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第1期 叡王戦本戦観戦記 森内俊之九段 対 阿部光瑠五段(君島俊介)

ニコニコニュース / 2015年11月2日 13時0分

第1図

■揺らぐ常識

 将棋の格言の一つに「飛車先の歩交換に三つの得あり」がある。具体的には1歩を手持ちにする、2歩がいなくなった場所に駒が進める、3飛車が相手陣まで利く、という三つの効果を得られるのは大きいと教えている。これが常識だ。

 互いに飛車先の歩を突いていく相掛かりにおいて、昔は後手が歩交換しない将棋も指されていたが勝率は低かった。人間にとって格言の力は大きかったのだ。

 ところが、近年はプロ棋士にも勝つコンピュータ将棋は、相手の飛車先の歩交換を平気で許すことが知られている。それについて、将来の予測が苦手や歩交換は得が少ないと判断している、といった意見がある。先入観や偏見のないコンピュータが問題を提起し、人間の常識が揺らぐ。ここ1、2年でコンピュータの影響を受けたと思しき手や発想が、プロの将棋で見られるようになってきたことも確かだ。

■コンピュータが得意な作戦

 優勝者がコンピュータ将棋と対戦する新棋戦の「叡王戦」。本戦1回戦で優勝候補の森内俊之九段と新鋭の阿部光瑠五段がぶつかった。対局は10月27日に行われた。

 阿部は棋士デビュー半年たったころに「すでに早指しではA級並み」とある高段棋士がうなったほどの逸材だ。そのころ、当時名人だった森内と早指し棋戦で対戦。阿部が堂々たる指し回しで勝ったのには驚かされた。森内は「こちらの指し方がまずく完敗だった。阿部五段は研究家で手がよく見える」という。

 本局は森内の先手で始まり、矢倉模様に進む。矢倉は森内の得意戦法だ。対する阿部は用意の作戦を見せる。

【第1図】http://p.news.nimg.jp/photo/031/1662031l.jpg

 第1図。後手の駒組みは珍しい。本局のニコ生解説を務めた田中寅彦九段が「独創的です。阿部さんの将棋は面白いですね」といった。さまざまな新手法を編み出し、「序盤のエジソン」の異名を持つ田中九段がそういったのだ。

 実は後手の作戦は、人間ではなくコンピュータが得意にしている。「Ponanzaがよくこのような将棋にする。練習で先手を持ってみても、相手の攻めがなかなか途切れなかった」ことが、本局の作戦を阿部が採用する要因だった。また、本局の2週間ほど前に、コンピュータ将棋に造詣の深い千田翔太五段がこの作戦を用いて勝っていた。

 青森県弘前市出身の阿部は、奨励会時代の練習相手はネットでの対局やコンピュータソフトが主だった。「ソフトとの対戦は役立った」という。コンピュータの将棋や感覚を柔軟に取り入れている。それにしても、大胆な作戦選択だ。

■自然に進めたはずが...

 第1図で森内は角を8八に置いたままにして自陣の上部への守りを利かし、飛車で「飛車先の歩交換三つの得あり」を実践した。ここでは▲7九角△5四銀▲2四歩△同歩▲同角と角で歩交換する展開も考えられる。以下△4四角▲4六角△6二飛▲6九玉△2六歩(A図)が局後に検討された。本局とは角の使い方が異なるため別の将棋だ。

【A図】http://p.news.nimg.jp/photo/036/1662036l.jpg

 実戦は自然な指し手で進んだ。しかし、第2図の仕掛けが意表を突いた。「私の感性では攻めるのが早いように見える」と攻め将棋の田中九段が言うのだから、初見では多くの棋士も違和感があるだろう。

【第2図】http://p.news.nimg.jp/photo/032/1662032l.jpg

 対局者の森内は、第2図が先手容易ならないことをいち早く察知した。しかし、うまい対抗策を打ち出せない。指し手が進み、電王盤のPonanzaの評価値が少しずつ後手に傾くと、田中九段が「評価値が...あれぇ」と困惑気味な声を上げた。

■早くも「困った」

【第3図】http://p.news.nimg.jp/photo/033/1662033l.jpg

 第3図。まだ42手目の局面だが、森内は局後に「困った」と語った。8八に角を置いて攻めに備えたはずなのに、後手の仕掛けは成立しており、作戦に齟齬が生じている。阿部が8筋の歩を8五へつり上げたのがミソで、1▲7五銀なら△8五飛と走れる。2▲8四歩△同飛▲8七歩とすれば小康は得られるが、それでは先手に主張がない。実戦の3▲4六銀は苦心の一手だった。後手の角が世に出ないよう5五歩を支えた。

【第4図】http://p.news.nimg.jp/photo/034/1662034l.jpg

 後手が先手の守り駒をはがした第4図。森内はすでに1分将棋。阿部はまだ24分残している。阿部は駒台の駒をギュッとつかんで△5四桂と放つ。気持ちのいい手だ。▲同歩と取ると、△8七歩成▲6七玉△6六角▲同玉△3九角の王手飛車取りがある。森内は「いやー」とつぶやきながら▲7五角△4六桂▲6四銀と受けに徹した。攻め合いに持ち込めず我慢が続く。

■阿部快勝

【第5図】http://p.news.nimg.jp/photo/035/1662035l.jpg

 第4図から森内は入玉をもくろんだが、阿部に押し返されて窮した。第5図はせめてもの反撃だが、△8二香▲8六歩△5五角とついに角をさばかれた。厳密には△8六歩▲8八歩△8二香の方がよかったが本譜でも後手の勝ち筋だ。阿部の会心譜が生まれた。

 感想戦で調べても先手よしの変化は出てこなかった。いつの間にか切られている、かまいたちのような将棋だった。作戦負けの要因は2筋の歩交換に求められた。森内は「歩交換は駒組みが立ち遅れて問題だったかもしれない。警戒が足りなかった」と振り返る。コンピュータ流の歩交換を許す指し方がこれほどツボにはまるとは...。森内は『矢倉の急所』という名著を出した矢倉の大家だ。本局のように一方的に敗れることは珍しく、衝撃は大きい。

 いったい、「飛車先の歩交換に三つの得あり」という長年の常識はどうなってしまうのだろう。場合によっては、矢倉戦だけでなく、相居飛車戦全般に影響を及ぼしかねない。これからの序盤戦術がどう変遷していくか、注意深く見守りたい。

(君島俊介)

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送]【将棋】第1期叡王戦 本戦 森内俊之九段 vs 阿部光瑠五段 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv237813091?po=newsinfoseek&ref=news
・将棋叡王戦 - 公式サイト
http://www.eiou.jp/

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