「インフラとしての近代はネットが可能にした」 大塚英志×宮台真司 対談全文(後)

ニコニコニュース / 2012年2月5日 20時30分

宮台真司氏(左)と大塚英志氏

 「自分の言葉を持っていて、それを発信して、なおかつ議論ができるパブリックな場が保証されていること」。これは、評論家の大塚英志氏が挙げる「近代的個人の前提」だ。しかし、この前提は必ずしも自明なものではない。まして近代への努力を怠った日本にとっては――。

 2012年1月30日のニコ生トークセッション「愚民社会」では、大塚氏と社会学者の宮台真司氏が対談。両者はともに、日本の近代の不十分さを指摘する。日本は、近代化の産みの苦しみの中で何かを得、何かを失った。一体それは何なのか。そして、インターネットの普及は、日本に近代をもたらしたのだろうか。それとも、ただ「愚民社会」を作り出す装置にすぎないのか。

 以下、トークセッションを全文書き起こすかたちで紹介する。

・[ニコニコ生放送] 全文書き起こし部分から視聴から視聴 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv78999016?po=newsinfoseek&ref=news#0:35:09
・「日本は民主主義社会ではない」 大塚英志×宮台真司 対談全文(前)
http://news.nicovideo.jp/watch/nw190914

■消えていく"何か"とは

宮台: まぁ、街とか「パトリ」を愛する気持ちみたいなことについては、僕も震災の後にいろいろなところでしゃべったり、書いたりする機会があったんだけれども。例えば、僕が関わった『サウダージ』とか『国道20号線』という映画を描いた富田克也監督は、地方がある種の入れ替え可能な場所になっていく中での古いものの残照を描く。あるいは、その中で新しく出てきたものを描くっていうことを、ずっとやっておられるわけだけれども。彼が描いたものは、実は多くの人が知っていることなんですね。

 僕は80年代半ばから11年間ぐらいテレクラとか出会い系とか、売買春のフィールドワークをしていて日本全国を周っていたので、そのプロセスで「日本の地域社会はどう変わっていったのか」が手に取るように分かるんです。例えば、テレクラって最初の出会い系だけど、いわゆる厳密な意味での匿名メディアではなく、匿名性と非匿名性の間みたいなところがあったんです。だから、テレクラがあれだけ流行ったんです。

 初期のテレクラっていうのは、地元の男たちの溜り場だったし、地元にはテレクラ同好会があったし、同好会で集まると「いやぁ、この間は角の豆腐屋の女将とヤっちゃてさぁ」みたいな話、皆が知っているローカルなネタで盛り上がるみたいなところがあったんで、テレクラが全国に広がっていったことを僕はよく分かっているんですけれども。そういうテレクラを支えていた非匿名性が逆に消えてしまったことが、最初の出会い系であるテレクラの魅力を奪っていったものだし、他の出会い系がテレクラとは違うモノになっていくことの一つの原因だったんだけれど。まぁ、今日は出会い系の話じゃないからね(笑)。

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