古代エジプト人の愛した「媚薬」の正体
ニューズウィーク日本版 / 2025年1月9日 18時10分
今回の研究では容器の内側から採取したサンプルの化学的分析とDNA解析を行い、残留物の成分を調べた。結果、容器に入っていたのはプトレマイオス朝のエジプトで儀式に使われていたとみられる液状の混合物であることが明らかになった。
幸せな気分になる物質
検出された有機物の残滓にはペガヌム・ハルマラ(通称ハルメル。「シリアンルー」とも呼ばれる)という植物の痕跡が含まれていた。ハルメルは薬効および向精神作用を持つ植物で、種子に大量に含まれるハルミンとハルマリンというアルカロイドは幻覚症状を引き起こすことがある。
さらに、向精神作用をもたらす別な植物「ルリスイレン」の痕跡も検出された。この植物には軽い鎮静作用や多幸感と関連づけられるアポルフィンと呼ばれるアルカロイドが含まれる。
「特定された物質は幻覚作用や深い瞑想状態、そしておそらくは多幸感をもたらす可能性が高い」とグレコは述べ、さらにこう続けた。
「これらの物質は当時の儀式が極めて洗練されていて、肉体的・精神的な変容を通じて神とつながろうとする意図の下で行われていたことを示唆している。また天然の素材が人間の精神にもたらす影響を彼らが熟知していたことをも裏付けている」
今回の生化学的な研究は、伝説のベス神とこれらの植物や儀式をつなぐ既存の文献資料を補強するものでもある。研究者によれば、ハルメルという植物の古代名やエジプトでの呼称には「bs」や「bss」の文字が含まれており、それが「ベス(Bes)神の植物」を意味していると解釈することも可能だという。
論文によれば、「ベス神信仰に関連する」儀式の1つは予知夢を見ることに関連していた。また古代エジプトの寺院の壁に刻まれたギリシャ語の落書きという「考古学的証言」によれば、ベス神は「神託を与える者」や「夢を与える者」であったと推測できる。さらに、ベス神とルリスイレンを結び付ける図像学的な証拠もあるという。
膣からの分泌物の痕跡も
検査した古代のマグカップからは、フルーツ由来の発酵アルコール分を含む液体や、偶然の混入ではなく意図的な添加と思われる人間の体液の痕跡も確認された。
「血液や膣からの分泌物、それに母乳の可能性があるタンパク質も確認された。これらの液体には何らかの象徴的な意味、あるいは儀礼的な意味があったと考えられ、生命や生殖、再生といったテーマに関連していた可能性がある」とグレコは述べた。
ちなみに、香料にはハチミツやゴマ、松の実、リコリスやブドウなどが含まれており、古代エジプトの神話、おそらくは生殖に関わる神話を何らかの形で儀礼的に再現する目的で加えられた可能性が高いという。
「今回の研究で、ベス神のマグカップに単なる装飾物や実用品以上の意味があることが分かった。こうした容器は複雑な儀式で使われ、極めて重要な役割を果たしていた」とグレコは考える。「その内容物から推定すると、この容器は意識の変容や生殖、予言に関わる儀式で用いられ、向精神性の飲料を作ったり飲んだりするために使われていたと考えられる」
古代エジプトで行われていた儀式の実態が明らかになっただけではない、とグレコは言う。あのベス神が「神秘的変容を具現化」する神であることも分かったのだ。
-
- 1
- 2
この記事に関連するニュース
-
古い建物を調べれば原始ブラックホールの痕跡が見つかるかも? ユニークな探索手法の提案
sorae.jp / 2025年1月9日 21時19分
-
犬との生活が人の死亡リスクを抑制する...ほか、2024年に発表された動物にまつわる最新研究5選
ニューズウィーク日本版 / 2024年12月30日 17時45分
-
《改正法が施行》大麻の規制強化で飛び出す「陰謀論」 ”新物質”が添加され危険ドラッグ化する”薬物市場”の闇
NEWSポストセブン / 2024年12月29日 16時15分
-
「人が解体され、食べられていた」──約4200年前の遺骨37体から“人肉食”の証拠? “非人間化”の儀式か
ITmedia NEWS / 2024年12月26日 8時5分
-
強力な視覚体験に支配される「ミラサォン」とは何か?...アヤワスカの科学的研究
ニューズウィーク日本版 / 2024年12月14日 9時50分
ランキング
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください