「安楽死」を語る前に──各自が準備すべき未来の「死の計画書」
ニューズウィーク日本版 / 2025年1月24日 15時45分
マーク・タウバート(英ベリンドラ大学NHSトラスト緩和医療コンサルタント)
<縁起が悪いと言わず、死についてもっと話そう──安楽死合法化の動きが進む中、緩和ケアの専門医が「普通の死」を理解する重要性を説く>
数年に1度というほど安らかな死を目の当たりにしたのは昨年11月、「死者の日」のすぐ後のことだった。
年配の男性患者がよくうとうとするようになり、3日後に息を引き取ったのだ。鎮痛剤も吐き気や呼吸困難を和らげる薬も使わず、男性は家族にみとられて亡くなった。
数時間後、私は病棟でハロウィーンの飾り付けに使われていた死者の日の骸骨を見て、彼の死と一般的な死の捉え方について考えた。
死者の日はメキシコ伝統の祭りだ。その日メキシコでは人々が町に繰り出して陽気に死者をしのび、生の喜びを分かち合う。しかし私の住むここヨーロッパの人々が、そんなユーモアや祝祭感を抱いて死と向き合えるだろうか。
昨年、イギリスで医師が介助する安楽死をめぐって議論が活発化すると、世間の意識に「普通の死」が抜けていることが明らかになった。
一部の政治家や識者は苦痛を伴うむごい死が激増していると主張し、法改正を訴える。イングランドとウェールズの下院は11月、安楽死を選ぶ権利を認める法案を可決した。
ドイツ出身で、ウェールズで緩和ケアの専門医をしている私には思うところがある。
分かり切った話だが、人はいつか必ず死ぬ。緩和ケアには悲しみが付き物だが、そこには意外と冗談や率直な会話、時にはダークなユーモアさえ入る余地がある。
ユーモアを忘れず正面から死と向き合う患者には、どんなふうに死を迎えたいのか楽に尋ねることができる。苦痛を減らす方法も相談できる。
イギリス人は死の話になると慌てて天気に話題を切り替えるが、緩和ケアの現場で見る死の多くは実に安らかだ。
緩和ケア医で作家のキャサリン・マニックスによれば普通の死はとかく退屈で、劇的なことはめったに起きない。私も愛する人と最後の数日を共に過ごす家族には、本や新聞を持ってくるよう勧める。
「死の計画書」を提案
家族は患者との会話を覚えている。例えば脳卒中で会話ができなくなった患者の孫が、「チューブにつながれ無理やり生かされるのは嫌だと、祖父は話していました。火葬を希望するとも」などと言う。
どんなに小さな断片でも、こうした会話は患者の考えや希望を教えてくれる。現場の関係者にとっては宝物だ。
医者の私が死の話をするなんて縁起でもない? だが緩和ケアの世界で、死の話は日常だ。最期は自宅で迎えたいのか病院がいいのかといったことを確かめる必要もある。
各人が死の計画書──「未来の計画書」と言い換えてもいい──を用意してはどうだろう。死者の日風にカラフルな骸骨をあしらうのも一興だ。こうしておけば、普通の死を迎えるための手はずが整えられる。
患者に苦痛を味わわせないのがよい緩和ケアだが、イギリスでは資金が足りない。
特に専門医と看護師が不足し、問題のあるケースが大きく報じられるようになった。そのため悲しいかな、安楽死を資金不足の解決策とみる人の声が、最近はやたらと耳に付く。
私たちは普通の死への理解を深め、そうした死に方があることを心に留めておかなくてはいけない。
医療は飛躍的に進歩したが、死の床で出しゃばりすぎるのは考えもの。医療の介入を今以上に推し進めるのが賢明なのかどうか、私には疑問だ。
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