震災報道のジレンマ 朝日新聞記者らが語る被災地最前線

ニコニコニュース / 2012年4月4日 13時30分

左から、朝日新聞石巻支局長の川端俊一氏、同宮古支局長の伊藤智章氏、同大槌駐在の東野真和氏、同南相馬支局長の佐々木達也氏、同南三陸駐在の三浦英之氏

 「震災の過酷な現実をどこまで伝えるべきなのか」――。東日本大震災によって様々な被害を受けた被災者への取材を通して、それを伝える新聞記者たちも苦悩していた。2012年3月29日夜に放送されたニコニコ生放送<ニコニコ動画×朝日新聞「被災地最前線からの報告~記者たちが探し出した『真実』~」>では、震災発生後に現地に赴き、現在も被災地で取材活動を行っている朝日新聞記者5名を招き、自身の取材を通して見た被災地の現状や、それを「新聞記事」として社会へ伝えることの難しさについて、実際に報道された紙面を交えつつ議論した。

■「記者に家を貸すぐらいなら、被災者に貸す」

 東日本大震災によって大きな被害を受けた被災地では、地理的な理由から新聞社の支局自体がない地域もあり、そこでの取材活動を行うにあたっては、まず「活動の拠点」を確保することが困難であったという。岩手県大槌町駐在記者の東野真和氏は

「大槌というのは(震災によって)ほとんど住む場所がないため、私に貸すぐらいであれば、他の被災者の方に貸すと(言われた)。現に、1LDK、1DKのところに7人住んでいる人(被災者)もいる」

と語り、不動産屋に問い合わせた数日後にようやく、一般の民家へ「下宿」という形で駐在する場所を確保できたという経緯を明らかにした。

 また、宮城県南三陸町駐在記者の三浦英之氏は、震災による津波の被害を免れ、被災者の避難先となった観光ホテルに、たまたま単身者用の小さな宿泊部屋が残っていたため、そこに駐在の拠点を確保することができたという。ただ、南三陸町は水道の復旧が遅れた地域でもあったため、駐在開始から数ヶ月の間は、トイレなど日常の生活面でかなりの支障があったことを語った。

■「災害遺構(震災遺構)」は残すべきか?

 被災地域の復興を推し進めるうえで、ほとんどの自治体が「災害遺構(震災遺構)」の取り扱いに苦慮しているという。現存する災害遺構として代表的なものが、広島市にある『原爆ドーム』などだが、それらと同じように、今回の震災で被害を受けた建物や建造物を保存し、後世に記録として残そうという動きがある。

 しかし、この問題は、住民の復興に関する考え方や、被災者自身が置かれている立場(特に、震災で身内を亡くした遺族であるか否か)によって意見の隔たりが大きく、一部では、災害遺構が「観光資源化」してしまうのではないかと危惧する声もある。このことについて、朝日新聞石巻支局長の川端俊一氏は、

「その地域で暮らしていく人にとっては、そういう(津波の)無残な跡をずっと見続けていくというのはなかなか難しいと思う。ただ一方で、津波がこれだけ大変なものだということの"記憶"というのは、何らかの形で残されなければいけないので、どういう風にそこの折り合いをつけていくか、これからまさに議論していかなければいけない」

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