『俺の妹』伏見つかさ×『はがない』平坂読 対談──ラノベにおける“現代ラブコメ”を極めた二人に創作論や作品誕生秘話を語ってもらった!
ニコニコニュース / 2022年9月29日 11時0分
取材・文/白鳥士郎
伏見つかさが『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』を出版した時の衝撃は、今もありありと思い出すことができる。
読む前から面白さが伝わってくるタイトル。簡潔で読みやすい文体。スッキリと整理された、しかし魅力と特徴に溢れるキャラクターたち。そして実在のブログを作中に登場させ、発売に合わせそこでインタビュー記事を掲載するという宣伝手法。
ラノベにおける学園ラブコメというジャンルが、2008年8月10日という1日を境にして、激変したかのようだった。
ラノベ作家や編集者たちは『俺の妹』の成功にあやかろうと、似たようなタイトルの作品を大量生産した。
『俺の妹』の凄さは、それまでラノベに興味のなかった層を取り込んだことにある。
結果的にラノベ界は空前のラブコメブームに湧くことになった。
その1年後の2009年8月。
ラノベ界に新たな激震が走る。
平坂読の『僕は友達が少ない』を読んだ時、多くのラノベ作家たちはその破壊的な面白さに絶望した。
『俺の妹』は、圧倒的な新しさと面白さがあったものの、それまでのラノベの王道を踏襲した作品だった。
しかし『はがない』は、ヒロインがゲロを吐くという破天荒なキャラクター造形や、起承転結など意味は無いとでも言うかのような構成など、それまでのライトノベルのお約束そのものを全否定する、恐るべき作品だった。
先輩作家や編集者たちが得意気に語っていた創作論とはまったく違う。異彩を放つ『はがない』は瞬く間に注目を集め、2011年度ライトノベルのシリーズ売り上げ1位を獲得するほどの人気作品となっていった。
『俺の妹』と『はがない』の爆発的なヒットで活気づくラノベ業界だったが、その影では、全く売れずに辞めていく作家も無数に存在した。
私もその一人になるはずだった。
『俺の妹』と同じ2008年に発売したデビュー作は全く売れず、『はがない』と同じ月に発売した2作目も打ち切り。
2作連続で爆死したこともショックだったが……伏見つかさと平坂読という二人の才能に圧倒され、心を折られたから。
「同世代にあんな天才が二人もいるんじゃ、自分の出番なんてない……」
「誰も俺の本なんて読みたくないんだ……」
そんな私を引き留めてくれたのは、とあるラノベ作家のインタビュー記事だった。たった一言だけだったが、その作家は確かに私の作品の名前を口にしてくれていた。
全く売れず、誰にも読まれていないと思っていたデビュー作。
その作品を評価してくれている人がいることに勇気づけられたから――――その作家こそ、『俺の妹』作者である伏見だった。
『俺の妹』と『はがない』の次回作で、伏見と平坂は奇しくも同じ「ラノベ作家」という題材を選び、それを見事に書き切った。
『俺の妹』発売から14年。『はがない』発売から13年。
そして『エロマンガ先生』の最終巻が発売される2日前というタイミングで、二人の対談が実現した。
・俺妹&エロマンガ先生Twitterアカウント
・平坂読Twitterアカウント
※このインタビューは2022年8月8日、リモートにて行われました。
平坂:
お疲れ様です。
──本日はよろしくお願いします! 緊張してきました……伏見先生とは初めてお話しさせていただくので。
平坂:
ああ、面識無いんでしたっけ?
──無いんですよ。メールを一度しただけで。
(時間になっても伏見先生が現れず、関係者がざわざわし始める)
平坂:
伏見さんからLINEが来ました。
なんか……URLをクリックしてもブラウザのほうに飛んじゃって、ZOOMに入っていかない、と。
──第1回の水野先生に続き、この対談企画はすんなり始まらない宿命を背負っているんですね(笑)。
(同席してくれた電撃文庫の編集さんが対応してくれて、何とかなる)
伏見:
大変お待たせしました! 入れました!
──おお~! はじめまして! よろしくお願いします!!
一緒に旅行に行くほど仲良しな二人
──今回はラノベ作家対談の第2回目となります。第1回は、あかほりさとる先生と水野良先生でしたが、今日もあんな感じで自由にお話しいただければと……。
平坂:
あれは面白かったです。
伏見:
あんな大先輩にガスガス言っていけるんだなって……あかほりさんに「ゴツいですね」なんて言えないですよ! こわすぎる!
──お二人が気を遣っていろいろと喋ってくださったので(笑)。あとは、やっぱり残したかったんじゃないでしょうか。ラノベという文化を。後輩たちがキツそうに見えているんだと思います。
伏見:
あんなにもすごいベテランの方々が、あそこまでやる気に満ちあふれていると、やる気出ますよね。こっちも。
ぜひ後輩たちのモチベーションに繋がるような記事にしていただきたいです。
平坂:
白鳥先生がかっこよくまとめてくださるので、そこは信頼しています。
──プレッシャー……! じゃあ、まずはお二人が仲良くなったきっかけから教えていただいてもよろしいですか? 2010年5月の「ライトノベル・フェスティバル」【※】では対談もなさっていて、その頃にはもう仲が良さそうですが。
※ライトノベル・フェスティバル……ライトノベルのファンイベント。
伏見:
平坂さんと仲良くなったきっかけって、僕ぜんぜん憶えてないんですけど、何でしたっけ?
平坂:
最初に『ラノベ部』で『俺の妹』のネタをちょっと入れたら、伏見さんからメールで連絡が来て。それでやり取りするようになって。
それで、二人で「ライトノベル・フェスティバル」に行ったんです。私と伏見さんが対談する前の回くらいの。
伏見:
そうだったそうだった。
──『ラノベ部』は2008年~2009年にわたって出版されたので、そのくらいにお知り合いになったと。しかし伏見先生はどうやって平坂先生の連絡先を知ったんです?
平坂:
当時はブログをやってて、そこに連絡先が書いてあったので。
──じゃあ伏見先生が『ラノベ部』を読んで、自分の作品が取り上げてあったから作者のブログを探して、メールを出したってことですか?
伏見:
確かそんなことしたような気がします(笑)。
僕は賞を取ってなくて。同期が全然いなくて。だからその反動で友達作りに励んでいたような気がします。
──なるほど。私も新人賞を取っていないので、よくわかります。平坂先生は?
平坂:
デビューして間もなく、mixi(ミクシィ)で他の作家さんと知り合うようになって。で、いろいろやらかして……はい。
──お、お友達ができた……ということでいいんですよね?
平坂:
ネット上の繋がりは……はい。
──含みのある答えですねぇ(笑)。
平坂:
当時は地方に住んでいたのでリアルで同業者と会う機会もなく、ネットの交流がほぼ全てでしたね。
──風の噂では、お二人は健康診断に一緒に行くほど仲が良いと……。
平坂:
私が『はがない』のアニメ化を機に上京してからは、一緒にゲームしたり旅行に行くようになりました。
──なるほど。伏見先生はずっと関東ですもんね?
伏見:
長いこと千葉に住んでいたんですけど。
引っ越すたびにだんだんと……編集部に近づいていって(笑)。
──ははは!『エロマンガ先生』では足立区がけっこうイジられてたので、てっきり東京のご出身なのかと思っていました(笑)。
伏見:
足立区には子供の頃に住んでいたんです。『エロマンガ先生』の地元ネタは、幼少時の思い出を使って書いているんですよ。
他の作家に嫉妬する? しない?
(ここで伏見先生の大ファンであるニコニコニュースオリジナル編集の竹中さんが会話に加わる)
竹中:
伏見先生、平坂先生に、白鳥先生も含めて、皆さん同期という意識はおありなんですか?
──伏見先生は私より2年ほど先輩で、さらに平坂先生は何年か早くデビューしていらっしゃいますが……。
平坂:
もう三人とも十年以上やっていて先輩後輩みたいな意識もないので、同期というか同じ業界で一緒に戦ってきた仲間みたいな感覚ですね。
伏見:
当時の先輩方はもちろんそうですが、僕はラノベ作家で嫌な人に会ったことがなくて。皆さんによくしていただいたと思います。
憧れの作家である古橋秀之先生【※1】にお目にかかることもできましたし! 直接「あれの続きどうなるんですか?」って聞くこともできました!
古橋先生と同じくらい憧れていた秋山瑞人先生【※2】も、チラッと見ることができたので、満足しました。話しかける度胸はありませんでしたが(笑)。
※1 古橋秀之……『ブラックロッド』で第2回電撃ゲーム小説大賞・大賞受賞。重厚な作品から軽快な短編まで幅広く書きこなす。後の電撃文庫の流れを築いた。
※2 秋山瑞人……『EGコンバット』で電撃文庫よりデビュー。『イリヤの空、UFOの夏』はセカイ系を代表する作品と高く評価され、ラノベ作家で秋山のファンを公言する者は多い。
竹中:
そうやって話しかけて、憧れの作家さんと仲良くなったことってあるんですか?
伏見:
僕は憧れの作家さんとあまり仲良くなりたくない気持ちがあります。作品と切り分けたいんです。だから、好きな作家ほど、深くは関わらない。
──うんうん。
伏見:
そういうことありませんか? 平坂さん、どうです?
平坂:
ありますあります。
──私はまさに、伏見先生や平坂先生にそういう気持ちを抱いていたところがあります。上の世代の先生方は遠い存在過ぎて、かえって話しやすさがあるかもしれません。
平坂:
とはいえデビュー当時は尖っていたので、mixi(ミクシィ)とかで先輩作家たちの創作論に突っかかっていったりしたこともあり……思い出したくないですね。
──平坂先生は早い段階からSNSを使いこなしておられた印象ですが、若い頃は失敗もなさっていたんですね(笑)。
竹中:
伏見先生は他のラノベ作家の方との交流ってどんな感じなんですか?
伏見:
僕は電撃文庫に関して言えば、他の作家さんとはほとんど会ってないですね。ただ、五十嵐先輩【※1】とか御影さん【※2】とか土橋さん【※3】とか。みんないい人ですよ。
あと、平坂さんが膵炎になるまではけっこう一緒に飲んだりして。
※五十嵐雄策……第4回電撃hp短編小説賞最優秀賞を受賞。代表作『乃木坂春香の秘密』は漫画・アニメ化された。
※御影瑛路……第11回電撃ゲーム小説大賞最終選考候補となった『僕らはどこにも開かない』でデビュー。代表作に『空ろの箱と零のマリア』。
※土橋真二郎……第13回電撃ゲーム小説大賞・金賞受賞。『扉の外』でデビュー。デスゲーム系の小説を得意とし、多くのレーベルで作品を発表している。
──『はがない』8巻のあとがきで書かれていた、本当に笑えないあの事件ですね。最重症の急性膵炎で死ぬほどお腹が痛くて、救急車を呼ぶのがあと数時間遅かったら多分アレだったという……。
伏見:
前日に飲んでたのが僕なんですよ。
平坂:
そう! 最後に飲んでたのが伏見さんなんです!
伏見:
そうそうそうそう! その時、僕はカラスミを持って行ったんです。そしたら平坂さんは最初、お腹が痛くなったのはカラスミのせいだと思ったみたいで(笑)。ひどくないですか!?
平坂:
他に変わったものは食べてなかったので、カラスミの食中毒かなー? って。
──で、近所の病院へ行って「ただの胃腸炎」と診断されて。それで発見が遅れて、危なかったという。
伏見:
こわいですよ! 本当に……。
──亡くなってたかもしれないわけですからね……。GA文庫というぬるま湯で書き続けてきた自分にとって、新人賞の受付が年4回もあったMF文庫Jって、競争が激しいイメージでした。殉職者も出ていて……。
平坂:
関係者が何名かお亡くなりになっているのは事実ですが……だからといってMFが作家にことさら無理を強いるというようなことはなかったと思います。
むしろ、電撃さんとか大手のほうが怖い印象でした。出版枠争いが激しくて、〆切を破ると1年間本が出ないとか聞くと。
伏見:
あくまで僕自身の感覚ですが、ビジネスライクでシビアな環境だと思います。同じ電撃文庫作家に対しても、同業者であって同僚ではないというか。仲間意識はないです。
平坂:
私もレーベルに対する忠誠心というか所属意識みたいなものは、ほとんどありませんでしたね。
ただ、『はがない』が売れ始めた頃は、他のMF作品もヒット作がいっぱい出てて。だから私に限らず作家編集者ふくめMF全体に「このままKADOKAWAを超えてラノベ業界の天下を取るぞ!」みたいなイケイケな一体感はあったように思います。編集さん達と無茶な飲み方もしましたし……。
なので、メディアファクトリーがKADOKAWAに買収されて、気持ちが沈んだ……というか、梯子を外されたような気持ちになったのは事実です。
伏見:
僕は、ラブコメ作家全体というくくりでは、一方的な仲間意識がありますね。新しいラブコメのヒット作が生まれたときも、悔しいという感覚はなくて。
ラブコメのヒット作がどんどん生まれている環境は、僕らにとっては追い風で、いいことでしかないと思うんですよね。新しいタイプのヒロインがブレイクしたり、流行が変化したりしたときは、悔しがるよりも勉強の機会だと思って、パクれそうなところがあれば、パクっていきたい(笑)。
──はははは!
伏見:
見習うべきところは見習って。自分の糧にしていきたいです!
──他の作家に対する意識の話が出たところでなんですが、平坂先生は『妹さえいればいい。』に関するインタビューで「伊月と春斗も作家としてのタイプは違いますが、お互いがお互いにコンプレックスを持っている似た者同士なので、両方とも自分かな」とおっしゃってるじゃないですか。
平坂:
はい。
──しかし私は思うんですよ。メチャメチャ売れた作品を書いてて、業界の誰もが天才と認めている。そんな平坂先生がいったい誰にコンプレックスを抱くんですか?
平坂:
私なんかもうコンプレックスの塊です。たとえば、自分よりも売れている人ですとか、『このラノ』(『このライトノベルがすごい!』)で1位を取った方とかね(笑)。
──あはははは!(※白鳥は1位を取ったことがある)
平坂:
伏見さんや白鳥さんなんて嫉妬対象の筆頭ですよ! すごい小説を読んだら「これ書いたの俺にならないかな……」としばしば思います。
伏見:
はははははは!
──私もコンプレックスを感じるタイプの作家で、世代的に重なる伏見先生と平坂先生には特別な思いがあります。そういう感情があるからこそ、こうして記事を書かせていただこうと思ったんですが……伏見先生は、あまりそういう感情を持つことがないと。
伏見:
そうですね。作品で競争してる感覚はないです。
自分の作品の糧になればそれでいい。あんまり比較はしないですね。
平坂:
一緒にラノベ業界を盛り上げていけたらいいね! っていう気持ちは、私も伏見さんと同じで、あるんですよ。でもそれはそれとして、成功者は妬ましいなぁと。
──平坂先生がそれを言ってしまうと……。
伏見:
でも、(僕らが)売れてなかったころ、『狼と香辛料』がすごく売れてたじゃないですか。
──売れてましたね。私はデビューしたばかりの頃で、ちょうど「ライトノベル・フェスティバル」の講演が支倉凍砂先生だったんですよ。それを一人で見に行きました。羨ましかったですね。一応、自分の本も持って行ったんですが……最後まで出すことはできませんでした。全く売れてなくて、同じラノベ作家だなんて名乗るのが恥ずかしくて……。
伏見:
あれはちょっと妬ましかったかもしれないですね。同じ新人賞で賞を取った方ですし、僕の一方的な逆恨みというか、マウントを取られているような感覚がありました(笑)。
平坂:
ふふふ(笑)。
伏見:
絶対勝つぞ! っていうモチベーションをくれる、ありがたい存在でした。
──そういう感情が生まれないわけではないんですね。
伏見:
作者と直接会ったときは、生まれないわけではないですね。
──人間ですからね。その基準は何なんですか? 売上とかですか?
伏見:
そうですね。自分よりもすごい作品を作っている方じゃないと嫉妬の対象にはならないと思います。
人生を変えた作品
──先ほど少し話題にでましたが、お二人とも新人賞を獲得しておられないという共通点をお持ちで……平坂先生はよく「第0回MF文庫Jライトノベル新人賞」【※】と言ってますけど、そんなの無いわけで。
平坂:
たぶん誤解されてると思うんですが、第0回というのは私が勝手に言ってる冗談ではなくて、ちゃんと賞状や賞金も出てる公式なものなんですよ(笑)。
※新人賞創設以前に編集部へ投稿された作品が対象となった。平坂は『ホーンテッド!』で優秀賞を受賞。なお白鳥は同じようにGA文庫大賞が創設される前に投稿して賞を取らずデビューしているため、まさか第0回などというものが公式に存在すると思っていなかった。
──えっ!?
平坂:
とはいえ、実質的には持ち込みデビューなので、賞に応募して選考を勝ち抜いたわけではないですが。
──そうですよね。最初からドンと売れたり、編集部に押してもらって……という感じじゃない。ヒット作を自力で出して、それである日突然、人生が変わった感じだと思うんです。
平坂:
まあ、そうかもしれません。
──伏見先生は『俺の妹』ヒットがそのタイミングだと思うのですが、いきなり人生が変わって、いかがでしたか?
伏見:
とにかく楽しかったです! 急に注目されるようになって、読者が増えて、そして感想をくれるようになったので。反響が大きいのがすごく楽しかった。
反面、忙しかったはずなんですが……振り返ってみると、当時はすごく必死で。余分なことはほとんど考えていなかったように思います。色々な企画を提案していただきましたが、すべて「はい! やります!」というスタンスで。
──与えられたミッションをこなす、という執筆スタイル?
伏見:
まさにそんな感じですね。企画の提案が来たときは、基本的には断らないようにしています。
この企画(※対談)自体もそうですけど。絶対やったほうが得ですし。すごく嬉しいんですよ!
『俺の妹』新刊発売のときに毎回お話させていただいたアキバBlogさんの企画もそうです。記事自体も面白かったし、PV数もかなりあったし。「いいタイミングで目立たせてくれてありがとう!」という気持ちしかないです。
──宣伝という面も考えておられるんですね。
伏見:
ええ。
──それは、最初の作品が……売れなかった、という経験があるから?
伏見:
(苦笑)それはあるでしょうね。
とにかく当時は……「早く売れたい」とか「お金が欲しい」とか、そういう低俗な思いでいっぱいでした(笑)。
──低俗とは思わないですけど……みんな思ってるし(笑)。平坂先生は『はがない』1巻で人生がガラッと変わった感じかと思うのですが。
平坂:
1巻からガラッとということはなくて、じわじわ売れていった感じでしたね。「なんかこれまでと違うぞ?」と感じたのは2巻が出てからです。
──2巻で。星奈の表紙も良かったということなんでしょうか?
平坂:
色々な要素があったんだと思いますが、2巻が最初から調子がよくて。そこからはどんどん重版がかかるようになって……何だかすごいことになってるなー、と。
──伏見先生は「売れる」ということに対して渇望があったと先ほどおっしゃっていましたが、平坂先生はどうだったんでしょう?
平坂:
もちろん「売れたい」という気持ちはあったんです。けど、『ねくろま。』や『ラノベ部』もそこそこ上手くいっていましたから。それよりちょっと売れるくらい……生活が安定すればいいな、くらいでしたね。
──その上手くいってた『ラノベ部』を3巻で終わったというのは?
平坂:
ラノベネタを出すのが厳しくて……。
──最初から3巻で終わる予定で書き始めたんでしょうか?
平坂:
いや、何巻で終わるとかは考えていなくて。ラノベネタ縛りで話を作るというのが思った以上にすぐ限界がきてしまって ……。
──後の『妹さえ』は創作メインの話でしたが、『ラノベ部』は読書感想という感じの話でしたもんね。
平坂:
そうですね。ラノベについて語り合う、みたいな。評判自体はすごく良くて「日常コメディ、イケるぞ」という手応えを得たので、早々に同ジャンルの新作(はがない)に移ろうと決めました。
『十三番目のアリス』――伏見つかさの誕生
──伏見先生のデビュー時のことについて教えてください。デビュー作の『十三番目のアリス』は、SFですよね? しかも、ラノベにしてはかなりハードな展開が続くSFだと感じたのですが。
伏見:
ありがとうございます! 事前にいただいた資料(※質問事項等を書いたメモ)を読んだら「これ、全部読んでくれてるんだ!」って思って。
──いえいえ。で、1巻のあとがきで「学園ものに書き直した」というようなことが書いてあって。それでもラノベにしてはハードだなと思ったんですが……もっとハードなSFだったということですか?
伏見:
雰囲気は、だいぶ違ったんじゃないですかね。
これって……『十三番目のアリス』は、「電撃文庫大賞」に応募して、二次選考まで進んで落ちた作品なんです。
──二次なんですね。最終までは進めなかった。
伏見:
はい。でも気に入ってくださった編集さんが二人いらっしゃって。
で、その編集者さんたちから「どこがよかったか」を聞いて、書き直したのが、デビュー作になります。
直すときに、99パーセントくらい書き直したので……ちょっとその時の恨み節みたいなのが、あとがきに出ているかもしれませんね(苦笑)。
──出てましたね(笑)。特に最終巻となった4巻のあとがきには、「この4巻は投稿作のリメイクで、ノートパソコンの奥に眠っていた登場人物やイベントシーンを復活させることができた」……みたいなことが書かれています。
伏見:
ただ、僕がラブコメを学ぶ切っ掛けになった作品ではありました。とにかく編集部の、その二人の編集者を納得させないと本にはならないんだな、ということがわかりましたので。
まずはその二人を楽しませるものを書こうと、ラブコメの勉強を必死にしていたことを憶えています。
──平坂先生は、ラブコメを勉強なさったことはあるんですか?
平坂:
他の娯楽作品を読んで、何が面白いのかをつい分析してしまうことは、職業柄あります。ただ、ことさらに勉強のために読もうと意識したことはないですね。特にラブコメは元々好きでよく読んでましたし。
──話を戻しまして……二次拾い上げというのは、電撃文庫では珍しいんでしょうか?
伏見:
他にもけっこういらっしゃったと思います。
──賞には落ちたけど、編集者が「いける」と思ったら書かせると。
伏見:
はい。
──それって、作品を見ているのか、書き手を見ているのか、どっちだと思われますか?
伏見:
……書き手でしょうね。この人にはこういうのを書かせたら伸びるんじゃないか、みたいなのを考えていたんじゃないかと。僕の想像ですけどね。
──ということは、伏見先生にはラブコメを書かせたらいけるんじゃないかっていうふうに思ったと?
伏見:
はい。直接明言されたわけではなかったんですけど、そういう意図があったと思っています。
──拾い上げた段階から、次の作品ではラブコメを書かせようと思っていた……と、感じますか?
伏見:
そう……ですね。ただそこまで期待されていたかというと、怪しいと思います。いつでも捨てていいよみたいな雰囲気は、ちょっと出ていた気がする(笑)。
──ははは! こわぁ……。
伏見:
芽が出なかったら捨てていいや、みたいな(笑)。
伏見つかさはラブコメをどう勉強したのか
──ラブコメを書こうと勉強を始めたときに、参考になさった作品はありますか?
伏見:
ええっと、そうですね……一番に思いつくのは『いぬかみっ!』でしょうね。
──おお!『いぬかみっ!』ですか。同じ電撃文庫のラブコメで、漫画化、アニメ化、映画化と、メディアミックスされた作品です。
伏見:
人気がありましたし、教科書にするにはすごくよかったです。
あと、同じ担当編集さんの作品は全部読んでおこうと思って。当時の売れ線だった『灼眼のシャナ』や『とある魔術の禁書目録』を全部読みました。
──メタ的な感じで、担当を攻略しようと思った……みたいな意図はあったんですか?
伏見:
そうですね。当時はとにかく……ヒット作品を作ろうという段階ではなく、その前段階の、いかにして本を出すかということだけしか考えていなかったと思います。
──『乃木坂春香の秘密』なんかは読んでいらっしゃったんですか?
伏見:
読んでます読んでます!
──あの作品は『俺の妹』とも共通点があるように思えます……というか1巻の帯が「乃木坂春香さんも大絶賛!!」でしたし。
伏見:
ありがたいことに。
──ハードなSFを書いていらっしゃった頃に影響を受けた作家さんは、どなただったんですか?
伏見:
ぶっちぎりで貴志祐介先生ですね。
──はぁぁ~!
伏見:
『クリムゾンの迷宮』が大好きで。『天使の囀り』も大好きで。ああいう恐怖体験をテキストで表現できるところを、すごく尊敬していたんです。
だから僕は最初、ホラー作家になりたいと思っていて。
──ええ!?
伏見:
電撃に応募したのは保険というか……とにかくお金が欲しかっただけなんです(笑)。
だからラブコメについても全く重要視していなくて。ちょろっと書いただけだったんですよね。そしたら編集者に評価されたのは、そのちょろっと書いた部分だったらしくて。
それで人生が変わったのかもしれません。
──今のお話はまさに『エロマンガ先生』の12巻ですよね。本人はちょろっと書いただけで全く重視していなかったのに、読み手からは全く違った評価を受けるという。
伏見:
はっはっは!
──しかし貴志祐介先生とは……じゃあ新作が『新世界より』みたいな、いっけん異世界学園ドラマ風だけどダークな感じになったり?
伏見:
ふふふ。趣味では書きたいと思っています。ホラー作品も。
──私は『円環少女』【※】とかだと思っていたんですよ。
伏見:
ああ、大好きです!
※『円環少女』……長谷敏司のライトノベル。スニーカー文庫刊。ハードなストーリーとキュートなヒロインを両立させた名作。『紅』『ロウきゅーぶ!』『SHI-NO -シノ-』と並びラノベ四大ロリ作品に数えられる。
──伏見先生はラノベが好きで好きで書いていらしたかと思ったので、貴志祐介先生のお名前が出たのは本当に意外でした。で、私は『十三番目のアリス』3巻の1話【※】が、今の伏見作品に繋がっていると思うんですけど……。
※短編『女子寮の眠り姫』……サブキャラクターである桐山誠人と宮田怜奈を主人公に据えたスピンオフ作品。世間知らずで家事のできない怜奈の部屋を誠人が片付ける過程で親しくなっていく様子が描かれる。本編の複雑な設定をほとんど使わず、会話中心で進む学園ラブコメとして構成された。後の伏見作品の萌芽を見られる佳作。
──あれを書かれた頃のことをうかがってもよろしいですか?
伏見:
ラブコメを書き始めて、読者からの反響がけっこう来ていたんです。それを反映させたのかな……と。
1巻と2巻を書いているときもずっとラブコメの勉強を続けていましたので、その成果を出して試してみようという気持ちはあったと思います。
──ラブコメの勉強というのは、具体的には?
伏見:
書き写すとか……。
──写経ですか!? 伏見先生が!?
伏見:
も、していたんですけど。効果は無かったです(苦笑)。
とにかく当時は僕、台詞の重要性とか読みやすさとか、ぜんぜん重要視していなくて。
なんて言うか……僕、けっこう本を読むのが得意だったんです。
──はい?
伏見:
だから「読みにくい」という読者の気持ちがぜんぜんわかっていなかったんですよね。
──ああ! 本を読めない人のことがわからないんですね。「文字だけの本を読むのって大変だ」という人のことが。
伏見:
僕自身は、1ページにたくさん文字が書かれていた方がお得だから、改行は少なくてもいい。1文字の情報量が多いから、ひらがなよりも漢字の方が好きという読者だったので。
どんなに漢字をたくさん使っていても、難しい言い回しをしていても、日本語が縦に並んでいれば読めるだろう、と本気で思っていた。そのあたりが「ぜんぜん違うんだな」となって、勉強し直すことになったんです。
──そこのきっかけって、何かありましたか?
伏見:
うーん……編集者が嫌なヤツだったということですかね。
──ははは!
伏見:
デビュー前の指導が非常に厳しかったんですよ。僕はあまり反発心というものはなくて。従順な作家だったと思います。「はい! やります!」としか言ってなかった。
でも全ての行動は、自分で納得してからやっていましたから。感謝も恨みも、たくさんあって、思い返せば楽しかったのだと思います。
『俺の妹』誕生秘話
──『俺の妹』の話に移らせていただきます。この作品って、実妹との恋愛や、未成年がエロゲーをするなど、社会的なタブーに踏み込んでいると思うのですが、そういったものを扱うことに恐怖はありませんでしたか?
伏見:
これすごくいい質問ですよねぇ。めちゃくちゃ答えにくい(笑)。
──す、すみません……。
伏見:
前提として、堂々と発表できる作品だと思っています。デリケートな問題を取り扱う際は、作中でも、ダメなものはダメと書くようにしようと決めていました。
その上で……恐怖は感じていなかったと思います。とにかく必死に面白いものを書くことだけ考えていました。
──『俺の妹』を書いていた時期というのは、『アリス』の最終巻あたりと重なるんでしょうか?
伏見:
『アリス』の打ち切りが決まって、その後に『ねこシス』という作品を執筆していたんですよ。
で、目処がつきそうになったので『ねこシス』を出版する話が進んでいたんですが……その出版枠に『俺の妹』が割り込んできた形になります。
──電撃さんは作家さんが多すぎて、毎月決まっている出版枠の取り合いになると聞いたことがありますが……その貴重な出版枠を急遽別の作品に回したと。
伏見:
なぜかというと、編集さんから電話がかかってきて「面白い企画を思いついたからこっちで書いてみてくれない」って言われて。それでサンプルを書いて送ったら「こっちで行きましょう。ねこシスはやっぱなしね」って。ちゃんと後で出版してもらったのですが、当時は確定していたはずの入金が未定になったので、とても焦りました。
──ははははは!
伏見:
で、『俺の妹』を先に出すことになったんです。
──すみません。つまり『俺の妹』という作品は……伏見先生がちょっと書いてみて、それを編集が面白いと言ったということですか?
伏見:
「妹もので、オタクな設定で書いてくれ」と編集から電話が来たということです。
──実妹もので、ということで?
伏見:
はい。
──その段階でイラストレーターも決まっていたんですか?
伏見:
いえ。決まっていません。
──なるほど……。あの、実妹ものにしたことと、成人向けゲームを扱ったことの、どちらが反響があったと思われますか? 当時。
伏見:
成人向けゲームだと思います。妹ヒロインというのは、最終的に結ばれるかはどうかとして、いたはいたと思うんですよね。
──ふむ。ふむ。
伏見:
ですのでそちらは、そこまで目新しくなかったんじゃないかなと。
──ゲームの部分で注目された、と。しかしそのどちらも、あそこまでヒットするという点に関しては、あまり関係なかったですかね?
伏見:
面白かったからじゃないですかね。
──作品が面白かったから、ですよね。
平坂:
インパクトはありましたよ。妹がエロゲー狂いというのは。
かなりぶっ飛んだものが出てきたな、と思いました。妹とかヒロインがオタク趣味というのは、過去にもあったと思うんです。けど、妹と主人公が仲が悪くて、その仲良くなるきっかけがエロゲーというのは、新しくてインパクトがあった。
──そもそも平坂先生が『ラノベ部』に『俺の妹』を出したのって、どうしてなんです?
平坂:
確か……現実のエロゲーとか、ブログとかホームページとかを、実名で作中に出していたじゃないですか。そういった話題を『ラノベ部』で書くときに、実例として『俺の妹』を出したんです。
私はネットに触れるのが遅くて。まとめサイトみたいなものも見ていなかったんですけど……だから流行のようなものを学んでいこうというのは、『俺の妹』から取り入れた感じはあります。
──桐乃ってギャルじゃないですか。今の言葉で言うと。
伏見:
はい。
──その設定って、今も脈々と受け継がれていると思うんです。逆に、10年以上たった今、ギャルブームが来てると思うんですよ。
伏見先生の作品って、タイトルの付け方でラノベに大きな影響を与えたというのもあると思うんですが、ギャルを出したことでヒロインの属性そのものを拡張したという面もあると思うんです。その点はいかがお考えでしょう?
伏見:
あんまり自分では意識なかったですね。だいたいリクエスト通りに書いて、そこに自分なりに肉付けしたら、いいヒロインができたぞと思って。それでお出しして……という感じなので、そこにあんまり計算はなかったです。自分に功績があるとも思っていません。
伏見つかさと平坂読の創作スタイルの違い
──これは私の感覚なのですが……伏見先生の作品は、どれも1~4章構成で、起承転結がバシッと決まってるじゃないですか。
伏見:
はい。
──おそらくプロットを立てられる時からバシッと決められて、書き進めておられる。そしてもう一点の特徴は、キャラクターがそれぞれ分かりやすく役割を割り振られており、それが被らない。
『俺の妹』はオタクという属性の中にも、沙織のようなコテコテのオタクと、黒猫のような中二病のオタクを、見事に分類して、キャラクターとして命を吹き込んでいる。
そのストーリーのわかりやすさ、キャラクターのわかりやすさが、ラノベを代表する作品となった要素なのかと思うのですが……伏見先生がストーリーやキャラクターを作るうえで意識しておられることは何なのでしょう?
伏見:
基本に忠実に、ですかね。
僕は最初からラブコメが好きだったわけではなくて、書いているうちに好きになったタイプなので、かなり理詰めで作っているんですよね。
──うんうんうん。
伏見:
特に、シナリオ構成と、サブキャラについては、ほとんど……なんと言うか、一歩引いて作っています。
──……私は、伏見先生のプロットがどうしても見たかったんですよ。プロットが凄いと思ったので。あまりにも見事で、これは書き始める前の段階で勝負が決まってると。
だからとある企画で、伏見先生と平坂先生のプロットが読めると聞いて、飛び付いたんです。その時、一度だけメールのやり取りをさせていただいて……結局その企画は流れましたが、私には企画自体が流れようがどうでもよくて。伏見先生のプロットを読むことができたので。
平坂:
ありましたね……(苦笑)。
──で、プロットを拝見した時に驚いたのが、キャラクターのところに、設定よりもまずカギカッコの台詞が書いてある。つまりそれだけ台詞、口調が重要だと。文字情報だけで人格を表現するうえで、いかに台詞が重要なのかということを、そこから学ばせていただいたのですが……。
伏見:
言われてみればそうかもしれないですね。キャッチコピーというか、彼女はこういう台詞を発するんだよ、というのがわかりやすく伝わるだろうと思って、いつもそうしています。
──そこがはっきりしているからこそ、読みやすい作品になると思うんです。さらに伏見先生の作品の読みやすさというのは、低年齢層にも手に取りやすいということでもあると思うのですが、読者層への響き方というのはいかにお考えですか? 他のラノベ作家と比べて。
伏見:
読者層……実際の読者層については、あまり考えなくていいと思っているんです。とにかく読みやすくする。読みやすくするぶんには何の問題もないと思っていて。
というのも……読書好きの人って、どんな難しい本でも読んでくれますけど、簡単な話だからって読んでくれないわけじゃないし。評価してくれないわけでもないので。
逆に、難しい本が読みたくない方は、難しい本を評価してくれないんですよ。そもそも読んでくれないので。
──読まなきゃ評価のしようもないわけですもんね。
伏見:
だからなるべく簡単にしたほうが、多くの人に響くと思って書いています。
──簡単なほうがいい、ということなんですね。
伏見:
そうですね。簡単には書くけれど、それで深い物語が書けないかというと、そんなことはないと思うので。
わかりやすく面白い話にしようと、いつも心がけています。
──さきほど伏見先生は「基本に忠実」とおっしゃったのですが、その「基本」というのは、具体的に表現していただくとどういうことになるんでしょう?
伏見:
(スラスラと即答する)難しい漢字を使わずに、起承転結があって、メインヒロインがいて、一番かわいくて。で、周りに無意味なキャラクターを配置しない。そういう小さなこつの積み上げです。
──その基本を意識なさるのは……たとえばプロットを立てた際に今の項目をもう一度見直すのか、あるいは文章をリライトなさる際にチェックするのか、どちらなのでしょう?
伏見:
両方だと思います。企画書の段階で「このキャラいらないよね」となったら消しますし。実際に(文章を)書いてみて「このキャラ、思ったよりも面白くなったな! 予定外に面白いな」となったらそっちを伸ばしたりもします。
──今の伏見先生のお話をうかがって、平坂先生の創作論とはここが違う、みたいなところってあります?
平坂:
創作論……というか、創作スタイル自体が割とぜんぜん違う。
伏見:
ですよね(笑)。
平坂:
私はプロットあんまりしっかり立てないことが多いですね……。
ゴールと、大まかな流れだけは頭の中で決めて。一応、編集部に提出する最低限のプロットは作りはするんですけど、そのとおりにいかないことも多いですし……。
──それで大ヒットシリーズを書いていくというのは、つらくないですか? 袋小路に迷い込んでしまう恐怖は無いんですか?
平坂:
恐怖はまあ、はい。ありますけど。何とかなってきたので。
──何とかって……。
平坂:
明日の自分に期待するしかない。
──かっこいいですね。明日の自分。
伏見:
これが天才なんだよなぁ。
──これが天才なんですね……。
平坂:
キャラクターを無駄に配置しない、って伏見さんはおっしゃるじゃないですか。でも私は別に、面白いと思ったら出しちゃう。
『はがない』1巻のときの小鳩なんて、いらないじゃないですか。あいつ。
伏見:
くっくっく。
──いや、あの……。
平坂:
1巻の時点ではいらないですよ。裸で風呂から飛び出してくるだけの存在ですからね。
伏見:
後で使う用に出したんじゃないんですね?
平坂:
もちろん今後出てくるキャラではあるんですけど、1巻でわざわざそのシーンを書く必然性が無い。
──『はがない』はそもそも1巻を出版した時点で、「これ終わってないよね?」ってすごく言われたじゃないですか。
平坂:
そうですね。
──結末が何一つ付いていない、みたいな言われ方をして。
平坂:
はい。
──それであそこまで大ヒットするなんて当時は誰も想像すらできなかったと思うんです。編集者はとにかく「オチを付けろ」とか「最後に山場を作れ」と言っていたのに、そうじゃない作品が大ヒットしてしまった。古い価値観が崩壊した瞬間でした。……とはいえ、あれで終わるつもりはなかったんですよね?
平坂:
それはなかったです。当時のMF文庫Jは……出版業界自体が割と今ほど厳しくはなかったので、売れなくても3巻くらいまでは出してくれたじゃないですか。
──そうですね。キリいいところまで書いてくれとは言われましたね。業界全体で。
『はがない』誕生秘話
──創作論の一端をうかがえたところで、そろそろ平坂先生のお話も聞かせてください。
平坂:
はい。
──『ねくろま。』という作品は、それまでシリアスだった平坂作品がギャグっぽくなるきっかけで、フォント変更やイラストで遊ぶことも含めて今のスタイルに繋がる作品だったと思うのですが……イラストが全部裸の巻もありましたし。そういう「攻め」の作風になった理由を教えていただけますか?
平坂:
どちらかというとデビュー作のほうが、視覚効果を狙った演出とかを試験的にやっていて……『ねくろま。』はむしろ王道を狙ったほうですね。自分の中では。王道のファンタジー学園もの、みたいな。
──わかりやすくなっていったと思うんです。デビュー作の『ホーンテッド!』は、ちゃんと文章を読んでいないと、さきほどおっしゃった効果はわからないという人が出てくると思うんですが。
『ねくろま。』は、極端なことを言えばページをパラパラめくってるだけで「これは他と違うな」ということがわかるというか。そうやって読者の感じ方を意識するようになったというわけではないんですか?
平坂:
初期の頃は文体を模索していて。『ホーンテッド!』は、いわゆる……当時流行っていた饒舌一人称タイプの……。
──西尾維新【※】先生風のね。いっぱいありましたね。
※西尾維新……「戯言シリーズ」や「〈物語〉シリーズ」を手掛ける。独特な言葉遊びや会話劇が特徴。
平坂:
そうですね。あと『涼宮ハルヒシリーズ』だとか。その次の、『ソラにウサギがのぼるころ』は、饒舌一人称と三人称の合いの子みたいな感じで。
3作目の『ねくろま。』は、クランチ文体っていう、スラッシュで区切ったりするような文体を……。
伏見:
ありましたね。
──冲方丁【※】先生のやつですよね。
※冲方丁……第1回スニーカー大賞・金賞受賞。ライトノベルや小説の世界にとどまらない活躍をするクリエーター。
平坂:
それを実験的にやっていたりして。
……で、最終的には「下手に凝るより普通に書くのが一番いいな」ってなったのが今です。『ラノベ部』と『はがない』は全体的に文章を軽くしすぎた感があったので、『妹さえ』以降は場面によって硬さを調整するようになりました。
──文体の模索もなんですが、題材的にも異能やファンタジー要素が必ず含まれていましたよね? そこからいきなり普通の現代学園ラブコメである『ラノベ部』に路線変更したのは、なぜだったんですか?
平坂:
「ラノベにはファンタジー要素があるものなんだ」という思い込みはあったかもしれませんが、初期の作品も学園モノではありました。『ラノベ部』が転機となったのは、ファンタジー要素の有無ではなく、平凡な日常をメインにしたことでしょうか。
もともと『あずまんが大王』とか『ひだまりスケッチ』のような、まんがタイムきららでやってるような、いわゆる日常系四コマ漫画が好きで。
それをどうにかしてラノベに落とし込めないかな、ということはずっと考えていて。で、そこで『生徒会の一存』が発売されて。「俺がやりたいこと先にやられた!」って焦ったんです。
伏見:
確かに当時はそういう作品が多く出てきた印象ですね。
平坂:
当時の富士見ファンタジア文庫のカバーデザインって、全部統一されたフォーマットだったんですが、『生徒会の一存』だけ違っていて異彩を放っていたんです。だから気になって発売日に買って読んでみたら……。
──やりたいことを先にやられていた、と。
平坂:
それでその日のうちに『ラノベ部』の企画を立ち上げて。『いま生徒会の一存ってのが売れてるんですよー』って編集にアピールして企画を通した感じです。
──私も衝撃を受けたクチです。「うわ! 新しい!」って。伏見先生は読まれました?
伏見:
はい。読みました読みました。
──ああいう作風については、当時どうお感じになりました?
伏見:
とにかく「どういう企画書を書いたんだろう?」という点がまず気になったところで。
──企画書が!?
伏見:
あの内容で企画書を出しても、僕は没になるんです。
──ああ……確かにそりゃそうですよね。
伏見:
だからまず「どういう企画書を出して、どういう流れで本になっていったのか」という点が気になりました。
それともう一つ気になったのが、書き続けるのがすごく難しいんじゃないかなと。僕には向いてないなと思いました。
平坂さんがけっこう簡単そうに書いてるんですけど……僕には無理だなと(苦笑)。
平坂:
簡単そうに書いてないですよ!
小説って、書き出しが一番難しいじゃないですか。
伏見:
はい。
──うん。わかります。
平坂:
ああいう短い話がいっぱい入ってる作品って、そのぶん書き出しが多いんです。つまり一番大変なポイントが普通の小説の何倍もあるということで……。気楽に読めるけど、気楽に書けないと思いますよ。
伏見:
すごい修行になりそう(苦笑)。
──『GJ部』とか『人生』とかが有名ですかね。
平坂:
そうですね。GJ部はもっと細かくて本当に4コマ漫画の小説化という感じで……ようやるなと。
伏見:
平坂さんを含め、ああいう形式の作品をやってる人は、すごいなとしか思わないです。
平坂:
もっといろんな人が書いてくれたら、自分は書かなくていいんですけど……。
伏見:
(笑)。
──使命感みたいなものがあるんですか?『この火を絶やしてはいけない!』みたいな。
平坂:
それはちょっとあるかもしれないです。
──『ラノベ部』の最終巻の翌月に『はがない』が出ていたと思うんです。あとがきに予告されていて、実際にその翌月に私は書店で『はがない』1巻を買いましたから。
平坂:
そうだったと思います。
──どうしてここまでくわしく憶えているかというと、同じ月に私の2作目が発売になったからなんですけど(笑)。あの頃って、何と何の作業を一緒にやってたとか、憶えていらっしゃいます?
平坂:
『ラノベ部』の最終巻の作業と、『はがない』の1巻の執筆は並行してました。あとGA文庫のほうで、別の企画を準備中でした。
──『魔王からは逃げられない』ですね。『このラノ』のインタビューで存在は明かされていましたが……。
平坂:
あれも内容は学園モノですね。
──そうだったんですか!? てっきり当時流行りつつあった魔王と勇者ものかと思っていたんですが。
平坂:
タイトルだけならそう思われても仕方ないかと(笑)……あれは結局、『はがない』が忙しくなりすぎて、書けなかったんですけど。
オタク文化はこっそり堂々と楽しめばいい
──こんなことを言っては失礼かもしれないんですが……平坂先生の作品って、捻ったところがあるというか、敢えて王道を外している感があったんですよ。
平坂:
そうですね。はい。
──でも『はがない』は王道感があった。外しているはずなのに、王道という感じがあったんです。それって、ご自身でも意識していらっしゃいました?
平坂:
『はがない』も、別に……王道ド直球というよりは、これまでの作品と同じく、どちらかと言えばニッチ狙いのつもりではあったんですが。どうなんですかね?
──テーマとして、「ぼっち」というのがあったじゃないですか。それってものすごく時代を捉えていたと思うんですよ。
平坂:
たまたま時代に刺さった気がします。
──スクールカーストものの先駆けになっていると思いますし。そもそも『俺ガイル』の1巻の帯って平坂先生が書いていらっしゃいますし。それって意識しておられたのですか?
平坂:
狙ってやったというよりは……友達がいないヒロインや主人公が集まるっていうのが、普通に、何か……ちょっと「面白いんじゃないか?」と思っただけですね。
──オタクの孤独感とか、虐められる対象だったこととか……平坂先生の作品は、特にあとがきを読むとですけど、理不尽さに対する怒りのようなものが出ていると思うんですが、それが作品の中身にも反映されているような部分はありましたか?
平坂:
オタクだからとかそういうことは考えていないですね。別にオタクがすごい迫害されてるという感覚はなかったですし。
ただ、『ラノベ部』を書いている段階で、ちょうど当時エロゲーに対する規制が強まっている時期があって。「非実在青少年」というよくわかんないワードが生まれたりしていて。
それに対する反発というか、自分なりの意見みたいなものを作品の中でチラッと触れるようなことはありました。
──『ラノベ部』のあとがきで、平坂先生は理想の世界について語っておられます。ちょっと引用しますね。
臆面もなく言ってしまえば『ラノベ部』ではただの現実でもただの妄想でもない、果てしなく遠いが実現可能性は残されている「理想」の世界を書いているつもりです。それは具体的にどういうものかと説明する時「ギャルがライブに行った帰りにアニメショップに寄ってラノベを買うような光景に違和感がない世界」という例えを好んで使います。それは人が自分の目や耳や手や足で探し、自分の頭で考えることができる世界で、価値観を一方的に蹂躙されることのない、好きなものを好きだと言える世界です。(『ラノベ部』3巻あとがきより引用)
──……これって、まさに『俺の妹』で表現されている世界だと思うんです。そして現実においても、いつのまにかアニメや漫画や、その原作になってるラノベって、普通に若者たちに受け容れられるものになった。その転換点が『俺の妹』や『はがない』のヒットだったんじゃないかと思っているんですが……。
平坂:
当時も、オタクだからってそんなに迫害されたような感覚はないですね……。今は当時よりも、よりナチュラルにオタク文化が社会に浸透していて、電車の中でサラリーマンが萌え系のソシャゲをやってるのも珍しくなくなったじゃないですか。
その一方で、オタク界隈では、ジェンダーの問題やポリコレ、ミソジニー、ヘイトといったより深刻で根深い断絶が目立つようになってきた。だから一概に「当時と比べてよくなった」と言えるかは難しいと思います。
伏見:
僕は作品を通して「オタクの地位を高めよう」とか「オタクがいじめられるのは間違ってる」とか「自分の趣味は気持ち悪くない」とか、そういう主張は全然なくて。世間の認識を変えるのってけっこう難しいじゃないですか。
──はい。
伏見:
だから、あるがままを受け容れて、自分の趣味をこっそり楽しめばいいと思います。
で、それでいて自分の趣味を後ろめたく感じたり、メンタルにダメージを負ったりする必要もないと思っていて。変な言い方ですけど、こっそり堂々と楽しめばいいというスタンスです。
わざわざ他人に「こういう趣味が素晴らしいんですよ!」と主張して、理解してもらう必要はなくて。自分が好きなものは好きなままでいていいと思います。
……上手く伝わったかは、わからないですけど。
平坂:
スタンスとしては私も同じですね。ことさらにオタク文化が他の趣味や文化と比べて素晴らしいものだとか、偏見をやめろと強調するつもりは、ないです。
私小説だった『はがない』
──話を戻しまして……2010年頃のインタビューで、平坂先生は「書いてて楽しいのはマリア。夜空と幸村は 書いててつらい。特に夜空は何を考えてるかわからない」というのがあったんですけど。
平坂:
基本的にはブレないキャラクターのほうが書きやすいです。
マリアはかわいいだけの存在なんで、書いてて楽しいですし。特にストレスなく書けるんですけど……夜空というのは内面的にもいろいろ抱えていますし、感情を素直に出すのが苦手だったりしますし。
キャラクターというよりは、一人の人間として向き合わざるをえなくなってしまうので、他のわかりやすいキャラクター よりは、書くのが難しくなる。
さらに、『はがない』という作品は、小鷹の一人称で書かれているので、小鷹から見た夜空を書いていかなくちゃならない。他人なので。小鷹と夜空は。だからわかりづらい。
幸村が書きにくいのは、単純に喋らないから。会話劇メインの作品と単純に相性が悪いからという理由ですね。キャラクターとしてはわかりやすくて、自分の目的に忠実な、一本筋の通ったキャラですね。星奈も同じタイプです。
夜空、理科、小鷹あたりが、複雑すぎて……「こいつら面倒くさいな」と思いながら書いていました。
──理科は非常に重要なキャラになりますね。読者の感覚としては。
平坂:
序盤は色モノキャラという印象が強いと思いますが、ただの賑やかしで終わらせるつもりは最初からなかったです。
──理科に対する小鷹の気持ちを、幸村が「それは恋です」と指摘するシーンがありますよね。でも漫画版だと、小鷹に対する理科の気持ちを「それは恋です」と幸村が心の中だけで思うという展開に変更されています。
さらに、原作だと小鷹と幸村は約1年間付き合いますが、漫画版ではその展開にもならない。この変更は、平坂先生的にはいかがでしたか?
平坂:
コミカライズに関しては、いたち先生にお任せしていて。終盤になって、一度、変えてしまっていいのかという相談を受けて。漫画は、いたち先生の作品なので、納得のいくようにやってほしいという気持ちでした。
──これもifルートだと思うのですが、お読みになっていかがでしたか?
平坂:
小鷹と幸村が付き合うかどうかで展開がどう変わるんだろうと思っていたんですが……意外と結末は変わらなかったですね。
──確かに。どちらも綺麗に結末の「いい青春だった!」というシーンに繋がりました。
平坂:
私の中では、印象は変わらなかったんですけど。ただ読者の中には、主人公が他のキャラ(メインヒロイン以外)と付き合うなんてとんでもない、って人もいたのかもしれません。
──原作で、小鷹と幸村が付き合う展開を発表したとき、読者の反応はいかがでしたか?
平坂:
許せない……という声もありましたね。インパクトが強かったみたいで。自分が想定していたよりインパクトが強かったみたいで。
10巻クリスマス会での、夜空が星奈をかばったり、小鷹が二人を守るために自分から悪者になる場面が自分の中でのクライマックスだったんですが、そこの印象が薄れてしまったのだけが……残念かなと。
──小鷹の一人称という叙述形態を逆手に取った……という言い方はアレかもしれないんですが、小鷹にとって夜空は『最初から恋愛対象としてありえない』的な打ち明けがあったじゃないですか。あの反響はどうでした?
平坂:
「ひどいなー」という声は……ありましたよね。
──ははは!
平坂:
いや、でも……実際、自分で小鷹の気持ちになってシミュレートしてみると……恋愛対象ではないですよね?
──ラノベを読んでる読者からすると、そこまで真剣に考えないで、お約束的に付き合わせちゃってくれよ……という声もありそうかなと思うんですが。
平坂:
あります。
──そういう声に対しては、どう思われますか?
平坂:
これが俺の作品だから諦めてくれよ、としか。
伏見:
今の平坂さんの台詞、本当にいい台詞です
本当に、何と言うか……平坂さんは真の意味で意識が高い人だと思います。だから『はがない』とかって、ラノベとしてメジャー感があるのに、人間が一人一人できているというか。
ちゃんと、一人のキャラクターとして完成していると思います。感心しきりです。『はがない』の展開って、僕の中でも常に衝撃的で……「怖いことするなぁ」って、いつも平坂さんのことを思っていました。
──わかります。作者を心配しちゃうんですよね。同業者からすると。
平坂:
はははは!
伏見:
なまじ面識があるものだから、作者と作品をあんまり切り離せなくなっていて。「恐ろしいことを始めたぞ……」というドキドキ感がありましたね。
──純文学だと思うんですよ。『はがない』の中盤以降って。文体へのこだわりだったり、キャラクターの内面の掘り下げだったり、ヒロインが複雑な境遇だったり。ラノベの代表作だからラノベというラベリングをされていますが、これはラノベのお約束を超えている。
平坂:
もともと、ラノベっぽいというか、キャラクター小説っぽい書き方よりは、自分の中にあるものを引きずり出して書いていくという、純文学……私小説的なスタイルで書く傾向が強かったので。
『はがない』の後半のほうは、良くも悪くも自分の色が濃く出たなと。
──私は舞台になった岐阜県出身ですし、作品に登場する場所ってだいたいわかるし、行ったこともあるんです。さらに平坂先生とは同世代だし、だから読んでいて……十代の頃の自分を追体験しているというか……なんて言うか『本当にこいつらいるんじゃねえかな?』って気持ちになっちゃったんですよ。
伏見:
わかります。キャラクターから本物の人間になったような気がしました。
一定以上のレベルの作品になると、キャラクターって実在の人物よりも有名になったり、存在感がすごく高くて、作者自身よりキャラクターのほうが有名になったりするじゃないですか。
──なりますね。
伏見:
自分も、そういうキャラクターを作っていきたいという気持ちにされますよね。
平坂:
私としては、伏見さんのキャラクターとの距離感。適切な距離を取って動かしていくというスタンスも、すごいと思います。
夜空と小鷹については、自分がのめり込みすぎてしまって、エンタメとしては適切な距離感を取れていなかったという反省もあって。
どっちが優れているということではないんですけど……いろんなスタンスで書く人がいていいんじゃないかと思います。
ifという試み
──先ほども話題になりましたが、伏見先生は『俺の妹』でifシナリオ(『あやせif』や『黒猫if』など)を出版なさったじゃないですか。こういう、本編が完結した後に別ルートのものを本として出すのは革新的だったかと思います。これはどのような経緯で決まったことなのでしょう?
伏見:
『伏見つかさ10周年企画』というものがありまして、そのうちのひとつとしてなにか本を書くことになりました。
当時は本業に加え、アニメやゲームの仕事がどんどん増えて、スケジュールが崩壊しつつあったんです。そこにさらに本を出そう……ということになりまして。なるべく速やかに出版できるものにしようと、ifをやることになったんです。
──ゲームのシナリオとして存在するからですね。ただ、ドラマCDの脚本をラノベの最後のほうに収録することは、割とよくある仕様ではあります。それ単体で出版することは珍しいですが。
伏見:
長い年月が経って、PSPのゲーム『俺の妹がこんなに可愛いわけがない ポータブル』のシナリオを読んでいただくことが困難になってきたんです。それも大きな理由のひとつでした。
──ニコニコニュースオリジナル編集の竹中さんはこの『if』に衝撃を受けて伏見先生にインタビューする企画書まで立てたことがあるんですけど、竹中さん、何かこの機会に聞いておきたいことあります?
竹中:
アキバblogさんのインタビューで、桐乃以外のルートを書くことに抵抗があったとおっしゃっていたじゃないですか。
伏見:
はい。
竹中:
本という形で、サブヒロインがメインになるルートのものを書くって、ゲームのシナリオよりもさらに心理的ハードルが上がると思うんですけど、それを乗り越える覚悟というのは、どういうものだったんですか?
伏見:
確かに葛藤はありましたね。ゲームよりもずっとオフィシャル感が強くなりますから。だから悩んだんですけど……「多くの人に読んでもらう」ことの方が、僕のこだわりよりも大事だなと。悩んでいるうちに、新規追加シーンのアイデアが浮かんできたりして、楽しくなってきたというのもあります。
竹中:
伏見先生の作品って本を読み進めるなかで選択肢が出てくるじゃないですか。そこって、エロゲーの影響があるのかなと思って。伏見先生の作品って全体的にエロゲーの影響を感じるんです。私がエロゲーが好きだからそう感じるのかもしれませんが。
伏見:
もちろん影響はあると思いますよ。ビジュアルアーツさんの『Kanon』とか『Air』とか、メジャーなエロゲーはだいたいプレーしたので、もちろんそれはあるのかなと。
ただ、自分でゲームシナリオを書くに当たっては、あんまり意識していなかったと思います。単純に、楽しく、「ここで選択肢入れたら面白いよな」と無邪気に書いていました。
──ifシナリオなんですが、一から書かれたという黒猫ルート。あれは……タイムリープというか、SFっぽいものになったじゃないですか。
伏見:
ええ。
──読者の反響はいかがでしたか?
伏見:
基本的には好評で、「こういうのは望んでない」という方も、一部にはいらっしゃいましたね。
──唐突感があったというか、そんな反響もあった?
伏見:
はい。ありました。
──でも伏見先生はあれを書きたいと思って書かれたわけですよね?
伏見:
はい。黒猫って、ああいう不思議現象と相性のいいキャラクターだと思うので。思いつくままにガッと書きましたね。
──私は貴志祐介先生に憧れていたというお話をうかがって、腑に落ちた部分があったんですよ。あのルートは一番、伏見先生が好きなものを詰め込んだというか、地が出たのかなと。
伏見:
あ……確かに趣味的かもしれませんね。他の作品より、ずっと。
平坂:
私は、『黒猫if』の超常現象って、否定派なんです。
──おっ!
平坂:
『俺の妹』に限ったことではないんですが、現実ベースの作品で、後から「実はこの世界には超常現象があるんですよ」と言われると、それまでの登場人物たちの頑張りや葛藤が「実は不思議パワーでなんとかなったんじゃね?」と、水を差されたような気持ちになってしまうんです。
伏見:
本編とは切り分けたものとして書いたつもりですが、もちろんそうは思わない人もいますよね。作者としては、これが俺の作品だから諦めてくれよ、と言うしかないです。
さっき「キャラクターと適切な距離を取って動かしていくというスタンスも、すごいと思います」と褒めていただきましたが、僕ものめり込んで書いてしまうことはあるみたいです。こういったif企画とか、シリーズ最終巻とか、のめり込んで書く大義名分があると色々溢れてしまう。
竹中:
ポータブルシリーズの定番なのかもしれませんが、妊娠エンドってあったじゃないですか。あれは提案を受けて、ああいうエンドも作られたんですか?
伏見:
いえ。僕はシナリオを書くに当たって前作もプレーして、そこで「素晴らしいエンディングだな! 僕もやろう!」って提案しました。
というか、いきなりシナリオとして提出しました!
──完成させちゃってたんですね……。
竹中:
前作というのは『とらドラ・ポータブル!』ですか?
伏見:
はい。
竹中:
ちなみに『僕は友達が少ない ぽーたぶる』にも似たようなエンディングがあったと思うんですが……
平坂:
あれは実際に妊娠してるわけじゃなくて、マタニティードレスを着てるみたいなエンディングだったんで。あのシナリオは私が書いたわけではないので、スタッフさんのセルフパロディー的なものかなと。
──あ、そうなんですか?
平坂:
監修はしてますけど基本的にはお任せしていたので。
伏見:
僕は新しい仕事に初挑戦をするのが好きでして……ゲームシナリオにも挑戦したいなと思っていたので、自分で書かかせていただきました。
『エロマンガ先生』と『妹さえいればいい』
──『エロマンガ先生』に移りたいのですが、『俺の妹』は最後まで主人公が誰を選ぶかわからない作品だったじゃないですか。対して『エロマンガ先生』は、主人公が最初から好きな人を決めていて、その主人公を他のヒロインたちが揺すっていくというか、そういう順序だったと思うんです。そうなさったのは何故なんですか?
伏見:
違うことをやりたかったっていうのが、まずありますね。こういう形式にしたら、また違う、穏やかな面白さになるんじゃないかなと。
──作家の立場からすると『エロマンガ先生』で身につまされるキャラというと草薙先輩なんですけど。
平坂:
あれはいいキャラです!
伏見:
ははははは!
平坂:
『エロマンガ先生』に出てくるキャラでは、一番考え方に共感できる。書くことが好きじゃなくて評価されることが好きというのも共感できます。
主人公の作品がアニメ化するときに、草薙が言うじゃないですか。「結果はどうあれ、全部終わったとき、自分が納得できるようにしておけよ。成功したとき一番喜ばなきゃいけないのはおまえだし、失敗したとき、一番悔しがるのはおまえじゃなくちゃダメだ」と。
──自分のアニメが世間からメチャメチャ叩かれた草薙先輩の言葉だけに、響きますよね。それでも草薙は自作のアニメ化に感謝しかしてないという姿勢も……。
平坂:
『エロマンガ先生』で一番いい台詞を選べと言われたら、それかもしれません。私が『妹さえ』のアニメにガッツリ関わっていこうと決めたのは、あの台詞に後押しされたからでもあります。
──他人のライトノベルの中からここまで影響を受ける言葉は、そうそうないですよ。草薙先輩は名言の宝庫です。
平坂:
これは伏見さんの中から出てきた台詞だと思いました。
──草薙の語る作家としての動機というか、心情というのは、どの程度、伏見先生の思っていることが反映されているんですか?
伏見:
キャラクターって、自分の考えや思いを一部分切り取って、それをくっきりハッキリさせたような主張をすることが多いと思うんです。
──ふむ。ふむ。
伏見:
だから、ああいう気持ちも、僕自身の中にきっとあると思いますよ。
あそこまでハッキリした意見じゃなくて……僕は書いてるときもけっこう楽しんでますし。彼みたいに、成果だけが超楽しいってわけじゃないですね。ただ、共感はできます。
──お話をうかがっていると……伏見先生にとって、ライトノベルというのは特別なものなのか、それともそれ以外のものがあったら変えてもいいものなのか、どちらなのでしょう……?
伏見:
こだわりは無いですけど、自分に一番合っているものの一つだと思っています。
──こだわりは無い……んですね。
伏見:
そうですね。アニメも楽しいですし、ゲームも楽しいですし。僕に絵を描く才能があれば漫画も楽しかったはずで。そこは全然こだわりはないです。
──そもそも投稿したのも、お金が目当ての部分があったわけですもんね。
伏見:
そうですね。恥ずかしながら(笑)。
──ほぼ同時期にラノベ作家というテーマを作品に選ばれましたが、これはなぜなんですか?
伏見:
その話、当時も平坂さんとちょっとしたと思うんですけど……示し合わせたわけじゃないんです。シンクロニシティ的なものが起こって。
平坂:
そうですね。
伏見:
だいたい同じタイミングで企画を立てていたので、どちらかが真似たとか、そういうわけではなかったと思います。ちょうど同時期に、ラノベ作家ものの作品が幾つか出版されましたが、もちろんそれも作者同士で示し合わせたものではないんです。
──なぜ自然発生的にそうなったのか、その理由は探りたいと思っていて。
伏見:
そうなんですよね。そこ、僕も知りたいと思って。当時、ラノベ作家ものって「売れるネタだから」という理由では選ばないはずなので。
僕自身は、『俺の妹』が終わってから、まったく間を開けずに書き始めたので、取材期間が取れなかったというのがあります。
──なるほど。知ってる業界なら取材をしなくても書けるから。
伏見:
そうです。知ってる業界なら面白く書けると思った。平坂さんはどうですか?
平坂:
もともと作家もの、クリエーターものって、書きたいという作家は多いと思うんです。市場的には売れ線ではないんですけど、作り手側からすると書いてみたいジャンル。
──セールスは望めないんですよね。残念なことに。先行作品でそういう結果が出ている。
平坂:
私も書きたいと思っていた作家の一人で、(『はがない』を終えた)今なら書いても許されるかなというのと、幸いにして編集が(イラストレーターの)カントクさんと組ましてくれるというので。即打ち切りみたいなことにはならないだろうと。
『はがない』でいろいろ溜まった毒を出したいと思って、やってみることにしました。
──テーマ自体は共通しているものの、切り取り方は大きく違うと思うんです。水野良先生が『リアリティーレベル』と表現されていますが、伏見先生はフィクション寄り。平坂先生はリアル寄りだったと思います。
伏見:
これについては、平坂さんと書きたいテーマがだいぶ違っているからだと思っていて。
平坂さんの『妹さえ』は、ラノベ作家の生活ってこんなに楽しいというのがテーマだったと思うんですけど。僕は創作自体が楽しいというテーマで書いたので、その違いが出ているんじゃないかと。
──中学生や高校生の年齢で、創作の楽しさというか、ラノベ作家という仕事の神髄に迫ろうとすれば、必然的にフィクション寄りにはなるでしょうね。
伏見:
ええ。そのためには、リアリティーレベルをちょっと下げてやって、突拍子もない奇抜なヒロインたちを出す。そう考えたんですが……平坂さん、今ので合ってますか?
平坂:
おっしゃるとおりテーマの違いもあると思いますし、そもそもメインターゲットとして狙っている層も微妙に違うのかなと。
『エロマンガ先生』は少年漫画で、『妹さえ』は青年漫画、みたいな。漫画のジャンルでたとえるとそういう認識です。
──ただ外形的に見ると、似てる部分があるなぁと。そこが面白いと思うんですよ。メインヒロインが決まってる部分や、そのヒロインと結婚を意識してる部分とか。アニメ化がゴールになったりする部分も。作風も全然違うし、ラノベ業界を盛り上げていこうという気持ちとか。
伏見:
うーん……あんまり僕、他人のことを考えながら書いてないと思います。
とにかく自分の作品を面白くする。その結果、全体の繁栄があるんじゃないかなと。
平坂:
そこは私も同じで。
まず、自分の作品を面白くするというのがあって。その結果としてラノベ業界が盛り上がるなら、それはそれでいいかなと。
伏見:
似ているかどうかはともかく、以前から平坂さんとはネタ被りすることがありました。
平坂:
同じような経験をしてるからなんですよ。単純に。
伏見:
そうですよね。一緒に行動しているから同じような話を考えるんですよ。
で、たまにネタ被りしたときに、話し合ったりするんです。お互いに「こっちのほうが面白かったよね」みたいな(笑)。
後はお互いの失敗を笑ったりしてましたよね。「ベギラマ存在しなかったよね」って。
──ベギラマ?
平坂:
『ラノベ部』で『ドラクエ』をやる描写があるんですけど……。
伏見:
『ドラクエ9』【※】ですね。
※ドラゴンクエストIX 星空の守り人
平坂:
実は『ドラクエ9』って、ベギラマが無いんですよ! 執筆当時は『ドラクエ9』が発売される前だったので、そのシーンは想像で書いたんですが、ベギラマみたいな有名な呪文がリストラされるなんて思ってなくて……。
──そういえば『ラノベ部』3巻でありましたね! 幼馴染みの竹田と美咲がゲームやってるシーン。他の呪文は1回しか出てこないのに、ベギラマだけは2回出てくる……非常にいいシーンなんですけど、そういうお話を聞くと笑ってしまいますね(笑)。
平坂:
『ドラクエ9』発売後にベギラマリストラに気づいて、慌てて担当に「今からヒャダルコに変えられませんか」と真剣に相談したんですが、「もう印刷に入ってるから無理です」と(笑)。
これからの二人
──伏見先生は『俺の妹』の17巻で「次に執筆するのは『エロマンガ先生⑬』になります。(中略)これが、人生最後に出す本。そのくらいの意気込みでお届けします。」と書かれたり、『エロマンガ先生』の12巻も非常に短いあとがきだったりと、近年は並々ならぬご決意がおありだったとお見受けしました。
伏見:
引退するとか、重病になったとか、そんなことはないんですけど。ここ数年、世界的な大事件が立て続けに起こっていて。
──はい。
伏見:
たとえば1年後、僕が死んでいたり、病気で仕事ができなくなっていたりする可能性って、1パーセント以上あると思うんですよね。
ですから……明日死んでもおかしくないくらいの気持ちで、1日1日を大事に仕事をしていきたいなと。その気持ちが出ていたんじゃないかなと思います。
──平坂先生も最新作である『変人のサラダボウル』の3巻で「この作品は自分の最後のライトノベルのつもりで書いています」とおっしゃってます。ここも不思議なシンクロを見て取ることができるのですが……これはどういう心境なのでしょう?
平坂:
私の場合はそういう覚悟を示したものではなく……『妹さえ』と『〆切り前には百合が捗る』で、自分が今書きたいと思っていることは大体書き切ることができて。
わりと……もう、満足している状態になってしまったんですね。
あとは『変人のサラダボウル』で、書きたいものじゃなくて、純粋に自分が楽しんで読めるようなものを書いて、まぁラノベからは足を洗うかなぁくらいに思っています。
──……。
平坂:
ただ、また書きたいものが生まれたら、しれっとラノベを書き始めるかもしれませんし。
完全に……先のことは未定、ですね。小説以外のことがやりたいので、お仕事募集中! って感じです(笑)。
──小説以外なんですね。
平坂:
そうですね……小説を書くのは、あんまり…………もともと小説書くのあんまり好きじゃないですし(笑)。
なんか、楽しそうなお仕事があったらください! って感じです。
──すみません、衝撃的で……あの、じゃあもともと他に何かやりたいことがあったんですか?
平坂:
ない……ですね。興味があることはいっぱいあるんですけど、「これがズバリやりたいんだ!」と言えるほどのものは……。
──草薙先輩みたいに『人に評価されたい』っていう気持ちが原動力だったり? 平坂先生がラノベを書いてきた理由って何だったんですか?
平坂:
…………生活するために? たまたまプロになれたので、生き残るために必死で書き続けてきたら、気づいたらこんなところまで……という感じでしょうか。
もちろん作品が評価されたり読者が喜んでくれるのが嬉しいという気持ち自体はあって、だから続けてこられたという面はあると思いますが。
──伏見先生もラノベに特別な思い入れはないとおっしゃっていましたが……それでは今、何を一番やりたいと思っていらっしゃるのでしょう?
伏見:
僕は何でもやりたいですね。できればお金が儲かることがやりたいです(笑)。
『エロマンガ先生』の最終巻を書き終えたその日は、センチメンタルな気持ちにもなったんですが……その翌日から新しい物語を書きたい気持ちが溢れてきたので。
──それをうかがってホッとしました。私はずっと伏見・平坂に少しでも追いつこうと努力してきたので、お二人にはずっと目標のままでいていただきたい気持ちがあります。
平坂:
もう追い抜いてるんじゃないですか?
伏見:
ええ。随分前に格上になられたと……。
──やめてくださいよ!!!!
ゲームが変わった
──お二人がデビューされて15年以上。現実のラブコメものが隆盛を極めた後に、ネット小説の世界で異世界ものが大ブレイクしました。新人賞などから出てくる作品が売れなくなっている現状を、どう見ていらっしゃいますか?
伏見:
こういうたとえをするのが適切かはわかりませんが……ゲームの環境が変わったくらいの感覚でおります。
なので、新しい環境に対応したものを書いていくのがいいのかな、とか。いま売れているものや、流行っているものをどんどん吸収していかないとな、と思います。
──私が考える伏見先生の難しさって、たとえばタイトル一つ取っても、いま売れているものって『俺の妹』の影響を受けたものだと思うんですよ。ギャルや妹といった、ヒロインの造形にしても。つまり売れているものを学ぼうとしたら、セルフパロディーのようになってしまうんじゃないかなと。そこはいかがですか?
伏見:
仮に(設定が)セルフパロディーっぽくなっても、今の自分が書けばまた違うものになると思いますので。そこまで気にしていないです。意外と、ガラッと違うものを書くかもしれませんしね。みんなが書いている流行ジャンルを書いてみたい気持ちもありますし。
──恐怖感はありませんか? 2作連続で大ヒットして、アニメ化もして、そこから全く違ったものにするというのは……。
伏見:
やるべきならやりますし、やるべきでないならやらない。ただそれだけのことだと思います。
──非常に冷静に市場を捉えておられると思うのですが、伏見先生が紙の本から始めてヒットする確率はどれくらいだと感じていらっしゃいますか?
伏見:
●パーセントくらいだと思いますよ。
──!? そこまで…………低く、見積もっておられるのですか……?
伏見:
リトライが一度も許されない状況ではないので、決して低い数字だとは思いません。デビュー前後の自分と比べるとむしろ状況はずっと良くなっています。
もちろんリトライ前提でやるというわけではなくて、やるからには最初からヒット作品にできるよう全力を尽くします。その結果失敗しても、次はもっと上手く狙えるようになるはずです。
──他の売れているジャンルに挑戦して、確率は上がると思いますか?
伏見:
変わらない……と思いますよ。
作風を変えて離れる読者や、他ジャンルを書くことによる経験不足を考えると、プラスマイナスゼロになってしまうと思います。僕は新しいことに挑戦できて楽しいかもしれませんが、仕事でやるべきかどうかと考えると、現時点ではなんとも言えません。
平坂:
ラブコメ自体は、一時期の異世界ファンタジー一色だった時代とくらべたら、また元気になってきているとは 思うんです。
けど、何と言うか……『はがない』『俺の妹』の頃よりも、よりぬるま湯みたいなものが増えているなとは思います。
──ぬるま湯というのは、何も起こらない展開が続く作品?
平坂:
主人公とヒロインの一対一の関係性で、ヒロイン同士の争いも起こらない平和なもの。それが今の流行なのかなと。
伏見:
ラブコメ漫画でブレイクした形式ですね。
平坂:
そうですね。個人的には、もっと修羅場を見たい。
──漫画でヒットしたものを後追いするような状況になっているような気がするんですよ。ラノベが漫画原作として扱われるようになった影響で。
平坂:
そうかもしれないですね。
──そういう作品を書こうとは思わない?
平坂:
そういうジャンルの漫画も好きでよく読むんですが、自分でやりたいとはあまり……。個人的にはもっとギスギスしていたり生々しい展開のラブコメが増えてほしいですね。
もちろんそういう作品も出てるとは思うんですが、どうしても外側からは流行一色に見えてしまう。もっと色んなタイプの作品が売れて目立ってくれると、業界的にも活気が出るのになと思います。
──ありがとうございます。最後に、伏見先生にお伝えしたいことがありまして。
伏見:
はい?
──私はデビュー作が全く売れなかったんです。そういう時って、まあ、少しでも世間の反響を知りたくて……エゴサとかするわけですよ。そんな時に、人気絶頂の伏見先生が私の作品の名前をイベントで口にしてくださっていて。見間違えかと思ったんです。『らじかるエレメンツ』という作品なのですが……。
伏見:
あ! 僕大好きです!
──自信はあったけど……自信があっただけに、売れなかったことがショックで。伏見先生があの時、名前を挙げてくださらなかったら……今の自分はないと思います。心が折れて、とっくに辞めていたと思うので。
伏見:
いえ、こちらこそ。面白い作品を読ませていただいてありがとうございます、しかないですね。
──けどそのインタビューを読んだとき、恐怖して。伏見先生は他のラノベの二次創作をしていたという話の流れで私の作品も挙げてくださっていたんですが、二次創作って、つまり文体のコピーだと思うんです。
伏見:
うん。うん。
──売れてる作品に対してそれをするのは、わかるんです。でも、ぜんぜん売れていない作品であろうと、自分の目で見て、それを取り入れる必要があると判断すれば、偏見なく取り入れる。さらにそれを公の場で口にする。『この人は本当に、他者に嫉妬しないし、自分を高めることしか意識していないんだな』と、かえって自分との差を痛感させられました。
伏見:
なんて言うか……僕はラノベ作家っていう仕事を、トレーディングカードゲームみたいに捉えているところがあって。
自分のラブコメデッキを使って戦う。強そうなカードを持ってる人がいたら、自分もそれを使いたくなるじゃないですか? 白鳥さんが持ってるカードで、有用そうなものがあったから、取ってきて、使う。そういうことだと思います。
それに『らじかるエレメンツ』というデッキには、僕にとって『大好きだけど使いこなせないのでやむなく封印したカード』が含まれていたんですよね。それが『面白い本』として形になっていたので、あっという間に好きになりました。「ほら! 面白いじゃないか! 可愛いじゃないか!」という気持ちで読んでいたように思います。
──封印したカード?
伏見:
少し脱線しますが……僕はオンラインゲームなどでキャラメイクをする際は、身長スライダーをMAXにして、眼鏡アクセがあるなら付けて、肌色を濃くして、筋肉量も増やせるなら増やして、角も生やせるなら生やして、声は豪快な姉御系にして、理想の女戦士キャラクターを作って遊びます。
各ラノベ作家には、そういう……生まれながらに持っている最強のヒロインカードがあると思うんです。自分自身の最強カードは仕事で使えないので、少しでも近いカードを使っている作品は、大事にしたいです。
──……まさか伏見先生からあのキャラを褒めていただけるとは思いませんでした。今の私はロリ作家として認知されているので真逆なキャラではあるのですが、またああいうキャラも書いてみたいです!
伏見:
『らじかるエレメンツ』や『はがない』など、特に参考にした本は、いまも本棚に並んでいるので、これが僕のラブコメデッキなのかもしれませんね。
──個人的な話題で失礼しました。最後に、お二人に対してそれぞれ思うことがあったら、教えていただきたいのですが。
伏見:
さっき平坂さんが「これで引退かな」みたいなおセンチなムードになっていたので、ぜひこれからも続けていただきたいということを言っておきたいですね。
まだまだいけると思いますし。これからさらに最高傑作を書いてくれると信じています!
平坂:
私は、まずは『エロマンガ先生』の最終巻が明後日、出るので――。
伏見:
宣伝ありがとうございます!
──13巻ですね。私も楽しみです!
平坂:
まずはそれを楽しみに読みたいなと。あと、もう少しペース速く出してほしい。
伏見:
ごめんなさい!
平坂:
昔から読んでいて今も新刊が出るのを楽しみにしてる作家って、もう少ないので。伏見さんはその一人だから、今後も頑張っていただきたいですね。
──時間を延長してまでお話しいただき、本当にありがとうございました! 私もまだまだお二人の背中を追いかけていきたいという気持ちになることができたので、ぜひ記事を読んでくださった方々にも、そんな気持ちになっていただきたいと思います!
……このまま終わってもいい。それほど充実したインタビューだったと思う。
だが記事をまとめるに当たり、どうしても話を聞きたい人物がいた。
有沢まみず。
伏見がラブコメの教科書と語った『いぬかみっ!』の作者だ。
有沢と伏見の経歴には共通点がある。
デビュー作がハードな作風であること。その作品が4冊で終わったこと。
その後、電撃hpで連載を経験したこと。『いぬかみっ!』は電撃hpで連載されていた連作短編を文庫にまとめたものが始まりだ。
自分が成功するためのモデルとして、伏見が同じレーベルの先輩である有沢のことを意識していたであろうことは想像に難くない。作品だけではなくそのサクセスストーリーをもなぞろうとしたことは。
では、有沢からは伏見がどう見えているのか?
私が連絡を取ると、今は宮沢龍生とも名乗っているその人は、快く話を聞かせてくれた。
……だが、それを公開することに関しては難色を示し続けた。
「自分はもう商業ベースのラノベという戦場からはおりているので」
「そもそも自分程度の作家が、お二人について何かを言える立場じゃない」
宮沢は後輩想いの人物だ。私の頼みに、いつも快く応じてくれる。しかし同時に、他の作家の評価をメディアでペラペラと語るような人物ではない。
そういう人だからこそ、多くの先輩に可愛がられ、後輩に慕われるのだろう。
以下のやり取りは、宮沢を何度も説得した末に掲載が許されたものであることを明記しておきたい。
──実は対談の中で、伏見先生の口から『いぬかみっ!』がラブコメの教科書として最適だという言葉が出ました。
有沢:
光栄というか……嬉しいですね。本当なんですか?
──私が誘導したわけではありませんよ(笑)。ただ、同じように勉強させていただいた身としては、伏見先生の言葉は大いに納得するところです。ちなみにこの話、ご本人から聞いたことは?
有沢:
多分、ないと思います。何回か合宿とか飲み会で一緒になったことはあるんですが、私の記憶が確かなら、そんな話になったことは ありませんでしたし。
──『俺の妹』をお読みになっていかがでしたか?
有沢:
明らかな社会現象ですよね。それまでのラブコメとは存在感が違いました。
伏見さんは、編集者・三木一馬チルドレンの最優等生だと思うんです。『シャナ』の高橋弥七郎さん、『とある』の鎌池和馬さん、『ソードアート・オンライン』の川原礫さんなどがいますが、その中でもコンセプトから明確に凝縮して作品として昇華させた最も優秀なチルドレン。
その証拠として、他の作品も伏見さんは売れている。常にコンセプトが明快です。そして意図したところにきちっとヒットを打っている。狙い澄まして、きちんと表現して。凄い人だなと思います。
──ご自身と作風が似ていると感じていらっしゃいますか?
有沢:
自分に似てる人じゃないですね。感性が違う。
僕なりに分析すると……僕とかの世代は、出自が少年漫画やアニメやノベルゲームだった。ラノベという文化が成熟していなかったので、ラノベの影響を受けていないんです。
しかし伏見さんはラノベを参照・研究・発展させている。ライトノベルというものを純粋に結晶化できている。こうして振り返ってみると……自分の作品は、サンデー作品を書きたかったんだなと思うんです。
──週刊少年サンデーですか。確かに『いぬかみっ!』からは高橋留美子先生の影響が感じられますね。
有沢:
ええ。まさに(笑)。
格闘技でいうと、僕らは空手や柔道のバックボーンがある。でもそこから総合格闘技というジャンルができていって……。
──それが、ライトノベル?
有沢:
ええ。そして総合格闘技のルールの中で最も強いのは、総合格闘家なんです。伏見さんは完成された総合格闘家です 。寝技も立ち技もできる、ね。
卑下や謙遜ではなく、あのリングの上で伏見さんに勝てるとは全く思えない。
──なるほど……平坂先生の作品はどう見えますか?
有沢:
平坂さんとは面識がないので、コメントしていいものか迷いますが……トリッキーな作風だと感じました。感性が鋭く、何かを取り入れるというよりも、自分の中にあるもので作っているように見えます。
──それはまさに対談の中でも語られていたことです! 面識がないのに、そこまで見えるものなのですか……。
有沢:
今の総合格闘家は、かえって特異なバックボーンの持ち主が出てきている。技術が均一化した結果、トリッキーな技があるほうが勝率に繋がるからです。これは将棋も同じだと思うんですが。
──はい。AIの登場でセオリーが均一化された結果として、そこから敢えて少し外すことで勝率を高めるという手法が出てきました。
有沢:
平坂さんの印象は、当て感がいい格闘家です。
──なるほど。先生の中で、同期やそれに近いラブコメ作家さんはどなたでしょう?
有沢:
電撃だと五十嵐雄策(『乃木坂春香の秘密』作者)さんが同世代という感覚です。あと鈴木大輔(『ご愁傷さま二ノ宮くん』作者)。
──盟友ですね。
有沢:
ええ。でも大輔は富士見でした。富士見はラブコメの書き手が揃っていましたが、電撃はラブコメが手薄ですらあった。だから僕みたいな者でも、多少は活躍する余地があったのかなと。
──その下の世代となると、どのような印象ですか?
有沢:
伏見さんと平坂さんが圧倒的です。あの二人で全て回っていたという印象すらあります。
──疑問があるんです。ラブコメをヒットさせた作家は、先生を含めてデビュー作がシリアスなバトルものとかが多い。なぜなのでしょう?
有沢:
シンプルな理由で、最初に書くのは「こういうのを書きたい」というもの。でも売れない。その中で、自分の中から出てくるか編集から出てくるかわからないけど……「売りたい」と思うようになる。
──「売れたい」とか「売りたい」という言葉は、伏見先生と平坂先生の口から何度も出てきました。特に伏見先生からは。
有沢:
「売る」という部分で、ラブコメというのはトレンドを捉えやすい。最適解を導きやすいんです。だからラブコメというジャンルに移行しやすいのだと思います。
──どうしてラブコメは最適解を導きやすいんでしょう?
有沢:
白鳥さんもさっき言ったじゃないですか。「勉強」って。他のジャンルで「勉強して」とは言わない。
──あっ……!
有沢:
それは「ラブコメは勉強すれば書ける」の裏返しでしょう。バトルもので一度ダメになって、改めて売れてるラノベを勉強し直すんです。そしてラブコメに辿り着く。結果的にそういう人たちが成功しています。
──では、ラノベ作家になったあとの勉強が大事なのか、それとももともと持っていた才能が大事なのか、どちらなのでしょう?
有沢:
個人的には、もとからの才能だと感じています。重厚な題材を書き切る能力があるからこそ、「勉強すれば」ラブコメも書けるようになる。
──実際にそのルートで成功なさった先生の言葉には説得力があります。お話をうかがって、長年の謎が解けました……。
「自分はもう商業レーベルという戦場からおりた立場。そんな人間が伏見さんや平坂さんに対してコメントをするというのは……」
何度もそう渋る宮沢を、私は必死に説得した。
この言葉は絶対に残さねばならないからと。
あまりにも見事な分析だった。ライトノベルというジャンルを築き上げた先輩作家たちの高い能力を見せつけられた思いがした。私たちが突き当たった壁などよりも遙かに高いものを、きっと彼らは乗り越えてきたのだろう。
宮沢たちが築き上げた、レーベルに象徴されるラノベ業界は、私たちの力不足もあって危機的状況にある。
しかし後輩として、せめてその言葉は残さねばならない。
宮沢の言葉を聞いて、多くの疑問は解消された。
同時に、一つだけ「違うのでは」と感じたこともある。
なぜ伏見と平坂が同時期に『ラノベ作家』という題材を選んだのか。なぜ、それを書きたいと思ったのか。
それは二人がラノベから学んだからだろう。
宮沢はラノベを総合格闘技だと表現した。
しかし伏見・平坂世代の私には、別の感覚があった。
伏見も平坂も、他人と戦っている感覚は無いと言った。それは私も同じだ。もっと違う、仲間意識のようなもので繋がっている。
それは、学び舎……つまり『学校』のようなものではないのか?
二人にとってラノベとは学校であり、そこで過ごした日々は青春だったのではないだろうか? 少なくとも、私はそう感じている。
人気者の二人に憧れ、その背中を追い続けた日々。何度も何度も二人の本を読み返し、真似をして、でも同じようにはできなくて絶望した日々。
それでも歯を食いしばり、しがみつき……伏見と平坂に自分の存在を認識してもらっていると知るだけで、天にも昇るような気持ちになれた。どんな名作も書けると思えた。
私以外にも、そんな作家がたくさんいる。デビュー作が売れなくても、新人賞を取っていなくても、輝けることを教えてくれたあの二人を目標にしてきたラノベ作家たちは。
「自分も、あんなふうに売れてみたい」
そんな下世話な、けれど純粋な夢を抱いて、ラノベという学校に飛び込む――そしてそこで学ぶのだ。
私たちがデビューした頃はそれが『ラブコメ』だった。
今はそれが『異世界転生』になっているのかもしれない。
伏見つかさと平坂読。
頂点を極めた二人は今、それぞれ別の道を歩もうとしている。二人が次にどんな挑戦をするのかは、まだわからない。
だが私にはまだラノベから学ぶ余地がいくらでもある。おそらく残りの一生かかっても学び尽くせないものが、過去にも未来にも。
ライトノベルと出会えたことで、私たちは永遠に終わらない青春時代を手に入れることができた。痛みや苦しみのほうが多いけれど、書き続ける限り、それは終わらない。
そしていつか筆を置くとき、精一杯の強がりの笑みを浮かべてこう言いたいと思う。
『いい青春だった!』
(了)
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