「大切な人を守ることが難しい世の中になった」 映画『KOTOKO』監督・塚本晋也インタビュー
ニコニコニュース / 2012年4月7日 15時40分
『鉄男』『悪夢探偵』――新作が常に国内外で注目され、『ブラック・スワン』のダーレン・アルノフスキーをはじめとする世界の有名監督たちから、熱狂的に支持されている塚本晋也監督。そんな塚本監督が「最も尊敬するシンガソングライター」だと公言する歌姫"Cocco"を主演に迎えた最新作、『KOTOKO』が2012年4月7日に公開される。
繊細さゆえに、息子を必死で守ろうとする母親が、過剰な防衛本能からときに暴力的になってしまう、というショッキングなシーンがありつつも、作品の根底にあるのは「大切なものを守りたい」という「母親の強さ」だ。Coccoにインタビューを重ね、彼女の実体験などを織り交ぜながら物語に昇華させた本作は、監督曰く「Coccoさんに近づく旅」。Cocco、そして塚本晋也という二人の鬼才が寄り添い、ぶつかり合いながら作り上げた『KOTOKO』は、まさしく二人の魂がこもった「共同作品」に仕上がっているとも言えよう。
折しも撮影直前に東日本大震災が発生し、一時は撮影を延期しようと思ったこともあるという。本作を「今だからこそ作りたい」と確信した心のうちを、そして映画に込めた思いを語ってもらった。
(武田敦子)
■映画を見終わった後、一瞬は「絶句」する
――この映画の撮影を開始したのは昨年の3月でした。撮影を開始する直前に東日本大震災が起きたとのことですが、映画に影響を与えましたか?
脚本は、震災の前後で書き変えてはいないです。でも、震災が起こったあとに、自分の周りのお母さんたちが子供のことを心配して、ものすごく神経質になり、エキセントリックになりました。ちょうど琴子が映画の中で子供のことを守るあまりにエキセントリックになるのと、すごく近い感じがして。
だから、より実感を込めて琴子を描けたと言えるかもしれませんし、今だからこそ「母親たちの不安をきちんと描ける。描くべきだ」と思ったんですね。映画が完成して、「今、不安に思っているお母さんたちに、この映画を見てもらいたい」という気持ちが湧きました。
また、Coccoさんは震災のあと、ずっと家で折り鶴を折っていました。スタッフもみなCoccoさんの気持ちを受けて折り鶴を折りました。映画の中の大事なポイントで折り鶴が出てくるのは、Coccoさんの提案です。あの折り鶴は彼女の祈りの結晶なんです。また撮影自体も、Coccoさんの強い後押しがあって始められることができました。
――映画の中では、母親が愛する息子を守りたいがあまり他者に暴力的になったり、そのような自分が生きていることを確認したいために自らを傷つけたりするシーンがあります。子供を持つ母親がこの作品を見るのは、精神的に少し辛いと感じましたが・・・
実は7年間介護していた僕の母親が亡くなったあとに、この映画を作り始めたんです。Coccoさんも一児の母親ですし、ちょうど母が亡くなったあと一周忌までの間に作った映画でもあるので、母親としてのCoccoさんの側面から、Coccoさんの世界に近づく旅であると同時に、母親への「感謝」だとか子育ての大変さへの「エール」のような気持ちがあります。自分としては、子供を持つ母親にかなり共振しながら作った映画なんです。
ただ、その「お母さん像」っていうのは、テレビやドラマで描かれているような美しくて優しい「子供を愛してるわ」という側面もあるんだけれど、それは母親全体のなかの「あるパーセント」なんですよね。それ以外のパーセントでは、琴子のように過敏になりすぎる側面も絶対にあります。
もちろん琴子も映画の中で明るい母になるシーンがありますから、その陽の部分と陰の部分をしっかり描いたほうが、きっと共振感があると思ったんです。Coccoさんも、そういう琴子を演ずるのに全霊で関わってくださった。そして、『KOTOKO』を全女性への真の讃歌だと言って、主体的に演じてくださったんです。
映画を見終わったあと、一瞬は絶句するんだけれど、一方でとても大事なものを感じてもらえるという気がしています。
■「子供が危険にさらされる恐怖」と「母親の隠れた攻撃的な一面」
――塚本監督にとっての「母親観」が、作品に影響を与えているのでしょうか?
今までの経験や気分があるからこそ作品ができるので、もろに影響はありますよね。
これまで7年間、母親を介護していた間にできた映画『悪夢探偵2』でもお母さんが出てきたりしますし、「母と子」というテーマはずっとありますね。そもそも自分の作品全体に言えることですが、いつも「母親がいつか消えてしまう恐怖」に満ちているというのがあるんです。「大切な人が消えてしまう」という喪失感に怯えている主人公ばかりが出てきますし。『バレット・バレエ』(2000年)も『ヴィタール』(2004年)もほとんどがそうですね。
――息子を愛しすぎるがゆえに、精神的に不安定になっていく母親・・・こうした琴子という人物を描こうとしたきっかけはなんでしょうか?
Coccoさんのお話を聞いているうちに浮かび上がってきたストーリーです。たくさんいただいたお話の中からそのことが残ったのは、震災が来る前から「これから大切な人を守るのが難しい世の中になっていく」という激しい恐怖が自分自身の中にあったんです。ボワ~ッとした日常で安穏としていると、急に「戦争」のようなものが顔を出す、という恐怖が。
今、80歳、90歳くらいの戦争を体験した人たちにインタビューをしているのですが、その人たちに話を聞くと、「100パーセント戦争はあっちゃいけない」と言うんですね。自分が体験しているから。
だけど戦争を体験していない人が、いろいろな事情から「戦争をそろそろしなきゃいけない」という風に思う意見が多くなってきています。「戦争を始める」と決めた人はいいんですけれど、その戦争に実際に行くのは自分たちの子供の世代なわけですから。子供が危険な目にさらされる、というのが僕の最も恐怖を感じるところなんです。
この琴子は、過去に暴力を受けていたという設定なんですね。だから普通の人を見ていても、恐ろしいもう一人の同一人物が見えてしまう。これは、Coccoさんが、実際にものが二つに見える、という話から作ったものなんです。
Coccoさん自身は、恐ろしいもう一人の人物が見えるわけではないのですが・・・。琴子は、映画の中でもう一人の同一人物の「悪意」に襲われますよね。その襲ってくる「悪意」を、「戦争」のイメージに膨らませていったというのが、今回の映画の背景的なテーマでもあります。
ですから、琴子が自分自身を守ったり、それこそ子供を守るのに過敏になる女性を描こうと思ったのは、「自分の子供の世代が恐怖にさらされるその恐怖」という大テーマを琴子に投影した形なんです。
――子供を持つ母親は琴子くらいに、子供のことが心配で心配でしょうがなくなるんでしょうね。
100パーセントなりますね。ぼくは男の立場ですから、女性の大変さを分かったようには言えませんが、映画の中でも優しい一面が出てきますけれど、女の人が赤ちゃんにおっぱいを吸わせているときは、男の人が一生わからない至福の状態になるらしいです。そのことと「フライパンで窓をぶち破る衝動」は、いつも隣り合わせにあるんじゃないですかね。
■震災、原発、子供・・・「もっと自覚的にならないとまずい」
――震災後の混乱の中での撮影だったと思うのですが、苦労されたことはありますか?
やはり放射能の影響が心配だったので、子供の撮影では、自宅から撮影場所まで車で運ぶなど、ドア・ツー・ドアで対応しました。僕らのスタッフは少人数だったので、Coccoさんのご友人たちが車を出して協力してくださいました。Coccoさんの人望がなせるところです。そうしてなるべく万全の体制で撮影しました。
――監督にもお子さんがいらっしゃいますが、震災や放射能の影響はどのようにお考えですか?
もう本当に心配ですよね。僕なんかは毎日の忙しさの中でつい後回しになることもあるけれど、子供のいるお母さんの中で、その心配はまったく消えないんですよね。当たり前ですよね。「自分ももっと自覚的にならないとまずい」と感じています。
震災前は、「電気がどのように生まれて、自分の生活がどうなっているか」というのを、自覚せずに過ごしていましたから、もう少し自覚的にならないといけないと思いました。原発の仕組みも「なんだそういうことだったのか」と後で言うのでは遅すぎます。「だったらこのくらいの電気量でお願いします」「それいらないからこれくらいの電気量で十分です」というような意見をちゃんと持たないと、文句は言えないなと思いました。
きっと経済の発展やお金の効率やもっと大きな理由で、「原発は必要」ということにしているんでしょうけど、お金の効率と言っても「10万年先の子供が心配」という気持ちをお金に換算した時のバランスって、本当に効率がいいと言えるのかなあと。
僕は細かいことはまだまだ不勉強だからわからないけど、普通に考えてもおかしい話だと思うので、やっぱり「自覚的にならなきゃだめだ」という気がします。これからもっと勉強します。
■「実際にあった体験をイメージしながら再現しているような感じ」
――映画を作るにあたり、Coocoさんへのインタビューを長時間かけておこなったと聞いています。例えばどのようなところが映画に反映されているのでしょうか。
琴子という人物像は、Coccoさんからいただいたお話で作られています。本当の話もあれば、Coccoさんの頭の中の話もあります。僕が演じた田中と出ているシーン(※)は、ファンとしての僕のインスピレーションも働かせています。
(※)塚本監督は『KOTOKO』作中で「田中」役で出演している
全体的にはCoccoさんに限りなく近づいて作ったフィクションです。そのすべてをCoccoさんに見てもらい、意見をもらっていますから、映画に登場している琴子は、Coccoさんが違和感をまったく感じないものになっています。
それどころか、Coccoさんは「人生を注いだ」とさえ言ってくださっています。もちろんそれは琴子という役そのものだけでなく、この映画に対する姿勢でもありますが。
もっと具体的なことで言えば、例えば子供とお母さんが別れるシーンで、泣いているような描写が脚本にあると、「私だったら子供の前で泣くことは絶対しない。むしろ元気に笑う」と。なるほどそうだよなあとか、そういった意見を反映させてもらいました。
ですからCoccoさんの違和感がないところまで突き詰めたおかげで、琴子がより本物になったんだと思います。
――撮影中のCoccoさんの演技についてはいかがでしょうか?
Coccoさんの場合、「演技をしている」というよりは、過去に実際にあった類似した体験をイメージしながら再現しているように感じました。嘘や想像の演技ではなくて、過去の記憶を冷静に再生している感じです。そのことは緻密で冷静だけれど、出している感情は本物というふうに見えました。
だから、子供を高所から落っことしてしまうシーンでは、演技に感情が入りすぎて、しばらく気持ちがダウンしてしまいました。だから、あのシーンを二度は絶対撮れないです。
そのように二度は絶対に撮れないシーンもありますけれど、何度も撮らないといけないところは、きちんと何度も演技をやってくださいましたし、やっぱりそこはしっかり一人の俳優として参加してくださっていました。また、ハッとさせられるようなカリスマ性を感じることが始終ありました。
――完成した映画を見て、Coccoさんの感想はいかがでしたか?
だいたいの音を入れたところで、編集機で頭から最後まで見てもらって。そのときは何も言わないんだけれど、あとで「よかった」ということをポツりと言ってくれた感じです。でも、実を言うと見終わったときにCoccoさんの顔を見たのですが、目が潤んでいたから「喜んでくれたのかな」と思っています。
琴子はずっと「小さな我が子を守りたい」と思っているわけですが、子供が大きく育ったら立場が逆転していて、むしろ子供が琴子を助ける存在に成長しているかもしれない。ということをラストシーンに一発シンプルに入れること、そしてそれをCoccoさんに見せるということが、自分にとっての「Coccoさんに対するエール」というか、「もう大丈夫ですよ」というメッセージでもあって。
多分Coccoさんも映画を見てそれを感じてくれたから、「よかった」と思ってくれたんじゃないかと自分的には勝手に思っているんですけど。ずっと撮りたかったCoccoさんのダンスのシーンも、ダンサーになりたかったCoccoさんにとっても大事なことだったと思いますしね。
――お二人が満足のいくラストシーンになっているということですね。
そう信じています。
この映画は本当に見る人によって解釈が違うので、感想を聞くのがすごくおもしろい。昔、自分にとって映画の楽しみというと、見終わったあとに友達と喫茶店で「ああでもない、こうでもない」と感想を語り合うのが楽しかったんです。この作品を見て、ぜひそれをしてもらいたいなと思います。それが映画の醍醐味でもありますから。
――撮影中のCoocoさんならではのエピソードがあれば、ぜひお聞きしたいのですが。
Coccoさんの大事な友人の方たちが、キャストとしてかなり出てくださっているので、Coccoさんのその方々への愛情と信頼は、深いものがありました。撮影に来てくれたことへの感謝の気持ちなどが、とても強くありますから、参加してくださった方々を現場から見送るとき、毎回Coccoさんを先頭に「スタッフキャスト全員がエグザイルの『Choo Choo TRAIN』をやる」というのがありました(笑)。もう何度エグザイルしたことか、という。
――最後に、この映画で「一番伝えたいこと」を教えて下さい。
作り始める前は「母への感謝とCoccoさんの魅力を存分に味わって欲しい」という気持ちでしたけれど、作り終わった今は「とにかく大切な人を守るのが非常に難しい世の中への警笛を鳴らしているので、映画を見て自分なりに感じて、考えて欲しい」ということを伝えられればと思っています。Coccoさんの震災後の魂も感じていただけると思います。
◇関連サイト
・映画『KOTOKO』 - 2012年4月7日公開、公式サイト
http://www.kotoko-movie.com/
(武田敦子)
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