美術教育を受けていないアーティスト達の展覧会『アール・ブリュット展』から9人の作家を紹介。世界で評価される作品の背景と制作方法とは
ニコニコニュース / 2020年4月22日 12時0分
まず、こちらの写真をご覧ください。
折り込みチラシに細かい模様のようなものがびっしりと描き込まれています。実は、この模様はすべて「企業の名前」をひたすら書きつけることで作られているのです。
これは、「アール・ブリュット」と呼ばれる芸術作品のひとつです。
「アール・ブリュット」とは、フランス語で直訳すると「生の芸術」という意味で、専門的な美術教育を受けていない人が、独自の発想と方法によって制作した作品を指します。「アウトサイダーアート」とも言われますが、この言葉は聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。
2020年2月、東京都中野区でアートイベント「NAKANO街中まるごと美術館!アール・ブリュット-人の無限の創造力を探求する-」が開催され、日本のアール・ブリュット作品が多数展示されました。
ニコニコでは、この展示を紹介する生放送を実施。国内外で広くアール・ブリュットの発信や展覧会の企画・運営を行っているアートディレクターの小林瑞恵さんの解説のもと、ラッパーのダースレイダーさんと展示会場を練り歩きました。
この記事では、その放送の様子の一部を、たっぷりの作品写真と共にお伝え致します。
日本のアール・ブリュットを代表する魲万里絵さん
ダースレイダー:
これは、もうめちゃくちゃ綺麗ですよね。綺麗だけど、よく見るとかなり色んなものが描き込まれている。
小林:
作者の魲万里絵さんは、日本のアール・ブリュットで最も有名な一人です。2007年から毎日のようにこれらの作品を描き続けていて、本人曰く「描くと落ち着く」そうです。
最初に輪郭線を描いた後に、中のディテールを塗り込んでいきます。塗り潰しているように見える部分には、よく見ると点画の様に色を打つように塗り込まれています。草間彌生さんが描くドットをより一層緻密化したような。
ダースレイダー:
ホントだ。全部ドットになっているんですね。この作品は、いろいろな人体パーツが組み合わさっているっていうか。
小林:
そうですね。性的なものが出てきたりとかしているんですけども。非常に綺麗ですよね。
小林:
この作品のタイトルは『コンプレックスカマタリ』。タイトルは最初からイメージしている訳ではなく、完成した絵から思い浮かんだ言葉をタイトルに付けているそうです。
ダースレイダー:
これはまた凄いな。色の基調は決まっているけど、グラデーションが綺麗ですね。
小林:
彼女は大変な人気者で、長野県で文化やスポーツ活動を通じて、これから活躍が期待される方に贈られる信毎選奨にも選ばれたりもしていて、アール・ブリュットの枠を超えながら活躍し始めている作家の一人です。
ダースレイダー:
魲さんも美術教育は一切受けていないってことですよね。すごいなあ。
小林:
海外でも日本のアール・ブリュット展を10年前から開催しているんですが、魲万里絵さんの作品はホントに好評なんですよね。
ダースレイダー:
国とか文化的な枠を超えて、誰でもわかる人間の肉体に宿る原始的なエネルギーを感じられるというか。これはもう、ずっと見てられますね。
企業の名前がビッシリと書かれた、吉澤健さんのノート
小林:
作者は吉澤健さん、1967年生まれ東京都在住の方です。街に出掛けて自作のノートをおもむろに鞄の中から取り出すと、眼光を光らせながら真剣な表情で辺りを丁寧に見回し、自作のノートに何やら書き留めるんです。
ダースレイダー:
なるほど、ノートにどんどん描いていくわけですね。
小林:
ノートは隅から隅まで、アラビア文字のような文字群が埋め尽くされています。
ダースレイダー:
アラビア文字っていうけど、独自の文字ですか?
小林:
よく見ると文字は日本語で書かれていて、銀行や自動車メーカーや製薬会社とか。
ダースレイダー:
あ、ほんとだ! 日立グループ、エイベックス。企業の名前がビッシリ書いてありますね。
小林:
企業の名前が好きなんですよね。彼は外出しては、自分が行った場所とか、そういった企業の名前が入った看板とかを書き留めています。
ダースレイダー:
ああ、こんなに格好いい「ヤマト運輸」。これロゴで採用した方かいいですよ、ヤマト運輸。うわぁ~、凄い!
ダースレイダー:
吉澤さんが見てる世界を形に表記するとこうなるってことですよね。これだけの情報が身の回りに常にあって。これは圧倒されますね。
小林:
最後に一つ付け加えさせていただくと、彼はノートを書き切ると、セロファンテープでグルグルに封印して終わるんですよ。
ダースレイダー:
あのね、それ完璧ですよ。いかにアートなスタンスかっていうことがわかりますよね。見返りとか関係ない訳ですもんね。人に見せて評価されるとか、じゃなくて自分の中で完結してる。凄い……。
本岡秀則さんの「電車のすし詰め」
ダースレイダー:
電車なのはわかるんですけど、尋常じゃない量。電車がぎゅうぎゅう詰めになっている絵ですね。
小林:
本岡秀則さんが描かれた「電車のすし詰め」と形容されているような作品で、コピー用紙には無数の電車が隙間なく埋め尽くされています。紙面の余白を残して次の絵に移ったり前の絵に戻ったりしながら少しずつ描き加えられていきます。
一番下をご覧頂くと、途中で終わっているように見えますよね。
ダースレイダー:
ホントだ、あと2台位入りそうなスペースがありますね。
小林:
ただ、本人としてはこれが完成だったりするんです。作者なりのルールがあるんだと思います。
ダースレイダー:
電車の形、基本的には横がキュッとすぼめられているけど、それぞれの電車のサイズ感は結構揃っているんですよね。
小林:
作者は兵庫県に住んでいて、阪急電車が大好きなんですよ。彼は撮り鉄でも乗り鉄でも描き鉄でもあるんですけど、車番まで描いてあるので、どの絵が何の電車か全部わかるようになっているんです。
ダースレイダー:
この電車の並びも本人的には意味があるんですよね。
澤田真一さんの陶器は「そこにあるものを当たり前に作っている」
小林:
これは陶器で出来た作品です。
ダースレイダー:
怪獣みたいに見えますね。「可愛いけど怖い」みたいな。
小林:
作者の澤田真一さんは、知的障害者の施設に通い始めた頃から、この粘土による創作を始めました。
ダースレイダー:
施設に通いながら粘土をいじっていったっていう。
小林:
そうですね。施設では、週3・4日程度、電気部品の組み立ての作業をして、創作は春から秋の期間に週2・3回山奥にある窯場で行っています。
澤田さんは、作品の完成が見えているかのように、淡々とトゲを一つ一つ付けていくんです。
ダースレイダー:
どこにトゲを置いていいのか全部最初からわかっているような。
小林:
作るときって悩んだりするじゃないですか。「次どうしようかな」とか、「ちょっとここのバランスが悪いな」とか、そういうことがないんですね。ひたすら完成が見えているかのように作業をずっと続けて、作品を作っていきます。大きいものでも3・4日で仕上げますね。
ダースレイダー:
大きいもので3・4日ですか、凄いスピードですね。
小林:
澤田さんは、2013年に芸術の3大祭典といわれているヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で「世界150人のアーティスト」に選ばれた、3人の日本人の中の1人でもあります。
ダースレイダー:
澤田さんの作品は、作り物っぽくないですよね。「元々こういう物です」っていうのをただ見せてくれてるっていう。
小林:
そうなんですよね。物を作る時って、何か題材にする形があったりするじゃないですか。澤田さんの場合は、新しいものを作るところが凄いですよね。私達がその形を知らないもの。
ダースレイダー:
僕らが知らないだけで、澤田さんにとってはもう当たり前にいるものを作っているって感じがしますよね。鳥とか猫とかの同じ感覚で、これでしょって感じですよね。ホントに作為的でないんだと思います。
小林:
この作品は、澤田さんに聞くと、「タヌキ」とかって言うんだと思うんです。滋賀県って信楽焼のタヌキがあったりするので、インスピレーションはそこからきてるのかもしれないですけど、全く違うものになっているっていうか。
ダースレイダー:
逆に、タヌキがこういうものじゃないなんて、誰が言えるのかって話ですよね。
小林:
こちらなんかは、多分、鬼とかトカゲとかって言うんですけども。
ダースレイダー:
こういうタヌキやトカゲがいたほうが面白いですよね。でもこれ、高畑勲もビックリですよ。『平成狸合戦ぽんぽこ』にこいつらが出てきたら、ヒットしなかったですよね(笑)。
楽譜自体が演奏しているような、西岡弘治さんの絵
ダースレイダー:
これは楽譜がモチーフになってるんですね。楽譜自体が動いてるっていうか、演奏してるみたいな感じですよね。
小林:
作者の西岡弘治さんは知的障害者の通所施設に所属していて、2005年より制作を始めました。小さい頃から音楽を愛していて、楽譜を模写することによって作品を生み出しています。一心不乱に描き進むうちに絵の構図はどんどん右方向に流れていくようです。
ダースレイダー:
右に流れていくんですね。確かに全部そうだ。
小林:
彼が意図的に考えた構図ではないかもれしれませんが、大らかに揺らいだ線は、まるで静かに呼吸をしているようにも見えます。リズムと自由さを感じますよね。
ダースレイダー:
いや、ホントに、楽譜が生き生きとしてるっていうね。ヨーロッパの現代美術館にぽんって置いてあったら、凄く喜ばれそう。バランスと余白の感じも凄いいいですよね。楽譜が船みたいになってますもんね。
小林:
アール・ブリュットの作者って、自分が作りたくて作っている、自分の世界を大事にしてる人が多いので、見る人の評価を気にしてないのが、どの作品を見ても伝わりませんか?
ダースレイダー:
ホント、どう思われたいとかでは全くなくて、ある種のいやらしさが無いですよね。
「ここをこうしたら、この色を使ったら、こういう風に作ったら人に気に入られるんじゃないか」とか、ないですもんね。
小林:
あと、流行りとか気にしないですよね。そういう伸びやかさとか枠がない感じって、凄く羨ましくなりますよね。
ダースレイダー:
だから、いま見てきた作品って、全部楽しそうに作られているですよね。「自分はこれがやりたいんだ! 」だけで作られているから、とても純粋だと思います。
クヌギの落ち葉を折って作られた動物たち
ダースレイダー:
この作品、なんと素材が枯れ葉なんですね。これだけ見せられても、えっ?って思うんですが、素材を知るとビックリなんですよ!
小林:
これはビックリしますね。
ダースレイダー:
かわいいサイズ感なのに、緻密凄くちゃんと作られてて。落ちた葉っぱが、これになっちゃうなんて。ワクワクしますよ。
小林:
作者の渡邊義紘さんは、自宅でこういった作品を作っているんですけど、素材になるクヌギの葉が落ちる、1年の間の数週間しか創作出来ないんです。
ダースレイダー:
枯れ葉が落ちた時に、わ~って素材を集めに行くと。クヌギの葉っぱのサイズ感や色にピンときたっていうことなんですかね。
小林:
そうですね。落ち葉の葉脈とか葉柄を、動物の模様や尻尾、鼻などに生かしながら、数センチの小さな動物たちを作っています。
ダースレイダー:
これは手で折っていくんですか?
小林:
そうです、しかも15分位で一体作っちゃうんです。本人は作る時に、は~って息を吐きながら、ちょっと息で湿らせながら折って作っていくんですよ。
ダースレイダー:
なるほど、凄いですね……。
小林:
2018年、パリで「アール・ブリュット ジャポネⅡ」という展覧会を開催したんですけど、そこでパリの人たちがとても驚いていました。
ダースレイダー:
普通の人は、ただ歩いてバリバリ踏んじゃったり、なんだったらホウキで掃いたり片付けたりしているものが、最初から宝物に見えていたということですよね。
小林:
日常の中を、そういう視点で見ると楽しいですよね。世界が広がるというか。それこそ、落ちている葉っぱは、掃いて捨てる物とか思っていると、ガラッと固定概念が崩されていく感じがします。
不規則に織られた毛糸には「これは作品である! 」というパワーがある
ダースレイダー:
これも凄いですよ。規則性がないし、むにゅっとして大きさの共通点も無いから、何だ?と思うけど、「これは作品である! 」っていうパワーは、めちゃめちゃあるんですよね。
小林:
そうですね。「何なんだろう」って考えさせられるけど、その問いの答えがずっと見つからない、みたいな。
ダースレイダー:
でも明らかに何かのイメージなんですよね。ただの毛糸玉が、作者の手にかかると、これになっちゃうんですね。
小林:
作者のカズ・スズキさんは、火曜日から土曜日に工房でこの作品を織り、日曜日と月曜日は完全にオフで過ごすそうです。創作はマイペースに行う為、1年間で完成する作品は多くて3本です。
ダースレイダー:
3本。これが1年間で3本できるわけですね。
小林:
制作は通常の織り機が使用されています。何ヶ月もかけて幾つものコブが重なった立体的なオブジェになっていくようで。で、完成のタイミングは自分で決めるか、物理的に織り機に入らなくなった時だそうです。
ダースレイダー:
なるほど、いいですね。物理的に織り機に入らなくなったところで終わりみたいな。なるほどなあ。
本人が気持ちいいところで、踏んだり巻いたりをしていって作っていくってことですよね。これとか、頭の方にドーンって塊があって、獅子舞みたいですね。
適当にやったっていう感じじゃない。ちゃんと、「こうなるべくして作った」っていう完成品だと思います。
一番カッコいいやつは見せてくれない、アルミタイのロボット
ダースレイダー:
トランスフォーマーみたいなロボットがたくさんいます。これはね、めちゃくちゃ格好良いですよ。
小林:
作者の勝部翔太さんは、100円ショップとかで売られている、お菓子の口を塞ぐアルミタイを使って、こういう小さな戦士を作っています。
ダースレイダー:
小さな戦士がね、一個一個、全部チョー格好いいですよ。
小林:
一個、3cmくらいなんですが、全部形が違うんですよ。
ダースレイダー:
ロボットになることで、アルミタイの元々の色に意味が生まれている感じがします。「ロボットにするためにこんな色してたのね」ってくらいの必然性があるんですよね。
小林:
彼も海外の展覧会に出展したことがあるんですけど、出展をお願いした時に、普通のアーティストだったら、一番いいやつとか、出来の良いものを出展しようと思うじゃないですか。でも彼は、「“二軍選手”だけなら出展していいよ」って。一番いいやつは手元に置きたいからそれは出さない。っていう発想なんです。
ダースレイダー:
手放したくないんだ。
人の為にやってるんじゃなくて、「俺を盛り上げる戦士たちだぜ」っていうのが基本線なんですね。「人が見たいって言うなら見せるけど……」みたいな。じゃあ、これよりもっと凄い、格好いいやつがいるんですね。
小林:
多分、凄い緻密で凄い格好いいやつがあるんですよ。その一軍はですね、タッパーの中に入っているんです。
ダースレイダー:
二軍は海外に展示されて、一軍は自宅のタッパーの中にいる。いいなー!!
阿山隆之「木片に絵」
ダースレイダー:
これは木片ですね。これがね、また一個一個凄いんですよ。
小林:
作者は阿山隆之さん、20代半ばから本格的な作品の制作を始めました。木に描くようになったのは描いた線や色が失敗しても削って再利用できるという利便性と、阿山さんが通う施設では木工品の制作を行っており、自然と木材が集まっている環境があったからだそうです。
ダースレイダー:
素材が周りに溢れていたわけですね。
小林:
制作方法は最初にペンでモチーフの輪郭を描いて、線の内側に色鉛筆で丁寧に色を塗り込んでいきます。写真などを見ながら描いたり、幼い頃に読んだ絵本で印象に残っている物語を思い出して描くそうです。
ダースレイダー:
なるほど、絵本の印象。ずっと心の中にあるんですね、そのイメージが。
小林:
150色もの色鉛筆を使い分けて描くという作品は、色にもこだわりがあるようです。
ダースレイダー:
この牛の絵とか、本当に綺麗なんですよ。ちょっとしたグラデーションになってるんですけど、とても素敵。木の上に描いているからサイズもバラバラで、それがまたいいんですよね。その中にぐっと収めている。
小林:
このバレリーナも素敵ですよね。木に対して描かれているモチーフのバランスもいいです。
ダースレイダー:
木材とか、木の切れ端とかっていうのは、いらないものだと思いきや、こうやってキャンバスになっちゃうんですね。
小林:
これだけ木に色が乗るんだってことが驚きますよね。
ダースレイダー:
しかも色鉛筆でしょ。選び方として木に描くものとして色鉛筆っていう選択はあんまりしないと思うんですけど、でもこうしてみると色鉛筆が一番いいんですよね。柔らかさというか、ぺたっとしてないですからね。とても綺麗です。
お知らせ
アール・ブリュット2020特別展
「満天の星に、創造の原石たちも輝く カワル ガワル ヒロガル セカイ」
・なかのZERO西館 美術ギャラリー1
4月4日(土)~同月14日(火)
・八丈町役場 八丈町民ギャラリー
4月24日(金)~5月5日(火・祝)
・福生市プチギャラリー 第2展示室
5月14日(木)~5月24日(日)(休館日を除く)
・すみだリバーサイドホール ギャラリー
5月31日(日)~6月13日(土)
・武蔵野市立吉祥寺美術館 企画展示室
6月27日(土)~7月7日(火)
・東京都渋谷公園通りギャラリー
7月24日(金・祝)~9月13日(日)まで(休館日を除く)
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、
詳しくは公式ホームページでご確認ください。
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