先入観にとらわれることの恐怖 佐藤天彦九段―丸山忠久九段:第2期 叡王戦本戦観戦記
ニコニコニュース / 2016年11月21日 18時36分
プロ棋士とコンピュータ将棋の頂上決戦「電王戦」への出場権を賭けた棋戦「叡王(えいおう)戦」。2期目となる今回は、羽生善治九段も参戦し、ますます注目が集まっています。ニコニコでは、初代叡王・山崎隆之八段と段位別予選を勝ち抜いた精鋭たち16名による本戦トーナメントの様子を、生放送および観戦記を通じてお届けします。
すべての写真付きでニュースを読む
■正確無比の丸山でも
「最近多用している角換わりや名人時代に愛用していた横歩取り8五飛戦法など、プロ棋士の中でも研究の精度が際立っています。丸山さんの他にもスペシャリストの棋士はいますが、中でも代表格でしょう」
ある棋士から以前の取材時に聞いた丸山評である。筆者がしきりに筆を走らせていると、メモを取り終える前に「ですがねぇ......」といった声が聞こえた。
「ごくまれにですが、えっといった凡ミスが出るので驚きます。正確無比のイメージがある丸山さんも人の子のようで、ホッとしますよね」
本局はその「ごくまれに」という部分が悪い意味で出てしまった一局となった。
振り駒で後手番となった佐藤の注文で横歩取りになった。佐藤の横歩取りも一時は9割以上の高勝率を誇り、名人獲得の原動力となったのは記憶に新しい。丸山もスペシャリストなら、佐藤もまたスペシャリストなのである。
ただ、本局は丸山の▲9六歩(第1図)で最新形から外れることになった。後に▲9五歩と伸ばして9筋から攻めるのが狙いである。ところが......。
■目の前の一局に集中する
佐藤が叡王戦にエントリーしたのは名人位を獲得する前だった。予選は八段戦に出場しており、名人位獲得で九段に昇段。本戦初戦で佐々木大地四段を破って本局を迎えた。
名人位を獲得してからの佐藤は、さらに勢いを増した印象だ。この叡王戦でも気づけばベスト8まで駒を進めている。現在はタイトルホルダーとして本棋戦に参加しており、エントリー時とは状況が違う。このまま勝ち進めばコンピュータ将棋ソフトとの対戦が実現することになる。
佐藤に心境を聞くと「そうですね。ただ、そのようなことをあまり考えても仕方がありません。目の前の一局一局に集中することを考えています」といった答えが返ってきた。
局面は第2図に進んだ。丸山は▲4八玉と駒組みを進めると、△5三銀(A図)と上がられる手を嫌ったのだという。次に△6四銀と繰り出されると、7五の歩が負担になってしまいかねない。丸山はじっくりできないと判断して▲7四歩と仕掛けたのだが、結果的に問題だったのである。
ニコニコ生放送の解説を担当していた阿久津主税八段は声にならない声を発し、無理筋だと先輩棋士の指し手をすぐに否定した。なぜなら本譜の△9七角成▲同香に△7五角(第3図)の両取りがあるからだ。先手は▲9七角成と△5七角成を同時に受ける手段はない。
■プロならではの失着
トップ棋士の叡王戦出場は様々な葛藤の末の決断だと聞く。もちろん自身の気持ちが最優先ではあるのだが、将棋連盟の一員として全体を見渡すのも大事なことである。ファンやスポンサーへの配慮など、出場棋士が様々な要素を考え抜いたその先に、将棋界の新たな歴史が少しずつ築かれているといえよう。
第3図を見て丸山は「ひどかったねぇ。確信があったわけではなく、何となくやってみたかった順でしたが......。もちろん角打ちに気づいていればこの順はやりませんよ」といって苦笑いを浮かべた。とはいえ、それなりの手応えを感じなければ、この仕掛けに踏み切るわけがない。
それを聞いた佐藤がすかさずフォローする。「実は私も初めは△7五角があることに気づきませんでした。角を打たずに△7四歩と手を戻すまでをワンセットで考えるのがプロの感覚ですから。ですので我々棋士のほうがうっかりするものです」
ちなみに解説の阿久津八段も視聴者の書き込みによって気がついたという。プロ棋士は修業時代からトップ棋士の将棋に触れることで、本筋の指し手や部分的な形などといった感覚が自然と体に染みついてしまうもの。それが時には先入観にとらわれてしまうことになり、視野が狭くなる弊害をもたらすと聞く。△7五角の見落としは人間ならではの、いや、プロ棋士ならではの一着といっていい。
第3図で▲8八銀が利かないのが痛いと丸山は振り返る。以下△8七歩と打たれて▲同金(▲同銀は△9七角成)に△5七角成(B図)は本譜より先手がまずい。4七と6七の歩が浮いているため、先手は馬を追い払うことができない。▲5八金は△3九馬で銀が取られてしまう。
丸山が△7五角を見落とした罪は重く、形勢は先手が大きくリードした。
■佐藤が準決勝進出
局面は進んで第4図。直前に丸山が▲9一角と打ったのだが「苦戦に拍車を掛ける悪手だった」と反省する。敵陣に放った9一の角が完全に封じ込まれてしまったからだ。
残り時間を確認したときの丸山は寂しげな瞳をしていた。心ここにあらずといった印象を受けた。この後は佐藤のソツがない完封劇を見るしかなかった。
投了図は丸山の竜が捕獲されている状態だ。先手は攻防ともに見込みがない。丸山は「やるところがないね」と苦笑いを浮かべながら駒を初形に戻す。だが、手つきと言葉に力がなく、感想戦は15分で終わった。
本局は丸山の仕掛けが破綻していたことがすべてといっていい。加えて佐藤の完璧な指し回しがワンサイドという結果をもたらした。
勝った佐藤は準決勝で羽生善治九段と対戦する。タイトルホルダー同士の戦いは必見だ。
(観戦記者:内田晶)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
ついに出た「羽生ゾーン」! 羽生九段が梶浦七段に快勝でベスト8入り 第50期棋王戦コナミグループ杯挑戦者決定トーナメント
マイナビニュース / 2024年9月18日 11時30分
-
「私としては運命的な組み合わせ」藤井聡太王座への“リターンマッチ”。挑戦者・永瀬拓矢九段が胸に秘めていたもの
文春オンライン / 2024年9月17日 11時0分
-
将棋日本シリーズ二回戦第三局 結果 広瀬章人九段、大熱戦を制し準決勝へ!
PR TIMES / 2024年9月15日 12時45分
-
運命分けた自陣角 渡辺九段が粘りの指し回しで八強入り 第50期棋王戦コナミグループ杯挑戦者決定トーナメント
マイナビニュース / 2024年9月9日 11時30分
-
将棋日本シリーズ二回戦第二局 開催結果 渡辺 明九段、JT杯初の無観客試合で勝利
PR TIMES / 2024年9月1日 11時45分
ランキング
-
1黒柳徹子、結婚を寸前でやめた理由 過去の恋愛で得た教訓とは「当時の自分に言いたい」
モデルプレス / 2024年9月21日 13時41分
-
2菅田将暉 畏敬の念を抱く大物芸人明かす「達人すぎて…」 共演時には恐怖体験!?「こっっっわ」
スポニチアネックス / 2024年9月21日 14時43分
-
3「SHOGUN 将軍」エミー賞18冠で真田広之が渡辺謙をついに凌駕 「英語力」「謙虚さ」が生んだ逆転劇
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年9月21日 9時26分
-
4「西園寺さん」“高畑淳子劇場”に《泣いた》の声多数…不適切発言も何の!ベテラン女優の無双
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年9月21日 9時26分
-
5もうすぐ8年目、広がり続ける「新しい地図」のエンターテインメント 音楽、舞台、映画、テレビ、CM、おせちのプロデュース…果敢なチャレンジの数々
NEWSポストセブン / 2024年9月21日 7時15分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください