大江健三郎の文学的姉、シモーヌ・ヴェイユ

NHKテキストビュー / 2019年9月30日 0時0分

大江健三郎にとって、同じ文学的な課題を共有し、その精神的な支えとも言える「文学的な兄」がドストエフスキーだとすれば、「文学的な姉」はフランスの女性思想家シモーヌ・ヴェイユであると作家で早稲田大学教授の小野正嗣(おの・まさつぐ)さんは指摘します。

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「燃えあがる緑の木」の教会における「祈り」とはどのようなものであったかを思い出してください。ひたすら「集中」するのです。その集中の対象に何があるのかは、「救い主」とされたギー兄さん自身にもわかりません。それをザッカリー・K・高安などは、「きみの教会に、神はいないんだって?」と驚くわけです。「空屋(あきや)のごとき教会」と形容もします。ギー兄さんは、その「空屋」という比喩を「繭(まゆ)」にたとえて、ザッカリーに同意します。
繭のなかに確かにあるものとして、神を定義したことは、私にはない。しかし自分についていって、その繭に向けて集中する強さということは、把握(はあく)しえていると思う。しだいに手ごたえの確実になる、生きることの習慣として。繭自体なら、それこそ光り輝くようにあざやかに見えることがあるからね。
「私にできることがあれば、繭に向けて集中することだけで、しかもそれはそれなりに充実した生き方だと思う」と言うギー兄さんは、その繭が空っぽでも構わないと考えています。
光り輝く繭といったけれども、それがもう蛾(が)の飛び立ったからの繭だったとしてもいいんだよ。空屋の教会でどうしてよくないだろうか? そのなかを充(み)たすのは、またそこから現われるのは、さきにもいったけれど、ソレのというか神のというか、先方の仕事でね。こちら側の責任ではないはず、と私は思ってるんだ。
大切なのは、集中することを、生きる習慣とすることなのです。そのような生き方こそが、ギー兄さんにとって魂のことをすることにほかなりません。このとき、集中するとは、あるものに対して注意を深く強く傾けることです。ギー兄さんの教会の「祈り」に関わる記述に触れたとき、僕がまっさきに思い浮かべたのは、独特の力強い思想を展開し、わずか34歳で亡くなったフランスの女性──「注意力とはもっとも純粋なかたちの祈りにほかならない」と書いたシモーヌ・ヴェイユです。彼女のこの言葉を、僕自身はフランスに留学中にお世話になった──その家に五年近く居候させてもらいました──敬愛する詩人のクロード・ムシャールが、ヴェイユのことを語るときに口にするのを聞いて、はっと胸をつかれた記憶があります。そして難民や移民の支援もしているクロードが、困難な立場に置かれた人たちに傾ける真摯(しんし)な「注意力」に触れるたびに、僕は心のうちでヴェイユのこの言葉を反芻(はんすう)したものです。
大江にとって、ヴェイユがどれほど重要であるかは、さまざまな講演で語っていることからも明らかです。『燃えあがる緑の木』でも、ヴェイユはギー兄さんの思想の支柱のひとつであると感じられます。サッチャンには放蕩生活を送る時期があります。そのとき、サッチャンはヴェイユの言葉に出会うのです。しかも、作家はサッチャンの性的冒険に手を貸す中年男性に、ヴェイユを「嫌味な論理癖」のある「フランスのインテリ女性」と揶揄(やゆ)させています。しかし、それは大江の韜晦(とうかい)というか、ヴェイユの思想にあまりにも強烈に惹きつけられそうになる自分自身を引き留めようとする仕草にも見えます。
「フランスのインテリ女性」と呼ばれたこの女性の次のような言葉が紹介されます。「勉強する目的は、注意力を訓練することにあって、その注意力の訓練をすることは祈るために役にたつ」。その言葉を聞いて、サッチャンがまず念頭に浮かべるのが、四国の森の教会であることは見逃せません。実際、『燃えあがる緑の木』の第三部においては、登場人物たちがヴェイユの言葉について語り合う場面が幾度も出てきます。
ヴェイユの一文章について、ザッカリーはサッチャンに向けて語ります。
──光がどのようにして地上に現われたかという、世界中にある伝承をめぐってさ、エスキモーの物語はこうだ、といってるところね。烏(からす)がさ、夜が永遠に続いて、食物が見つけられないものだから、光がほしいと思ったら、地上が照し出された…… 《もし切実(リアル)な欲求があり、その欲求が本当に光へのものなら、光への欲求こそがそれを生み出すのだ。注意力の努力がある時には、切実な欲求がある。それより他のすべての誘引がないなら、欲求されているのは本当に光なのだ。私たちの注意力の努力が、幾年かどんな結果ももたらさないと感じられる時も、ある日、それらの努力に正確に対応した光があふれ出して魂をみたすだろう。》
ここでヴェイユはもちろん、自然現象あるいは神秘的な力としての「光」について語っているわけですが、この一節を読むとき、僕などはこの「光」という語に大江健三郎の息子の「光」さんを重ねて読まずにはいられません。それはザッカリーも同じだったようです。ザッカリーは次のような感想を洩らすからです。
こういうところは美しいねえ! 光(ライト)という言葉から、Kさんの家族のことも思うよ。あの家に迎えられていると、ヒカリさんの音楽のみならず、ヒカリさんの存在自体にね、家庭を照す瞬間があるのに気がつくから。考えてみると、それは家族みんなのヒカリさんへの注意力が、自然に準備してもいるんだよ。
光=ヒカリへの注意力=集中というものからなる家庭は、それ自体がひとつの教会のようなものなのかもしれない……と夢想させられます。光への切実な欲求が光を生み出す、というヴェイユの一節が大江文学にとって重要なのは、まさにこの一節を大江健三郎が英訳で読んでいたときに、長男の光さんが生まれているからです。
大江はそのときのことを、ある講演のなかで回想しています。長男の誕生にあわせて四国から手伝いに来てくれていた母親と「衝突」したというのです。
そもそもの始まりは、その子供が畸型をもって生まれてきたなかで私が読んでいた本のことを、夕食をしながら母親に話したのです。エスキモーの──いまだとイヌイットの、というでしょう──民話のひとつにこんなものがある、と書いてある。どのようにして、この世界に光があらわれたか?
 
《からすは、夜がいつまでもつづいて、食物を見つけることができないので、光がほしいと思った。そこで、大地は照らし出された。》ぼくはこの話が好きなので子供にこれにちなんだ名前をつけたい、と母親にいいもしまし
た。それもこういうとき、フザケることのすきな私は、こう続けたんですね。──たとえば、烏とか……
 
私は母親が、いや、それなら光でしょう、といってくれるのを期待していたんです。ところが、母親は真蒼になるほど腹を立ててしまったんです。そして、
 
──そうですか、それなら、烏にしなさい! と強い声でいいました。そのまま二人は黙っていて、夜おそく眠り、そして翌朝、私が母親にあやまって、そして世田谷区役所の支所に、光という名前を申告しに行ったのです。
(『「話して考える(シンク・トーク)」と「書いて考える(シンク・ライト)」』集英社文庫)

何度読んでも胸を打たれる情景です。ここからも明らかなように、光という名前は、シモーヌ・ヴェイユの一節(『神を待ちのぞむ』と訳されるAttente de Dieuという作品のようです)に由来しているのです。ヴェイユはいわば、光さんの名付け親なのです。
■『NHK100分de名著 大江健三郎 燃えあがる緑の木』より

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