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電王戦FINAL第1局観戦記 先崎学九段

ニコニコニュース / 2015年3月18日 16時45分

ニコニコニュース

さて、電王戦もいよいよファイナルである。どうやら今の形の団体戦形式でやるのは最後ということらしい。都合三期にわたったわけだが、棋士側の感覚は期ごとにかなり違ったように思う。

一期目の時は、誰かは負けるんだろうが、自分がババを引くのだけは嫌だ、という感じであった。二期目は、皆はじまる前から暗かった。一局目に菅井が完敗して暗さに拍車がかかった。あの対局の二日後に及川君と上田さんの結婚式があったのだが、わんさか集った棋士は皆ひそひそ声ではなした。「駄目だこりゃ」

そして三期目である。もう駄目かと若手に訊くと、今期はかなりやれるんじゃという。メンバーもさることながら、棋士がコンピュータの対策に長けてきたのではないかというのだ。

たしかにこれまでは、対策といっても何をどうしていいのかがつかみにくかった。やっと、そのあたりの微妙な感覚が分かってきたのではないだろうかというのである。もうひとつ良いのは、もう負けて当然という空気があることである。そりゃやるからには全力を尽くす。でも負けても棋士仲間からの評価が下がることも後ろ指をさされることもない。つまりはプレッシャーがないわけで、勝負にとってこれは大きなアドバンテージである。

ここ三年とそれにしても盛り上がったものだ。それも雰囲気がよく盛り上がった。これは、ひとえにドワンゴさんの演出の上手さによるところがおおきいが、棋士がコンピュータ及び開発者に対して敵愾心を持たなかったことが良かった。もうひとつ、開発者の人に棋士及び将棋界にリスペクトを頂いたのがおおきかった。なにより、大企業が予算をたくさん使って、というのではなく、個人でコツコツと開発したいうのが素敵ではないか。この場を持って皆様に、改めて敬意を表したいと思う。

私は三日前に大阪で対局があったので、そのまま京都に入った。前日は棋士一同でささやかな食事会をしたのだが、斎藤君はかなりリラックスした感じであった。隣に抱腹絶倒トークの福崎さんがいたのが良かったかな。当日の表情は勝つ棋士の顔だった。私はいけると思い、心の底から声援を送ったのだった。

序盤、Aperyは一手一手慎重に考える。どうもそういうスペックになっているらしい。ゆったりとした進行なので、私は片上大輔君と豆腐料理のうまい店に昼食を食べに行った。絶品の豆乳鍋を食べてのんびり帰ると1図、Aperyが△6五銀と出たところだった。

私は、そんな無茶な、と叫んだ。一目でこれは先手がやれると分るのだ。斎藤君はここまであまり時間を使っていない。はっきりと、研究の跡が覗える。このあたりが、対策のコツを棋士側がつかんだ成果なのである。

この手では、△7七角成▲同金△2二飛とするくらいのものだろう。しかし、それでは後手が不満である。だからその前の△4五歩がまずく、6六に出た銀をさっと引いたのがうまかったのだ。

棋士が集まり検討が進む。皆、▲2一飛成には△7二銀とする。指が勝手に動く。しかしどうもよくならない。ところが、そのうちに誰かが「取らせて△7二角と打ったら」と言い出した。人間同士の将棋ならば、私はアホかと言ったろう。プロは本能的に金を取られるのを嫌がる。ざっくりいえば銀を取られる倍くらい嫌がる。まして美濃囲いの6一の金である。

ところがこれよりないのであった。さすがコンピュータと言いたいところだが、その前に△4四角▲5五角△同角▲同歩の4手は入れない方が良かったように思う。

なぜならば、本譜のように進んで2図になった時に、△5四金と出る手があるからである。ここのところは謎としか言いようがない。2図で△5七とではつらく、先手大優勢である。

ところが斎藤は△5七とに大長考をする。当然である▲6五竜と銀を取る手をなかなか指さない。私はイヤな予感を覚えた。

斎藤は▲4四歩と打って一気に寄せに行く手を考えているのである。将棋は優勢になると早く勝ちたい。相手が長期戦に強いコンピュータならばなおさらである。しかし、それには当然ながらリスクをともなう。実際、▲4四歩以下は危ないと棋士達の検討では意見が一致した。

イヤな予感というのには意味がある。▲6五竜とノータイムで取れるところで▲4四歩以下の手を読むと、読めば読むほどそう指したくなってしまうのである。なぜならば、考えた末に▲6五竜では、▲4四歩を読んだ膨大な時間が無駄になってしまうから。ここに人間の心理のアヤがある。だから、ベテランの棋士ならば、歩では危いと感じたらさっと銀を取る。そして相手の次の手を見るのである。勝負に勝つコツがここにはあって、プロ将棋はそういったところも力のうちなのである。

そのまま夕食休憩に入った。そして再開後、斎藤はすぐに銀を取った。控室の棋士一同に安堵の声が上がった。

△5六銀と打ち、▲6四竜に△6六歩▲同竜△6五歩は手筋。これしかない。先手も▲7七竜の一手である。この▲7七竜の形がプロ的に違和感があるので斎藤は長考したのだ。しかし、私はいった。7七の竜はたしかに嫌な配置だ。だがこの駒が馬なら超好形ではないか。竜も馬も同じようなものである。

この発想はコロンブスの卵のようなもので、気がつけば「なあんだ」だが、気がつくのが難しいのである。ここにはたしかに人間の弱さがある。

この後のAperyの手順には粘りがなかった。3図の△2二飛には▲2三歩△同飛▲3九金がドンピシャリである。△2二飛ではまだしも△2七角成としそうなものである。もう一手、馬を4五に引かれると先手も嫌なことになる。ここの手順をコンピュータ将棋に詳しいある若手はいった。「終盤は最強ですけど、その手前が粘りを欠くところがありますからね」これは高度に感覚的な言葉で、その感覚的なことをつかんだのがプロ棋士の対コンピュータ戦における強みなのである。

4図、△4五角に▲4六歩が決め手。以下は大差になるばかりである。

5図、△8九銀に▲7九玉とした局面、ここで人間ならば投了。奇麗な投了図である。ここからのAperyの指し手には様々な意見を持たれる方もいるだろう。たしかに興をそぐという一面はある。古くからの将棋ファンとっては特にそうした思いがあるはずである。しかし、私はこれはこれでコンピュータ対人間という香りがして、非常に楽しめた。精密機械が壊れるのを見るのも楽しいではないか(壊れたわけではないのだが)。もちろん嫌だ、という方を否定するつもりもない。将棋には様々な楽しみ方があっていい。いや、様々な楽しみ方をしてくださるからこそ、我々プロ棋士が食べていけるのである。

Aperyは本局では自分から転んだ形で、開発者の平岡さんにとっては無念だったろう。ともあれ昨年の逆、プロ完勝スタートである。さあここからだ。優秀な、そしてコツをつかんだ後輩諸君!来年もこの形式でやろうじゃないか。コンピュータにリベンジを挑ませようではないか。棋士の強さを見せてやってくれ!

◇関連サイト
・◎ 1図=28手目△6五銀
http://p.news.nimg.jp/photo/701/1322701l.jpg
・◎ 2図=45手目▲6四竜
http://p.news.nimg.jp/photo/702/1322702l.jpg
・◎ 3図=54手目△2二飛
http://p.news.nimg.jp/photo/703/1322703l.jpg
・◎ 4図=59手目▲4六歩
http://p.news.nimg.jp/photo/704/1322704l.jpg
・◎ 5図=81手目▲7九玉
http://p.news.nimg.jp/photo/705/1322705l.jpg
・[ニコニコ生放送]将棋電王戦FINAL第1局 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv199289184

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