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藤井聡太はなぜ矢倉でタイトルを取ったのか【勝又清和七段インタビュー 聞き手:白鳥士郎】

ニコニコニュース / 2020年10月5日 19時0分

「羽生善治は作れる」

 かつて、こう語った棋士がいた。

 圧倒的な天才といえども、育成方法と本人の努力によってそれを作ることができると。

 天才を作る──

 しかしその言葉を完全否定した棋士がいた。

 人はその棋士を、敬意を込めて『教授』と呼ぶ。

教授こと勝又清和七段(@katsumata)。

 私が教授に──勝又清和に話を聞こうと思ったのは、藤井聡太の初タイトル戦となった、渡辺明との棋聖戦がきっかけだった。

 第1局、藤井は先手で矢倉を採用し、勝利。

 そして第2局、渡辺の矢倉を受けてたち勝利。

 初タイトルに王手をかけた第3局ではそれまでの得意戦法である角換わりを採用して勝負をかけるも、渡辺の研究に弾き返される。

 迎えた第4局、渡辺は矢倉を採用、藤井は第2局同様に受けてたった。その第4局で勝利し、史上最年少17歳のタイトル保持者が誕生した。白星は全て矢倉だった。

 

 「矢倉を学べばタイトルを獲れる」とアドバイスを贈った加藤一二三の言葉通り、結果を見れば、藤井は矢倉でタイトルを獲得したことになる。

 しかし、なぜ矢倉なのか?

 若手棋士の筆頭格である増田康宏はかつて「矢倉は終わった」と語り、藤井自身も三段リーグの途中で矢倉から角換わりに戦法をシフトしたと語った。(参考:『なぜ藤井聡太はフィクションを超えたのか』

 

 なぜ、藤井は矢倉を指すようになったのか?

 将棋界に今、矢倉に今、何が起こっているのか?

 『戦法』という切り口から藤井聡太の強さを探っていったとき……その才能の異質さが改めて浮かび上がってきた。

取材・文/白鳥士郎

勝又教授、矢倉の歴史を語る

──……と、いうわけで。本日は主に『矢倉』という戦法を通じて、藤井先生の強さを語っていただこうと思います。いやぁ勝又教授からこうして戦法講座を受けられるなんて、すごく贅沢です!

勝又七段:
 いえいえ。白鳥さんは矢倉の戦法というと、何が一番ピンと来ます?

──やっぱり……4六銀・三七桂型でしょうか。

勝又七段:
 いいですねぇ。じゃあ、その戦型になった公式戦を検索してみましょう……ほら、2000局以上ありますね。

──こんなにあるんですね!

勝又七段:
 じゃあもう少し絞って、この戦型になった名人戦だと……。

──羽生森内戦でたくさんありましたよね?

勝又七段:
 そう! 名人戦の羽生森内戦だけでも、7局もある。これはめちゃくちゃ多いんですよ。

──名人戦という最高峰の戦いで、しかも羽生森内という最高のカードでこれだけ指されていたということは、将棋界で最も流行していた戦型の一つと言えそうですね。

勝又七段:
 この戦型のポイントは、右の桂馬が跳ねること。そして飛車先の歩を突かないことです。

──3筋に戦力を集中するために、2筋の歩は後回しにするわけですね。

勝又七段:
 羽生善治九段が「新手で最も感心したのは飛車先突かず矢倉」っておっしゃってるくらい、革命だったんです。

──最初に飛車先を突かなかったのは、田中寅彦先生でしたっけ?

勝又七段:
 最初は田中寅彦九段。それが有名になったきっかけは、中原誠十六世名人と加藤一二三九段の名人戦です。

──ひふみん先生がここで登場するわけですね!

勝又七段:
 昭和57年。ここで4六銀・3七桂型と飛車先突かず矢倉がたくさん指されて、広まっていきました。

──加藤先生が名人位を獲得された、伝説の『十番勝負』! 戦法的にも大きな転換点だったんですねぇ。

勝又七段:
 こんな感じで、4六銀・3七桂型がずっとメジャーだった。では現在指されている矢倉はどんなものかというと、ターニングポイントになったのは、森内俊之九段と阿部光瑠六段の叡王戦ですね。

──あれは衝撃的でしたね! 矢倉で羽生先生を押しのけて永世名人の資格を得たあの森内先生が叡王戦(第1期。2015年10月27日)で阿部先生に一方的に敗れるという……。

勝又七段:
 後手の構えが変わってきたんです。左美濃ですね。あと、5筋の歩を突かないとか、角の位置がそのままとか。

──俗に『居角左美濃』っていわれてましたよね。この珍しい構えを目の当たりにした君島俊介さんの観戦記からも、当時の衝撃の大きさが伝わってきます。

勝又七段:
 こういう急戦がどんどん先鋭化して……このあたりのことは『Number』でも書いたんですけど。

──じゃあこのインタビューは『Number』の補足記事としても楽しんでいただけるということですね(笑)

勝又七段:
 『Number』では、藤井二冠(王位・棋聖)と小林健二九段の将棋を取り上げて解説しました。伯父さんとの将棋です。

──藤井先生の師匠である杉本昌隆先生の兄弟子に当たるのが小林先生ですね。順位戦A級4期在籍。棋戦優勝2回。堂々たる大棋士です。

勝又七段:
 後手の藤井二冠が14手目にいきなり6五桂と跳ねるんですが……後手は角も飛車も桂馬も全部使えるのに、先手は角も飛車も使えないうえに、7七に上がった銀が桂馬に狙われるだけの駒になっちゃってる。

──はい、はい。確かに。

勝又七段:
 しかも、先手は7七の銀が邪魔になって桂馬が跳ねられないじゃないですか。だから『Number』だと、現代将棋では桂馬がすぐ前線に出るけど、7七銀があるとそれができない、だから矢倉は衰退したと書きました。増田康宏六段の「矢倉は終わった」発言はセンセーショナルだったんですけど、彼はちゃんとその理由を「桂馬が使いづらいから」と言ってるんです。

──けど、こう中央に向かって桂馬をポンポン跳ねるのって、まるで私みたいな素人が指してる将棋のように見えてしまいますね……。

勝又七段:
 「桂馬の高跳び歩の餌食」ってね。私が奨励会を受験する頃にこんな将棋を指そうものなら師匠に怒られたと思います。

──格言が通用しなくなるくらい、将棋の常識が変わったんですね……。

勝又七段:
 昔のように、予定調和で矢倉に組み上げてから戦うんじゃ間に合わなくなった。城攻めから、野戦に持ち込まれちゃった感じですよね。昔の矢倉が豊臣秀吉だったら、今の矢倉は徳川家康の関ヶ原の戦いみたいな。

──なぁるほど! わかりやすいたとえです。

勝又七段:
 城を作る前にやられちゃったら、堪らないですからね。

──そもそも……どうして、城を作ってたんですかね?

勝又七段:
 そこは長い歴史があってね。急戦矢倉って、昔からあったんですよ。たとえば米長邦雄永世棋聖とか。昔からあった。でも……やっぱりちょっと無理かなぁ、って。

──野戦もあったけど、城を作る方が勝ってたと。

勝又七段:
 急戦矢倉で、角を居たまま使うっていう発想も、昔からあったんです。それが、ほんのちょっとした違いで変わる……これも羽生九段の言葉で、「過去にあったこと。過去になかった組み合わせ」っていうようなことをおっしゃってるんですけど。

──部品はあったけど、それをどう組み合わせるかで変わってくると。その組み合わせというのをソフトが発見して……。

勝又七段:
 ソフトが見つけて、人間もさらに改良したという感じですね。

──なるほどぉ……。

勝又七段:
 実はね? 桂がポンポン跳ねてく将棋って、僕はずいぶん前にコンピュータ将棋で見てるんですよ。

──ええ!?

勝又七段
 『激指』【※】とかも得意だったんです。昔からソフトはそうやりたがってた。だけど実力が付いてなかったから無理だったんです。先手が左の銀を7七に上がったらそれを咎めたいという発想は、昔からあったんです。

※激指……コンピュータ将棋ソフトウェアのシリーズ。

──強くなったから、その発想を実現できるようになったんですね。そう考えるとソフトも何だか、いじらしいですね(笑)

なぜ藤井聡太は角換わりを指していたのか?

──藤井先生はもともと矢倉党で、そこから角換わりにシフトされたじゃないですか。それはどうしてなんでしょう?

勝又七段:
 まず、このグラフを見てください。これは角換わりの先手で、4八金・2九飛車と構えた形の対局数と勝率です。

──うわ! 2016年度に爆発的に増えてますね……先手勝率も6割以上でエグい……。

勝又七段:
 この4八金・2九飛車という形がとにかく強いと。角換わりだけじゃなく、あらゆる戦型で大流行してます。大駒の打ち所が無いんです。飛車と金の弱点をお互いに補完し合うということですね。

──ガッチリ囲った矢倉と比べると、右の金が離れちゃってる感じがしますし……何だかスカスカしてて怖いけど、優秀なんですねぇ。

勝又七段:
 藤井二冠が自分なりにAIを取り入れて、このバランス型の現代将棋に移行しようとした時、それが一番フィットするのが角換わり腰掛け銀だったということですね。

──それで角換わりにシフトしたんですね!

勝又七段:
 ちなみにこの4八金・2九飛車という形も、木村義雄十四世名人が編み出したものでした。

──木村先生って明治生まれですよ!? 昭和初期の名人が編み出した形が、令和になってあらゆる戦型で使われるようになるなんて……まさに「過去にあったこと。過去になかった組み合わせ」なわけですね!

勝又七段:
 一方、矢倉は桂馬が主役の現代将棋から取り残されてしまった。飛車先を突かない矢倉はどんどん減っていって、勝率もひどいことになりました。

──先手でこの勝率じゃあ指されなくなりますよねぇ……。

勝又七段:
 と、いうことなんですが。矢倉はまだ終わってないんです。

──え!?

勝又七段:
 この形が出てきたんです。

──これはまた……

勝又七段:
 で。実は矢倉、また復活してるんですね。

──おお! 4割だった勝率が、2019年度は5割3分近くまで! いったい何が起こってるんですか……?

矢倉は滅びぬ! 何度でも蘇るさ!

勝又七段:
 「飛車先突かず矢倉」の話に戻りますけど、あれは飛車先を突かずに4六銀と3七桂を急いでたじゃないですか。

──はい。

勝又七段:
 じゃあ今の矢倉はどうすると思いますか?

──飛車先を突くんですか?

勝又七段:
 正解。

──おお~。

勝又七段:
 簡単に言うと、2五歩を決めちゃいましょうと。そうして後手に3三に銀を上がってもらって。

──角道が止まりますね。

勝又七段:
 そうして後手の急戦を阻止する。

──なるほど! これなら7七に銀を上がっておいても、後手の角が利いてないから

勝又七段:
 ただ一方で、先手も2五に桂馬を跳ねることができない。

──自分の歩がありますもんね。

勝又七段:
 だから別の攻め方を考えましょう、と。

──サラッとおっしゃいましたけど……それって2五桂からの攻め方を全部捨てちゃうっていうことですよね? どうすればいいんでしょう?

勝又七段:
 たとえば、藤井二冠が棋聖戦第1局で採用した脇システムだったり。第2局で渡辺明名人(棋王・王将)が採用した先手急戦矢倉だったり。それから土居矢倉。

──あの棋聖戦は、新しい矢倉の見本市だったんですね……!

なぜ藤井聡太は矢倉に戻ったのか?

──藤井先生、勝負所で矢倉を選ばれるようになりましたよね? 棋聖戦の前に指した王将戦の挑決とかでも。それはなぜなんでしょうか?

勝又七段:
 矢倉で勝てると思ってるからでしょうね。

──得意戦法は角換わりだったじゃないですか。それでいつ、矢倉で勝てると自信を深めることができたんでしょう?

勝又七段:
 でも、後手番は矢倉ですからね。彼は二手目に8四歩しか突かないから。二手目に8四歩を突く人間が矢倉を研究してなかったら、プロ棋士としてやってけませんから。

──後手で矢倉を受け続けてきて、どうやら先手で矢倉を使うのは有効だと思うようになった……。

勝又七段:
 と、いうことでしょうね。

──皆さん、藤井先生との対局にはとっておきの戦法を投入するでしょうしね。羽生先生みたいに相手の得意戦法を吸収して、どんどん強くなって……漫画みたいですね。

勝又七段:
 あと、今は先手の角換わりも勝率がそんなに高くないんですよ。棋聖戦第3局がいい例じゃないですか。

──藤井先生が先手で伝家の宝刀・角換わり腰掛け銀を抜いて決めに出ましたけど、渡辺先生の一人千日手みたいな待機策に敗れました。

勝又七段:
 藤井二冠の特徴は、序盤で守る手と攻める手があったら、攻める手を選ぶ傾向がある。受けが強いんですけど、初球のストライクから振ってくタイプ。

──確かに以前、藤井先生にインタビューさせていただいた時も「角換わりも、その頃(※奨励会三段になる前)のものは待機策という感じで、自分には合ってないなと感じてはいました」とおっしゃってました。角換わりがその頃みたいに待機策ばっかになったら、別の戦法に興味が移るのかもしれませんね。


戦法とAIと藤井聡太

──藤井先生が強くなられたのは、AIを上手く活用して戦法の流行に乗ったとか、そういうのは関係なかったんでしょうか?

勝又七段:
 ……なかったと思いますね。関係なく強い人。中終盤がものすごく強いですし。どんな戦法使っても勝ちますし。AIのおかげで加速した、という意味はあると思いますけど。

──それは……「研究をAIでサポートしてるから」という意味か、それとも「AIの進歩によって戦法の流行が目まぐるしく変化するようになって、それに対応するのが上手いから」という意味なのか、どっちなんでしょう?

勝又七段:
 うーん……僕の考えだと、藤井二冠は「AIと対話してる」んじゃないかと思ってて。自分と異なる考えの人から話を聞くのが、すごく勉強になると僕は考えてるんです。

──はい。

勝又七段:
 だから僕が一番好きだった勉強法は、順位戦の控室に行ってみんなでワイワイすることで。

──桂の間でワイワイ。私も一度だけ『一番長い日(A級順位戦最終日)』の控室にお邪魔して、森下卓先生にお菓子をいただいたことがあります(笑)。

勝又七段:
 私はね、年齢制限の26歳でプロになったんです。3月21日生まれなんで、本当にギリギリの三段リーグで上がれた。その時に一番勉強になったと思ったのが、順位戦の控室に行くこと。昔は羽生九段とか森内九段とかもいて。

──贅沢な空間ですね……。

勝又七段:
 やっぱり自分一人で考えてると、独りよがりな思考になってしまう。そこで他人の意見を聞くことが非常に参考になった。それを藤井二冠は、AIとやってるんじゃないかな。

──ああ……なるほど。

勝又七段:
 盲信するって意味じゃないですよ? やっぱり理解しないと意味がないし、あと何より、指しこなせないと意味ないですよね。

──AIと人類の違いは、やはり膨大な読みの力の差だと思うんです。そんなAIと同じように指すためには、読みの力が必要になると思うんですけど……それだけの力が藤井先生にはあると?

勝又七段:
 やっぱりねぇ……読みの力はすごいですよ。

──藤井先生のような読みの力がすごい棋士は、ソフトの戦法をより取り入れやすいんでしょうか? たとえば読みの力の有無が、戦法の採用の有無に繋がっていくような……。

勝又七段:
 それに近いことが将棋界で起きてますよね。玉が薄い戦法を指すようになった。固さ一辺倒の将棋は指されなくなってきてます。

──中継されている将棋を見ていても、確かに穴熊の将棋とかは減ってきてる印象です。昔はもっとありましたよね?

勝又七段:
 特に渡辺名人は、2018年3月2日のA級三浦戦で敗れて以来採用していませんでした【※】

※取材後日、2020年9月16日にあった王位戦黒沢戦で穴熊を使用。

──となると、プロ棋士の中でも実力差がどんどん広がっていくということにもなりかねない?

勝又七段:
 そうでしょうね。玉の薄い将棋を取り入れてる棋士には、なかなか勝てなくなるんじゃないでしょうか。

──素人が指すぶんには、玉が固い方が勝つのが当たり前みたいに思えるんですけど……。

勝又七段:
 いや、私も最初は「何でみんな中住まいばっかやるんだろう?」と思ってたんですけど……やる人間は、それをやって勝つわけです。

──はい。

勝又七段:
 将棋は何だかんだ言っても運が絡まないわけだから「勝った」ことが「いいこと」なわけですよ。それで勝てるのであれば、いくら玉が危険だろうが指すようになる。で、いずれ指しこなすようになる。だからプロ棋士全体のレベルも相当上がったと思いますけどね。

──藤井先生だけが強くなってるんじゃなくて、全体としても強くなってるんですね。

勝又七段:
 穴熊やるってことは、楽したかったってのもありますから(笑)

──自玉の安全度を読むのを省略できるから、楽だと。

勝又七段:
 将棋というゲームを敢えて2つに分けるとすれば、「相手の玉を捕まえる」のと「自分の玉を逃げきる」の2種類。玉を逃げるほうのゲームを省ければ、1つのゲームだけに集中できる。

──そういえば勝又先生は、藤井先生が居飛車穴熊を指されるとツイッターで反応しておられますよね。

勝又七段:
 ええ。だから逆に、彼の居飛車穴熊はなかなかお目にかかれないのでね。あんまりやらないけど……彼の居飛車穴熊は一味も二味も三味も違うからねぇ。

──それだけ攻めにだけ集中できると、さぞすごい将棋になるんでしょうね!

勝又七段:
 いや、そうではなくて……私が一番すごいと感動した穴熊は、佐藤康光九段の穴熊なんです。戦う穴熊みたいな感じでね。玉が自ら逃げ出したり。

──力強いですよねぇ。

勝又七段:
 つまり、穴熊だけどきちんと一手勝ちを狙う。穴熊の固さを過信しないって意味で。

──穴熊にしても、自玉のこともちゃんと読んでるわけですね。楽をせずに。

勝又七段:
 そうそう! ギリギリを読んでる。でも、藤井二冠の穴熊は、またそこから一味も二味も……。

──それめちゃ気になるんですけど。

勝又七段:
 これは『将棋世界(2020年10月号)』に載せた将棋ですけど……。

──では、詳しい図面などはそちらでご確認いただくということで(笑)

勝又七段:
 例の29連勝を止められた4日後の将棋なんですよ。藤井二冠対中田功八段。

──中田先生といえば、三間飛車の名手。居飛車穴熊に組ませて、それを攻略する職人肌の棋士ですね。

 この将棋、穴熊とはいえ藤井先生の玉の上には1マス隙間があって、怖い感じですが……後手の攻めをどう凌ぐんでしょう?

勝又七段:
 これ! 打ち歩詰め。

──ああー……そうか。自玉の安全度を読み切ってるんですね!

勝又七段:
 読み切ってるの。この後も、ほら! また打ち歩詰め。また打ち歩詰め。また打ち歩詰め……。

──……超絶技巧ですね……いやもうちょっと意味がわからない……。

勝又七段:
 私が反応するのもわかるでしょ?

──わかります……。

勝又七段:
 すごいんですよ、この指し回しが。これがまだ中学3年生だったんですからねぇ。

──いやー……。

勝又七段:
 つまり、彼は穴熊にしても1つのゲームにしない。他の棋士は、穴熊にすることで指し手の精度を下げても大丈夫だと考える。次善手でも勝てると。でも藤井二冠は穴熊でも危険を顧みず最善手を追及する。そして詰将棋で培った終盤力で勝つ。

──まるで……まるで藤井先生は、双玉の詰将棋【※】を解いてるみたいですね……。

※双玉の詰将棋……受方の玉将だけでなく攻方の玉将も配置されている詰将棋。

勝又七段:
 ああ、いい表現ですね! まさにそんな感じです。

──けど、普通は双玉の詰将棋なんて勉強すらしませんよねぇ……。

勝又七段:
 詰む詰まないの部分を強化するのって、ソフトを使ったってどうしようもないじゃないですか。その場でコンピューターに聞けるんじゃないんだから。

──なるほど……。

勝又七段:
 藤井二冠のどこが強いかっていったら、序盤中盤よりも明らかにこっち(終盤)でしょ。だからAIは関係ないと言ってるの。

──確かにそうですが……だとしたら藤井先生が新しいパソコンを組みたがっているのは、どういった理由からなんでしょうか?

勝又七段:
 スパーリングパートナーとか、対話する相手としてAIは優秀ですからね。

──今のパートナーに飽きちゃったんですかね(笑)

藤井聡太は作れるのか?

──勝又先生はかつて、将棋連盟の子どもスクールを改革されたとうかがっています。

勝又七段:
 ああ……若気の至りというやつでね(苦笑)。ちょっとの期間だけですけど。

──そのスクールから、新しい才能が次々と育っていった。それに勝又先生は、ご自身がお弟子を取らない代わりに、師匠である石田和雄先生に才能のある子たちを紹介なさって。

勝又七段:
 門倉啓太五段、渡辺大夢五段、あとは高見泰地七段とかですか。

──かつて森下九段が、石田先生との対談で語っておられましたが……森下先生が「羽生善治は作れる」とおっしゃったら、勝又先生にそれを完全否定されたと。

勝又七段:
 はいはい。否定しました。

──それは、どういう理由で否定されたのでしょうか?

勝又七段:
 「若い頃にものすごく努力すれば強くなる」っていうのが持論の棋士は、けっこういるんです。でも自分が見ていた経験上、ものすごく努力しても強くなれなかった人も、たくさん見てるので。

──ああ……なるほど。

勝又七段:
 強くなるどうこうの意見だと、私は渡辺名人の意見に近いですね。才能が絡んでくるという。

──同じだけの努力をしても、伸びる人と伸びない人がいる。

勝又七段:
 そう。それが才能の違い。

──多くの子どもたちをご覧になってきたなかで、勝又先生のおっしゃる『才能』とは、どんな部分のことなんでしょう?

勝又七段:
 絶対条件として、将棋が好きで好きで堪らないということです。でないとプロになってからやっていけない。ものすごく好きで好きで堪らないというんじゃないと。

──それはやはり、プロの世界では苦しいことも多いからと?

勝又七段:
 そうですね。苦しいことが出てくるから。好きじゃないと続かないから。イヤんなっちゃうから、やっぱり。

──そういう才能からすると、藤井先生はいかがでしょうか?

勝又七段:
 藤井二冠はぁ……桁違いですね。もうそれは。好きの度合いでいったら、門倉五段とか渡辺五段とか高見七段とか、三枚堂達也七段とか佐々木勇気七段とかも同じくらいですけどね。ただ藤井二冠は将棋が好きというのの他にも、詰将棋に関する能力とか、興味とか、それもすごいでしょ?

──むしろそちらが桁違いですよね。幼い頃からプロに混じって、その上を行くという……。

勝又七段:
 なかなか両方を兼ね備える人はいませんから。

──プロの先生でも、詰将棋を解かないとおっしゃってる方はいらっしゃいますもんね。実戦に出ないからと。

勝又七段:
 それは私もある意味、同意するんです。詰め手筋をきちんと知っておくべきであって、詰将棋のテクニックを実戦にそのまま使うということは、今まではなかった……はず、なん、ですけど……。

──藤井先生は棋聖戦第1局で『打診の手筋』を応用したとおっしゃってましたよね。詰将棋の。

勝又七段:
 それも『将棋世界』で解説したんですけど、ちょっとやります?

──え! いいんですか!?

勝又七段:
 ええとね。じゃあ『盤上のフロンティア』から──

──(10分間ほど集中講義を受ける)……いやぁ……すみません。これ、私の力じゃまとめられる気がしないんで、気になった方はぜひ『将棋世界』を読んでください……。

才能・努力・環境

──勝又先生は、藤井先生はなぜああも強くなったとお考えでしょう?

勝又七段:
 私は、彼の強さの理由は、才能・努力・環境の3つが揃ったからだと思います。

──才能・努力・環境……。

勝又七段:
 才能はもちろんすごい。そして彼は幼稚園の頃から詰将棋を解いて終盤力を鍛えた。この点でいうと、彼は詰将棋を将棋の終盤に活かす才能もあったということですよね。

──努力と才能が上手く噛み合ってるんですね。

勝又七段:
 で、まわりの環境も非常に良かったと。杉本八段の弟子になったこととかね。

──その中でいうと、戦法の進歩はどの要素に関わってくるでしょう? 今回のインタビューは、戦法の進歩と藤井先生の強さの関連を解き明かしたいと思っているのですが……。

勝又七段:
 今の将棋は、藤井二冠に向いてるわけですよ。自玉も危ない将棋を指さなければいけないわけですからね。双玉の詰将棋みたいな。

──努力と才能で磨き上げた詰将棋の能力が、より活かされやすい状況になっているわけですね。

勝又七段:
 サッカーでたとえると、守備がマンツーマンからゾーンディフェンスに変わって来てる。ゴールキーパーである玉が、11人目のフィールドプレーヤーとして、より積極的に受けに参加して……という感じに。

──気を抜けばゴールを許してしまいかねない危うさもあるわけですね。藤井先生ご自身が終盤力を磨いたというのに加え、戦法の進歩もその方向性にあった、ということなんでしょうか?

勝又七段:
 そうですね。だから時代が味方したところもありますか。こんな短期間でバランス型になるとは思わなかったですねぇ。玉の安全度の指標が、昔は金銀の密着度がダントツだったんです。穴熊最強! 銀冠最強! って。

──安心しますよねぇ。

勝又七段:
 でも今はそうじゃなくて、玉の逃げ場所があるかどうかが重要で。相手の駒との位置関係。それを今の若手棋士は、そりゃあ見事に指しこなしてます。ホントにみんな上手いですねぇ。

──となると、矢倉という戦型に関しても……。

勝又七段:
 土居矢倉とか急戦矢倉とか、玉が薄い状態で戦う矢倉。また、仮に普通の矢倉に組んだとしても、そこからの進み方が今までとは変わってくるとか。

──え? どういう意味でしょう?

勝又七段:
 矢倉にこだわらない、と言いますか……たとえば名人戦第6局。矢倉に組んだあと、先手の渡辺名人はそれを自分から崩していくんです。

──わざわざ矢倉に組んで、それを壊すんですか?

勝又七段:
 銀が邪魔になって桂馬を活用できないのが弱点だったんですけど、だったら使えるように組み替えていく。そして変型させても、渡辺名人はまた金銀を上手に玉にくっつけていくんです。

──ひぇぇ……手品みたいですねぇ……。

勝又七段:
 現代将棋の戦い方を取り入れつつ、自分の将棋の特徴である金銀の密着という部分も成立させる。この二つを両立させたんです。

──やはり渡辺先生もまた、天才ですね!

勝又七段:
 『Number』の締め切りに間に合わなかったから、これは載せられなかったんだけど(笑)

──じゃあこのインタビューは爆売れした『Number』の続きということで(笑)

勝又七段:
 今後もいろんな形の矢倉は出てくると思う。ただ、2五桂を跳ねていく矢倉は指されないかもしれないですね。オールドファンが楽しんできた矢倉は。

──その意味では、加藤先生が名人を獲得した時の矢倉は終わったんですね……とはいえ今後も戦法の進歩によって、玉を固める将棋が主流になるかもしれないんですよね?

勝又七段:
 バランス型になった理由は、角交換する将棋が増えたから。チェスの仲間の中で唯一、日本の将棋は持ち駒を打てる。敵陣に角が登場してしまう。だからその隙を作らないようにしてるんですけど、じゃあそもそも角交換をしない将棋が増えたら……また玉を固める将棋が増えるかもしれないですね。

──そういった大きな流れの中で……勝又先生は藤井先生の今後をどう予想されますか?

勝又七段:
 どう予想するというか……こんなに早いとは思わなかったんでねぇ。予想、外しまくりましたよ(笑)

──はぁぁ……勝又先生の予想をも上回っていたんですね……。

勝又七段:
 私は、永瀬拓矢王座が天下を取りに来ると思ってたんで。永瀬四冠ロードかなと思ってたくらいなんで。

──その道を阻んだのが藤井先生でしたね。棋聖戦の挑決は、勝又先生が観戦記をお書きになりました。盤側でご覧になっていて、いかがでしたか?

勝又七段:
 棋聖戦の挑決で思ったのは、やっぱり相手を知って、信用してしまっていたところが永瀬王座にありましたね。藤井二冠が終盤で指した8四歩がポカだとは思わなかったんですね。

──あの誰が相手だろうが諦めない永瀬先生すら「藤井聡太が終盤で間違えるわけがない」と信じてしまった。となると、藤井時代が……。

勝又七段:
 来るでしょうね。どんどん内容がよくなってるし……棋聖戦と王位戦で、厳しい冒険を潜り抜けた感じ、しません?

──しますします!

勝又七段:
 棋聖戦では、渡辺名人の緻密な研究を喰らい。王位戦では、木村一基九段の不屈の粘りを喰らい。対局で強くなりましたよね。明らかに。

──そう言われてみると、本当に様々な冒険を潜り抜けてますね。

勝又七段:
 弱点といわれていた時間の使い方も、王位戦第4局のあの難解な終盤を完璧に指して、でも1時間くらい残していたんだもの。次々と課題をクリアしてる感じ、しません?

──しますします!

勝又七段:
 ちょっとこうなってしまうと、手を付けられない。棋聖戦が始まる前と比べても、また強くなってるんじゃないですか?

──どうすれば勝てるんでしょう……?

勝又七段:
 ただ一方で、AIはもっと強くなってる。それを使った研究も進歩してるから、研究で負かされるということもあり得る。

──頭角を現してきたことで、狙い撃ちされると。みんなとっておきの研究を出してくるでしょうしね。

勝又七段:
 みんなが研究して、それ(藤井)専用の研究をぶつけてくる。間違いなくそうするでしょう。

──タイトルを取ったことで予選を免除されて、今後はトップの固定された面々との対局が増えると思うのですが、予選から上がってくる棋士に後れを取ることもあり得ると?

勝又七段:
 あるでしょう。実際、大橋貴洸六段の横歩取りを苦手にしてる。横歩取りのスペシャリストと当たった時とか、角換わりのスペシャリストを後手番で迎え撃つ時とか……。

──一手損角換わりのスペシャリストもすごかったですよね!

勝又七段:
 あれは丸山忠久九段の超名局! でも、あれ(竜王戦決勝トーナメント)でまた藤井二冠は強くなっちゃいましたよね。あれで持ち時間が足らずに苦しんだからこそ、王位戦第4局で1時間残すという、とても人間とは思えないようなことをやったわけだから。

──勝又先生は観戦記でも、豊島先生・渡辺先生・羽生先生のどなたと比べても「異常ともいえる卓越した終盤力は、これまでの天才棋士とは明らかに違う」と書いておられます。藤井先生は比較の対象すらいない、ということなのでしょうか?

勝又七段:
 実際、あそこまで終盤が正確な棋士っていましたかね? 強いとかそういうレベルじゃない。異常というレベルです。だから棋士と比較するよりも……天才数学者とか、そういう人と比べるべきなんじゃないかな。

──比較の対象すら将棋界を超えるレベルの才能なんですね……。


「羽生善治は作れる」

 かつてそう語った森下卓は、羽生と同じ道場出身の弟子を取った。

 その弟子の名は増田康宏。藤井が29連勝という新記録を懸けて戦った相手である。

 結果は、藤井が勝って新記録を達成した。

 その対局を控室で最後まで見守っていた森下は、勝又にこう語ったという。

「彼は天才です。弟子はよく頑張りました」

 

「藤井聡太は作れるのか?」

 羽生善治を作ることができなかったように、藤井聡太も作ることなどできないだろう。

 そして藤井の才能が今までの誰とも異なるものであるのなら……藤井が描く未来もまた、誰も見たことのないものになるはずだ。

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