「マンガを布教する時に“全巻貸す”は絶対ダメ」大学の宗教研究者に“布教ノウハウ”を聞きに行ったら推し活でのNG行為が明らかになった
ニコニコニュース / 2022年5月19日 11時0分
推し活と宗教活動は似ている。
「言われれば、たしかにそうかも」、読者のなかにはそう思った人もいるのではないだろうか? 推しに熱狂している様子が「宗教っぽい」「信者のよう」と表現される場面は確かにある。
そして、推しの魅力を他人に伝えるとなると、これがなかなか難しい。「布教したいのに、推しの良さがイマイチ伝わらない」と、もどかしさを感じている人も多いはず。
推し活と宗教活動は似ている。
それなら、宗教の布教ノウハウは、そのまま推し活の布教にも使えるのでは?
そう考えた我々は、東京女子大学・東京通信大学非常勤講師で宗教学者である島田裕巳先生に取材を実施した。
「もっと推しを広めたい!」そんな人は、ぜひこの記事を最後まで読んでほしい。
好きな漫画をオススメする方法、イベントに人を誘うコツ、部活の勧誘で気をつけることetc…あらゆる推し布教に応用可能なノウハウを収録している。
しかも、ここで語られるノウハウは特殊スキルのようなものではなく、むしろ誰にでもできるシンプルな方法だったから驚きだ。
島田先生からは布教ノウハウだけでなく、宗教と推し活の共通点や、宗教とお金の切っても切れない関係など好奇心を刺激する話も聞くことができたので、そちらも合わせてお楽しみいただきたい。
本記事が、あなたの推し活ライフに役立てば幸いだ。
取材/トロピカル田畑
――自分の推しを布教する方法を宗教学者である島田裕巳先生に教えてもらおう、というのがこの取材のテーマとなっております。春になってあわただしく始まった新生活が落ち着いてきて、新しく出会った人に推しを知ってもらいたい人もおおいのではないでしょうか。
僕は大人のくせにミニ四駆が大好きでして……あわよくば今日お聞きするお話を元に、知り合いにミニ四駆を布教したいなとも思っております(笑)。
島田:
なるほど、たしかに春は人間関係がシャッフルされて新しい出会いがありますが、布教は人間関係ができあがる前までがチャンスです。それを越えて人間関係が出来上がってしまうとかえって布教が難しくなるかもしれません(笑)。
――おっと、いきなり取材の趣旨が危うくなりそうです。
島田:
いやいや、今からでも遅いということはありません。新しい人間関係が複雑になる前に推しを布教するのが重要ということです。宗教団体の実態を見ていくと、自分の夫や妻……パートナーを宗教に入信、改宗させることはかえって難しいと言えます。
――てっきり他人よりも親しい人のほうが布教しやすいのかと思っていました。
島田:
戦後、日本で新宗教が急速に広がっていったときでさえ、夫婦のうち片方だけが入信するケースが多かったんです。そうした場合、最後まで自分のパートナーを改宗させることができないか、何年もかかる場合が少なくありません。
――ということは、初対面の人と接する機会が増える春は、やっぱり推し布教のチャンスだということですね。
■ライブ会場は現代の教会か?――宗教とエンタメの関係
――では、推し活における具体的な布教のノウハウを聞く前に……そもそもライブで観客が熱狂している様子を「宗教っぽい」と表現したり、作品のゆかりの地に旅行したりすることを「聖地巡礼」と呼んだり、「推し活」と宗教活動には似ている点があるという僕の認識は合っていますでしょうか?
島田:
私も推し活と宗教活動は似ていると思いますよ。宗教には堅苦しいイメージがありますが、一方で非常にエンタメな側面を持っています。
たとえば、ロックのジャンルの中に「クリスチャンロック」というものがあります。演奏の仕方はまさにロックですが、歌の内容は神を讃えているものです。
――(紹介された曲を聴いて)詳しい英語はわかりませんが、「ハレルヤ」と歌っているのは聞き取れます。クリスチャンロックというのは、仏教でたとえると「現代風にした念仏」という感じでしょうか?
島田:
仏教にもエンタメの要素はあります。お坊さんがする説法に落語のような人情噺があったり、念仏を唱える時に、お坊さんの読経にあわせて聴衆が「なんまいだ~!」と答えるコールアンドレスポンスがあったりしますよ。
――コールアンドレスポンスの要素だけ取り出せば、まるでアーティストのライブ会場ですね。
島田:
なるほどライブ会場ですか……イエス・キリストや布教師をアーティストだとすれば、そのままテレビ教会になりますね。
――テレビ教会というのはいったい何ですか?
島田:
アメリカにはキリスト教福音派と呼ばれるものがあって、そうした宗派の牧師は「テレビ教会」というショー番組を放送しています。その内容はかなりエンタメの側面があって、布教師に当たる人物がテレビ番組のMCとして進行をして、歌あり、ダンスあり、面白いジョークもあり、それが大体1時間ぐらいのパッケージになっています。
バラエティ番組と違うのは内容がキリスト教の信仰にもとづいていること。そして番組には寄付を募るテロップが表示されるので、視聴者はそこへ寄付をする仕組みになっています。
■推し布教の極意――絶対に弱気になるな、強気でいけ!
――宗教と推し活、エンターテイメントの関係を教えていただきましたがそのうえで、推しを布教するためにいろいろな宗教の布教のやりかたを教えていただきたいのですが……。
島田:
具体的な宗教ごとの布教方法の話をする前にまず、絶対にやっちゃだめな布教の方法を教えますね。
それは「弱気」。人間は言葉にすごく弱い。誰が言った言葉か、どんな根拠があるのか、わからない言葉でも人は信じちゃうし、実践しちゃうんだよね。
だからそこに根拠なんていらない。ガツンと強気の言葉をぶつける。そうするとそのまんま信じちゃう。これがシンプルで一番効く。だから宗教に限らず悪い人たちはみんなこの方法を使う(笑)。
――根拠のない言葉を普通の人が言っても信じてもらえるんでしょうか?
島田:
これが効くんですよ。戦後に勢力を伸ばした、とある仏教系の新宗教は過激な布教でたびたびニュースになりました。相手の家にある仏壇を庭に放り投げて焼き払ったり、それぐらい強気の布教をやって急速に勢力を拡大しました。
――ということは、漫画を友達に布教するときに「3巻まで我慢すれば面白くなるから」みたいな話し方は?
島田:
だめでしょうね。弱気な薦め方をしても楽しそうに感じませんから。まず、布教をする本人が熱狂して興奮状態にあることが一番大事です。「この仏、信じてもつまらないかもしれませんが……」って言われても困るでしょう(笑)。とにかく強く出るわけです。
これは身近な例なのですが、とある難関大学に合格した女の子が「大学ではのんびりしたサークルに入りたいな」と思っていたのに、厳しい体育会系の部活のマネージャーになったパターンがありました。
興味深いなと思って、少し事情を聞いてみると、勧誘のときに「ウチの部活は日本一を目指してる! 部費も1億円を超える体制でやってる! 監督は日本一になった大学で指導していた!」と、こんな感じで熱く説かれたらしく、これが結構効いたようなんです。ただ、強い言葉でやり込めたってだめで、熱狂状態を伝染させる必要があるんですね。
――そうすると、入る気もなかったガチ体育会系の部活にマネージャー入部しちゃったわけですね。強気の布教おそるべし……。
■「貸すな、与えろ!」――最強の漫画布教ノウハウ
――さっきの話で言うと、漫画を貸すときには「絶対おもしろいから読んで!」と強く言うほうが望ましい、ということでしょうか?
島田:
まず貸すのが良くない。布教のときに手軽であることはあまりプラスではありませんね。相手に何かを乗り越えさせる必要があります。
何かを手に入れるために努力しなきゃいけないっていうことは何かにハマるときにかなり大切です。
――これまでアニメを人にすすめるときは「アマプラで配信しているよ!」って伝えてましたが無料で見れるのは乗り越えた感はたしかにないですね。
島田:
その布教の仕方は、あんまり効かないかもしれませんね。やっぱり、神の国に行くためには何かの障害を乗り越える要素がないと。たとえば全部が10巻だとしたら、はじめの5巻くらいを貸すのではなく、あげてしまう。相手がもっと読みたくなったら、あとは買わせる。全部は与えない(笑)。
――いままで全巻貸しちゃってました。はじめの数巻をあげちゃうのはやったことないです。これはすぐに実践できそうだと思いました。
島田:
与える部分が少なくてもあまり効きません。漫画の試し読みサービスってありますよね? あれも撒き餌で、最初は無料で与えてあとは買わせてハードルを乗り越えさせる。するとハードルを乗り越えたあとは、ドンドンのめり込んでハマっていく。
まぁ、漫画の試し読みはもう少し無料の部分を多くしてもいいと思いますよ、「こんなにもらっていいの?」というくらいあげてしまう。
ホテルの引き出しに聖書が入っていることがあるのはご存知ですよね。あの聖書は持って帰られることを願っておかれています。お金を払ってハードルを乗り越えさせる前段階は、ありがたい聖書の言葉も全部与えちゃうわけです。
――なるほど、あれはそういうシステムだったんですね。
島田:
扉の前までは連れてくるけど、扉は自分の力で開けさせるということです。
山奥の不便なところに出店してるラーメン屋とか、やたら遠いところにある蕎麦屋ってあるでしょう? ところが行ってお金を払いさえすれば、誰でも食べられるから実は乗り越えられるハードルになってるわけです。そうしてハードルを乗り越えた人間は、今度はハマっていく。
――それでも、やっぱりハードルを乗り越えてくれるだろうか……って思っちゃうんですけど。
島田:
もちろん漫画をあげたうえで「もういらないよ」と言われたら、それ以上は無理ですね。そういう場合はどんどん相手を変えて布教していくわけです。
■仏教式布教ノウハウ――折伏(しゃくぶく)と摂受(しょうじゅ)
――ここからは、メジャーな宗教で実践されている具体的な布教のメソッドを教えていただければと思います。
島田:
なるほど、では今日の世界宗教と呼ばれている宗教のうち、仏教・キリスト教・イスラム教の三大宗教から布教の方法を四つご紹介しますね。
まず、はじめは仏教について。仏教はお釈迦さんが悟りを目指した宗教で、その後の人たちっていうのは、悟りにいかに近づくかってことをやってきたんだけれど、時代が下るうちにいろいろ変容していきました。なかでも「折伏(しゃくぶく)と摂受(しょうじゅ)」という2つの方法をご説明します。
――折伏は、聞いたことがあります。
島田:
折伏は「折る」と「伏する」という言葉を組み合わせた言葉です。とある仏教系の宗教団体が、戦後に徹底してやった手法で、さっきお話した布教相手の家にある仏壇を焼き払ったりするような「強気の布教」の正体がこれです。
強引な手段を使ってでも改宗させるわけですね。相手をやり込めて、完膚なきまで説き伏せるという方法です。折伏の場合は「閉鎖的な空間」でおこなうのもポイントです。
――新入生歓迎会だったら部室とか、誰かの下宿ということですか? たとえば「今から部室でアニメの上映会やるんだけど来ない?」と言って閉鎖的な空間に誘う感じでしょうか?
島田:
閉鎖的な空間に半日もいると、自然と親密度は上がりますしそこは日常から離れた非日常の空間になります。孤独な人にはその親密さが効きますし、帰るに帰れない空間は「強気の布教」がやりやすいでしょう?
霊感商法で世間を騒がせたとある宗教団体は、大学の近くに一軒家を借りていて信者はそこで共同生活をしています。そこへ布教したい相手を一人でくるように巧く誘い出す。
ぼくもわざと引っかかったフリをして行ってみたことがありますが、一軒家という閉鎖空間で布教者が1対1の講義をして、食事をふるまい、最後に「また来てくださいね」と帰す。なかには「また来ようかな」と思う人もいるんじゃないかな。
――それだけ閉鎖的な空間での布教は効き目があるということなんでしょうね。ちょっと怖くなってきました。
島田:
折伏に見られるような強気の布教の悪用は厳禁です、社会問題に発展することもありますから。一方の摂受は、相手のことも考えて、そのうえで教えを穏やかに説いていく布教の方法です。
「こっちが全部正しいんだから信じなさい!」っていう折伏とは違って、摂受はそれぞれの人たちが抱えている悩みにフォーカスして、「だったらこうすれば救われるんじゃなかろうか?」という方向に持っていくんですね。
――ミニ四駆が好きな僕が、もし折伏で布教するとしたら……「ミニ四駆を遊んだことないなんて信じらんない!」みたいな感じでしょうか?
うーん、折伏か摂受か選ぶなら僕は摂受で布教していきたいです。折伏は友達が減りそうなんで。
島田:
たしかに折伏は効き目がある分、下手をすると友達は減るでしょうね。
かと言って摂受が非効率な布教の方法かと言うとそうでもありません。考えていただきたいのですが、完ぺきに幸福な人はいないわけで、誰もが何かしらの悩みや孤独、埋められない心の隙間を抱えているわけです。摂受はそこにアプローチする。
――たとえば、上京してきて寂しそうにしている人には、話を聞いてあげたうえで「ミニ四駆を通じて友達づくりができるよ」と声をかける感じでしょうか?
島田:
そうですね。自分が薦めようとしているものをいったん抑えて、まず相手の話を聞く。そのうえで、相手の状況を見極めて、この人に一番ぴったり合うものは何かを親身に考えてあげるわけですね。
――まとめると、折伏が有無を言わさず推しを布教する方法、摂受は相手の置かれた状況を考慮したうえで推しを布教する方法ということですね。
■キリスト教式布教ノウハウ――サビエルに学べ!
島田:
次にお伝えするのは、キリスト教の場合の布教の仕方。例えば16世紀の日本にフランシスコ・ザビエルが来ましたよね。
彼はイエズス会という修道会に属していました。イエズス会は商売をしながら布教するのはご存知ですか?
――不勉強ながら、今知りました。
島田:
わざわざポルトガルから日本までやって来て、布教するんですからお金がかかる。そこで、他の修道会から批判を受けつつもイエズス会は貿易活動をやりながら布教活動をしました。旅の道中でお金がかかるわけですが、実はイエズス会が商売をしていたのにはもうひとつ理由があります。
それは、布教をする土地の最高権力者に対して手厚い贈り物をする必要があったからです。
――贈り物をすることで、布教する際に便宜を図ってもらうということでしょうか?
島田:
そうです。ザビエルは最初、最高権力者は天皇だと考えて、天皇に許可を得て日本国内でキリスト教を布教しようと考えていたようですが、その頃は応仁の乱の後だったので、最高権力者が住んでいるはずの京都が荒れ果てていて、天皇も掘っ立て小屋に住んでいました。
そこでザビエルは方針を変更してはじめに上陸していた九州のほうに戻って、そこの領主に対して布教活動をおこなったようです。
つまり、個人をターゲットにするのではなく、まず権力者に取り入って「布教してもいいですよ」という状況を作ってそのうえで布教する。
――例えば、ミニ四駆を布教するために、会社の中で社長や上司に贈り物をしたうえで、社内でミニ四駆同好会を作って仲間を増やしていく……という感じでしょうか?
島田:
そういう感じですね。だいたい布教したいと思っても、既にその土地に根付いた宗教があるわけじゃないですか。だから、自由に布教ができる環境をまず作らないといけないんですよね。
贈り物という考え方は、権力者に対して便宜を図ってもらう以外にも布教では重要です。個人的な贈り物は、やっぱり効くんです。さっき漫画を布教するときには貸すのではなく、与えてしまうと話しましたが、贈り物をされると負い目ができて無下にはできなくなってきます。
豪華な貢ぎ物でなくてもいいんです。大学生の新入生歓迎会は基本的に上級生が飲食代を持ちますよね? 部員を多く加入させる必要がある強豪の部活では勧誘費を持たせる場合もあります。これも、一種の強気の布教ですね。
――イエズス会は権力者へアプローチすることで、布教活動の許可をもらった。同時に、そこには贈り物をすることで貸しを作っていった。ということですね。
島田:
やっぱり人間って、恩を被ってしまうと、その恩に対して報いなきゃいけないって思うじゃないですか。だから、その恩を感じさせるように、熱心に働きかけるところがやっぱり重要ですね。
■イスラム教式布教ノウハウ――帝国システムを作れ!
――ここまで、仏教の折伏と摂受、キリスト教の贈り物、と聞いてきました。4つ目の布教方法は何でしょうか?
島田:
4つ目の布教方法はイスラム教に学ぶ「帝国システムを作る」というやりかたです(笑)。
――急にスケールが大きくなってきました(笑)。
島田:
イスラム教はキリスト教に次いで世界第2位の信者数の宗教で信者の数は18億人ぐらいと言われています。ところが、キリスト教と違って基本的に布教活動はありません。
キリスト教も仏教も出家した聖職者が同時に宣教師であったりするので布教は重要なこととされていますが、イスラム教には聖職者はいないし、布教しようという考え方が希薄です。では、どうやってイスラム教が広がっていったかというとイスラム帝国の役割が大きかった。
イスラム帝国は戦争で他国に勝って勢力を広げていきましたが、そのときにはイスラム教徒が一番中心にいる形を採りつつ、他の宗教の信仰を持ってたとしても、税金さえ支払えばOKという寛容さがあった。
税金を払えばキリスト教徒として教会で活動してOK、ユダヤ教徒だったらシナゴーグで集まって活動してOKというふうに。
――イスラム帝国というくらいだから、てっきり他の宗教を認めないような強さによって勢力が大きくなったのかと思っていました。
島田:
ただし、その税金がポイントです。イスラム教徒になったほうが少し税金が安いわけですよ。すると長い年月をかけていけば……。
――なるほど! わかってきました。
島田:
だんだん平和的にイスラム教徒が増えていくわけですね。長い年月というのは1ヶ月2ヶ月の話ではなくて、100年200年のスパンをかけて少しずつ増えていくイメージです。
もうひとつポイントがあって、イスラム教は「法の宗教」と呼ばれているくらい色々な決まりごとがあります。宗教の場面だけでなく結婚や商売でも細かくルールが設定されています。そこにはイスラム教の預言者だったムハンマドが商売の人だったことが影響していると思われます。
イスラム帝国の勢力が広がって、国が大きくなっていくなかで統一されたルールがあったほうが生活が円滑に進むと思いませんか? 他の宗教を認めていても、イスラム教のほうが多数派であれば「みんなと同じルールで生活したほうがスムーズだ」となって、自然とイスラム教が増えていきました。こうして、個別に布教をしなくてもイスラム教が広まったわけです。
――ここまで壮大な話は、自分の推し布教に取り入れるのは難しいですが、でも実生活でも多数派にルールを合わせちゃうのはよくあることですよね。
島田:
そうです。どんな集団にも必ずルールがあるでしょう? そこにアプローチする方法ですね。
もうひとつ、イスラム教が広まった理由は子どもの数が多かったことが挙げられます。イスラム教が広がった地域は先進国に比べて出生率が高い傾向にあります。
――それは、堕胎が罪に問われたり、子供を生むことを奨励している……ということでしょうか?
島田:
いえ、単純に子どもの数が多いんですよ。なぜなら子供を生むことを奨励しなくても、性に関してイスラム教は割とオープンになっていて、戒律で「性的な行為が罪深いからやっちゃいけない」みたいなものはないんです。
そうして長いスパンをかけてイスラム教の子供が増えることで信者が増えていく。
――それもまた、気の長い話ですね。
島田:
推し活の場合でも、親子の布教は効き目があると思います。たとえば私は長年、歌舞伎のファンなのですが、歌舞伎やさらに宝塚歌劇団だと親子で観劇している場面が多くある気がしますね。
一番身近にいてかつ家庭という閉鎖空間、しかも自分より大きな存在である「親」というのは、人間が一番影響を受ける相手です。親から子に対しておこなわれる布教、これが一番定着率が高く強固なシステムです。
――確かに、親とキャッチボールしているうちに野球が好きになったり、家の本棚に置いてある漫画がきっかけでその作品を好きになったり、ぼくがミニ四駆に触れたのも子供の頃に手先が器用な父親がミニ四駆を作ってくれたことがきっかけでした。
島田:
信仰はそうして代々つながっていくことが一番強力なんです。それによって宗教団体が維持されるわけですから。
■推しの沼に沈める方法――いかにしてハマらせるか
――ここまで、推しにいかに触れてもらうかという、いわば布教の入り口の話を伺いました。次は推しを布教したあと、いかに相手を推しの沼に沈めるか、ハマらせる方法を教えてほしいです。
島田:
ある種の格差を、信者のなかに設けることですね。お金を費やしたり、何か努力をすることによって格差が生まれるようにする。たとえば、とある有名な劇団ではオフィシャルな組織ではない私的なファンクラブが多く存在しています。そのファンクラブの活動にどれだけ力を入れているかによって、いい席のチケットがもらえるかどうかが決まる。これもハマる仕掛けです。
――逆に、どれだけファンクラブの活動を熱心にしてもご褒美がなければ……。
島田:
それはのめり込めないですよね。ハマっていく仕組みがあるかが宗教でも重要になってきます。これは一人でやってる宗教や推し活では難しいですね。格差を作るにはある程度の母数がいる集団組織が必要になってきますから。
――たとえば、ミニ四駆の場合だったら、単に作るよりも、いろいろな改造パーツを購入して友人とレースをしたり大会に参加するのがのめり込む仕組みかもしれません。
レースで1位になったらちょっとした名誉があったり、非日常が楽しめるというか。
島田:
まさに、のめり込んでいくことが評価される世界であることが重要です。人間は評価されることに非常に弱いですから。
宗教団体によっては、内部で試験が課されることがあります。宗教の教義についての理解度を確かめるんですね。試験に受かっていくと、「先生」や「教授」と呼ばれる称号が手に入る団体もあります。
もちろん、その団体でしか通用しない肩書ですが、ひと昔前の大学に進学する人が少なかった時代からすれば、先生や教授は雲の上の世界だから、勉強してのめり込んでいく大きな動機になるわけですね。
宗教に限らず、どこでも会員がランク分けされているのはそういう理由です。
――門外漢からすれば、「そんなランクを上げて何が楽しいの?」という感想であっても、当の本人はめちゃくちゃハマっていけるわけですね。
島田:
人間は平等が大切だと謳っているけれど、同時に格差を求める部分も備えている存在です。
――たしかに、アイドルの握手会に通いつめて名前を覚えてもらったら嬉しいかも。
島田:
そうそう。何度通い詰めても自分を覚えてくれないアイドルは人気が出ないでしょうね。逆に一度会っただけで、名前や好きなものを全部覚えるアイドルがいたとしたら、ファンはどんどんハマっていくことができる。これは、銀座のクラブのママや、政治家の田中角栄氏がやっていたことでもあります。
■なぜ宗教にお金やエンタメが関係するようになるのか
――ここまでお話を伺って、現在の理論的なマーケティングやトークスキルが、有名な宗教では経験的に実行されてきたような気がしています。
そもそも宗教の始まりは悩んでいる人を救う純粋な目的で作られたはずなのに、布教する段階で急にお金や権力やエンタメ性のような俗っぽい要素が登場してくる気がして不思議に感じています。
島田:
逆に言えば、そうした布教のノウハウを持っていない宗教は世界宗教と呼ばれるくらいに広まったりすることが難しいし、長い歴史のなかで滅んでしまったりして残らないケースが多いということです。
私達の社会は経済活動と切っても切れない関係にある以上、結果的に経済活動も含めた布教ノウハウに長けた宗教が我々の身近に存在するようになる、ということではないでしょうか。
結局、今日に残っているメジャーな宗教では宗教活動と経済活動が混じり合っているんですよね。たとえば、お坊さんは寺で修行している間は経済活動ができませんから、現在まで伝わるなかで日本の仏教は密教的な加持祈祷を始めたり、仏教式葬儀を始めました。
――つまり、お祈りをしたり、お葬式をすることでマネタイズできるよう工夫したんですね。
島田:
さっき説明したイエズス会もそうですけど、現在の経済社会のなかで宗教活動をするには必ずお金が必要です。だから布教と同時にお金を儲けるための手立てを作らないと、宗教そのものが成り立たないわけです。
そうした流れのなかで、推し活にも共通するようなエンタメ性や信者がのめり込んでいくシステムを備えていったのではないでしょうか。
――インタビューの冒頭でお話してくださったテレビ教会は、福音派の布教の手段でありお金を儲けるための手立てでもある……。
島田:
アメリカにはテレビ番組で教会が寄付を募る下地があるけれど、日本では宗教団体がテレビ番組やSNSで寄付を募るのは難しいよね。日本の仏教にもお布施はあるけど、やっぱりお葬式でお金が動くビジネスモデルだから、SNSで知名度を上げたからといってお墓や戒名を買う人が現れたり、檀家になる人が現れるか、というとちょっとむずかしいですよね。
結果的に日本の伝統的な宗教でインターネットでの活動がうまくいっているところが少ないように見えるのは、ビジネスモデルと布教の場所がマッチしていない点に原因があるのかもしれません。
――街中で宗教のビラを配っていたりしますが、推しを布教したいからといって街中で自分の好きなアイドルのビラを配ってるような人は見たことないです。そのあたりにも宗教と推し布教の違いが現れているのでしょうか?
島田:
そうですね。宗教の街頭活動は、ごくまれな機会を捉えることが目的ですが、そのためには膨大な数の相手に声をかけないといけません。現代では、街頭のような現実空間ではなくネットの世界の広がりのほうが膨大な不特定多数の人間にアプローチできるということだと思います。
宇佐美りんさんが執筆した『推し、燃ゆ』という芥川賞を取った小説に登場する主人公はブログをやっています。BTSもファンがSNSを通して結びついています。現代ではそうしたSNS上での布教活動が街頭での布教活動の意味合い持っているということじゃないかな。
(画像は公式サイトより)
――もしキリストやブッダの時代にインターネットがあれば、SNSをやっていたと思いますか?
島田:
やったかもしれませんよ(笑)。仏陀だって、説教して回ったわけだから少なくとも弟子は有効に使ったんじゃないですかね。今度ブッダがそこに行くよとか。
■もし、布教がうまくいかなかったら
――布教から、すこしズレた話になりますが、推し活をしていると自分の推しに対するアンチに出会うこともしばしばあります。僕自身も好きなものに対する反対意見をネットで見かけると、気にしないように努力しても少し嫌な気持ちになってしまうことがあります。
宗教ではアンチに出会ったらどう対処するのでしょうか?
島田:
宗教の場合は、偉大な存在として神とか仏が設定されているわけです。そこに最後は任せる……という考えがあるんですよね。具体的に言うとアンチと出会った場合、自分が信じている神や仏をより強く信じることでなんとか乗り越えようとするわけです。
――本当に信じていれば、アンチの言葉なんて気にならないはずだ! 信心が足りない! みたいなことですか?
島田:
まさに、そのとおり。それに、不安の9割はなんとかなるって言うでしょう(笑)? だいたい時間が経てばなんとかなっちゃうから。
――(笑)。
島田:
まぁ、色々な宗教がありますが「悪い状況は良い方向に転じていくきっかけである」みたいな考え方は、宗教の基本的な部分に共通してると長年研究していくなかで私は思ってるんですよ。
宗教用語で言うと、「通過儀礼」の教えというものですが、苦難があってもこの試練を乗り越えれば次にいけるぞ!という考え方ですね。そうして、まずは前向きな気持ちになると悪い状況への対処の仕方も変わってくるしね。
――ということは、推しの布教がうまくいかなかったり、アンチに出会ったり苦難に直面したときは……。
島田:
もっと推せ、ということです(笑)。
[了]
さて、島田先生が語る推し布教のノウハウはいかがだっただろうか。
・オススメするときには強気で推す。
・マンガは全巻貸さずに、はじめの数巻をあげてしまおう。
・推し布教するときは、なるべく閉鎖的な空間で。
…etc
ここで紹介されたノウハウは推し布教にだけに留まった話ではなく、「何かを好きになってもらう」ときに役立つ普遍的な方法だと思う。
個人的には、親から子への布教が最も強固で効果があるという話が興味深かった。
思い返せば、自分がミニ四駆に触れたのは、手先が器用で模型が好きだった父親が子どもの頃に買い与えてくれたことがきっかけだった。
自分の趣味や好きなことには案外、親や周囲の大人の影響が多く有るのかもしれない。
推しを通じて、好きなことを共有できる友人が増えることは素晴らしいことだ。そこで得た人間関係は、きっと人生に大きな彩りを与えてくれる。
ここで紹介された布教ノウハウを、読者のみなさんはくれぐれも悪用するようなことはせず、ぜひあなたの推し活ライフに活かしてもらえれば、これほど嬉しいことはない。
■島田裕巳先生の最新著作はこちら
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