をはじめとする前衛画家たちの苦悩は想像するにあまりあります。
冷戦終結から30年あまり、いまだに理想的な社会に向けて歩みをすすめることができない現在の世界では、残念ながら彼らの苦悩を過去のものとすることができません。
もともと、普遍的な価値をみいだそうとするモダニズム、そしてその先鋭的な表現であるアヴァンギャルドは、国境や思想、信条を超えて連携をもたらすものであります。
だからこそ、20世紀という激動の時代に理想と現実のなかで折り合いをつけて、中国、台湾、日本のあいだを取り持とうとした前衛画家たちの葛藤と勇気から学ぶところは多いはずです。
ともすれば自国第一のナショナリズムに傾きがちな東アジア地域にも、こうした理想を追い求めた美術運動がごく当たり前のように存在していたことについて、ひとりでも多くの方に思いをめぐらせていただくことができれば、これに勝るよろこびはありません。
寄り道して勤めた会社を辞めるにあたり、当時の上司のひとりから「わかりやすく美を語ることができるようになりなさい」と、はなむけのことばをかけてもらいました。あれから20年あまり、このたびの受賞は、ようやくそのための一歩を踏みだす勇気をいただいたものと思っております。
呉 孟晋(Motoyuki Kure)
1976年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。京都国立博物館学芸部美術室研究員、同調査・国際連携室長などを経て、現在、京都大学人文科学研究所准教授。著書に『中国近代絵画1 斉白石』(共編著、中央公論美術出版)など。
池上裕子氏(大阪大学教授)による選評はこちら
『移ろう前衛──中国から台湾への絵画のモダニズムと日本』
呉 孟晋[著]
中央公論美術出版[刊]
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