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のんびり農業とは無縁な『天穂のサクナヒメ』RTAの世界──「ダッシュ機能がないけどダッシュは必須」「稲作を利用して時間を飛ばす」世界記録保持者・ratiltさんインタビュー

ニコニコニュース / 2021年12月26日 10時0分

 2020年11月10日に発売され、「攻略wikiとして農林水産省の公式ホームページが使われるほどガチの米づくりが体験できると話題になった『天穂のサクナヒメ』

 「稲を育てて強くなる和風アクションRPG」と銘打っている本作は、草むしりや水やりなどゲーム市場類を見ないリアルさが経験できる米づくりと、農具を武器に鬼を倒していく横スクロールアクションという異色の組み合わせが目を引く一作となっている。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
(画像は「Steam:天穂のサクナヒメ」より)
天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
(画像は「Steam:天穂のサクナヒメ」より)

 そんな本作において、かに最速でクリアできるかを競うRTA(リアルタイムアタック)という世界があるをご存じだろうか。

 「壁抜け」に「一部強制戦闘のスキップ」など多彩なバグ技を駆使し、ダッシュ機能がないなか疑似ダッシュで駆け抜けるアクションパート。稲作を利用して時間を飛ばすことで米づくりにかかる時間を圧縮する稲作パート。

 発売とほぼ同時期から研究が続けられており、普通にプレイすれば約30時間かかるクリアタイムも、いまや1時間35分35秒(世界記録「1:35:35.49」)にまで縮まっている。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
『サクナヒメ』RTAの記録の推移。
(画像は「Speedrun.com」より)

 時期は12月──米づくりからは縁遠い季節ではあるが、国内最大のRTAイベント「RTA in Japan Winter 2021」に、『天穂のサクナヒメ』RTA現世界記録保持者であるratiltさんが出走。季節外れの黄金色の稲穂が実ろうとしている。

 稲作をする『天穂のサクナヒメ』でRTA?計算された手抜き稲作とはなんなのか? 「RTA in Japan Winter 2021」出走タイトル発表においてもひと際注目を集めていた。

ratiltさんTwitterアカウント

 そんな疑問が尽きない『天穂のサクナヒメ』RTAの謎を解き明かすべく、走者であるratiltさんにインタビューを実施。最高に速いお米を育て上げるその真髄に迫った。

文/小林白菜
取材・編集/竹中プレジデント

ダッシュ機能がない『天穂のサクナヒメ』でダッシュする方法

──普通にプレイするとクリアまで30時間近くかかると言われている『天穂のサクナヒメ』ですが、ratiltさんの持つ世界記録では1時間35分35秒でクリアされています。ここまでタイムを縮めるにはどのようなテクニックが使われているのか教えていただけないでしょうか。

ratilt:
 まず、アクションパートの基本にして一番大変なテクニックがあるんですが、それが何かというと……「移動」なんです。

──「移動」……ですか。

ratilt:
 はい。じつはこのゲーム、「ダッシュ」機能が存在しないんですよ。普通にスティックを倒すだけだと早歩きくらいしかしてくれないんです。

 でもRTAなので可能な限り早く移動したい。じゃあどうするのかというと「疑似ダッシュ」をします。

──「疑似ダッシュ」とはいったい……?

ratilt:
 「下弱攻撃」を行うことで、サクナ(プレイキャラ)が前に向かって鎌を振るんですが、同時にちょっとだけ前に進むんです。そのあとに方向キーを進みたい方向に2回入れると、「速歩」と呼ばれるステップで、さらにちょっと前に出る動作を行います。

 そして、この「下弱攻撃」と「速歩」って、互いにモーションをキャンセルし合う関係なので連続で行動できる。「下弱攻撃」と「速歩」を連続で入力(下弱→右右、下弱→右右、下弱→右右……)することで、ダッシュしているように見えるくらい素早く移動が可能になるんです。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
ダッシュしているように見えるが、「下弱攻撃」と「速歩」を連続で出すことで疑似ダッシュをしているらしい。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

──えー! ものすごく忙しいですね。

ratilt:
 忙しいですし、かなり疲れます。RTAを走っていると終盤あたりはもう手がパンパンになっちゃうくらいで……。

 でもいざRTAでタイムを削るとなったら必須技術なんですよ。この疑似ダッシュをRTA中ずっと正確に出し続けるっていうのが難しいところでもあります。

──タイム短縮するために必須な技術として、疑似ダッシュ以外にはどのようなテクニックがあるんでしょうか?

ratilt:
 代表的なものだと、「壁抜け」や「一部強制戦闘のスキップ」があります。これらはRTA最初期(2020年12月)から使われ始め、いまでも現役で活躍しているテクニックです。

 「壁抜け」は行き止まりなど本来は進めない場所の壁をすり抜けてショートカットするテクニックで、「一部強制戦闘のスキップ」は敵を全滅させないと先に進めないエリアの判定領域を飛び越えることで戦闘を発生させずに突破するテクニックになっています。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
進行ルートを大幅にショートカットできる壁抜け。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

──壁抜けできる箇所って決まっているんですか?

ratilt:
 そうですね。特定の入力を行うだけで壁抜けできる箇所もあれば、フレームレート【※】を60fpsから30fpsに変えることで、衝突の判定が緩くなる箇所もあります。

※フレームレート……映像が1秒間に何枚の動画で構成されているかを示す数値。高いほど、映像が「ぬるぬる動いている」ように感じられる。

 ただ、毎回その操作を挟むのもタイムロスにつながるので、設定を変えずに壁抜けできないかは研究されていて、結果、操作テクニックとしては高度化するけれど、60fpsのまま抜ける方法が多数開発されてきました。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
場所によってはフレームレートを調整することで……。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
壁抜けできるように。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

──ちなみに壁抜けをしている間、プレイヤー側としてはどのような操作をしているのでしょう?

ratilt:
 箇所によって入力はさまざまなのですが、代表的なものだと「下羽衣(R)2回で壁にめり込みつつタイミングよく速歩(右右)で壁抜ける」。複雑なポイントだと、「速歩(右右)→ジャンプ(B)→下羽衣(R)→右飛燕(A)→右上羽衣(R)→右羽衣(R)→右飛燕(A)」でようやくひとつの壁を抜けられたり……。

──はぁ……。

ratilt:
 すいません。わからないですよね(笑)。RTA in Japanでの解説でもなるべく触れたいとは思っているのですが、一連の入力は本当にさまざまですし、とにかく目まぐるしいので解説が追いつかず、「ここ壁抜けします」くらいで済ませちゃうかもしれません。

RTAでも稲作からは逃れられない『天穂のサクナヒメ』

──『天穂のサクナヒメ』にはアクションパート以外にも米を育てていく稲作パートもあります。稲作パートにおけるタイム短縮のテクニックはどのようなものがあるのでしょう?

ratilt:
 アクションパートは、「壁抜け」や「一部強制戦闘のスキップ」などグリッチ(バク技)を駆使できる余地がけっこうあるんですが、稲作まわりではそういうのが見つかっていなくて、稲作をサボったり誤魔化したりすることが難しいんです。

 RTAでも稲作からは逃れられない、それが『天穂のサクナヒメ』です。なので、いかに稲作を手抜きできるか、というのが大事になってきます。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
逃げられない稲作。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

──稲作からは逃れられない。

ratilt:
 はい。その代わり、米づくりに要する時間を短縮するために、稲作を利用して時間を飛ばすテクニックが使われています。

──……時間を飛ばす?

ratilt:
 このゲームの稲作パートって、田植えをするとか、収穫をするとか、特定のイベントがあるんですけど、その中に自動で時間が経過するポイントがあるんです。

 そこでゲーム内部の計算結果がマイナスになるように調整すると、まる1日分の経過時間が上乗せされる。これにより、稲が成長しきった後の翌春までの時間を圧縮が可能になります。

 これを利用してタイム短縮を狙う技で、誰が名付けたのかわからないんですが、いつの間にか「稲架掛けメイド・イン・ヘブン【※】」って呼ばれています(笑)。

※メイド・イン・ヘブン……『ジョジョの奇妙な冒険 第六部 ストーンオーシャン』に登場するキャラクター「エンリコ・プッチ」の、時間を加速させる能力を持つスタンドの名前から取ったものと思われる。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
稲架掛け完了のタイミングを調整することで時を飛ばす。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
稲架掛け後、ググっと時間が進行していった。これが「稲架掛けメイド・イン・ヘブン」。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

──すごい名前ですね(笑)。

ratilt:
 稲作パートって、春から夏~秋のはじめにかけて稲を育てて収穫までするので、RTAの場合、秋から冬にかけては、ひたすら団子(ご飯)を食べて過ごすしかないんです。

 団子を食べるにも、朝起きて、母屋に入って、夜ご飯を食べる、そこから翌朝へと時間がかかります。「稲架掛けメイド・イン・ヘブン」を使うと、この1日分のサイクルをカットできるんです。

──タイム短縮を狙ううえでかなり重要なテクニックなんですね。

ratilt:
 いまもこの「メイド・イン・ヘブン」シリーズは研究が進んでいます。その結果、「このタイミングでも起こせるぞ」という場面が増えていて、もう少しタイムを圧縮できないかの試行錯誤が続いています。

稲作をする『天穂のサクナヒメ』、稲作をしない『天穂のサクナヒメ』

──『天穂のサクナヒメ』発売から約1年経っているわけですが、RTA的にはどんな状況なんですか?まだまだタイム更新の可能性は残されているのか、それともある程度行きついているのか。

ratilt:
 現状で言えば、詰まるところまで詰まってきてはいます。

 『天穂のサクナヒメ』RTAの歴史的なところを交えてお話すると、2時間を切るくらいまではチャートの改修が記録更新するうえで比重が大きかったんです。

 いかにアクションを上手く、素早く敵を倒すのかというのも当然あるのですが、それ以上にチャートの組みかた……どのステージをどういう順番で攻略するのか、どういう武器を作って、この季節にはここを攻略してっていうところのほうが大きく影響していました。

──チャートの改修が記録更新のうえで重要だったと。

ratilt:
 ええ。例えば、今では「手抜きをしつつもちゃんと稲作をする」のが主流なのですが、「稲作を完全放置する」チャートも存在しました。肥料もやらず、草も抜かず十数年間ずっと団子を食べ続けて過ごすという。

──稲作をしなくても『天穂のサクナヒメ』はクリアできるものなんですね。

ratilt:
 稲作を一切しなかった場合でも、1年ごとに最低限のステータスが積み上がっていくんです。

 最初期のRTAでは、手間暇掛けてステータスを確保するより、最低限の成長保証を積み上げていって、同じくらいのステータスまで持っていくほうが良いんじゃないかという説が僅かな期間ですがありました。

──でもいまでは稲作はちゃんとやる。やはり稲作からは逃れられない運命に。

ratilt:
 稲作からは逃れられてないですね。クリアに必要なステータスを確保して、あとはいかに手抜きできるか。工程の簡略化が進んだ感じです。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
いかに手抜きできるか。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

──より効率のいいチャートを見つけた人が記録を更新していく。そのくり返しだったわけですね。

ratilt:
 そうですね。AUTOMATONの記事【※】でも紹介されたki-zuさん、現在世界2位の記録を持っているメタペンさん、そして私。おもにこの3人で競い合いながら、チャートを洗練させていったというのが今に至る歴史です。

 本当に最近まで、記録的には1時間40分くらいまではまだ若干違っていたんですが、現在はチャートが統合され始めました。そのため、現在トータルのタイムに関わるいちばん大きい要素は「運」になってきてはいます

──運というのはどう絡んでくるんでしょう?

ratilt:
 おもにアイテムのドロップですね。チャート上、このアイテムはここまでに◯個ほしい、みたいな目標値がいろいろあるんですけど、運が悪いと全然足りてなかったりして。

 チャートはあくまで理想通りに進めたら、で組んでいるので、アイテムのドロップ数しだいでは走りながらルートを切り替えていく必要があります。

 アクションパートをプレイしながら、アイテム数を把握しつつルートについても考える。運に左右されるのが大変なところであり、おもしろいところでもあります。

塩1個のために2/60フレームの目押しを成功させる

──基本的にチャート改修によって記録が更新されていき、いまでは運に左右される要素が強いとのことですが「壁抜け」や「一部強制戦闘のスキップ」のようなタイムを短縮できるテクニックって新たに発見されていないんですか?

ratilt:
 大幅なタイム短縮ができるわけではないのですが、セーブデータ間でアイテムを持ち越すという技が見つかりました。

──アイテムを持ち越す、というのは……?

ratilt:
 このゲームには探索度という項目があり、上げていくことでマップが解放されていきます。探索度を獲得するために塩を6個手に入れたいステージがあるんですが、確定で入手できるのは宝箱からドロップする5個だけなんです。

 あとひとつは探索して手に入れる必要があります。……が、塩のドロップ確率がものすごく低確率で、本来なら運頼りになってしまう。

 そこで、他のセーブデータからアイテムを持ってきて、普通だったら5個しかゲットできない塩を10個手に入れるのがこのテクニックになります。

──なるほど……。操作としてはどのようなことをしているのでしょう?

ratilt:
 手順としては、まず宝箱を開ける前の「塩をとる前のデータ」をセーブ。そして、宝箱を開けて塩を手に入れたらすぐにステージを脱出して「塩をとったあとのデータ」を別でセーブします。

 次に、「塩をとる前のデータ」をロードして、再び宝箱を開けるために攻撃を当てる直前にポーズして「塩をとったあとのデータ」をロードするんです。

 これにより、セーブデータをロードするまでに攻撃モーションが持続し、宝箱から塩を獲得した判定が「塩をとったあとのデータ」に入ります。結果、塩を10個ゲットできる。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
攻撃モーション中、宝箱を開ける前にロード画面へ。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)
天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
この状態でロードすることでアイテムを増やせるそうだ。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

──本来はドロップしだいな探索度を確定で上げることができる、と。

ratilt:
 はい。2/60フレームのタイミングを、ピッタリ目押ししなければならないので、安定させるためにはある程度練習が必要だと思います。私も何回もRTAに挑戦していくなかで身体が覚えていった感じです。

 このテクニックを使わないと、アイテムドロップの運頼みになるため、30秒から1分くらいのロスに繋がってしまうんです。RTAでの必須テクニックになっていると言えます


RTAに挑戦し続けた結果、画面が見えなくても進められるように

──ちなみにratiltさんは『天穂のサクナヒメ』をどれくらいプレイしているんでしょう?

ratilt:
 最初に購入したNintendo Switch版で200時間くらい。RTA関係なく普通にプレイしていたのですが、そのうちRTAに挑戦するようになって……ロード時間などの関係でより有利だということでSteam版を改めて買って、こちらは720時間くらいプレイしています。

──合計で920時間……毎日2、3時間くらいずつプレイしている計算になりますが、これだけRTAを走り続けていると、しんどかったり大変だと感じるときってないんですか?

ratilt:
 そうですね……記録が2時間をきったあたりから、私とメタペンさんの更新合戦になっていったんですけれど、メタペンさんの記録を抜けない時期が続いたときですね。

 辛いというほどのことではないんですけど、あれこれ試してもうまくいかず、苦戦していた時期ではあります。

──当然ですが、徐々に記録更新は難しくなっていくわけで……。更新合戦はアツい展開ではありますが。

ratilt:
 メタペンさんが更新する前に自分が出していたワールドレコードというのが、めちゃめちゃ運が良かったときの記録だったんです。

 出現率が低い素材も漏れなく集められて「これだけ運勝ちしたらしばらく更新できないわ」と思っていたら、1週間経たないうちにメタペンさんに更新されて(笑)。やりかたを変える必要を感じてチャートの詰めに戻ったりして。

──記録が伸びないときは辛いかもしれませんが、そういう競い合う人がいるからこそ、記録更新に繋がっていくんでしょうね。

ratilt:
 まさにそうですね! 記録更新できたときの達成感も大きいんですけど、競い合うライバルがいて、「こういうのはどうかな?」と提案し合う仲間がいて。そういうコミュニティとしてのやりとりも含めてRTAという遊びかたのおもしろさかなぁと思っています。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
競い合うライバルたち。
(画像は「Speedrun.com」より)

──RTAにハマった前後でなにか『天穂のサクナヒメ』をプレイするときの感覚に変化ってあるんでしょうか? 例えば、普通にプレイするだけだと物足りなくなってしまうような。

ratilt:
 それに関しては大きく変化はないですね。普通にプレイしてもめっちゃ楽しいですよ!

 ただ、アップデートの直後は、仕事が手につかなくなることがあります(苦笑)。「これはこう使えるんじゃないか」とチャートを考えてしまったりとか。

──それは大変ですね(笑)。

ratilt:
 ああ、ただ、ゲーム内の時間が夜で画面が暗くてまともに見えなくても進めるようになったのはRTAを走るようになってから変わった点でしょうか。

──画面が見えなくても進められる、とはどういうことなのでしょう?

ratilt:
 『天穂のサクナヒメ』には昼と夜があって、夜になると真っ暗になってしまうんです。本当にまともに見えないくらい。

 ですので、最初のころはなるべく昼に進めるようにチャートを組んでいたんです。でも、何度もくり返していると慣れるのか、RTAを走り始めてから2、3ヵ月くらい過ぎたころには、見えない状態でも正確にステージを把握できるようになって、真っ暗でも問題なくプレイできるようになったんですよね。

 『天穂のサクナヒメ』RTAを走っている方と話しても、みなさん同じようにステージを正確に把握してプレイされていうようなので、『天穂のサクナヒメ』RTA走者はおのずとそうなっていくのかもしれません。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
真っ暗でなにも見えないが、ステージを把握することで進められる。
(画像は「天穂のサクナヒメRTA Any% 1:35:35」より)

ゼロから手探りで詰めていった『天穂のサクナヒメ』RTAの歴史

──いまでこそチャートが統合されて詰まってきた『天穂のサクナヒメ』RTAですが、最初期のころってどのような雰囲気だったんですか? 

ratilt:
 そうですね……。私が『天穂のサクナヒメ』RTAを始めたのが2020年の12月くらいなんですが、先駆者は少なかったんですけど、公開されている動画を参考に「こうやったらもうちょっと早くなるんじゃないか」とか試行錯誤しながら走り始めました。RTAの土壌が整っていたと言える状況ではなかったですね。

──すでに方法を確立した先駆者がいれば、参考になるチャートは出来ているので、まずはそれに沿ってプレイできると思うのですが、発売されたばかりの『天穂のサクナヒメ』ではそれができない。どのようにチャートを作っていったんでしょう?

ratilt:
 言葉にするとすごくシンプルなんですが、ちょっと進めてはセーブを残してのくり返しですね。「こうやって進めていったらこのイベントを引いちゃう」というのをひとつひとつ検証していく。

 それをもとに「理論的にはこうするのがいいんじゃないか」と推察をして、実際に走ってみる。その積み重ねです。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
ratiltさんがまとめた『天穂のサクナヒメ』RTAでチャート資料の一部。

──地味ながら大変な作業ですね……。

ratilt:
 でも自分の感覚としてはチャート作りがいちばん楽しいんです。

 新たな発想でまだ誰も試していない要素を組み込んだり、逆に他の走者さんのチャートから相性のいい部分を取り入れたり。さながら品種改良のようですね。新しいチャートを思いついた時は早く走って試したくてワクワクします。

 当時はみんなゼロから初めていて、何もかも手探りでしたね。チャートの作りかたも、走者ごとに全然違っていました。全員が思い思いの、自分がベストだと思うチャートを独自に進化させていったと言いますか。

──なるほど。手探りでチャートを作っていくのがratiltさんにとってRTAで楽しみを感じるポイントなんですね。

ratilt:
 そもそも、実際にRTAを走るのは『天穂のサクナヒメ』が初めてなんです。

──えっ、そうなんですか!?

ratilt:
 はい。もともと、いろんなタイトルを幅広く遊ぶというより、1本のタイトルをじっくり遊ぶタイプではあるんですが、『天穂のサクナヒメ』くらい深くやりこんだのは今作が初めてでした。

──RTAという遊びかたを知ったのっていつころなんです?

ratilt:
 最初に知ったのは動画だったと思います。10年くらい前から、『ゼルダの伝説』シリーズのRTA動画をよく見ていました。いわゆる「3Dゼルダ」と呼ばれる、『ゼルダの伝説 時のオカリナ』以降のタイトルがとくに好きで。

──ratiltさんにとって、RTA動画のおもしろさを感じる部分ってどのあたりにあるんでしょう?

ratilt:
 「そんなやり方があるんだ!」っていう驚きもそうですし、そのやり方を編み出すプレイヤーの情熱みたいな部分にも惹かれます。走者になったいまはそこに“共感”という気持ちも生まれています。

──なるほど。視聴者から走者として自分も走ってみようと、RTAの世界に踏み出したんですね。

ratilt:
 「RTAを始めよう!」と思って始めたわけではないんです。『天穂のサクナヒメ』を遊んでいて、「このゲームでRTAという遊び方ができたら楽しそうだな」と思ったのが、RTAを始めたきっかけでした。

現ワールドレコード保持者が最高に速いお米をお届け

──視聴者から走者になったratiltさんは「RTA in Japan Winter 2021」にも参加されるわけですが、やっぱりRTA走者としてRTA in Japanは目標のひとつになっているんですか?

ratilt:
 そうですね。私自身、『天穂のサクナヒメ』のRTAを始める前から、いち視聴者としてRTA in Japanはずっと追ってきたので、自然と目標になっていました

 私だけでなく、RTA in Japanに出走することを目標のひとつにしている走者の方も多いと思います。

──出走発表のツイートが話題になっていて、注目度の高さがうかがえます。

ratilt:
 今回、参加表明のツイートが伸びたのは、ゲームの内容を知らない方っていうのも多いからだと思うんです。

 『天穂のサクナヒメ』を「稲作をするだけのゲーム」だとイメージしている方もいらっしゃって、そこで「稲作のRTAってなんだ!?」と盛り上がったというのもあるのかなと。

──確かに。稲作に対する反応が多かった印象です。RTA in Japanで注目してほしい、ここを見ておくとより楽しめる的なポイントがあれば教えてください。

ratilt:
 『天穂のサクナヒメ』をプレイしたことがある方なら、アクションパートの効率化や、壁抜けや戦闘スキップなどのテクニックを観ているだけでも楽しめると思います

 「ここで壁抜けするのか!」とか、倒さないと先に進めないはずの敵をまるっとカットしちゃうみたいな。アクションゲームなので、直感的に楽しめるRTAかなと。

──逆に稲作パートについてはどうでしょう?

ratilt:
 稲作は適当にやっているように見えて、綿密に計算されていると言いますか、「どこまで手を抜いていいか?」を見極めた上での効率化になっているので。プレイ画面だけを見てもいまいちわからないところも多いと思うんです。

 ただ、とくに稲作パートは未プレイの方含めて注目してくださっている部分だと肌で感じているので、できるだけプレイしたことがない人でも楽しめるように、どこを解説して、どこを省略するか。当日の台本について詰めているところです。

直近のアップデートでまさかの修正が

──最後にこれは若干余談になるのですが、『天穂のサクナヒメ』RTAで世界記録を出したときも、何箇所かミスと思われるシーンがありまして。これはまだまだ記録更新の可能性は残っているのかなあと、RTA in Japanでの世界記録更新を期待してしまいます。

ratilt:
 記録更新の可能性はまだまだ残っていると思います。ただ、つい先日(2021年12月2日)アップデートが入ったんです。ここで入った修正がRTA的になかなか厳しくて……。

天穂のサクナヒメ サクナヒメ RTA 世界記録 インタビュー
問題だったのは「その他、軽微な不具合修正」のところ。
(画像は「Steam:天穂のサクナヒメ」より)

──ほう。それはどんな修正なんでしょう?

ratilt:
 ゲーム後半で、島の火山が噴火してしまい、田んぼが駄目になってしまうという展開があるんです。

 そこでゲームとしては、サクナの能力がすべて半減してしまい、そのステータスを回復するために島中からアイテムを集めることになるんですね。でもじつは、実質的に半減していないステータスがあったんです。

 それが「食力」というステータスでした。この「食力」は食事をした際の能力値へのボーナスに関わるものなのですが、この半減が機能していないのが、必要最低限のアイテムのみ回収して進みたいRTA的には非常にありがたかったんです。それがアップデートで機能するようになってしまったようで……(苦笑)。

──半減していなかった「食力」が、半減するようになってしまった。

ratilt:
 噴火後のステータスが半減している中、食事のボーナスで能力を盛って戦っていたので、これまでより能力の低い状態で進むことになります。

 しかも、しかもこの「食力」の能力減を回復するためのアイテムは噴火後ボスラッシュの最後のボスを倒さないと入手できないんです。だから「食力」が回復するころにはもうラスボス戦なんですよね。

 アップデートが入った後、界隈で集まって内容を見ながら、「これは使えそう」、「この仕様変更はありがたい」みたいに盛り上がっていたんですが、この修正に気付いてからはもうてんやわんやで。えらいこっちゃと。

──RTAを走っていなくても、一大事なのが感じとれます。アップデート後にも走られていると思うんですが、体感としてはいかがでしたか?

ratilt:
 後半の攻撃力がガタ落ちするのが大きいです。ボス戦にかかる時間が増えてしまいました。ボス戦での戦いかたについてはまだまだ研究を続けているので、本番までにどれだけ仕上げられるかですね。

 あとは、アップデート後に改めてチャートの検討を重ねていて、RTA in Japan本番ではさらに進化したチャートで走る予定です。

──おおっ、RTA in Japan本番を楽しみにしています!

ratilt:
 本番直前のアップデートという逆風の中ですが、ヒノエ島(本作の舞台)の叡智を結集して仕上げたチャートで本番に挑みます。

 のんびり農業とはほど遠いハイスピードな展開で、既プレイ未プレイ問わず楽しんでいただけると思います。速さを求めた豊穣神がいかなる姿なのか、ぜひその目でお確かめください!

(了)


 ダッシュ機能がないにも関わらず疑似的なダッシュを編み出し、「壁抜け」に「一部強制戦闘のスキップ」などのグリッチ(バク技)を駆使して1秒でもステージを駆け抜け、米作りでは稲作を利用して時間を飛ばすことでタイム短縮を目指す。のんびり農業とはかけ離れていた『天穂のサクナヒメ』RTAの世界はいかがだっただろうか。

 『天穂のサクナヒメ』発売からまだ1年、発売当初は当然ながらRTA先駆者も少なかった。そんな環境のなか、研鑽しあうライバルとともに地道にチャートを洗練させていった積み重ねが現在の世界記録に繋がっているわけだ。

 ratiltさん自身、「そういうコミュニティとしてのやりとりも含めてRTAという遊びかたのおもしろさ」と語っていたことが今回の取材でとくに印象に残っている。

 さて、そんなratiltさんが12月26日15時8分(予定)より、「RTA in Japan Winter 2021」に出走する。タイトルはもちろん『天穂のサクナヒメ』RTAである。

 本記事ではできるだけ、『天穂のサクナヒメ』RTAを知らない人でもわかりやすいようにお届けしたつもりだが、それでも百聞は一見に如かず。実際の走りを見たほうが「すごさ」や「ヤバさ」は実感できるはずだ。気になった方はぜひ『天穂のサクナヒメ』RTAがどのようなものなのか、その目で確かめてみてほしい。

 

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