なぜあんなにマイナーだった『クトゥルフ神話TRPG』は女性がプレイするほどメジャーなTRPGになったのか?『クトゥルフ神話TRPG』【ホラゲレビュー百物語】
ニコニコニュース / 2016年8月26日 14時40分
【ゲーム概要】
アメリカのケイオシアム社より1981年から展開されている「クトゥルフ神話」を題材としたTRPG『Call of Cthulhu』第六版の日本語版。各プレイヤーはほんの少しだけ専門的な知識を持つ一般人の「探索者」を創造し、彼らを操りながら、さまざまな宇宙的恐怖に晒されつつ生き残ることが目的。特徴的なシステムとして「正気度」というパラメーターがあり、ショッキングな出来事に遭遇したり、宇宙的恐怖に関する知識を"知ってしまった"際にダイスを振って判定を行い、これに失敗すると正気度ポイントが減っていくというもの。正気度ポイントが多く減ってしまうと、プレイヤーキャラクターは理性を失い「発狂」してしまう。
伊予柑のひとことレビュー
『クトゥルフ神話TRPG』は2016年の現代もっともメジャーなTRPGシステムだ。
筆者は30代の『ソードワールドRPG』原体験世代なのだが、女子大生から「スカイプで『クトゥルフTRPG』やりましたよー」と聞いて、正気か!? と驚いたことがある。
いったいなぜ『クトゥルフ神話TRPG』がウケているのか、説明していきたい。
そもそもの『クトゥルフ神話』とは何なのか。これは、アメリカの作家ラブクラフトが作ったホラー小説の世界観で、複数人の作家が設定やイメージを積み重ねていった神話体系である。
こうした複数人でできた世界は「シェアワールド」と呼ばれており、誰でも参加や改編ができるがゆえに、多くの作品が設定を取り入れている。
日本のゲームでは『機神咆吼デモンベイン』『沙耶の唄』、ライトノベルでは『這いよれ! ニャル子さん』などが『クトゥルフ』をモチーフにした代表例だろう。ホラーゲームや伝奇物となれば、もっと多くの作品に登場している。
TRPGシステムとしての『クトゥルフ神話TRPG』は、アメリカで作られたTRPG『Call of Cthulhu』を翻訳したもので、元々は1986年に『クトゥルフの呼び声』という名前で発売されていた。
『ソードワールドRPG』全盛期の当時、マイナーな存在だった。TRPG雑誌『タクティクス』で精力的にサポートされていたもの、筆者が出入りしたTRPGコンベンションやNiftyServeのTRPGフォーラムで遊ばれていた記憶はない。
なにしろ、TRPGというのは参加者全員が原作世界を共有していないとなかなか濃密に遊びにくい代物なので、よっぽどやる気のあるKP(キーパー、進行役)がいるか、翻訳小説を読むような知的なグループでなければ卓が立たなかったのだ。
しかし、2016年の現代、『クトゥルフ神話TRPG』はTRPGの枠を超えた知名度を誇り、「SAN値」という人間の正気度を表す言葉はネットスラングとして当たり前に使われている。『デモンベイン』などの影響もあるだろうが、最大の震源地はニコニコ動画だろう。
2008年ごろ、ニコ動では『アイドルマスター』が物語を伝えるツールとして確立していた。アイマスキャラたちが色々な世界のなかで主役となる二次創作動画が大量に生まれ、愛されていたのだ。その世界観の1つとして『クトゥルフ』が選ばれている。
2011年にはエポックメイキングとなる「ゆっくりTRPG」が確立する。とぼけた合成音声の「ゆっくり」たちがTRPGをプレイする動画だ。これが原点となり、TRPG動画というのが一般化していく。
TRPG動画は女性たちにも届き、『黒子のバスケ』キャラがTRPGをする動画が2012年に投稿されている。『黒バス』に限らず、女性人気の高い原作ではたいていTRPG動画が作られており、「クトゥルフ」以外のシステムも見られる。
その後も『クトゥルフTRPG』動画の人気は伸び続け、2015年には200万再生の動画が誕生。動画総数でいえば、動画総数は2万作品以上だ。
人気は動画にとどまらず、生放送やSkypeによるオンラインセッションも常時開かれており、TRPGメンバー募集サイトでも1番開催が多い。
『クトゥルフ神話TRPG』販売元のエンターブレイン&アークライト社からは「6,000円もするルールブックが、ここ数年になって飛ぶように売れ出した。しかも女子に」と聞いている。いま1番人気のTRPGは、剣と魔法のファンタジーではなく、ホラーゲームの「クトゥルフ」だ。
なぜこうも『クトゥルフ神話TRPG』が受けたのだろう?
1つ確実なのは、本特集の「ホラーゲーム宣言」でも述べられているとおり、ホラーが動画と相性が良いことだ。怪異が起き、探索して、怖いものをみてしまうという物語のセオリーが確立しており、どんなキャラを入れても安定して面白くなる。
もう1つが、ゲーム特有のパラメーター化ではないか。例えば、西洋ファンタジーの世界といえば『指物語』や『ハリーポッター』だが、二次創作のツールとしては『ダンジョン&ドラゴンズ』『ドラゴンクエスト』によるレベル、HP&MPといった概念のほうが一般的だろう。世界観とは、ある常識や設定の積み重ねで構築されものだが、パラメーターはそれを乱暴に一発で伝えてくれる。レベルやHP&MPといわれた時点でモンスターとの戦闘スタイルがほぼ伝わるのだ。
『クトゥルフ神話TRPG』は、ホラーの世界観を「SAN値」というパラメーターにまとめた。これだけで、未知の怪物に人間がおびえ、やがて発狂してしまうという物語を表現することに成功した。
このゲーム的なパラメーター化があったからこそ、『クトゥルフ神話TRPG』はホラー物語生成装置としてデファクトスタンダードになったのだろう。
世にある「ホラーゲーム」はデジタルゲームだけではない。古くて新しいTRPGの世界も、ぜひ探索いただければ幸いだ。
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