『セイバーマリオネット』あかほりさとる、『ロードス島戦記』水野良 レジェンドラノベ作家にぶっちゃけ話(真剣)をしてもらった! 「ファンタジーは書いたらダメ」「(初版7万部でも)売れないからやめましょう」と言われた時代
ニコニコニュース / 2022年5月30日 11時0分
取材・文/白鳥士郎
「俺には自分の作品が無い」
薄暗いタクシーの後部座席で男が放ったその言葉に、耳を疑った。
何も言えなくなった私を血走った両目で見ながら、男はもう一度こう言った。
「俺は代表作が無い。ロードスみたいなものは、ラノベじゃあ書けなかった。だから俺は歴史小説を書く。新しいジャンルで勝負する。だから、お前は……!」
肩が触れ合うほどの距離で何度そう言われても、自分の耳を信じることができなかった。代表作が無い? 何を言っているんだこの人は?
だってあなたは……あかほりさとるじゃないか。
あかほりは膨大な作品に携わってきた。
『NG騎士ラムネ&40』『セイバーマリオネット』『爆れつハンター』『MAZE☆爆熱時空』『天空戦記シュラト』『サクラ大戦』『らいむいろ戦奇譚』『MOUSE』『かしまし ~ガール・ミーツ・ガール~』……挙げればきりがないほどだ。
その同じ夜。
私はもう一人の男と並んで座りながら、再び耳を疑うような言葉を聞くことになる。
酒の飲めない私の横で静かにグラスを傾けながら、男はポツリと言った。
「僕が最後にできることは、ラノベ作家として死ぬことだ」
男の名は、水野良。
あかほりと同じように多くのヒット作を持つが、水野良という名前は常に、たった一つの作品と共に語られる。
『ロードス島戦記』。
それは水野のデビュー作であると同時に、ライトノベルと呼ばれるジャンルのデビュー作でもあった。
あかほりさとると、水野良。
私が2人に初めて会ったのは、4年近く前に遡る。
TRPGを筆頭としてボードゲーム全般に造詣が深い水野は、将棋も好きだった。そしてちょうど将棋ラノベがアニメ化したタイミングで、作者である私に声を掛けてくれたのだ。
その場には、あかほりと、そして2人の後輩に当たる鈴木大輔【※】もいた。鈴木の将棋の腕前はアマ有段者であり、ラノベ作家の中でも『あの人は強い』と前々からその噂は聞いていたし、もちろん作品も全て読んでいた。
※鈴木大輔……『ご愁傷さま二ノ宮くん』『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』作者。
2軒目では将棋盤も登場し、水野と鈴木の対局を、あかほりと一緒に観戦するという、これまた贅沢な時間を過ごした。
子供の頃に熱狂した作品の作者と、憧れの先輩作家。同じラノベ作家だというのに、目の前で3人が繰り広げるやり取りはまるで別世界のことのように面白く、華やかで……私はただ、見ているだけで幸せだった。
この時までは。
冒頭に書いた『事件』が起こったのは、その直後だ。
3軒目へ移動するタクシーの中で、酔いの回ったあかほりが突然、人が変わったかのように「自分の作品が無い」と言い出したのは……。
そのまま、あかほりは1人でタクシーを降りた。
3軒目は静かなバーだった。
用事を済ますため鈴木がいったん席を外すと、カウンターには水野と私だけが残された。
あの水野良と酒場で並んで座る――初めてロードスを手に取った中学生の自分が聞けば絶対に信じないであろう、夢のような状況にもかかわらず……私の頭からは、あかほりの言葉が離れない。
タクシーには水野も乗っていた。
ロードスという圧倒的な作品への羨望と嫉妬を隠そうともしなかったあかほりの姿を、水野はどう受け止めたのか? 果たしてそれを聞いていいものなのか……。
逡巡を続ける私を、明け方近くになって水野の口から零れ落ちた言葉が、さらに深い闇へと突き落とした。
「ラノベ作家として死ぬ」
私は結局、何も聞くことができなかった。
あの忘れ得ぬ夜から4年。
とあるニュースによってラノベ作家という職業が世間から注目を浴びたのを機に、もう一度、2人の話を聞きたいと思った。
ラノベ作家という職業の、本当の姿を理解するには、あの日の2人の言葉の意味を聞かなければならないと思った。
まずは水野に連絡を取ったところ、意外にも難色を示された。
「あかほりとの対談は以前もやったことがあります」
過去の焼き直しになるなら、やる意味が無い。まるで『ロードスの騎士』のように頑固で筋の通った反応に、背筋が伸びる思いがした。
ただ、こちらの意思が固いことが伝わってからは「わかりました。あかほりへの連絡はどうしますか?」と実現へ骨を折ってくれようとしたのもまた、あの青年を彷彿とさせる。
一方、あかほりからは「いいよ~」の一言。
作風どおりの両極端な反応に、思わず頬が緩むのを感じた。
ライトノベルという言葉が無かった時代
──ごぶさたいたしております! 突然の依頼を秒速でご快諾いただき、本当にありがとうございました!
あかほり:
いや~、久しぶりだねぇ。漫画原作の仕事が忙しくてさぁ。髪が伸びちゃってるだろ? これ、俺にとってはロン毛だから!
──ロン毛って(笑)。しかし往年のラノベファンは、あかほり先生の今の姿を見たら驚くと思いますよ。めちゃめちゃゴツくなっていらっしゃいますよね?
あかほり:
うん。今は俺、もうあんまり表に出てないのよ。ずっとラジオやってたんだけどね……一緒にやってた水谷(優子)さん【※】が亡くなっちゃって。それで、さ。
※水谷優子……声優。『ちびまる子ちゃん』お姉ちゃん役、『ブラック・ジャック』ピノコ役などのキャラクターボイスを担当。
──ああ……すみません。本当に、無理なお願いをしてしまって……。
あかほり:
いやいや。いいんだよ。うん。
おっ、水野良からLINEが入ってるわ……「ZOOMを起動したらアップデートが始まったから少し遅れる」だってさ。
──ZOOMミーティングあるあるのトラップに……しかし、こういう状況でもあかほり先生に連絡が行くんですね。本当に仲がいいなぁ。私は最初にお目に掛かった際に、びっくりして。あの水野良とあかほりさとるが、こんなに仲がいいだなんて。
あかほり:
そうかなぁ? 有名な話だと思うけど。
──正反対というか、ライバルみたいな関係なのかと勝手に思ってて……あ、水野先生がいらっしゃったようです。
水野:
すみません遅れまして! いや~、焦ったよ。
──今日は作品のこともですが、ラノベ作家としてのお2人をクローズアップしたいと考えています。4年前に聞かせていただいたお2人のトークがあまりにも面白かったので、それをぜひ多くの人にも読んでもらいたいと思いまして。今回は対談の企画を受けていただきありがとうございます。
水野:
いえいえ。
──ちなみにドワンゴの担当者として今回の企画をセッティングしてくださった竹中さんは、大学の卒論がラノベに関するものだったそうです。
あかほり:
へぇ~!
──TRPGのプレイ動画を見るのも趣味だそうで。今回は読者目線で記事を補足していただくため、同席していただいております。
あかほり:
TRPGだって。水野さん。
水野:
僕はTPRGの動画は見ないなぁ。
あかほり:
おい! あんた本家じゃないか(苦笑)。
──ははは!
あかほり:
白鳥君、いくつだっけ?
──40歳です。
あかほり:
竹中さんは? ……35歳? じゃあ俺が業界に入ったときはまだ生まれてなかったんだ。
──竹中さんはそうなりますね。
水野:
そりゃラノベが大学の研究対象になるくらいだもんね。
あかほり:
ラノベなんて言葉、無かったもんな。
水野:
無かった無かった。
──担当教授を頑張って説得して、なんとかラノベで卒論を書かせてもらったそうです。
水野:
文学部ですか? だったら……ねぇ。
あかほり:
そそそ! ライトなんて付けるくらいだからさ。昔はさんざん「お前らの書いているもんなんて文学じゃねー!」みたいなことを言われてきたわけよ。
──あかほり先生は時代小説『うそつき光秀』のあとがきにも書いていらっしゃいましたよね。ライトなものを書いてきた自分にとって、時代小説は聖域だったと。
あかほり:
今はライトノベルに誇りを持ってる人がいるよね。そういう人からは怒られちゃうかな? 一般小説書いてる人間が「ライトノベル書かせてくれ」って言ってくるような時代になったから。
──そうですよねぇ……一般文芸がアニメっぽい表紙にしてライト文芸なんて言って売るような時代になりました。
水野:
ライト文芸はライトノベルの方法論が一般文芸に浸透した、そういうものですよね。
あかほり:
ファンタジー小説もさ。そもそもやると売れねえって。だから『アルスラーン戦記』も、角川の『緑帯』っていうんだけど。あんとき、どこ見ても『ファンタジー』って書いてねぇんだよ。
これ、田中芳樹先生【※】に聞いたら「当時、ファンタジーって書いたら売れないから、編集部から絶対ダメって言われた」って。だからあれができたのが、すごかったんだよね。スニーカーができる前にあれができたから。
※田中芳樹……『アルスラーン戦記』『銀河英雄伝説』作者。
──アルスラーンは1986年ですよね。ロードスが88年出版ですか。
あかほり:
コンプティークの連中が頑張ってね。水野さん、あん時ってさぁ。スニーカー文庫の編集部って、コンプティークの編集と一般文芸の編集と、両方が出してよかったんだよね?
水野:
そうそう。スニーカー文庫は角川の文芸の編集部と、メディアオフィスの……コンプティークの編集部とか、そういう感じで。編集部っていう感じじゃなくて。
もともとは、角川文庫にあった『青帯』っていう、亜レーベルというかサブレーベルというか、そんな感じでしたから。それがスニーカー文庫という形で完全に独立して、スニーカー文庫『編集部』ができたんじゃなかったかな。
──当時の角川文庫は、帯でジャンル分けしていたわけですね。『緑帯』は現代日本文学で、そこから『青帯』が独立。ここでアルスラーンやロードスが出ています。で、1989年にスニーカー文庫が正式に創刊。アルスラーンは角川文庫のままでしたが、ロードスはスニーカー文庫から出版されることになりました。
あかほり:
スニーカー文庫編集部ができるまでに、かなり時間がかかってるんだよ。オフィスがわかれて、メディアワークスができてからじゃなかったかな?
水野:
確かにそうだったかもね。
あかほり:
あ、いや。編集部としては存在したけど、みんな兼任だった。一般小説と。
──ふふ。今日は面白いお話をいっぱい聞けそうですね。
あかほり:
それで今回はアレだろ? 水野良のせいで日本のエルフは巨乳になってDMMでバンバン犯されるとか、そういう話をするんだろ? 水野良と出渕裕先輩【※】のせいでさ(笑)。
※出渕裕……『ロードス島戦記』にてイラストを担当。
──ははは! あかほり先生はアニメ畑のご出身ですから、出渕先生は『先輩』って感じなんですか?
あかほり:
年齢が上だしね。業界年齢って、難しいところがあるんだけど。たとえば俺はもう20歳の頃には小山高生師匠【※】のところでアニメーションの仕事とかやってたから。水野さんも学生時代からSNEに所属して雑誌で連載していたわけだし。
※小山高生……脚本家。『ドラゴンボール(Z)』や『聖闘士星矢』『魔神英雄伝ワタル』などのシリーズ構成を手掛ける。
──その点、今のラノベ作家はわかりやすくて、新人賞デビュー時の仲間が『同期』となるみたいですね。まあ、私は新人賞を取っていないんで、そういう仲間もいないんですが……。
あかほり:
俺、東邦学園で講義やってたときに「ここがこうで! こうだからこうなるんだよ!」ってデカい声で生徒に喋ってたら隣の部屋で授業してた出渕先輩から「あかほり! うるせえ!」って怒鳴られたことあるよ(笑)。
──いきなりディープな話で盛り上がっていますが(笑)、少し話題を戻しまして……。
水野:
ぽりが仕切るから悪い!
あかほり:
お地蔵さんになっとくよ(笑)。
──これが面白いんですけどね。お2人の素のトークを文字化したいという企画なわけで。
昔のラノベ作家は楽して高収入だった?
──では少し前の話題になりますが、ラノベ作家が楽して高収入という……。
水野:
はっはっはっはっは!
──「楽して平均年収8000万円」だと、情報番組で紹介されて。私が「そんなことないですよ~」とSNSや週刊誌【※】などで言っておきながらアレですけど……ふと考えると「そういう時期もあったんだろうな」と。
あかほり:
テレビ番組に取り上げられたって聞いて、じゃあテレビのせいってことで「やったラッキー!」って。「ラノベめっちゃ儲かるんだぜ!」って言いまくったよ。
やっぱ金が儲かるとこじゃないと人が来ないからさ。
水野:
そうそう。そうそうそう。
あかほり:
「億超え億超え~」って。それで小さい声で「一部だけど」って(笑)。
──あかほり先生の新書『オタク成金』の冒頭で、印象的なシーンがありますよね。プリンターから吐き出される原稿を見て、若い編集者が「先生。札刷ってるみたいですね」って。
あかほり:
うはははは。あの時代ね。
あの当時、俺は編集者から初版7万部の作品を「先生。売れないからやめましょう」って言われたから。
──ひぇぇ~! 今ならアニメ化しておつりがくる部数ですよそれ……。
水野:
すごいよねぇ。7万部なんて今じゃあ……。
あかほり:
初版7万部で、「次の巻は初版7万部切っちゃうかもしれないから、この企画やめませんか」って言われちゃうような時代だからさ。
ま、みんなそれ以上売れてたってことだよな。はっはっは!
──部数でいうと、『ロードス』の初版は……?
水野:
3万ですよ。
──あ、そうだったんですね。
水野:
スニーカー文庫は当時、だいたい3万部スタートという感じでした。それでも今からすればいい時代ですよね。
──2倍以上でしょうね。
水野:
「山高ければ裾広し」でしたっけ? 素晴らしい作品が存在することで裾野が広がるわけですから。それでジャンルとして活性化するわけです。
ラノベ作家を目指すという人が増えるということは、いいことなんじゃないかなと思いますよ。成功者が8000万という、エベレスト級に達することは、普通のことだと思うし。
トップ10くらいは1億超えしてるんじゃないですかね? 今でも。
──それは思いますね。電子書籍の売り上げもかなり大きくなって来ましたし。
水野:
今は集金するシステムが確立されてるんで。嫌らしい言い方ですけど。
僕らの頃は「メディアミックスする!」って言っても、決まったルートが無かったんですよ。
あかほり:
無かったねぇ~……。
──過去のインタビューを拝見すると、『ロードス』ですらコンプティークの編集部がテレホンカードを自分たちで作って誌上通販していたりと、かなり手作業感があります。
水野:
国内だけの販売になるし。ビデオが出たりテレビアニメになって放送されたりしても、マネタイズの方法が確立されてなかったから、今みたいにアニメ化してもたくさんお金が入ってくるということはなかった。
僕は『ロードス』のゲームが売れたから。それのほうが大きかったですね。
──パソコンゲームですよね。しかも水野先生は原作だけではなく、戦闘シーンのアルゴリズムまで書いていらっしゃったという……。
水野:
単純なものですけどね。戦闘部分だけ抜き出した『福神漬』ってゲームも何本も出ていて。すごく売れたし、パソコンゲームは単価が高いから。それにあれは……アニメの製作委員会が取っていかないから(笑)。
──ということは、逆説的ではありますが、先生方が当時『楽して儲かる!』というイメージを持たれていたからこそ、ここまでラノベ業界が大きくなったという。
水野:
あかほりは「儲かってる!」っていうイメージを持たれてたよね。
あかほり:
派手なことやってたから。毎晩のようにクラブ行っちゃあお姉ちゃん捕まえて。それを隠さないで言ってたから。
それで「儲かってる!」っていうイメージと、純粋なファンからは「金のためにやってるのか!」っていう2つのイメージを持たれちゃったわけ(笑)。
──まさに持っていました。私も(笑)。
あかほり:
それでいろいろ攻撃されたね。はははは!
水野:
真面目な子が多かったからね。読者に。
あかほり:
お金を儲けてほしくないというか、お金のためにやってほしくないって人が多かったね。
でもボランティアみたいにやるのはおかしいんじゃねぇかと当時から思っていて、ガンガン言ったらアンチが増える増える(笑)。
──今回のインタビューに合わせて当時の本なども取り寄せましたが……この帯。ここまで作家をクローズアップした帯は、今では作られないかと。あかほり先生の写真まで載ってますし。『天下布武』とか書いてるし……。
水野:
『あかほりさとる』はジャンルだったんだよ。最盛期は。
──ジャンル……。確かにそういう印象があります。作品数も多かったですし、あらゆるメディアに登場なさっていたので。作品というよりも、あかほりさとるというキャラクターをメディアミックスしていたというか。
あかほり:
それが、俺がやりすぎて、アニメ業界でもちょっと煙たがられた理由の一つなんだよ。
アニメってさぁ。原作があったとしても『○○監督作品』じゃん。
──そうですね。普通は、原作者の出番はあまり無いです。
あかほり:
監督と一緒に、絵描きさん……アニメーターさんや脚本家さん、演出さんといった方々がクローズアップされるものなのよ。
ところが俺はちょっとやりすぎて、スポンサーも連れてくるぞプロデューサーもやるぞと。その結果、俺の作品だけ『○○監督作品』じゃなくて『あかほりさとる作品』になってるから。
水野:
ああ……。
あかほり:
それで、ちょっと……「あかほりの作品はやりたくないな」って現場の人も出ちゃって。
もともとアニメの業界の人なのに、アニメの業界からはウザがられてしまったという。うっはっはっはっは!
──けど、『あかほりさとる作品』という看板を掲げるからこそ売れたというのは事実なわけですよね?
あかほり:
そりゃ事実ですよね。
ていうか! 水野良みたいなスゲー作品を書くやつらと戦うには、俺みたいな3流な人間にはそういうことするしかなかったのよ!
──あかほり先生が書籍でデビューされた当時からもう『ロードス』という作品はそんなに大きな存在として意識していらっしゃったんですか?
あかほり:
(なぜか声を潜めて)すごかった……! すごかった……!
僕はアニメの人間だからぁ。『ロードス』がOVAとして公開されたとき……ものすごい緻密な絵で! マッドハウスが作ったんだけど。
たとえば魔法を唱えるシーン。呪文を唱え始めた瞬間に、足下にふわぁぁぁ……って風がこう、たなびいて。ようするに表現そのものも緻密でさぁ。「スゲェなこれ!?」ってレベルだったわけですよ。
水野:
1話詐欺ですよ(笑)。
あかほり:
おい(笑)。
──私は子供の頃にレンタルビデオ店でVHSを借りて見ましたが、パッケージのイラストからもう、すさまじいクオリティでした。
あかほり:
ゲームももちろん面白いし。またこのオッサンがすげぇなって思ったのは、ぜんぜん恋愛を匂わせないでこれだけ売れてしまうっていう。
──ああ! そこは今のラノベでも非常に難しいですよね。むしろ恋愛メインみたいな部分があるので。
あかほり:
ディートリットとパーンをくっつけねぇのかって。会うたびにこのオッサンに言うんだけど「いやぁ、種族が違うから無理でしょ」って平気で言うんだもんな!
──ただ、新シリーズ『誓約の宝冠』ではその点でも言及がありましたよね。「子供ができなかった」と。
水野:
そうですね。ファンタジーっておとぎ話ですから。おとぎ話のラストって「二人は末永く幸せに暮らしました」じゃないですか。
だから続編を書くというのは、本来無粋な行為だとは思ったんですけど……。
ただ、一つのテーマとして、ディートリットとパーンの関係というのは、本当の意味で完結していないなと。だからそれがテーマなら続編を書く意義はあると考えて始めたんです……苦労して、今は止まってしまっていますが。
──……話を少し戻すんですが、あかほり先生が初めてロードスに触れたのは、アニメからだったんですか?
あかほり:
小説ももちろん見てたよ。「売れてるなー。トントン拍子でアニメになったなー。いいなー」ですよ。ははは! いい作品だなぁ……。
──過去のインタビューでは、あかほり先生の作品をアニメ化する際の参考として、ロードスを例にとっておられたと。
あかほり:
そうね。そもそもアニメーションがさ。ジャンプやチャンピオンやサンデーの漫画ならわかるけど、そうでもないのにアニメになっていくということが、そこまでよくある話じゃなかったんだよ。今はラノベがアニメになるのが当たり前だから、俺らの感覚とは違うと思うんだ。
水野:
ロードス島というのが、よくも悪くも一番最初の……何と言うか、タスクフォースというか。ステレオタイプを作ったというか。ある意味モデルケースですよね。
それは僕が仕掛けたことではなくて、角川歴彦さんが意図的にメディアミックスという手法で、ライトノベル的なもの……当時はヤングアダルトとかジュブナイルという言われ方をしたんですけど、そういうジャンルの新しい小説を広げたいと。
で、最初の頃は、ロードスもそうだったんですけど、ゲームと小説。それとアニメ、コミックであったりとか。そういう形でしたよね。コンプティークがそもそもゲームの雑誌だったので。
僕がやってたのは、まさにゲームファンタジーだったので。深沢美潮さん【※1】や、中村うさぎさん【※2】も。
※1深沢美潮……『フォーチュン・クエスト』『デュアン・サーク』作者。
※2中村うさぎ……『ゴクドーくん漫遊記』『宇宙海賊ギル&ルーナ』作者。
──ゲーム雑誌であるコンプティークで、ゲームライターとして活躍していらっしゃった方々が、小説に参入した。それがライトノベルの源流になったわけですね。
あかほり:
当時のメディアミックスって、『売れたからメディアミックスしましょ』だったのよ。俺は売れてない作品だったから、『売れるためにメディアミックスしましょ』の流れだったの。俺だけ。
──そこはまさに、あかほり先生が革新的だった部分だと思います。アニメ畑のご出身だったからこそ、あれだけ『ラノベ原作で売れるアニメ』を作れたわけで。
あかほり:
けど……それが悪い方向に出ちゃうこともあるんだけどね。
水野良の誕生
──お2人のデビューについてなんですけど。私がデビューした頃のラノベ界って『新人賞を取る』のがデビューの方法だったんです。けど、お2人の頃はそもそも賞が無い……というかレーベルすら無いわけですよね? 水野先生的には、いつ『作家としてデビューした』という感覚なんですか?
水野:
作家になったというか……あかほりはアニメ畑の人間だけど、僕はアナログゲーム畑の人間だったから。まあ、安田均さん【※】と一緒にゲームデザイナーグループを作って。そこに「D&Dを紹介するから、リプレイをやってくれ」という企画の依頼が来たんですよ。
角川歴彦さんのアイデアだったと思うんですが、安田さんのほうに来たんです。で、D&Dのゲームマスターをできるのが当時、僕しかいなかったんです。
なんでかっていったら……グループSNEの人間はみんなアドバンストD&Dをやってるから(笑)。
※安田均……グループSNE代表。
(画像は「ダンジョンズ&ドラゴンズ日本語版公式ホームページ」より)
あかほり:
はっはっは!
──ここの何が面白いのかざっくり解説しておくと、D&Dには上級者向けと初心者向けがあって、上級者向けがアドバンストD&Dなわけですよね。
水野:
「そんなお子様みたいなのはやらない!」という(笑)。僕もアドバンストD&Dは全部読んだのですけど……当時はそこまで英語力もなかったし。何とか赤箱(D&Dのベーシックセット)を頑張って読んで、ようやくゲームマスターをできるようになった頃だったので。
「じゃあ水野くんやりよ」って。「どうすべー?」ってなったときに、安田さんと相談して、原稿書いて安田さんにチェックしてもらって……よくあんな連載がウケたなと思いますけど(笑)。
──当時、コンプティークの連載をご覧になった方々の反響というのは?
水野:
やっぱり「TRPGって、すごく面白いんだな!」って思ってもらえたと思いますよ。
あかほり:
俺、当時読んでたけど、面白かったよ!
てか俺も、大学の時に友達とか先輩とかがボードゲーム好きで。それこそD&Dとか遊んでたんで、リプレイも『面白い!』って。
水野:
ボードゲームブームってあったよね。まず、ウォーゲームのブームがあって。
あかほり:
ホビージャパンが『タクテクス』って雑誌を作ってて。その別冊で後に『RPGマガジン』ってのを出すんだけど。
水野:
だからウォーゲームの派生としてTRPGというのがあって。それが魅力的だからと角川会長がプッシュされていて。海外で大ブームでしたからね。
──当時コンプティークの編集部にいた吉田隆さんは、インタビューで「ログインという雑誌にTRPGのリプレイが載っていて、それをコンプティークでもやろう」という話になったとおっしゃってました。
水野:
アドバンストD&Dのリプレイですね。それは僕も読んでいて。ただ、参考にはしましたけど……こういう言い方をすると大変失礼ですが、反面教師としてね。
非常によくできた記事だったんです。でもTRPGというものをわかっていない人に無理矢理わからせてやろうという感があったんです。それだと、面白みが伝わらないなと思ったんで。
だから僕は、やって楽しいんだということを伝えようと。ふざけてはいるけど、真面目に書こうと。ファンタジーという世界を。しっかりと世界を伝えたいと。
僕は昔から世界設定が好きなので。自分の書いた世界を読んでほしいなと(笑)。
あかほり:
がはははは!
──ゲームの紹介であると同時に、自分の考えた世界観の発表の場だったと。それは確かに人気が出るでしょうね。
あかほり:
セリフでやってて、すげーわかりやすかったよね。ちょうど同じ時期に『タクテクス』でも、ファンタジーゲームのリプレイが載ってるんだけど……レポートみたいというか。水野さんがやってたのは、プレーヤー同士会話劇というか。それが魅力的だったよな!
水野:
初めて商業誌に書いた原稿だったんですけど、そこの意識はしっかりしてました。各キャラクターのセリフが、キャラの名前を見ないと誰が何を言ったかわからないようではいけないと。
だから、セリフを完全に書き起こしてるわけじゃないんです。キャラクターに合わせて書き直している。
──そこです! そこだと思うんです。その語尾の発明というのが、今のラノベ界にも脈々と受け継がれていると。
水野:
いや、発明したわけじゃないですけど(苦笑)。
──絵や声が存在しない状況で、複数のキャラを書き分ける技法ですよね。キャラクターのテンプレートを語尾で表現する。『生徒会の一存』などの、会話劇ラノベに顕著に受け継がれていると思います。地の文ではなく会話の文章でキャラクターを書き分けることで、会話だけ読んでも内容が伝わる。
水野:
特徴的なセリフじゃないと読者に憶えてもらえないですから。
──キャラを会話レベルで識別できる方法だということが重要だと思うんです。絵がある小説と言われるラノベですが、必ずしも絵は必要ない。文章からアニメキャラを読者が連想できればいい。読者の頭の中に絵があれば、目の前に絵がある必要はないんです。
ところで水野先生はロードスを小説化する際に、一度全没を喰らってるんですよね?
水野:
そうですね。リプレイのノリをそのまま書いたんですけど、僕自身も「これは違うなぁ」と思ったし、編集者の方からも「これは違うよね」と言われて。「真面目に書きましょう」と。
──さらに、書き直した原稿も途中でロストしたと……。書きかけの原稿をどっかに落としちゃったりしたんですか?
水野:
徹夜して疲れてるときに、バックアップ取ろうと思って、フォーマットしたてのディスクから、書いたディスクに対して上書きしちゃった(笑)。
あかほり:
あっはっはっはっは!
──フロッピーディスクを使っていた時代には、よくありましたよね……今のパソコンは自動でバックアップを取ってくれるから、この衝撃はちょっと想像しづらいかもしれません。
水野:
せっかく書いた原稿の上に、まっさらな原稿を上書きしちゃったわけですね。3分の1くらい消えたかな……。
──それは……心が折れる……。
水野:
心が折れて、ふと窓の外を見れば枝振りのいい桐の木が……。って、今はネタにしてるけど(笑)。
──偶発的な要素もありつつ、2回の書き直しを経たと。それがクオリティのアップに繋がっているとお考えになりますか?
水野:
それは良くなったと思いますよ。下手なりにね。やっぱり小説を書くというのは初めての経験だったから。
まあそれでも、1巻は……読んでいただければわかりますけど、文章的には厳しいご指摘を受けてましたよ。
あかほり:
何をおっしゃる……。
──1巻が発売になった時の反響というのはいかがでしたか?
水野:
出た瞬間に増刷が決まったような感じでした。2刷も3万だったかな? そこからずっと3万プッシュですよ。だいたい。
──ええ~! じゃあ、2巻からは初版もすごいことに……?
水野:
そうですね。2巻以降は初版10万部はもちろん超えてて。最大で……50万超えたかなってとこですね。
──そこまで売れる作品というのは、世間的な評判もすごかったんじゃないですか? ジュブナイルとかヤングアダルトを超えて話題になったとか。
水野:
いや、あの頃は……スニーカーとかができた時って、10万部超えはザラにあった時代だから。ねえ、あかほり?
あかほり:
ファンタジーってのが散々ダメだったのに、ロードスの成功と、そのあとに『フォーチュン』が続いたというのがあって。うさぎさんが『ゴクドーくん』書いて、コンプティーク系の人たちがファンタジー書いたら「すごく売れるぞー!」と。
その流れで、我も我もとファンタジーを出して。その勢いですごく売れたというのはあったよね。
ま、それもドラクエとかFFとかが売れててくれたおかげだけど。
水野:
それはもちろんあって、TRPGというよりもRPGブームですよね。ゲームの中でもファンタジーというのは非常にメジャーなジャンルになっていたんです。
でも最初にあかほりが言っていたとおり、小説では売れない。海外ではすごいのに、『指輪物語』も日本ではそれほどだった。西洋風ファンタジーというのは日本では売れないと、自分でも思っていました。
あかほり:
水野さんは、D&Dとかやってたから、魔法にも……枷があるっちゅうのかな? 発動までに時間がかかるとか。でもその後の神坂一くん【※】とかオイラの頃は「手ぇ振りゃ何でも出るわ!」と。
※神坂一……『スレイヤーズ』『ロスト・ユニバース』作者。
水野:
神坂さんは(枷が)あるんじゃないかなぁ……?(苦笑)
あかほり:
「MP尽きても根性があれば魔法出せるわい!」って。旧日本軍みたいなノリだよね(笑)。
──そこが今のラノベに繋がる二大潮流かなと思うんです。水野先生はワールドマスターとして、まず世界設定がある。その設定からハミ出ない形でキャラを動かす。逆にあかほり先生は、キャラを動かすことで世界が成立していく。ラノベの新人賞の投稿作に、設定を詳細に書いてくるのが好きな子と、キャラが喋ってるだけの作品を書いてくる子が、両極端に存在する理由のような気がします。
あかほり:
これは都市伝説みたいな感じで言ってるんだけど……ある企画を出したときに「これのどこがファンタジーなんですか?」って聞かれて「登場人物の名前がカタカナだ!」って通したことがある。
水野:
はっはっは!
──ファンタジー論争に終止符を打つ回答ですね……。
あかほり:
水野さんが正統派をやってくれたからこそ、俺もそういうことがやれたんだよね。大仁田厚みたいに邪道で。
──『外道作家』はあかほり先生の代名詞でしたからね(笑)
水野:
ファンタジーというのが、まだイメージしづらいところがあったと思うんです。けど、ドラクエとかFFとか、ビジュアルの面でも素晴らしい作品がゲームの世界にはあった。
だから僕以下の世代にとっては、ファンタジーというものが、非常に住み心地のよい世界になっていたんだと思いますよ。
──ファンタジー小説を求める潜在的な読者層が既にできていた、と。しかも、ゲームをするような若い世代に。
水野:
ええ。できていたと思いますよ。作品力だけではないです。じゃないとあんなに売れないです(笑)。ロードスが売れたのは、時代の先駆けであるメリットですよね。小説も『グイン・サーガ』などはもうありましたしね。高千穂遙さん【※】もハリディールを書いていたし。
※高千穂遙……『クラッシャージョウ』『ダーティペア』作者。
──『美獣―神々の戦士』ですね。グインにも影響を与えたという、壮大なヒロイックファンタジーでした。しかし、何のバックボーンも持たない一人の青年が成長していく物語をファンタジーで描いたという意味では、やはりロードスは革新的だったと思います。
あかほりさとるの誕生
──あかほり先生も、水野先生を追うように作家としてデビューなさいますよね? エニックスから。
あかほり:
エニックス文庫というのが創刊されるっていうんで……当時、俺はタツノコで企画とかやっててね。たまたまエニックスの人と知り合いで、何かできないかと。「小説にできませんかね?」って相談に行ったんだよね。
──『天空戦記シュラト』をですか?
あかほり:
そうそう。そしたら「タイムボカンとガッチャマンと一緒ならいいですよ」って言ってくれたのよ。
それで変な売り方をしたんだよ。『シュラト』と『タイムボカン』と『ガッチャマン』の小説が一緒になってるの。
──1冊に3作品の小説を詰め込んだんですか!?
あかほり:
いや、固い紙のカバーがあって。辞典の入ってるようなやつ。その中に3冊入ってるって感じ。
水野:
そんな売り方してたんや……。
あかほり:
しかも、そん中から1冊だけ抜いて買ってもいいですよって。
水野:
そんな売り方してたんや……(2回目)。
──ええ~!? 1冊に3作品が入ってるより異様ですよそれ……。
あかほり:
そしたら『天空戦記シュラト』だけ売れちゃったんだよ。シュラトはアニメの人気があったんで。
水野:
シュラトは女性に人気があった?
あかほり:
女性人気だった。シュラトは当時の……今ではBLっていうけど、当時はやおい系漫画っていって、やおい系アンソロジー漫画の本が30冊くらい出た(笑)。
──権利金を払ってくれたら出してもいいですよ、って。当時はそういうアンソロジー本が本屋さんにいっぱいありましたよね。私も『ワタル』とか『グランゾート』が好きで買ったんですけど、なぜか男の子同士が仲良くなってる話ばっかりで(笑)。
水野:
けど、権利金取ってるってことは、公式なんだよねそれ?
あかほり:
そうそう。
水野:
それはすごいな……。
あかほり:
シュラトは6巻まで出したかな? その時に付き合いのあったエニックスの子が、今ではすげー偉い人になってるという。
水野:
ベテラン作家あるあるやな(笑)。
あかほり:
角川でも、みんな今じゃあ子会社の社長とか専務とかばっかだもんな(笑)。
──その次がスニーカーですか?
あかほり:
そう。そんで翌年に『ラムネ&40』の企画を葦プロでやってて。
シュラトで味を占めて、「アニメ化もしましょう。小説化もしましょうよ」となったときに、俺が『フォーチュン・クエスト』のドラマCDを書くことになったんだよ。
そのときに角川の担当さんと会って。その編集さんが「今度ぜひご一緒に仕事しましょう」と社交辞令をくれたのよ。だから俺は翌日アニメの企画書を持って、角川の本社の前に行って。
──あかほり先生の行動力を示す有名なエピソードですよね。言質を取ったら即・行動。
あかほり:
本社の前の公衆電話から「すいません! 昨日のお言葉どおり来ました!」って。アニメの企画書とかイラストとかを見せて「これの小説を書きたいんです!」って。
水野:
すごい行動力やな。
あかほり:
それで角川から小説を出せることになったんだよ。もちろん製作委員会から許可をもらってね。
──当時って、委員会を通してるから、ノベライズという扱いになってしまって、そんなにお金がもらえないんでしたっけ?
あかほり:
それでも5もらいました。
──印税5%。ノベライズなら、まあそれくらいもらえたら……という感じですね。
あかほり:
で、やっぱ3万部スタートだったの。それで俺は、コンプティーク系じゃないから、一般小説をやってる編集部だったの。水野さんと違って。
水野:
あ、そうか。
あかほり:
第1巻を書いたときに、とにかくわかりやすく書こうとしたから……改行しまくるわ、擬音はいっぱい使うわ。
水野:
スタイルになったよね。あれは。
──ページをめくる爽快感がありました!
あかほり:
で、原稿のチェックをしてるときに、その編集部の偉い人が来て。そんでこう言ったんだよ。「こんなもん売れるのかねぇ?」って。
──うわぁ……。
あかほり:
マジで言われたんだよ。本当に!
で、色々あって準備に時間がかかっちゃってさ。小説の発売がOVAと一緒になっちゃったの。
それで中身もOVAのほうに変えたのよ。中学生の恋物語みたいな感じにして出したら……それこそ水野さんと同じように、3万部スタートで、発売前増刷がかかって。
そこからポンポンと20万部まで、あっというまで。
水野:
すごいな……。
あかほり:
で、あのときのお偉いさんが「いやぁ、売れるもんだね! これからも頑張ってね!」って(笑)。
──当時、OVAはレンタルビデオ店とかレコード屋さんに並ぶ物で、本屋さんでは扱っていませんでしたよね?
あかほり:
そうそう。小説の帯に「OVA発売中!」とやったり、OVAに「小説も発売中!」みたいなことはやってもらったかな。
──あかほり先生の作品は、あとがきが商品の宣伝ばかりになるという(笑)。
水野:
当時、アニメに強い本屋さんというのがチラホラとできつつあったかな? アニメイトさんはもうあったのかなぁ?
──アニメイトはもうあったはずですが、他にもオタク系に強い本屋が地方にはたくさんありましたよね。名古屋だと星野書店さんとか。
水野:
ああ、星野さんね。
あかほり:
あの当時って、サイン会が山のようにあって!
──サイン会で集客して売るというのが販売手法として大きな比重を占めていたんですね。
あかほり:
ラノベって特にサイン会が多くなかった?
水野:
多かった。多かった。
あかほり:
俺と水野さんでさ。水野さんが北海道から、俺が九州からってサイン会をやったことがあったのよ。
水野:
最後が京都でね。
あかほり:
京都で会いましょうってね(笑)。
あかほり派VS水野派
──私がラノベを読み始めた頃は『水野派』と『あかほり派』が喧嘩するというか……『ロードス島伝説』とか硬派な文体の作品を読んでいるラノベファンは、アニメから原作(ラノベ)に入る新規層をバカにするような雰囲気もありました。それもあって、お2人が仲がいいというのが意外だったんです。
水野:
僕のイメージですが、ラノベファンは真面目でしたね。オタクの人が多いから、そんなに女の人にモテるって感じでもないだろうし……。
だからあかほりがハッチャケてるのを見ていると……「こんなキャラで大丈夫かな?」とは思ってましたね。
あかほり:
あんま大丈夫じゃなかったね(笑)。
でも、目立たないといけないから。叩かれて売れるから。
──今でこそ盟友という関係のお2人ですが、最初はどうだったんですか? 出会う前の印象とか。
水野:
最初のイメージ最悪ですよ。
あかほり:
最初はパーティーで出会ったんだよ。
水野:
2人とも酒が好きだから。飲んだら……って感じですよね。
あかほり:
水野さんは俺の日本酒と洋酒の先生なんだよ?
水野:
僕にもいろいろ師匠はいたんだけど、バーとかよく行っていたからね。
あかほり:
で、お返しに俺が風俗に連れて行こうとすると、嫌がるという(笑)。
──実際に会ってみて、印象は変わりましたか? それともイメージ通り?
あかほり:
思った通りの人だなって感じだったよ。若くて驚いたな。
あのね。すげー興味津々なの。俺も喋ってばっかりだけど、このオッサンは酔うともっと喋るから。
水野:
よー喋ったなぁ……今でもよぉ喋るけど。
あかほり:
白鳥君も飲みに行ったからわかると思うんだけど、ベロンベロンに酔っ払った水野良はとんでもないことになるから!
水野:
あれは第二人格なんだ。僕ではない。何を言ったかも憶えていない。
──ええ!? その第二人格の時に、最後の最後で水野先生の口から出たセリフがかっこよすぎて、ぜひそこをおうかがいしたかったんですが……。
水野:
たぶん憶えてないと思いますよ(笑)。
──あの日は結局、朝までお付き合いいただいたんですが……2人だけになった時に、バーのカウンターに並んで座って、水野先生はこうおっしゃったんです。「僕が最後にできることは、ラノベ作家として死ぬことだ」と。
あかほり:
はっはっは! かっけー!!
水野:
ああ、それは結構いろんなところで言っていてね。
──私なりにその言葉の意味を考え続けているんですが……改めて、水野先生からその真意を教えていただけませんか?
水野:
角川が『ラノベ』として仕掛けてくれた最初の作品を書いた者として……最初はラノベって言葉は無かったけど、結果として一つのジャンルの中で、要するに『先輩』って一人もいないわけじゃないですか。
──はい。
水野:
僕が生き延びていて、書いているうちには、道ができるだろうな……と。そのくらいのことは考えていたんです。
そうしたら「水野みたいになろう」とか、逆に「あいつみたいにはならんとこ」とか、一つの指標にはなるかなと。
──手塚治虫先生が漫画家として亡くなったことで、一つの職業として『漫画家』というものが、人生を賭してもやり続ける意味のあるものに昇華された。手塚治虫が尊敬されるからこそ、漫画家も尊敬されるようになった。そのおかげで漫画家になれた人って、本当に無数に存在すると思うんです。
けど、ロードスを生み出した水野良がラノベ作家を途中でやめてしまったら「やっぱりラノベなんて書いて生きてくのは無理なんだ……」となってしまう。だからこそ水野先生は、亡くなるまでラノベ作家のままでいようと。そういう決意を示されたのかな……と、個人的には考えていました。
あかほり:
けどさぁ白鳥君。
──はい。
あかほり:
この企画は『ラノベ作家対談』となってるけど、俺はもうラノベ書いてねーし。漫画の原作者だぜ?
──今のラノベは水野先生とあかほり先生の、お2人の存在が源流にあると思うんです。一つの世界を築き続ける水野先生と、たくさんの作品とキャラクターを生み出し続けるあかほり先生。お2人を源流として、そこから影響を受けた方々を辿っていくことで、いつか自分に繋がる……みたいなシリーズ企画にできたらいいなぁ、なんて考えているんですが……。
あかほり:
キャラクターという意味だと、それを最初に確立させたのは神坂さんと、あらいずみるいさん【※】の、あのコンビだよな。
※あらいずみるい……『スレイヤーズ』にてイラストを担当。
──そこは水野先生も常々おっしゃっていますよね。ライトファンタジーの祖は神坂先生の『スレイヤーズ』で、ライトノベルの祖は高千穂遙先生の『クラッシャージョウ』だと。どちらも自分ではないと。
水野:
神坂さんからも直接うかがいました。「僕はキャラクターのための世界を用意する」と。あれが富士見ファンタジア文庫のスタイルになりましたよね。
──神坂先生と『スレイヤーズ』は、レーベルや新人賞というシステム面でも今のラノベを決定づけた、極めて重要な存在だと思いますが……それでいくと『魔法戦士リウイ』ですよ。水野先生は1巻のあとがきで、キャラを中心に書いてみたということをおっしゃっていて。
水野:
うん。ロードスのブームが落ち着いてきたころに、ドラゴンマガジンでは、確立されたビジネスというかスタイルというか……。
──読み切りですよね。ストーリーものだけど、キャラを中心とした1話完結で読みやすい連作短編。だからどの巻から手に取ってもスッと物語に入ることができました。各巻のタイトルに敢えて通巻表示を入れなかったのも、そういう戦略だったのかなと思います。
水野:
そう。スレイヤーズの人気に続いて、『オーフェン』とかが出てきていて。やはり「これに乗っかるしかない!」と。
あかほり:
ははははは!
水野:
ここにきてようやく「ラノベはキャラクターだ」ということを学習したわけですね(笑)。
──しかもリウイはハーレムものですからね! 特にドラゴンマガジンで連載していた前半部分は。
水野:
やるなら当然ハーレムだろう!
あかほり:
ロードスであれだけ硬派にやってたのに、急にリウイでハーレムやるんだぜ!? 恋愛要素をどんどん入れてきて……。
水野:
確立されたスタイルがあるなら、それに乗っかるのが一番楽だから(笑)。
あかほり:
横田守【※】さんの絵も良くてねぇ。
※横田守……『魔法戦士リウイ』にてイラストを担当。
水野:
ちょっとエッチだしね。
──横田先生、メチャメチャ売れっ子でしたよね。それにやっぱりテレビアニメで目にするのと全く同じイラストが表紙にあると、メジャー感が出ますし。
水野:
リウイが売れてくれたのは、富士見と神坂さんのおかげだと、僕は思っていますよ。あれで僕の作品の幅も広がったし、それこそ寿命も伸びたかなと。
その後、僕の作品が主流になることはなかったけど……『スタオペ』書いたり『ブレイドライン』書いたり『グランクレスト』書いたり、狙った作品はある程度ヒットして。
──その中でも、リウイのドラゴンマガジン分は、読んでいて……水野先生が楽しんで書いていらっしゃるというのが、すごく伝わってくるんです。
水野:
楽でしたよ! 圧倒的にね。
ドラゴンマガジンに連載するのって、基本的に1話完結か前後編。だからアイデア小説なんですよ。どんなケッタイなアイデアを出すかの勝負になるわけで。
──言い方はアレかもしれませんが……『ドラえもん』みたいな感じですか?
水野:
まあ(苦笑)。ネタとなるアイデアがあって、それをキャラクター達が解決していくという。そのスタイルが確立されていたからこそ……3日とかで書けたんですよ。今からは考えられないんですが。
あかほり:
あの時代のドラゴンマガジンってさぁ、絶対条件として『かわいい女の子』だよね。
──あかほり先生の作品で、ドラゴンマガジンで好きなのというと、私は『甲竜伝説ヴィルガスト』でした。もともとはガチャガチャの企画だったんですよね?
あかほり:
ああ、あれね。俺は頼まれた仕事は全部受けるから……ノベライズだけで30本くらいやってるんだ。
水野:
すごいな……。
──ヴィルガストは講談社の『ボンボン』で漫画がやってて、面白かったからラノベも買ったんです。
あかほり:
あれはバンダイの人から頼まれたんだ。で、ドラゴンマガジンでやっていいってことになって……その後に、オリジナルをやらせてもらえることになって。
で、結局、『セイバーマリオネット』をやったんだけど。
──大ヒットでしたよね! アニメの人気もとんでもなくて。主題歌を聴くと今でもテンションが上がります!
水野:
セイバーは代表作という感じがしますね。
あかほり:
でも……考えてみたら、俺は誰かと一緒にやってるものばかりなんだよな。はっはっは!
──そこも……すごく聞きたかったことなんです。初めてお話をうかがったとき、あかほり先生は「俺はロードスみたいな代表作がない。だからお前は将棋を放すな!」と、ベロンベロンの状態でタクシーの中で私におっしゃって……。
あかほり:
言ったかな。そんなこと。
──その後、酔っているにもかかわらず、1人だけタクシーを降りて、講談社の中へ消えていって……おそらく『うそつき光秀』のためだったと思うんですが。歴史小説という新しい分野で、自分の代表作を作ろうとなさったんじゃないですか?『あかほりさとる』ではなく『赤堀さとる』という名前で、自分にとってのロードスを作ろうと……。
あかほり:
……2年かけて、結局4000部しか出なかったんだよ。
やっぱ、自分が書きたいものをやっても、俺の場合はあんまり上手くいかんなぁ……と思って。
水野:
でも歴史小説って、そこを我慢して書き続けないといけないんと違う? そうやって大きく当たるのが出たら、それまで書いてきたものも売れる世界なんやないか?
あかほり:
それじゃあ愛人を食わせられねーんだよ(笑)。
──確かにロードスのように、30年以上も続く作品は無くても……あかほり先生には、それこそ1人でジャンルを築いてしまったほどの作品群がありますよね。それでは満足できないんですか? 人生に1本でもアニメ化できれば満足だと思うラノベ作家なんて山ほどいますよ?
あかほり:
一番最初の頃から、結局……ラムネでもシュラトでもセイバーでも、ノベライゼーションなんだ。『爆れつハンター』も漫画から始まってる。誰かしら、絵を描く人間がいる、そして字を書く人間もいる。そういうシステムの中でやってきたところがあるから……。
──……真の意味で、一から自分で考えたものがない?
あかほり:
俺は、榊一郎【※】にさ。こう言ったことがあるんだ。
「ラノベなんて、かわいい絵があってこそだ。それを描くのは絵描きなんだから、俺たちはそれをもとに何とかすりゃいいんだ」と。そしたらすげー驚かれたけど(笑)。
※榊一郎……『スクラップド・プリンセス』『神曲奏界ポリフォニカ』作者。
──それ私、榊先生から直接うかがったことがあります。この世界、普通は逆なんですよね。文章ができてから、それに合ったイラストレーターさんを探すので。
あかほり:
そうそう。でも俺は「名前だけ渡しとけば何か描いてくれるわ!」って部分があった。
アニメーションや漫画って、キャラクターはアニメーターや漫画家に任せるっていうのがあったから。俺の場合は、小説もそうなっちゃったかな? と。
──それぞれジャンルで、それぞれの職分があるわけですもんね。そこに口を出さないことがルールなわけで。アニメ・漫画と小説とでは、そこが違ったのかもしれません。
あかほり:
もちろん、わかってるんだぜ? いくらかわいい絵を描いてもらったところで、文章で「かわいい、かわいい、ああかわいい」って書いてるだけじゃ、誰もかわいい女の子として見てくれない。それは、わかってっから。
水野:
でもあかほりは、ヒロイン人気で当たった作品は、無いと思うけどな?
──私もそういう印象です。
あかほり:
でも俺は、エロも入れちゃったからな……。
──今、ネット小説の世界を見ると、あかほり先生の確立なさったスタイルが定着していると感じます。擬音もそうですし、キャラ同士の掛け合いもですし。お色気もそうですよね。
水野:
1日100枚書いたらあんな文体になるんだよ。きっと(笑)。
あかほり:
いやー。一回だけ、1ヶ月で600枚書いたことがある! 翌月、何も書けなかったけど(笑)。
ラノベ文体の始祖は、まさかの……
──あかほり先生はデビュー前からロードスをお読みでしたが、水野先生はあかほり先生の作品を読んでいらしたんですか?
水野:
一応、どんなもんかとチェックはしていましたよ。で、読んで「すごいなー」と。
あかほり:
15分で読めるって有名だったからね。
──そう! それも発明だなって思うんですよ。読みやすいからこそ低年齢層にまで届いた。1冊通して本が読めるって、子供にとってすごく大きな自信になるので。
水野:
あれはスタイルだよね。
──最初の読書体験があかほり作品だった人って、多かったですもん。あの文体はやはり発明で、それがあったからこそラノベがここまで流行したんだと思います。
あかほり:
けどね? 当時、白鳥君たちが書いてるみたいな作品ばかりだったら、俺はそもそもラノベを書いてなかったと思うんだ。きっと本を書こうなんて思わなかった。今はそれくらいしっかりした作品が多いし。
黎明期のスニーカー文庫って……すごいのもあったけど、俺から見ても「ええ~……?」ってのもいっぱいあってさ。だから俺なんかでも行けたんだけど。
水野:
初期のメンバーって、それまでプロの作家としてやっておられた方々もいらっしゃったけど……。
あかほり:
実験作もいっぱいあったしね!
水野:
うん。あとは、アニメの脚本家の方もいらっしゃったかな?
あかほり:
そうね。富田祐弘さんは『ガルフォース』のノベライズを書いてたかな。
──富田先生はオリジナルもあって、富士見で『ペ天使たち』シリーズと、スニーカーで『D.A.ジャンクション』シリーズを書いていらっしゃいましたね。鈴木雅久さんのイラスト、好きだったなぁ。あとはSFからいらっしゃった方も多い印象です。
水野:
もともとスニーカー文庫を角川が始めるまで、ラノベといわれるようなものを出してたのってソノラマじゃないですか。ソノラマはSF系が多かったよね。
──富野監督の小説版『ガンダム』シリーズも最初はソノラマでしたね。
水野:
菊地秀行さんとか、夢枕獏さんとか。あと新井素子さんは……コバルトか。
──ラノベの文体の特徴として、会話が多いということは挙げられると思うんです。会話だけでも内容が伝わるというか、会話劇であることは間違いない。そこが読みやすさに繋がっていると思うんですが、あかほり先生は意識して書いていらっしゃったんですか?
あかほり:
会話……っていうか、リズムでしょ。
──リズム。
あかほり:
ライトノベルのリズムって……何か、早いよね? それは作品を読むスピードというか……たとえば純文学と比べると、ラノベって文章が頭の中に入っていく速度が早いと思うんだよね。
──わかる……気がします。『内容がスルスル頭に入ってくる』は、中学高校時代にあかほり先生のラノベを読んでた人間がみんな言ってましたから。
あかほり:
逆に、今のラノベはリズムが遅くなったような気がする。俺と同じような文体をしてる作品は今も多いのかもしれないけど……昔の作品は、もっと早かった気がするんだ。
──文字数とか、改行とか、そういう部分だけでは真似できない技術があった。確かに……。
水野:
それはリズムが悪いんだろうね。文章の。
あかほり:
悪いっつうか……音楽にもロックとかフォークとかあるじゃん? 昔はもっとテンポが早かったんだろうけど、今はゆっくりになったのかもしれないね。同じ会話劇なのかもしれないけど。
──水野先生はご自身の作品がラノベであって純文学ではないという説明をなさる際に「頭の中で二次元のキャラクターを動かして書いているからだ」とおっしゃるじゃないですか。
水野:
ああ、言いますね。
──実在の人間じゃなくて、アニメのキャラクターだと。それって重要だと思っていて……あかほり先生もアニメの脚本家だから、キャラに命を吹き込むための文章じゃないですか。お2人ともアニメのキャラクターを動かしているという共通点があって、そこが文体は違っていてもラノベを結びつける要素なのかなと。
水野:
うん。キャラクターというか、イラストあってのものというのはあるんじゃないですか。
でもね? 会話中心に書いてても、軽い文体じゃない。それはできるんです。夢枕獏さんがそうだから。
獏先生がメチャメチャ忙しい頃に……改行がすごく多い時期があったんですよ。『キマイラ』とかね。
あかほり:
はっはっは!
──あっ!『餓狼伝』とかですか?
水野:
そう。「九十九は○○であった。ごつい。」「風が鳴る。ヒョウ。」とか。
──その短い単語ごと改行してあるんですよね。
水野:
散文的なんですよ。散文もお得意な方なので。
あかほり:
俺は夢枕獏さんの文体、めっちゃ参考にしたぜ。
水野:
僕も! すごく好きで。
あかほり:
最初に文章を書くことになって「どうしようかな?」って迷ったんだけど、菊地先生というよりは夢枕獏さんだな、と思って。
──そうなんですか!?
水野:
あのね。「○○であった」って書きたくなるんですよ!
あかほり:
でもね、これが難しいんだ! 全然ダメだった(笑)。
水野:
真似はできるんですよ。でもそれって獏先生の亜流にしかならない。
──当時は文庫よりも新書タイプのノベルズがすごく強い時代でしたから、みなさんそこに憧れがあったんでしょうか?
水野:
そうですねぇ……やはり獏先生のあの文体と、田中芳樹先生のキャラ描写の見事さ。短い文章でキャラクター性を獲得させるのは「神だなこの人たちは!」と思いましたね。
あかほり:
いやー……これはちょっと言いたくないんだけど、『シュラト』に関しては俺が書くはずじゃなかったのよ。
──ええ!?
あかほり:
当時、俺はタツノコの人間で。営業的なものもやらされていたから。それで知り合いのエニックスの人に営業をかけて、本を出すことになったんだけど……書くのは当然、脚本家だと思ってたの。
──あ! そうか。あかほり先生は設定などを考える文芸担当で、脚本は師匠の小山先生が書いていらっしゃったんでしたね。
あかほり:
そしたら脚本家が「誰も書かない」と。それで俺が急遽、書くことになっちゃった。で、切羽詰まって「文体どうすりゃいいんだ!?」と悩んで……好きな夢枕先生を真似て「こんなんでいいかな?」と書いたら、全然そうはならなかったと(笑)。
水野:
ははははは!
──けど、言われてみれば……あかほり先生の文体って、夢枕先生の文体に似てますね。伝奇小説とラブコメでジャンルが違いすぎるから共通点に気付かなかったけど……そうか。そこに源流があったのか……。てっきり私は、アニメの脚本はセリフ中心だから、そのせいかと思っていました。
あかほり:
ノベライズだからシナリオをまとめながら書いていくんだけど、シナリオなんてほぼセリフしか書いてないわけだから。全然ためにならない。夢枕先生の『餓狼伝』や『サイコダイバー』といった、大好きだった作品を必死に勉強して……。
──特に『シュラト』は冒頭に拳法大会のシーンがあったり、精神世界的な描写も多いですもんね。作風的にも夢枕先生に近い。
水野:
(被せるように)『サイコダイバー』はすごいですよ! あれは、漫画やアニメといった映像作品がエンタメ界の主流になっていく時代に、小説という表現が生き残っていける確信を与えてくれました。
むっちゃ感動して! 小説が他のメディアに負けないなと思うのは、これだな! と思ってたんですよ!
あかほり:
とにかく、初期の頃のことは思い出したくないよね。インスパイアといえば聞こえはいいけど、今はトレースをすると叩かれる時代だから(笑)。
水野:
けどさ。西尾維新【※】さんのトレースなんて山ほどいたじゃん。
※西尾維新……『〈物語〉シリーズ』『刀語』作者。
──いましたねぇ……まさに私の世代はそればっかでした。
水野:
西尾維新さんも文体を確立された方じゃないですか。それこそ僕らの時代だと、新井素子さんがそうだった。
そして文体のリズム感だと、神坂さんが抜群に上手い。あと、文章が上手いのは『オーフェン』の秋田さん【※】。
※秋田禎信……『魔術士オーフェン』シリーズ作者。
あかほり:
神坂さんこそさぁ、一人称文体とはいえ、あのリズム感がラノベだよね!「ラノベって何?」って質問に対しては『スレイヤーズ』を読ませるのが一番だと思うな。
──少し前に新刊も出ましたしね!
お家騒動とラノベ三国志
──ラノベの発展にとって、レーベルの存在は欠かせません。スニーカー、富士見、電撃……それぞれレーベルカラーといえるものがありました。先生方は複数のレーベルで作品を発表してこられましたが、レーベルごとに作風を変えるというようなことはなさったんですか? それこそ、スニーカーも富士見も電撃も立ち上げから関わっていらっしゃったと思うのですが。
あかほり:
いや? 無いなぁ。
水野:
作品ごとに文体を変えるというようなことはしましたかね。
──水野先生はその印象が強いですよね。それこそリウイはハーレムですし、それに電撃文庫の『クリスタニア』は、ロードスの1巻に、かなり意識して寄せているような感じを受けます。
水野:
そもそもクリスタニアを書き始めた理由が……お家騒動みたいな、ねぇ?
あかほり:
がはははは!
──それ書いていいんですか!?
水野:
もう情報公開されてるからね。角川の社史にも出てるし。あれには僕の名前もいっぱい出していただいてるみたいだけど。
──佐藤辰男さんがお書きになった『KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展』ですね。ちなみに佐藤さんはコンプティーク創刊時の編集長でもあり、ロードス誕生やラノベ発展の歴史にも深く関わっています。あのお家騒動では角川歴彦さんと行動を共にされました。水野先生も、やはり当時は色々と……?
水野:
やっぱり……渦中だったからね。中心人物ではないですけど、その近くにいる人ではあったから。そりゃあ警戒しましたよ。
神戸に角川歴彦さんが来られたときも、安田さんと……かなり大人の話をしてるんですよ。で、僕もその隣にいるんですけど……もう僕は話なんて聞いてないですよ! 周りに週刊誌や新聞の記者がいないかとか、そんなんばっか気にしてましたよ!
場所はホテルのラウンジでしたけど「この人ら……なんやぜんぜん警戒してへんなぁ!?」って。
あかほり:
ははは!
水野:
僕は歴史オタクなところがあるから、こういう密談は茶室でやるもんだろうと(笑)。そういう先入観があったから。
──当時、私はまだ小学生でしたけど、テレビで大ニュースになってたのは憶えています。そんな大きな話を、わりとオープンな場でしてたんですね……。
水野:
僕もいろいろと情報を仕入れてましたよ。僕は2流以下の策士なんで、そういう情報収集は怠らないんです。で、いくつかプランを用意しておいて……結局、クリスタニアを電撃文庫に持って行って。
ある意味、ロードスとクリスタニアを分けることで、根本的なトラブルを避けたということはありますね。
──なるほど。どっちが倒れてもいいと……。
水野:
真田か俺は!! そういうんじゃなくて(笑)。
あかほり:
でもね? 当時そういう雰囲気はあったよ。関ケ原で東軍に付くか西軍に付くかってさ。
水野さんはそうやって大人的にやってたけど……俺はもっと露骨にさぁ。一方には「もちろん僕はこっちですよぉ!」で、もう一方にも「もちろん僕はこっちですよぉ!」って(笑)。
水野:
筒井順慶か(笑)。
──離脱派の決起集会みたいなのがあったときに、あかほり先生がその場にいなかったのに、後からいたことにされたというエピソードが……。
あかほり:
そそそ! 決起集会というか、作家に対する説明会みたいなのがあったのね。俺は別の作品で外国に取材に行ってたんだけど……帰って来たら、いま角川の子会社で社長やってる横沢ってのがいて、これはずっと俺の担当をするんだけど、その横沢に 「あかほりさん。俺たち角川出て行くけど、あんたどうする?」って言われて。
そのころ『爆れつハンター』の原型みたいなものがあったんだけど……「もちろん行きますよ!」と言ったのは憶えてる(笑)。
──ちなみに『爆れつハンター』は出て行った方々が作った電撃文庫から無事に刊行されていますね(笑)。
あかほり:
そのあと、スニーカーとかドラゴンマガジンの編集部に行って「いろいろあるけど、これからもよろしくお願いします!」って言ったのも憶えてる(笑)。
──みなさん、そんな感じだったんですかね?
水野:
どっちに付くかってのは、みんなありましたよ。引っ張り合いもありましたしね。ただ、ファンにとっては関係のない話じゃないですか。
──ですね。スニーカーでやってたはずの作品が電撃文庫というところから出てて、けっこう戸惑ったおぼえがあります。「主婦の友社!? 角川じゃないの!?」って。しかも電撃は装丁が幼いというか、より漫画っぽくなったので、親が買ってくれなかったり。
水野:
だから僕は、ロードスを電撃に持って行くことは全く考えなかった。その代わり、クリスタニアで全力を尽くしますよと。日和見といえば日和見です。でも、ファンに対してはそれが普通だと思う。
あかほり:
その点、俺は楽だったよね。さっきも説明したけど、俺はスニーカー文庫でも、もともと角川の一般文芸をやってる編集さんたちと仕事してたから。
──あ! そうですよね。水野先生はロードスを担当していた人たちが角川から去ったから、板挟みになったわけで。
あかほり:
わかれる人たちとも仕事してたけど、別の作品をやってたから。だから自然と分け合う形になってたから(笑)。
それに角川さんともお付き合いがあったけど、その頃はもう別の出版社さんとも仕事してたからね。最悪は亡命だなと(笑)。
──それだけの大騒動がありましたが……とある事件をきっかけに、翌年にはもう歴彦会長が角川に戻るという……。
水野:
そう(苦笑)。
あかほり:
両方にいい顔しててよかったなーって。
水野:
僕もまさにそう思いましたよ(笑)。
やっぱりねぇ……現実というものは想像を超えるんだよ。
──フィクションは常に現実に負けるんですね(笑)。ただ、電撃のレーベルはそのまま続くことになります。
水野:
そこから三国志になるわけだよ。
あかほり:
その後まさかファミ通系を買収して、メディアファクトリーも買収するとは思わなかったぜ!
水野:
超帝国を築いたよね。角川がどんどん悪の帝国化していく(笑)。
──電子書籍の時代が来て、さらにそれが加速していますよね。我々のような周辺の異民族は、かろうじて生き残ってるような感じで……。
あかほり:
匈奴は強いからいいじゃん(笑)。
売れる、ということ
──ところで先生方は、作品を書く際に何を意識していらっしゃいました? 編集者なのか、同業者なのか、それとも他人のことは考えずに自分の書きたいものだけを書いてきたのか……。
あかほり:
これもさぁ……アニメの企画をやっちゃったからのデメリットというか……ホント、よくないことが起こって。
──最初に言いかけておられましたね。詳しく教えていただけませんか?
あかほり:
要は、企画をやるでしょ? そうすると、ものすごく……「相手が何をやりたいか」で始めちゃうの。結果、それを膨らませて「これどうですか?」って。今や企画屋? クリエーターってよりも、なんて言うのかな……ねぇ?
編集に近いのかな? アレンジャーなのかなぁ?
──過去のインタビューでは、『御用聞き』に近くなってしまったと自戒しておられましたが……。
あかほり:
これは当時俺が叩かれる理由にもなるんだけど……向こうが求めてるものが何かなってのがあるし。あとやっぱり「これ売れるかな?」って考えちゃった。露骨に考えちゃった。
──それは、たとえば「売れてるものに似せよう」みたいな?
あかほり:
いや。数字を意識してた。「これはどれだけ数字を取れるかな?」ってのが判断材料にすごく入ってた。
──なるほど。それは確かに「相手の求めるもの」の究極ですね。世間の求めるものですから。
あかほり:
自分のやりたいものをやって、それが当たるのが一番いいんだよ。売れなくても「いいものが作れたから、それでいい」という考えもあった。そういうことを言う時代でもあったんだ。「売れなくても、これはいいものだから」って。
でも、それじゃダメだと。退路を断たなくちゃいけないから。まずは「売れるか売れないか」。次に「売れたけどいいもの。売れたけどダメなもの」。そういうわけかたはいいけど「売れなかったけどいいもの」はダメだなと。
──『売れる』ということが、あかほりさとるの存在価値だった……と、先生は思っておられたんですね。
あかほり:
それをラジオとかで言っちゃったから、ファンからすごく叩かれた。はっはっは!「売らんかな」でやるなって!
水野:
いや! ラノベ作家の戦闘力って、結局は売れてる部数やから。「いま現在の売れてる部数」やから。
──肩書きが生きない世界ですからね。
あかほり:
そうだね。ラノベに文学賞とかあるわけじゃないからね。
──水野先生は何を意識して執筆していらっしゃいましたか?
水野:
やっぱり「売れる」ってことは意識しますよ。
特に僕は、書ける作品の量が多くないので。1つの作品にかけるカロリーも大きいから……世界設定から考えるから、どうしても1年くらいかかるわけですよ。最低でも。
そこでさらに熟成させていって……となるので。自分の書きたいものというのはもちろんあるんですけど、それをどういう形にすれば売れるのかという点で、知恵を使いますよ。いつも。
僕はいつも大ヒットを狙うので。常にミリオンを狙うので。「こうやれば化けるんちゃうか?」という幻想はいつも抱いてるんですけど(笑)。
あかほり:
(無言で拍手)
──しかも水野先生が基準にされるミリオンって、シリーズ100万部じゃなくて、1巻単巻で100万部ですもんね。
水野:
もちろん現実には、そんなものは夢物語だとはわかるんです。
けど僕はロードスで最初にそれをやってしまったから。だからそこを目指さないとロードス超えにはならないんですよ。
あかほり:
水野さんは1本をしっかりやるよね。俺は数打ちゃ当たるだから。
──ただ……1年かけて築き上げた世界設定が、1冊だけで終わってしまったら、元が取れないというか。
水野:
そんなことは仕方がないですよ。だから僕のやりかたの真似をしても、ええことは無いと思いますよ。
あかほり:
そんなことないでしょ……。
水野:
1巻が面白かったら続きを出してもらえるのは当たり前でしょ。同じように、つまらなかったら1巻だけで終わるのも当たり前じゃないですか。
僕はだから、1巻でダメだったら、そこでスパッと切っていただいて結構だと考えます。また1年間かけて別の作品を準備します!
──水野先生は様々な作品を書いておられます。そして私が読むに、明らかにそれぞれの作品の文体が違う。たとえばさっき話に出た『リウイ』は会話中心で改行も多い。
水野:
改行のペースは明らかにコントロールしていますね。
──『クリスタニア』はロードス島戦記に近くて、1ページ当たりの文字数も抑えめで、文体は三人称ですが視点は主人公のものが多い。ここから初めて水野作品に、そしてラノベというジャンルに触れる子供たちのことを意識していらっしゃるのかな……と。
水野:
よく読んでおられる。ただ、文体を変えているというほどの意識はなくて……僕は「リアリティーレベル」と呼んでいるんだけど。
──おっしゃってますね。それこそ、あかほり先生がファンタジーの話題でおっしゃっていた『枷』がそれに当たるのだと思いますが。
水野:
そこは意識して書いています。たとえば『ロードス島伝説』という作品は、「僕はここで重厚なファンタジーを書き切るのだ!」という強い意志を持って、自分がそれまで書いたことのないような重厚な文章にチャレンジしてみたんですよ。
で、ある程度成功したという感触もあった。だから伝説のおかげで、自分は小説家になれたかなという印象は持っていて。
『リウイ』では逆に、文体を軽くするということがやれた。その2つによって、文体のコントロールをやれるようになったと思います。
──あの、個人的な話で恐縮なんですが……私は同じ作品をずっとやってて。
水野:
ああ、はい。
──自分の文章力が上がっているという実感が無いんです。苦労や努力はしてるんですけど……それは一つの作品だけに取り組みすぎている弊害なんでしょうか? もっと色々な作品を書くことで、自分の芸域を広げる努力をしたほうが……。
水野:
いや、一つの作品を書いているなら、文章力を上げる必要はないでしょう。文体を変える必要もないし。
同じ作品をやってるなら、縮小再生産でいいと思うんです。なぜなら基本的に2巻以降、部数というのは下がっていくから。そこでどんだけ努力しても部数がバーッと跳ね上がることはない。
だからそこは再生産で、次に別の作品をやるときに努力や工夫をすればいい。まあ、白鳥さんのほうが、作家としての人生設計を僕よりもしっかり立ててるだろうから。
──あんまり立ててなかったんです。ずっと兼業でしたし。けど、結婚して専業になって、子供が生まれてしまうと「長くやらなきゃ」という気持ちが生まれてしまって……。
水野:
そうですよねぇ。僕は若い頃に勢いで結婚して、子供も生まれたから。もう育ってくれたんで、今は楽ですけど。
あかほり:
おいおいおい! そこの2人。俺も子供欲しいぞ!
──あかほり先生は、お弟子さんのお子さんをかわいがっておられるじゃないですか。
あかほり:
おじいちゃんの立場だから、甘やかしちゃって大変なんだ(笑)。
水野:
むっちゃ甘やかしてるよね。
あかほり:
ところでさっきの話を聞いてたけど、白鳥君はツイッターとかの短い文章が上手じゃないか。短い文章を書けるってのは、すごく難しいことなんだぜ?
水野:
将棋のインタビューも面白いしね。取材がしっかりしてると思う。
──励ましていただいてありがとうございます……ただこの商売、いずれ必ず売れなくなる時が来ると思うんです。ヒット作を書いても、新作が売れる保証は全く無い。むしろそういう谷間は必ず来ると考えて、どうすればそこから這い上がることができるかを準備する必要があると思っています。
谷間と、長い下り坂
──そこで教えていただきたいのですが……あかほり先生は谷間を経験なさったじゃないですか。『セイバーマリオネット』が終わった頃から、ヒット作が出なくなった。昨日までと同じことをやっているはずなのに、受けない。なんで当たらないか全くわからない。『オタク成金』に詳しく書いてあって胸を抉られたのが、この部分なんです。
「実は、今回の『オタク成金』って、お金持ちになれてよかった……という部分を伝えたいんじゃなくて、金があっても、何もできないのが一番悲惨なんだってことも伝えたくてさ。
いくら金があったって、ヒット作はできないんだよ。こんなに金があるのに、俺、なんでヒット作が作れないんだ……って、長く作家をやってればわかるけど、それが作家として一番つらいところでね。金で集められる情報も状況もあるはずなのに、なんでヒットが作れないんだと」
ラノベの世界で谷底に突き落とされた先生は、漫画原作者として復活なさいますが……あかほり先生が谷間を抜けられたのは、なぜなんでしょう?
あかほり:
「企画を立てるぞ!」って気力はすごくあったんでね。何の企画も立てられない、何の話も書けない……ってなら、諦めたと思うんだよ。
「まだこういう作品をやりたい!」って気持ちはあって、そんなときに拾ってくれる人がいたから、その人とやったって感じかな。
けどそれは、俺が「この企画どうですか!?」って自分で持って行ったものじゃなかったんだ。
──え?
あかほり:
その救ってくれた編集さんに言われたのがね?「僕があかほりさんとやりたい企画の根本を考えるまではダメです」って。
──ああ……素敵な言葉ですね。本当にあかほり先生を谷から引き上げようとしてくれているのが伝わってきます……。
あかほり:
で、その人が「今度こういうのがやりたいんですけど、それについて企画あります?」と言ったときに、すぐ「じゃあこれどう?」と出せたんで。それが何とかなったんで、谷から戻ってこられたな。
今回の、歴史小説がダメだった後も……「やっぱ漫画原作でやってかないとな」と思って、いろんなとこにもういっぺん挨拶に行ったら「ちょうどよかった!」「今ここが空いてるんだけど!」ってお話をすごくいっぱい頂けたんで。
それで復活できたなって。けど悪い癖でね。「仕事を取りすぎてダメになる」ってのもあるんだ(笑)。
水野:
はたから見てると、あかほりは今、流れが来てますよ。作品力よりも企画力の時代が来てますよね。
ネット漫画の時代が来たでしょ? それって脚本家の経験が役に立つから。
あかほり:
けど、今はチーム制だよね。だって女子高生の会話なんて書けねーもん! だから弟子とかに「ちょっとここ書いてよ」ってお願いしてさ。
──脚本家さんって師弟関係があるじゃないですか。そこの人間関係の濃さって、今のラノベ作家には無いもので、羨ましいと感じます。
あかほり:
榊一郎とかも弟子いっぱい抱えてるじゃん! 俺が育てた人間の半分くらいはアニメの脚本を仕事にしてるけど、「いろんなことやりたい!」って人間がウチにはいっぱい来たかな。
──それから今日、水野先生におうかがいしたかったことに、『ど根性ガエルの娘』【※】のことがあるんです。あの漫画の5巻で、水野先生が作者の大月悠祐子先生に対して、いくつか印象的な言葉を投げかけるシーンがあって。大月先生の漫画が50万部を突破した、お祝いの席でのことなんですが……。
※『ど根性ガエルの娘』大月悠祐子(かなん)作。大月の父である漫画家・吉沢やすみの姿を通じてクリエーターの苦悩を描く自伝的漫画。
水野:
ああ、『ギャラクシーエンジェル』の頃にね。
──「デビュー作が売れるとつらい」という言葉がありましたよね? さらに「売れても売れなくてもやることは一緒」という言葉もありました。デビュー作が歴史的なヒット作になった水野先生が、どういう経緯でそういう心境に至ったのかを教えていただけませんか?
水野:
デビュー作が売れるとですね。要するに、作家人生が長期の下り坂なんですよ。
あかほり:
はっはっは!
水野:
僕はそれを自覚していたから、軟着陸させようと。墜落はしないでおこうと(笑)。
ゆ~っくりと、なだらかに……降下していこうと。途中からはそういった意識を持つようにはなりましたよね。
──決して超えられない壁を、自分で作ってしまった。そこを超えられないまま仕事を続けるというのは、我々では想像できないほどの苦悩だと思います。そんな苦悩を抱えたまま……死ぬまでラノベ作家であろうとする。あまりにも苦しすぎませんか?
水野:
本当は、過去の自分を超えたいという意識はあるんです。でも理想を持つと同時に、現実として「軟着陸をさせなければ」っていう意識を持つのは必要だから。じゃないと自分の心がね、保たないんですよ。
それがわかってるから、かなんちゃん……で、いいのかな。大月悠祐子さんね。
『ギャラクシーエンジェル』というのは、ブシロードの木谷会長がプロデュースされて。僕はそこに、最初はSF考証という形だったんですけど、最終的には総監修というプロデューサーのような形で入って。かなり大きく関わっていた。
──小説も書いておられますよね。アニメとは雰囲気が大きく違って、びっくりしましたが……。
水野:
僕自身のことよりも、チーム制だったので、チームのモチベーションを高めるということを考えた。かなんちゃんは若くて、野心的でもあったから……あんな大きなプロジェクトでキャラクターデザインと漫画を担当して、意識も高い。自信もあったと思います。コミックもすごい部数が出ましたからね。
あの企画は、かなんちゃんのキャラクターをいかに魅力的に見せるかというのが芯だった。だから神坂さんから教わった「女の子たちが輝くために」SF考証をしたんです。あの世界は女の子たちが気持ちよくなると高エネルギーが出るという設定で……(笑)。
──そうでしたね(笑)。
水野:
そんな設定を考えてる時点でSF考証としては負けかなと思うんですけど(苦笑)。
あかほり:
ふふふ。
水野:
それで、飲みの席で、伝えないといけないと思ったんでしょうね。自分が……つらかったから。最初に大きな成功をしてしまうと、次が失敗したとき、世界から掌を返されてしまうから。
彼女にとっては、僕からそんなことを言われたのが驚きだったと思うんです。言われた当時は理解できなかったんじゃないかな。ただ、現実にそうやって掌を返されることがあって、そこで「あのとき水野さんにそう言われたな」って思い出してくれて、漫画に書いてくれたんじゃないかな。
──水野先生ご自身も、掌を返された経験がおありなんですか?
水野:
やっぱりねー。露骨にありますよ、そりゃ。
けどそれは当たり前やと思いますよ。編集者って、これから伸びていく人が好きなんですよ。何でかって言うたら……「俺が育てた」って言いたいわけじゃないですか。
──もう育ってしまった人を担当しても、自分の評価に繋がらない。
水野:
「どうせ水野はなー。そこそこ部数は出るけどー」みたいに考える人が出てくるのは、仕方がないですよ。
でも僕は「俺のことを何だと思ってるんだ!」と怒るようなタイプじゃないから。逆に、それで僕が売れたら、編集者も喜ぶし……だから企画を育てていきたいって思っているんだけど。ただ……そうやって割り切れる人ばかりじゃないから。
──一般文芸の世界でも、そういう話を聞いたことがあります。直木賞を取ったら、その瞬間に人がサァァ……っと引いていくって。仕事は増えるけど、熱が消えると。
水野:
特に作家って、なんやかんや言ってもナイーブな人って多いから。僕だってそういう部分はあるし。かなんちゃんはそういう部分が大きかったから……忠告というよりも、励ます意味で言ったんだと思う。
失敗して、売れなくなる。企画も通りにくくなる。そんなときに足掻いたって仕方がない。「どうやったら売れるのか?」ということを考えつつ、自分の書きたいもの・書けるものを、書いていくしかない。
「書きたいもの」っていうのは同じ。それを「どうやったら売れるか?」と考えていく。だから「やることは同じ」なわけ。それを伝えたかったんじゃないですかね。でも、僕はそれよりも……。
──何でしょう?
水野:
彼女にセクハラをしなくてよかったな……と。
あかほり:
はははははは!!
──まさに水野先生がカッコイイことを言った直後のページで、セクハラする編集者が登場しますからね(笑)。
ネット小説とラノベ作家
──ラノベができる前のことから始まって、3時間近くもお話をうかがってきましたが……今って、先生方が台頭なさったラノベの黎明期に、すごく似てる部分があると思うんです。
あかほり:
ああ、それはあるかもね。
──たとえば、私の世代のラノベ作家って『連載』を経験してる人が極めて少ないんですよ。
あかほり:
そっか。今は雑誌って隔月で出てる『ドラゴンマガジン』だけなのか。
──『電撃文庫MAGAZINE』も『ザ・スニーカー』も休刊しました。でも今の子達は、ネットに自分で連載している。
水野:
それこそ毎日連載してるわけですからね。
──そしてそこで人気を獲得したものが書籍化され、メディアミックスされる。レーベルの力が支配的だった頃と比べて、レーベルが存在しなかった頃に戻ってるような印象を受けます。
水野:
それって圧倒的に正しいですよね。
──私もそう思います。新人賞システムは、それぞれの編集部が面白さにフィルターをかけていた。編集者の力量が高く、かつ作家が未熟であればそれも上手く行きますが……経年劣化によって、全てのレーベルにおいて編集部の意識の硬直化が起こりました。面白さの物差しが一つになってしまった結果、文庫のラノベは「全部似たような作品で、つまらない」という意識を持たれてしまった。
あかほり:
あと、今ってさぁ。作家とファンの子の距離がすげー近いよな。SNSを駆使して、ファンの子と交流して、作品のランキングを上げていくわけだろ?
──宣伝活動も作家に必要なスキルになっていますね。
水野:
これは以前、賀東招二さん【※】と話してたことなんですけど……「ラノベ作家ってラーメン屋に近い部分があるよな」と。
※賀東招二…… 『フルメタル・パニック!』『甘城ブリリアントパーク』作者。
──それはすごく面白い視点です! さすが賀東先生……。
水野:
ファンの意識と、ラーメン屋の店主の意識が、比較的近い。そしてファンの中に、将来的にはラーメン屋になりたいと思ってる人がけっこういる。「ああ、似てるよね」と。
──その点、あかほり先生は『ぽりりん新聞』をご自身で発行なさるなど、かなり早くからファンとの交流にも力を入れていらっしゃった印象です。
あかほり:
ファンクラブみたいなのはやりましたね。あんまり上手くいかなかったけど……。
──そうだったんですか?
あかほり:
ラジオとかもやって、敷居は低めにしたよね。でも……当時はまだ、「作家は友達じゃなくて偉い人」みたいな意識はあったような気もするな。
それに俺は低くし過ぎて失敗したかな、と思うこともあってね(苦笑)。
水野:
でも僕からすると、あかほりはアニメ畑の人間だから、そうやってラジオやったりして自己宣伝できるわけじゃないですか。それは「ズルいなー」と思ったりもしましたよ。
あかほり:
色が付き過ぎちゃったんだよね。それで後で困るんだ。で、ラノベを書く人たちも上手い人ばかりになって。俺からすると……難しいというか、本当に文字を書くのが好きな人たちのジャンルになってしまった。
──そうしてラノベは一時的には隆盛を誇りますが、どんどんニッチな世界になってしまった。まさに一部のラーメンの世界と同じように……。
あかほり:
そうなると、俺は企画が好きだから。だから漫画の連載のほうへ行ったんだよ。
で、漫画の連載に行ってからは、自分の色を隠そうとしたんだ。ペンネームをいっぱい使ってね。
──『あかほりさとる』というジャンルを封印なさったわけですね。なるほど……あかほり先生があまりメディアにご出演なさらなくなった理由が、ようやくわかりました。
多様性の時代を生き抜く
──黎明期から現在まで生き抜いてこられたお2人から、今のラノベ作家たちにメッセージをいただけませんか? とても貴重なものになると思うんです。今のような時代だからこそ。
あかほり:
正統派のほうは水野さんに任せるとして……作品作りをやってるなら、俺のように、ラノベでちょっと頭打ちかな? と思うようになっても、漫画原作とかあるから。
──ラノベだけ……というか、小説という表現だけにこだわるな、と。
あかほり:
作品を作るということをやめないで、さらに別の方向に行けるよ……ってことを、俺を見て、思ってほしいなって。
水野:
あかほりのほうが、ラノベ作家の人生というか、モデルケースになってるよね。
あかほり:
ははは! 実際、絵は描けるけどストーリーは作れないって人、いっぱいいるからね。ネット漫画もすごい数になってるじゃん。だから「物語を作って食っていくジャンルって、ラノベ以外にもいっぱいあるんだよ」ってことを、ラノベ作家のみんなにも知ってもらえたらね。
ほら、テレビのおかげでラノベ作家って儲かるって話になってたけど、さらに「息が長く続くぜ!」ってふうになるかもしれないからね。
それで新しくラノベ業界に入って来た連中が「ぜんぜん儲かんないし、つらいだけじゃん!」てなったら、テレビ局に文句言ってくれよな!
──ははははは! 水野先生はいかがですか?
水野:
僕は今、最前線で書いてる人たちと交流があるわけじゃないけど……小説投稿系のサイトで人気が出て書籍化される、コミカライズもされる。ある意味、売れ方というか、売れる方法論って確立されてるじゃないですか。そういうところで力を発揮できる人にとっては、今はチャンスだと思いますよ。
──新人賞システムは崩壊しましたけど、だからこそ裾野は広がっている印象があります。
水野:
そうそう。どうやって売れるかについては、ネットで投稿してる人たちのほうがノウハウを持っている。売れているものに照準を合わせつつ、次に来るものもチェックする。そしてダメなやつは即、潰して。新しい企画をやる。
ただ、人が増えているから、競争は激しいと思う。その競争に打ち勝てば、楽して大儲け……という世界が待ってるんじゃないかな。最初の8000万円に話に繋がるけど。
──綺麗にまとめていただいて、ありがとうございます! ええと、最後にドワンゴの竹中さんから質問がありまして。水野先生になんですが。
水野:
はいはい。どうぞ。
──「エルフのスタイルって、今、巨乳か貧乳かで派閥がわかれてるんですが、水野先生は日本のエルフを作った際に、どちらを意識されましたか?」と。何だこの質問……。
水野:
僕自身は「天は乳の上に乳を作らず」という立場で、全ての乳は尊いという立場です。
あかほり:
何だよそれは(苦笑)。
水野:
至高なものなので、上下を作れるはずがないではないか。ただエルフに関しては、出渕さんが描いたもののイメージだと思うんですよ。
で、出渕さんは松本零士先生の女性キャラが大好きなんですよね。だから、割と細い感じで描かれたというのがありますね。
──メーテルなんですね。日本のエルフは。
水野:
でも、それだけじゃあ……というのがあって、ダークエルフのほうはグラマラスにしましょうと。アニメのOVAで、対になるようなキャラとして登場させた。それでダークエルフは巨乳という伝統だけが、なぜか業界のミームとして残っているのかなと(苦笑)。
──じゃあエルフがエッチなのはやっぱり水野先生が元凶なんじゃないですか(笑)。
水野:
最近は、村を焼かれたり、奴隷にされたり。「エルフ受難やなぁ……」と思いますよ。
あかほり:
受難だよね。
水野:
いうて僕も、どの作品にもエルフっぽいものを出してますから。歴史的に見ても、エルフ的なものとの異種婚姻譚は、多いんです。つまり……。
──つまり?
水野:
人間的な異種族を見たらヤリたいという男は、昔から多かったということでしょう。そういう中二的な……ヴァルキリーとは子供が生まれたり、ニンフもたくさん子供を産んだり。もともとエロいものなんですよ。『指輪物語』では高貴な種族として描かれ過ぎていますが、本来のエルフはもっと淫靡なものだし、コケティッシュなものでもある。
だから……今のエルフ像は多様性があっていいなぁ、としか言いようがない。
あかほり:
ははははは!
水野:
しかし僕は『指輪物語』に対してリスペクトがあるので、ロードスに出てきたエルフは高貴で、細いんです。
──エルフの話はしなくていいと言ってましたけど、最後は結局エルフの話題になりましたね(笑)。本日はありがとうございました!
……この対談からおよそ2週間後。
あかほりと水野を慕う後輩作家たちがオンライン飲み会を開いた。
対談でも陽気だったあかほりだが、飲み会でもそれは変わらない。いつ、どんな場でも、誰が相手でも、あかほりさとるはあかほりさとるだ。
「よう白鳥君! この前は楽しかったぜ!」
ラノベ作家達を前にして、あかほりは何度もそう言ってくれた……それを単なる挨拶ではなく、私がこの企画を続けられるよう協力してくれているように思うのは、考えすぎだろうか?
そして、あかほりは誰よりも先に退室した。4年前の、あの夜のように。
再び多くの仕事を抱えるようになった今、疲れこそあれ、その表情は終始晴れやかだった。
参加者の一人である宮沢龍生【※】は、私があかほりと水野の対談記事を書いていると知ると、言葉が止まらなくなった。
※宮沢龍生……『インフィニティ・ゼロ』『いぬかみっ!』(有沢まみず名義)作者。
「あかほり先生のお弟子さんたちが集まる忘年会に参加させていただいたときに、驚いたことがあるんです。先生はお弟子さんに『お前これ好きだよな?』『お前はこれが好きだったよな?』って、料理をずっと取り分けてるんです」
「原稿を全没にされたときも、あかほり先生はぜんぜん怒らないんです。全没ですよ? 普通なら怒り狂うのに、ケロッとしてこう言うんですよ。『だって面白いものを書きたいじゃん!』って」
「すごいなと思って。でも……照れがあるんでしょうね。『見習うなら水野さんにしろよ』と、いつも言われました」
そんな宮沢に対抗するかのように、酒が入った水野も、あかほりについて語り始めた。
「あかほりの前にあかほりはいない。あかほりの後にもあかほりはいない」
何度も何度も谷底から這い上がり、時代の寵児になる盟友のことを、水野はそう表現して讃える。
求められるものをベストなタイミングで提供できるという稀有なその才能を、水野は対談の中でも認めている。
しかし水野は同時に、あかほりの中にずっと存在するコンプレックスも見抜いていた。
あかほりが本当になりたいものは、企画屋でも編集者でもアレンジャーでもないと。
「あかほりさとるは、クリエーターとして戦って評価されたいんだよ!」
後輩たちに熱くそう語る水野もまた、クリエーターとしての壁に突き当たっている。
ロードス島戦記の最新シリーズである『誓約の宝冠』は、この対談の中で水野自身が語っているように、1巻で止まってしまっている。
その1巻は、掛け値なしの名作だった。
読んだとき、あまりの志の高さに震えた。水野はこの新シリーズで明らかに世界を狙い、そしてロードスという作品に普遍性を与えようとしていた。ロードスを……いや、ライトノベルというジャンルを、いつの時代の、どこの国の人々にとっても楽しめる存在へと押し上げようとしていた。
自分の作家人生を『長い下り坂』と語っていた男は、自分自身の築いた高い壁に阻まれ、前に進めなくなってしまったのだろうか?
しかし対談の中で水野はこう言っている。
「今は止まってしまっている」……と。「今は」と。
ならば我々は待つだけである。
完結するかはわからないが、水野は必ず続きを書く。
なぜなら水野良は、ラノベ作家として死ぬのだから。
あかほりさとると水野良。
2人は今も後輩たちに道を作り続けている。
それはメディアミックスや、ライトノベル以外の活躍の場を開拓するという意味だけではない。それだけならば私は今の2人に話を聞こうとは思わなかっただろう……過去にいくらでもそのことについて語った記事は存在する。
私は見せたかったのだ。ラノベ作家という職業を作った、2人の男の今を。過去の『栄光』でも『成功』でもなく。
『苦悩』という、戦い続ける背中を。
(了)
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