パナマ運河やグリーンランドを取り戻すというトランプの姿勢は、かつてアメリカが自明と見なしていた西半球重視の復活にすぎない
ニューズウィーク日本版 / 2025年1月23日 15時0分
だがアメリカの西半球重視の伝統は、数十年前から民主・共和両党の大統領によって放棄されてきた。まず1977年、当時のジミー・カーター大統領がパナマ運河の領有権をパナマに返還することを決める。
アメリカはこれ以降、西半球を過去の政策の失敗という観点から捉えるようになる。かつて戦略的・工学的な偉業とされていたパナマ運河建設は、アメリカの帝国主義を示す例として批判され始めた。冷戦時代にグアテマラやチリのクーデターに関与したり、軍事力を誇示して交渉を有利に進めようとした20世紀初めの「砲艦外交」も過去の汚点とされた。
こうした歴史の記憶から、アメリカの外交エリートたちは西半球への関与を控える道を選んできた。
やがてアメリカがイスラム主義者によるテロとの戦いに重点を移すと、西半球の重要性はさらに薄れた。この地域の政情不安はアメリカの安全保障にほとんど影響を与えないと見なされ、西半球は軽視されていった。
アメリカが中東や南アジアに気を取られている間に、敵対する勢力がその空白を埋めようと動き始めた。中国は2000〜22年で、中南米との貿易を35倍に拡大し、地域の多くの大規模経済にとって最大の貿易相手国となっている。
今や西半球の20カ国以上が、中国の推進する巨大経済圏構想「一帯一路」に参加している。この構想は、中国が参加国に対して強制的な経済的・政治的影響力を握るよう設計されている。さらに中国は18カ国の大規模港湾施設に投資を行い、数十カ国に通信インフラを提供している。
中国はパナマ運河の運営についても強い支配権を握り、アメリカから約150キロしか離れていないキューバに情報収集施設を建設した。中国はブラジルに軍を派遣して合同演習を行い、南極では基地の運用を拡大している。そしておそらく最も重要なことだが、中国産の合成麻薬フェンタニルがメキシコからアメリカに流入し続け、過剰摂取により十数万ものアメリカ人が命を落としている。
ロシアも西半球に関心を示し、キューバとベネズエラの独裁政権を支持したり、カリブ海に艦船を派遣するなどしている。イランとその代理勢力であるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラも中南米各地で活動を続けており、国際的なカルテルやギャングはアメリカの市民や利益に脅威をもたらしている。
西半球は戦略的に重要ではないどころか、アメリカの安全保障と経済の利益の中心なのだ。これらの利益はアメリカにとって、さらに重要性を増していくだろう。
トランプは米政府の目を再び西半球に向け始めている。これは、ジョン・クインシー・アダムズやリンカーン、セオドア・ルーズベルトといった歴代大統領が自明と見なしていたことだ。
中国や国際犯罪組織といった敵対勢力の脅威が高まるなかで、トランプは西半球で自国の利益を守ることの重要性を改めて主張している。半球防衛の政策は、アメリカの歴史と戦略に深く根差したものだ。その伝統を復活させることは、第2次トランプ政権のレガシーの1つになるかもしれない。
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