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人間にうまく負けるためのゲームAIはいかに開発されているのか。将棋、囲碁、麻雀などの定番系ゲームを手掛ける開発会社に聞いてみた

ニコニコニュース / 2020年12月17日 11時0分

 どんどん強くなる将棋AI。
 あの藤井聡太二冠ですら「ソフトと対戦することはありません」と発言し、人類VSコンピューターという構図は過去のものとなった観があります。

 ですが一方で、人間と戦い、そして負けることを目的とした将棋AIもあります。
 それはゲームソフトとしての将棋AIです。

 弱すぎてもダメだし、強すぎてもクリアできないから面白くない……そんなユーザーの要望に応え、家庭用ゲームソフトとしての将棋AIを20年以上作り続けている会社が、なんと岐阜にありました。私の実家から車で40分くらいの場所に……。

 『超速3七銀戦法』で升田幸三賞を受賞したプロ棋士の星野良生五段を正社員として登用した会社と言えば、ピンとくる方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 しかもその会社は……12月17日に発売となる『りゅうおうのおしごと!』のゲームにも将棋エンジンを提供してくれているというではありませんか! これは話を聞くしかない!

 そんなわけで今回は、株式会社シルバースタージャパンさん(以下SSJ)の山本成辰社長にインタビュー!

 将棋だけではなく、囲碁、麻雀、ポーカーなどなど『定番系』といわれるゲームを幅広く扱うSSJさんからうかがった話は、どれも衝撃的でした。

『発売初月よりその後のほうが売れる!?』
『藤井ブームで囲碁ソフトが売れた!?』
『一発ネタで出した将棋ゲームがなぜかeスポーツに!?』

 超ニッチな定番系ゲームの世界で何が起こっているのか!? そもそも将棋ゲームって儲かるのか!? 約2万字のロングインタビューで語っていただきました。

取材・文/白鳥士郎

定番系、とは?

──本日はよろしくお願いします! 実は以前、別件でお打ち合わせさせていただいた際にうかがったお話が非常に面白かったので、こうして記事にさせていただけるタイミングを探っていました。

山本:
 こちらこそお願いします。

──あの、しょっぱなから恐縮なんですが……将棋のゲームソフトって儲かるものなんですか!?

山本:
 そ、そう……ですねぇ。うちはいわゆる『定番系』のソフトを扱っていまして。

──定番系?

山本:
 将棋だけではなく、囲碁、チェス、麻雀、リバーシ、ポーカー、花札等々ですね。そういった定番の中では、将棋ゲームというのは1~2番目のシェアを持っています。

──その定番系といわれるソフトを買われる方々は、かなり多いんですか?

山本:
 正直、多いとは言えないです。定番系という言葉のゆえんがですね、『一定数のファン層が必ずいる』という意味合いになります。

──ほうほう。

山本:
 なので将棋のゲームソフトは、発売すればその層の方が必ず買ってくださるというような感じのソフトになります。

──要するに、発売さえすれば一定の売り上げが見込めるということでしょうか?

山本:
 そうですね。他の大きなゲームのように、たとえばミリオンセラーとかそういう売れ方をする市場ではないんですが……一定の数は買っていただけるので『損をしにくい市場』といえるかと思います。

──たとえば、任天堂さんが新しいハードを作るとしたら、『じゃあ定番系はSSJさんに作っていただいて……』となるわけでしょうか?

山本:
 おかげさまで会社設立からもう24年目になり、将棋ソフトだけでも20年以上やってる関係でですね、そういうお話はあります。

 うちがSSJ製のソフトとして発売している商品の他に、他社さんからのご依頼で作ったりするソフトもありまして。コンシューマー機に関しては、将棋ゲーム全体の8~9割方はうちが作っております。

──じゃあ、新しいハードが出るたびに必ず儲けが出るシステムなんですね!

山本:
 100パーセントというわけではないんですが、その可能性が高いと……でも、儲かるというよりは『損をしない』という表現のほうが正しいと思います(苦笑)。

──最近もPS5とか出ましたし、お忙しいんじゃないですか?

山本:
 いやいや。ただ、昨今の将棋ブームほど……いわゆる『藤井ブーム』ほど、いろんな会社さんからソフトの開発を依頼されたことはないですね。

──うちの作品(『りゅうおうのおしごと!』)もお世話になってしまって……。

山本:
 ふふふ。

──やっぱり藤井ブームは大きかったですか?

山本:
 そうですね。20年の中で、これだけ空前の将棋ブームだと思ったのは初めてです。

──既に発売していた銀星将棋の売り上げも増えたんですか?

山本:
 はい。これも定番系の特徴なんですが……極端に上がったわけではないんですが普段の売り上げよりは上がってますね。

──最近はダウンロード販売もありますよね? そこも伸びてますか?

山本:
 昔と比べると、そうですね。将棋ソフトはどちらかというとパッケージで買われる方が多かったんですが。

──定番系のソフトの中で、売り上げ的に最も大きいのはどれになるんでしょう? 将棋、囲碁、チェス、ポーカー、リバーシ、大富豪……。

山本:
 会社さんによって違うと思うんですけど、うちの場合は囲碁ですね。

──囲碁が! そうなんですね。私も実は、スーパーファミコンで囲碁のソフトを買ったりしてました。『ゴライアス』とか。将棋は買ってなかったんですけど(笑)。

藤井ブームで囲碁ソフトが売れた!?

──パッケージ版を発売してから、動きがある期間(売れ続ける期間)っていうのは、どのくらいになるんでしょう?

山本:
 一般的なゲームは、発売初月での売り上げがほとんどなんですが……。

──そんなもんですよね。書籍の世界でも発売後2週間が目安です。

山本:
 初月がダメなら失敗、という感じなんですが、でも将棋ゲームはその後が重要なんです。ちゃんとしたものを作れば、その噂を聞いて買っていただけると。だから長く売れ続けるという特徴があります。

──そうなんですか!?

山本:
 ですのでプラットフォームのローンチに合わせて発売するようにして、少しでも長く売り続けるのが大事だと思います。

──販売期間が長ければ長いほどいいんですね! それは……たとえばおじいちゃんとかが評判を聞きつけて、プラットフォームごと買ってくれたりすると?

山本:
 そういうこともあるかもしれませんし、『将棋ソフトには当たり外れがあるから、評判を聞いてから買おう』という方が多いのかもしれません。

──藤井ブームの前後で、購入層の変化なんかはありましたか?

山本:
 そうですねぇ……将棋ソフトの売り上げは、うちの場合だとせいぜい10~15%くらいの伸びでしたけど、やはり多かったのは『うちも将棋のゲームを出したい!』という引き合いがものすごく増えたことですね。あとは……。

──あとは?

山本:
 囲碁ソフトの売り上げが伸びました。

──え!?

山本:
 将棋ブームが来たら『将棋はわかんないけど、囲碁はわかるから久々にやってみるか』と。特に『ヒカルの碁』を小学生の頃に読んでた人たちがいま30代なので、その人たちが『もう一度やってみるか!』と。

──もともと売れてる囲碁ソフトが、さらに売れてしまった! じゃあ今回の藤井ブームで将棋を覚えた子供たちが、20年後くらいに囲碁ブームが来たら『将棋ソフトでも買ってみるか』となるかも?

山本:
 ああ、そうですね(笑)。

──ボードゲームを両輪でやっていくのは、そういう面でも強みがあるんですねぇ……。

山本:
 ルールが不変だと、そういうことも起こり得ますね。

石の心がわかってない!?

──しかし20年で一番の将棋ブームが来たとなると……やっぱりかなり稼いでおられるんじゃないですか? 東京にも営業所をお持ちで、しかも新たに名古屋にもオフィスができたってご連絡いただきましたし。

山本:
 いえいえ。他社の方からも『儲かってるんだろ?』みたいなことを聞かれるんですが、先ほどお話しさせていただいたとおり『損をしにくい』タイトルなので。それを20年以上続けてきて、それが少しずつ少しずつ積み重なってきた……という。

──ソフト開発の技術力もさることながら、販売のノウハウだとか販路だとか、そういうものが積み重なってきたと?

山本:
 ええ。少しずつ利益が積み重なってきて、貯蓄が貯まってきたと。

──『よいゲームを作れば長く売れる』ということは、裏を返せば『よいゲームを作らなければ全く売れない』ということだと思うんです。

山本:
 そうですね。

──そしてゲームソフトとして成立するためには、やっぱり人間が攻略可能でないといけないと思うんですが……その辺りは、どのような工夫をなさっておられるのでしょうか?

山本:
 ゲームってやっぱり、達成感が大事だと思うんですね。簡単にクリアできてしまっても面白くないですし、いくら頑張ってもクリアできないというのも……まあ昔のゲームはそんなのもありましたが(笑)。

──いっぱいありましたね(笑)。

山本:
 あの時代はあれでよしとされてたので(笑)。でも最近は、クリアできないゲームというのはよろしくないという風潮なので。それは将棋というゲームでも同じと考えていて。

──はい。

山本:
 たとえばリアルの将棋でも、上手(うわて。段位が上)の人がバカにしたような手を指すと、やられるほうは腹が立つじゃないですか。

──あれイラッとしますよね! わざと手を抜かれると、負かされるより腹が立ちます。

山本:
 そうなんです。明らかに『俺のことバカにしてんのか!?』くらいの手を指されると腹が立つんですが……AIも読みを浅くすると弱くなるんですけど、そうすると王将を右にやったり左にやったりと、バカにしたような手を指すようになるんです。

──玉の反復横跳び! ありますねぇ。ゲームではけっこう見る印象です。

山本:
 そうすると、遊んでくださってるお客さまも『面白くない』となってしまう。

──そうならないために、どんな工夫を?

山本:
 なので、うちの会社では、昔の将棋エンジンを大切にしています。

──弱かった頃の将棋AIを? ……あっ! そうか!! それだったら『弱いけど必死にやってる姿勢』を表現できるんですね!?

山本:
 そうそう! そうですそうです。それだと悪手を指すにしても、手を抜いてるわけじゃない。当時の技術力で一生懸命考えてる結果なわけですから。いい手も指すけど、たまにとんでもない手も指すと。

──あぁー……なるほど。そこが絶妙なゲームバランスになってるんですね。それは確かに今の技術ではむしろ再現が難しいのかも……。

山本:
 そういう昔からのエンジンを取っておいて、弱いソフトにはそれを入れたりだとか。あとは、最近はもうAIが強くなってきたので、形勢判断が非常に正確にできるようになりました。だからその形勢を見て、優勢になりすぎたら途中で少し形勢を損ねさせるとか。

──銀星将棋は、自分が指した将棋の解析をしてくれるんですよね。あと、駒落ちモードもありますが、そちらはどうでしょう?

山本:
 駒落ちはですねぇ……昔は駒落ちの定跡を採用したこともありましたが、今はAIにそのまま考えさせています。だから人間ほど(指し手に)差が付かないかもしれませんね。お客さまから要望があれば、駒落ち用の定跡を搭載することも可能なんですが……。

──お客さんからのレスポンスというのは、けっこう来るんですか?

山本:
 ありがたいことに、ちゃんと葉書でいただくことが多くて。

──やっぱり! 達筆のお葉書がたくさん来るイメージです。どんなご意見が多いんですか?

山本:
 昔はお厳しい言葉もありました。『こんな弱いもの売るな』とか。将棋だったら『将棋がわかってない』と。囲碁だと『石の心がわかってない』とか……。

──石の心が!?

山本:
 コンピューターですから石の心はわからないです(苦笑)。

──人間でも大多数はわからないですよ。石の心は……。

山本:
 そういうのもあったんですが、最近だともうそんな意見はなくて。どちらかというと感謝のお手紙をいただくことのほうが多いです。

──やはりそれは、強くなったというだけではなくて、温かみのあるソフトになっているからというか……石の心がわかりはじめたから?

山本:
 石の心がわかったかまではわかりませんが(苦笑)、やっぱり……囲碁将棋が好きな方って、自分が強くなりたいという方が多いので。『教えてもらえる』ということを非常にありがたいと思ってくださっている方が多いですね。

──私なんかだと『人間には勝てないから弱いソフトをボコボコにしてやろう!』みたいな感じでプレーすることもあるんですけど……。

山本:
 うちは廉価版で弱いソフトも販売しているんですが、そちらを買われる方は、そういう傾向がありますね。

──あっ(安心)。

コラボしても売り上げは増えない!?

──コンシューマーで発売された将棋のソフトだと、たとえば『内藤九段将棋秘伝』に始まって『谷川将棋』とか『最強羽生将棋』とか、棋士の先生方とコラボした作品が多かった印象があります。最近だと、藤井聡太先生の……。

山本:
 ええ。ありますね。

──あれ、プレーされましたか?

山本:
 もちろんです。大変面白く遊ばせていただきました。あれは普段、将棋ゲームではなく普通のゲームを作っていらっしゃる方々が出されたものなので、新鮮に感じました。

──ルールを憶えたりする部分が充実していましたよね。あとは藤井先生の声とか立ち絵とかがふんだんに使われてて……『ギャルゲーみたいだ』と話題になったり(笑)。

山本:
 話題性もあって、よく売れているとうかがっています。プロモーションにも力を入れておられましたし、開発費も相当なものだったと思うんですが……将棋ゲームの市場規模を肌身に感じてる者からすると、かなりの冒険だったんじゃないかなと。

──藤井先生が活躍することで売り上げもアップするとか、そういうこともあるんでしょうか?

山本:
 どうでしょう? 昔から棋士とコラボしたタイトルはありましたが、爆発的に売れたという話は聞きません。たとえば羽生先生が本気になって開発に取り組むとかそういうことなら話は別なんでしょうけど……。

──二極化してましたよね。パッケージに棋士の写真があるソフトか、将棋駒の写真に毛筆で『○○将棋』って書いてあるだけみたいな……そういえばSSJさんはストイックというか、コラボは少ないですよね? 銀星将棋もキャラクターみたいなのは出てきませんし。

山本:
 うちがそんなに開発にお金を掛けられないというのもあるんですけど(笑)。たとえば『ハチワンダイバー』とコラボしてみたりとか、かわいい二次元の女性を使ってみたりとか、何回かやってみたことはあるんです。

──ほほう。どうでしたか?

山本:
 結果的に、銀星将棋と売り上げがあんま変わらなかったんですよね。

──ええ!? ハチワンダイバーのゲームって、けっこうプロモーションもしてましたよね? 藤田綾女流二段がメイドのコスプレして原作者の柴田ヨクサル先生と対局したり……。

山本:
 売れなかったわけではないんです。ただ、そうしたからといって倍売れるとか、そういうこともなくてですね。『将棋ファンの方ってそういうものなんだな』と。

──ストイックなんですかね? とにかく将棋エンジンの出来がよければそれでいいと。

山本:
 うちのソフトの場合はそうだ、ということなのかもしれないですけど。だから今回、エンターグラムさんが出される『りゅうおうのおしごと!』のゲームも、どれくらい売れるのかは非常に私も興味がありまして。

──私もあります(笑)。

山本:
 うちから出したら難しいと思うんですけど、エンターグラムさんはアニメゲームが中心で、そこにうちの将棋エンジンを使っていただいたわけで。それがどうなるかは本当に楽しみです!

──最近発売なさった『香川愛生とふたりで将棋』は、御社としては珍しく棋士の先生とコラボされたものだと思うんですが、そちらはいかがでしたでしょう?

山本:
 今はまだPC版のみの発売なんですけど……実は、PCでの将棋ソフトの売り上げというのは、そもそも市場として良くなくてですね。そういう状況の中ではよく売れていると思います。

変化するAIの役割

──PC版の売り上げが伸びないということは、やはり無料の将棋ソフトがいっぱいあるからなんでしょうか?

山本:
 うーん……多分そうだとは思うんですけども、無料のソフトって動かすまでが大変で。それを自力で解決できる方にとっては、無料のほうがいいんでしょうね。

──ただ、強すぎるというのはあると思うんです。対戦するにはもう人間とは比較にならないくらい。

山本:
 はい。

──少し前までは、人間とAIを戦わせるというのが大きなテーマでした。それこそドワンゴの主催していた電王戦なんか、まさにそれで一時代を築いたわけですが……そういうのはどうご覧になっていましたか?

山本:
 AIを開発なさる方にとっては、それが研究成果を世間に対してわかりやすく表現する方法だったわけですから、そういうことをなさるのは当然だろうと思いますが……。

──はい。

山本:
 ただ……私は、商売で将棋のゲームソフトを販売しています。人間に販売する以上、やっぱりAIというのは、人間の役に立ってナンボだという考えがあるので。人間の生活の役に立つためにAIが研究されるべきだと思っています。

──私が以前お話をうかがった将棋ソフト開発者の方々も、既に対人という面ではなく、これからはいかに人間の役に立つかを考えていくべきだとおっしゃってました。

山本:
 そういう意味では、AIが人間を負かして、それを喜んでいるというのは……正直、胸が痛みましたですね。将棋の棋士が涙を流したり、囲碁の小学生のプロが……。

──10歳でプロとなった囲碁の仲邑菫先生が、囲碁AIと公開対局して敗れたことですね。対局後に「強かった」とだけ語って、あとは無言だったと……もちろん開発者の方が悪いわけではありませんが……。

山本:
 『何であんなことするんだろうな?』とは思っていたんですけど。ただ、それが今度はプロ棋士が強くなったAIを研究に使って、藤井二冠のような天才が出てきたり、AIの産み出したとされる新手筋が出てきたりして、将棋のレベルが全体的に向上しているようなところを見ると、本来のAIの姿になっているんだなと。そこはよかったなと思います。

──でも強い将棋ソフトを作ってる方々にお話をうかがうと、『人間を強くするために作ってるわけじゃない』とおっしゃるんですよ(笑)。

山本:
 ははは!

──その点、御社はゲームをプレーすることで『将棋を学んで強くなる』というところにコンセプトを置いておられると思うんですが……その『学び』という部分についてはどんな工夫をなさっておられるんでしょうか?

山本:
 人間とAIでは思考の方法が違うので、参考にするというのは難しいとは思います。ただ、うちの場合は、人間の指した将棋にアドバイスできるようなソフトにしたいと考えて、その部分の研究を一生懸命やっているところです。

──そこをもう少し具体的に教えていただけますか?

山本:
 いま一番やりたくて、研究してて、それでもなかなかできないのは……直接何かしら文章なり言葉なりでアドバイスできないかなと。

──AIの思考を言語化して、人間に伝えやすくするということでしょうか?

山本:
 そうですそうです。お客さまからも聞かれるんです。『いい手を指摘してくれるのはありがたいんだけど、なぜその手がいい手なのかも説明して欲しい』と。

──そういう技術は、やっぱり難しいんでしょうか?

山本:
 人間とは思考の仕方がちがうので、それを上手く言葉にできるかは……しかもそれを言葉にしても、人間が理解できるかはまた別の話で。

──やっぱり難しいんですね……。

山本:
 昔はよくお客さまと電話でお話しした際にも、話がいつまでたっても平行線でわかりあえないということがありまして。

──え!? お客さんから『このソフトのこういう部分がおかしい!』って電話がかかってくるんですか?

山本:
 そうですね。はい。

──『この定跡を使ったらソフトはこんな手を指してきたけど、それは絶対おかしい!』みたいな電話が?

山本:
 そうですそうです!『どう考えてもおかしい』と。それで『コンピューターはこういう思考をした結果、この手を指したんです』とお伝えしても『それはおかしい』と。

──そういう電話を掛けてくるのもアレですけど、その電話にそこまで丁寧に対応するというのも(笑)。

山本:
 サポート窓口がありまして、そこで対応しきれない場合は技術者に替わってと……。

──サポート窓口ってそこまでしてくれるんですか……。

山本:
 どうしても、どぉぉぉぉうしても! 納得いかないということだと。過去にはそういうことも……。

──人間同士が話しても伝わらないんですから、人間とAIの対話が成立するのはまだまだ難しそうですね(笑)。

プラットフォームごとに段位の強さが違う!?

──しかしそういうお話をうかがっていると、なぜSSJさんがプロ棋士を正社員として登用なさったかというところにも繋がってくると思うのですが。やはりそれは、言語化といった部分を期待して?

山本:
 今までも、エンジンの開発には有段者の方とかプロの先生にアドバイスをいただいたりはしていたんです。しかし直接開発に携わっていただいたということまでは、やったことがなくて。

──はい。

山本:
 現在はAIもプロ棋士と同等以上に強くなりました。そうなると、さっきの平行線の部分でも、もう少しお互いに歩み寄れる余地ができてきたんじゃないかなと思いまして。

──星野先生はどこまで開発に関わっていらっしゃるんですか?

山本:
 今のところは、エンジンの深い部分まで関わっていただいているわけではありません。アドバイスをいただいたり、詰将棋の問題を作っていただいたり、将棋教室のコーナーを作っていただいたり……あとはご本人の希望で、『将棋より麻雀のほうがいい』と(笑)。

──麻雀ソフトも定番系ですもんね(笑)。

山本:
 うち自身が、もう今よりも将棋AIを強くしようという発想がないんです。どちらかというと、プラットフォームごとにエンジンを一番強くする調整ですね。

──ほほう? 詳しく教えていただけますか?

山本:
 今は強くしようとすると、パソコンの性能を目一杯上げて、その中でどのくらい強くなるかをやるんですけど……。

──フラッドゲートの上位がスレッドリッパー3990Xで埋まるみたいな感じですよね。

山本:
 コンシューマー機で新しいものが出ると、そのプラットフォームの中で、エンジンが一番強くできるように調整するんです。そこに力を入れています。

──確かに今のコンシューマー機は画像処理に力を入れていて、CPUって感じじゃないですもんね。そういう環境でも力を発揮できるようにしないといけないと。

山本:
 まさにそうです。

──けど、コンシューマー機ごとに性能が全然違うわけじゃないですか。それなのに棋力を揃えるのって、大変なんじゃないんですか?

山本:
 ゲームの中で『四段』と書いてあっても、プラットフォームによって同じ四段でも強さが違います。

──え!?

山本:
 それ、聞かれることがあるんですけど……そういう場合は『リアルの将棋も道場によって段位の認定は違うでしょ』と(笑)。

──確かに確かに! やたら厳しい道場とかあります。

山本:
 アマ四段の免状を持ってる人の棋力がみんな同じだったんなら、うちも揃えないといけなくなりますけど(笑)。


Bonanzaショックを目の当たりにして

──先ほど『もうこれ以上強くすることは考えていない』というご発言がありました。ですが以前は世界コンピュータ将棋選手権に出場されて、しかも上位に入っておられましたよね? あのBonanzaが1位になったときは、3位に入賞しておられましたし。

山本:
 そうですね。はい。

──当時は、森田さん、柿木さん、YSSの山下さんといった、現在でも将棋界に大きな影響を与え続けておられる方々が第一線で活躍しておられて。山下さんやBonanzaの保木さんと技術的な面でお話をなさったりは?

山本:
 しましたね。山下さんはもう、大先輩なので。あの頃は大会にプロ棋士の勝又先生が毎回来てくださっていて。

──東京の将棋会館でやってた頃ですよね?

山本:
 そうです。勝又先生から『こんな手を指すようじゃまだまだだね』って言われてた時代ですから。でも途中から『もう僕じゃ解説できない』って……。

──ふふふ。1997年に岐阜で起業なさった時からもう、将棋ソフトを作って会社を大きくしていこうとお考えだったんですか?

山本:
 いえ。ええっと……最初は、将棋ソフトは開発していなかったです。ゲームソフトを作りたいと思って起業したのは確かなんですけど、すぐにはそれで飯は食えない状態だったので。受注で仕事を請けていて。それでお金を貯めて、最初は囲碁のゲームから始めました。

──囲碁からだったんですね。そこで培った技術を、将棋にも活かしていこうと?

山本:
 そうですね。その頃もコンピューター囲碁選手権っていうのがあって、そこに山下さんが出てたんですよ。最初私、山下さんのこと知らなくて……囲碁のプログラマーだと思ってたんです(笑)。

──ははははは!

山本:
 そしたら『将棋選手権ってのもあるから、将棋も作ったら?』って会場で言われて。山下さんが『作ってるよ』と。『あ、そうなの?』って(笑)。

──山下さんたちとは、当時どんなことを話しておられましたか?

山本:
 私自身はプログラマーではないんで、難しいことまでは話はできなかったんですけど。でも逆に、基本的なところから教えていただくことができました。探索をどういう考え方でやっているのかとか、枝切りの方法をどうやっているのかとか……YSSのプログラムのログを見せていただきながら教えていただきましたね。

──Bonanzaが出てきたときは、どうでしたか?

山本:
 驚きましたねぇ! 初めて保木さんとお会いして……あの、保木さんご自身がちょっと変わった方というか……開発者の方はみんな変わった方なんですけど(笑)。

──ふふふ。

山本:
 それから『いまアメリカにいて大会に出られないから代わりに出て』と言われて。

──そうだったんですか!?

山本:
 それで代理操作の申請を出して。当時マグノリアの社長だった広沢一郎さん……いま名古屋の副市長をやってらっしゃる方ですけど、あの方が代理でやって。

──ほうほう。

山本:
 で、それが異常に強いんですね。どのソフトも負けちゃうんで保木さんに話を聞いたら……『いやぁぼくちょっと将棋よくわかんないんで』って。ええ!? どういうこと!? って(笑)。

──ははは! でも、そこが衝撃的だったんですよね?

山本:
 『チェスのアルゴリズムの論文があって、それが応用できるんじゃないかと思って作ってみたら、どうやら強いらしいと。でも強いか弱いかも、ぼく見ててもわからないから』って……当時は山下さんとか柿木さんとかって、自分の棋力や考え方をいかにプログラムに反映させるかっていう思想なんです。だから開発者の棋力を超えることがなかったんですね。

──はい。

山本:
 それが、将棋をよく知らない人が作ったソフトが、将棋の強い人が作ったソフトよりも強くなっちゃったわけで……みんながBonanzaショックを受けていたのを目の当たりにしましたね。

──そのショックを実際に目の当たりにされて、どう思われましたか?『これは商売になる!』とか、会社をしておられたらそういう考えも自然かと思うんですが……。

山本:
 もちろん、強いソフトが出てきたので『これをお客さまに提供したら喜んでいただける!』と思ってすぐに商品化の話はしたんですけど……それ以前に保木さんがバンバン無料で……。

──出しちゃったんですよね(笑)。

山本:
 アルゴリズムも公開しちゃうし、もうそれこそソースもいいよ使っていいよって感じで(笑)。あの方は生粋の研究者で、研究した成果はみなさんでどうぞ使ってくださいというスタンスでした。それによって急激に将棋AIが強くなりましたね。

──そこから爆発的に強くなっていったと思うんですが、山本社長が『もうこれ以上AIが強くならなくてもいいな』と思ったタイミングというのは、いつ頃なんでしょうか?

山本:
 私が思ったタイミングは、プロ棋士に迫った時ですね。

──渡辺先生がBonanzaと対局して、勝ちはしたけど冷や汗をかいたという頃?

山本:
 Bonanzaがプロと公開の場で対局をし始めた頃から、そこにあんまり参加したくないというふうに思いました。

──なぜ、そこに参加したくないと思われたんでしょう? その後の将棋AIブームに乗って、それこそドワンゴの興行にも参加すれば会社の宣伝にもなったかもしれないのに……。

山本:
 それは多分……AIがプロ棋士に勝てるかもしれないってなった時に、大多数の将棋ファンが『プロに勝って欲しい!』と思ったのと同じなんじゃないでしょうか。プロがソフトに負けるところは見たくないと思った人が大半だったですから。

──開発者側の方でそう思われた方というのは、意外と多かったんでしょうか?

山本:
 いえ、開発者はAIに勝って欲しいと思っていたんじゃないでしょうか。でも私は将棋ファンとして、人間に頑張って欲しいという立場でした。

──コンシューマー用のゲームソフトとして、将棋ゲームや囲碁ゲームが成立しなくなってしまうという恐怖みたいなものはありましたか?

山本:
 それもありましたね。プロでも勝てないようなソフトが出て、それがBonanzaみたいに無料で配布されたら、市場としてはそれで終わるだろうなと思っていました。ただそれを阻止しようとかは思いませんでした。

──逆に今、将棋ブームが来ちゃったのは予想外でしたか?

山本:
 そうですね(笑)。ソフトに将棋を教えてもらうっていう形で将棋ブームが来るとは思わなかったので。そういう、将棋ファンのソフトに対する受け止め方の変化というのもあって、今は『AIが教えてくれる』という部分に力を入れて開発をしています。

──時代の先を行くよりも、時代に合わせてという発想なんですね。

山本:
 ITに関わってる人はみんな経験があると思うんですけど……予想しても予想通りにはいかないので(苦笑)。

──ふふふ。

山本:
 『こんなふうになるとは思わなかった』というのが合い言葉ですから(笑)。

将棋ゲームがeスポーツになっちゃった!?

──『こんなふうになるとは思わなかった』ということでいくと……やっぱり『リアルタイムバトル将棋(以下、RTB将棋)』ですよ! 将棋ってターン制ゲームの代名詞じゃないですか? それをリアルタイムで戦わせるなんて、どうしてそんな無茶なゲームを作っちゃったんです?

山本:
 あれはですね、正直に申し上げると……将棋ブームが来て、将棋ソフトをいっぱい作って、将棋ソフト開発の依頼もいっぱい来て……という中で、白鳥先生ならご存知と思うんですが『おねだり将棋』なんてものまで出して。

──コスプレイヤーさんに将棋を『教える』という、新しいコンセプトのゲームですよね。教えてあげるとエッ……な写真や動画が見られるという(笑)。

山本:
 『もうこれ以上、将棋で作るものがない!』ってなっちゃったんです。そこで一発ネタみたいなつもりで考えて出したのが、RTB将棋です。あんまマスコミ向けに言う話じゃないんですが(笑)。

──おねだり将棋と同じ、一発ネタだったんですか!?

山本:
 一発ネタではありますが、いろいろ考えてはいます。あの……将棋って早く指しても30分くらいかかるので、プレー時間が長いんですよ。

──確かにそうですね。今のスマホゲームだと、電車一駅分くらいでワンプレーが終わるのが理想……みたいな話を聞いたことがあります。長くて3分とか。

山本:
 だから短い時間で勝負が付くほうが、若い方には受けるだろうと。そうしたら将棋をやってくれるんじゃないかと思って作ってみたんです。

──ちゃんと考えてて安心しました(笑)。で、若者には刺さったんですか?

山本:
 販売してみたら、eスポーツ業界の方々に非常に受けまして。『これはeスポーツだ!』と言っていただいて、有志の方々に大会を開いていただいたり……。

──若者向けの将棋ゲームのつもりで出したら、eスポーツと受け取られてしまったでござると。それは予測できませんわ。

山本:
 だからうちが後を追うような形で『これはeスポーツです!』と(笑)。

──乗っかったんですね(笑)。

山本:
 さらにeスポーツのブームと将棋のブームが相まって。さらにさらに、高校にeスポーツ部ができて、国体の種目にするんだという話になった時に、あの……いろんな高校さんのところで、PTAさんが反対されるという──。

──あぁー……なるほど! 暴力描写があるゲームは、PTAが反対するんですね! でも将棋なら……。

山本:
 撃ち殺すとか殴り倒すとか、そういう部分に非常に抵抗があるということが多くて。でもRTB将棋は、見た目はまるっきり将棋なので、PTAの受けがよかったんです。

──他のゲーム会社なら足枷になってしまいかねない部分が、御社にとってはプラスに働いたというのは、面白いですね。

山本:
 それで引き合いが多くなったので、だったら早く公認タイトルにしていただいて、『これはJeSU(ジェス。一般社団法人日本eスポーツ連合)が認める公認タイトルなので、国体種目になる可能性がありますよ』っていう話をさせていただいたほうがいいだろうと。だからJeSUに入会したという経緯です。

──JeSUのホームページ見ると、御社が小学館とスクエニの間に入ってますね! これで公認タイトルになると……たとえば学校さんに納品するとか、そういう販路も拓けてくると?

山本:
 すでにそういったお話も出ていて、いろんなところで進んでいるという状況です。

──ライトノベルの業界でも、学校の図書室にセットで販売しましょうというのがあるんですよ。『りゅうおうのおしごと!』は将棋が題材なので売り込みやすいみたいで、そういう販路が意外と大きな数字になるんだと聞いたことがあります。

将棋が強くないとRTB将棋も強くなれない!?

──eスポーツとしてのRTB将棋は、今どんな感じなんですか?

山本:
 RTB将棋を出して、最初の頃はワーッと人が集まってたんですけど、時間がたつにつれて続ける人とやめる人が出てきて。やめる理由というのが『勝てないと面白くない』と。

──まあ、そこは仕方がない部分なのでは?

山本:
 でも他のゲームを見ていると、対戦以外でも楽しみがあると継続をするという。それがゲームというものの特徴なので、対局以外の部分でも楽しみが出るようにと、キャラクターを付けたりとか。そういう部分をいま少しずつ加えていっているところです。

──RTB将棋はキャラも、声も、ストーリーも付いていて。普通のゲーム……というか、将棋を知らない普通の子が普通に楽しむ一般的な意味での『テレビゲーム』になっていますよね。

山本:
 今までうちが、将棋をやる人向けに作って来たのが、今度は逆に将棋を知らない人向けに作ったタイトルになるので。そういう意味では勝手が違う開発にはなっています(笑)。

──そこも伸ばしていこうという?

山本:
 でも実はRTB将棋って、やり込んでいくと……『将棋の棋力がないと、やっぱり勝てない!』っていうことになるみたいなんです。

──ほう?

山本:
 今のランキングのトップは、ぷよぷよのプロの方なんですけど。でもアマ四段くらいの棋力があるんです。ゲームも将棋も強い人がトップに来る。

──両方のスキルが必要になるんですか! 確かにやってみた感じだと、駒の利きを瞬間的に掴めたり、囲いの善し悪しを感覚的に判断できたほうが有利な感じは受けましたが……。

山本:
 だからRTB将棋から、将棋の勉強を始めると。そういう流れもできています。

──へぇぇ! そういう流れになるのは珍しいですよね? じゃあeスポーツとして採用されたら、将来的には将棋人口も増える可能性があるわけですか。

山本:
 『これは将棋の普及にもなる!』と。将棋連盟さんにもRTB将棋をお見せしたら、最初は『こんなもん将棋じゃないよ(笑)』みたいな態度だったのが、今のお話をすると『そういうことなら協力しましょう』と言っていただいて。

──棋士の先生方もイベントや出演番組等で取り上げてくださってますよね。

山本:
 アベマさんの番組でも遠山先生に解説していただいて。『棋士会でも協力しますから』とおっしゃっていただけたんです!

──御社は専門誌『将棋世界』でも広告をたくさん打っておられますし、将棋イベントの会場でも銀星将棋の試遊ブースがあったりと、将棋界との繋がりを大切にしておられると感じていました。そういった積み重ねもあって、信頼関係ができてるんですね。将棋界と一緒に大きくなっていこうと。

山本:
 RTB将棋が公認タイトルになると、プロを認定できるんです。プロだと高額な賞金を出すことができますから……あの、私としては、現在のプロ棋士の方々の賞金って、非常に低いと思っているんですね。

──ああ、公式戦の対局料とかが。

山本:
 年俸も、1億を超える方がいらっしゃらないような時もある。でも今は『eスポーツだったらぜひお金を出したい!』っていうスポンサーはたくさんいます。それで大きな賞金のかかった大会を開いて、そこに──。

──プロ棋士にも参戦してもらうと?

山本:
 ええ。そうしてRTB将棋のプロと、将棋のプロが同じ大会で盛り上げていくことで、たとえばRTB将棋をプレーした子どもさんたちが『将棋のプロを目指したい!』と思うようにもなるかもしれない。

──コロナの影響で、プロ棋士や女流棋士も軒並みイベントが消滅して大変な部分もあったと思うんですが、eスポーツならもともと在宅でやれますから、棋士にとっても新たな収入の柱になるかもしれません。

山本:
 うちはずっと囲碁将棋のゲームで発展させていただいた会社なので、ゲームを作ることで将棋界に貢献できたり、将棋が普及することでゲームの売り上げも上がるというような関係を築けることが理想ですね。

ゲーム『りゅうおうのおしごと!』について

──じゃあ、あの、ここいらでちょっとすみませんが……『りゅうおうのおしごと!』のゲームについても……。

山本:
 ははは。ええ。

──今回は将棋エンジンをご提供いただいたということなんですが、それはどんなものになりますか?

山本:
 特定の戦法を得意とする将棋エンジンを、キャラクターごとに使いたいというご依頼をいただきました。

──特定の戦法っていうと、たとえば角換わりが得意なエンジンだったり、振り飛車が得意なエンジンだったり?

山本:
 そうですね。『このキャラはこのくらいの棋力で、こういう戦法を指すようにしたいから、それに合ったエンジンを開発してください』と。

──すいません。それ言ったの私です(笑)。かなり細かい事を申し上げたんですが……しっかりご対応いただけて、とてもありがたいです。先手なら居飛車のこの戦法、後手なら振り飛車のこの戦法……みたいに、かなり細かく指定できるのはビックリしました!

山本:
 さらに局面を評価する機能に合わせて、キャラクターの表情を変化させたり声を出したりすれば、感情も表現できますと。そういったお話もさせていただきました。

──シャルちゃんを追い詰めて泣かせたり、逆に緩めてニコニコさせたりを永遠にやってられるなんて夢のようですね! ところで特定の戦法が得意っていうのは、それしかやってこないってことなんですか?

山本:
 これもよくお客さんからクレームが入るんですけど……たとえば『振り飛車が得意なソフトです!』と銘打って販売したら、『振り飛車やらないじゃねえか!』って言われることがよくあるんです。でもそれは、振り飛車をすると明らかに悪くなってしまう時にまで飛車は振らないので……。

──初手に金を上がるとかして待ち構えられてたら、そこに向かって飛車を振るようなことはしませんよねぇ。

山本:
 それに関して、お客さんの理解が足らない……みたいなことを言うと、もっと怒っちゃうんで(苦笑)。

──将棋業界あるあるですよね。『いやぁお強い!』とまず相手を持ち上げてからだと、クレーマーが熱心なお客さんになってくれたり(笑)。

山本:
 ははは。ええ。

──ハチワンダイバーの時はどうだったんですか?

山本:
 ハチワンダイバーはですねぇ、作中で使ってる棋譜がプロ棋士のものだったりと、非常に高度だったんです。当時のAIでは再現が難しいレベルでした。

──ヨクサル先生ご自身がかなりの棋力をお持ちですし、あそこまで棋譜にこだわった将棋漫画は珍しいですよね。ただそのこだわりを携帯ゲーム機で再現するとなると……。

山本:
 だから苦し紛れに達した結論が……対局の序盤はストーリー部分でバーッと飛ばして、中盤から……。

──指定局面から始めたわけですか! なるほど!

山本:
 プレーヤーは中盤から対局すると。ええ。しかも中盤から指しても間違えないような棋譜だけを選んでと……大変でした。

──あれってDSでしたよね? DSの処理能力ってどれくらいだったんですか?

山本:
 あれはねぇ……初段あるかないか、くらいですね。だから非常に大変でした。詰将棋は、3手詰だともう間違えるものも出てくるくらいでしたから。

──ちょっと将棋というより、パズルゲーム的なものになってしまったと。しかしそれでも銀星将棋の売り上げとさほど変わらなかった。うーん……どう分析すべきが、難しいですねぇ。

山本:
 私としては銀星将棋の購入層にハチワンダイバーのファンの方も上積みがあると計算してたんですけど(笑)。

これからの定番ゲーム

──今後、どのようなゲームを作っていこうと考えておられますか?

山本:
 RTB将棋が成功したので、じゃあ似たような方向でとRTB囲碁とかRTB麻雀とかやれないかと思って、実際にプレーもしてみたんですけど……これがなかなか。

──あ、もう実際にプレーしてみたんですか?

山本:
 麻雀セット持って来てやったりしたんですけど(笑)。でも昔からあるゲームってやっぱり、そこに行き着くまでにかなり練り込まれているので、ヘタに変えるとほとんど破綻してしまうんです。今回のRTB将棋は本当に偶然の産物のように思います。

──AIが人類よりも強くなってしまった他のゲーム……たとえばリバーシなどのソフトを出す際には、上手く負けるように工夫するのが大事なんでしょうか?

山本:
 リバーシ……オセロに関しては、いかに弱くするか、いかに負けるかで苦労しました。まともに作ると人間が勝てなくなってしまうので……初心者の方でも勝てるところから腕に覚えのある方がやってもいい勝負になるくらいのレベルのものしか作らないようにしています。

──今後、定番ゲームでこれがのびそう……っていうのあります?

山本:
 いやぁ……(深い溜息)……それがわかってれば……。

──麻雀がMリーグの影響で流行ってて、しかもスマホゲームなどでも人気のものが出てきているので、元気がある業界だなと思ってるんですけど。

山本:
 麻雀はずぅっと昔から人気があって……若い子で『麻雀知ってます』という子がいても、リアルの麻雀はやったことがないという。

──ゲームが普及しすぎて、人と打ったことがない。若くはないけど私もそうです(笑)。

山本:
 だから一緒に本物の麻雀やると、チョンボとか……。

──ゲームだと教えてくれますからね(笑)。

山本:
 そういう意味では時代が変わったし、そういう方々に向けた麻雀ゲームを作らなくちゃいけないんだろうなとは思います。

──海外だと、ネットカジノが盛り上がっていて、ポーカーなどでも実際に賭け金が移動するようなこともあると思うのですが……日本でもカジノ解禁の動きがありますが、そこにビジネスチャンスはありませんか?

山本:
 あっ! そうなんです。今後日本のカジノ政策が上手くいって、カジノが流行るだろうと思って開発を初めて、つい最近出したのが……。

──ポーカーの『テキサスホールデム』ですよね?

山本:
 『これが出るころにはもうオリンピックも終わって、次はカジノだと盛り上がってるはず……!』と思って出したら、コロナ(笑)。

──ははは! はぁ……。

山本:
 オリンピックはやるかわかんないし、カジノ誘致に至ってはもう……みたいな(笑)。

──開発期間、長いですもんね。

山本:
 そうですね……。

──ポーカーのAIって、今はどの程度強くなっているんでしょうか?

山本:
 テキサスホールデムのAIは、うちも張り切って開発したんですけど……これはもともとアーケードでバンダイナムコさんが出してる『ポーカースタジアム』というゲーム、あれのAIをうちが開発してて……。

──えっ!? それは言っていいやつなんですか!?

山本:
 言っていいやつです(笑)。エンジンを開発したことは言っていいんで。それで、テキサスホールデムのプロの方に指導していただきながら作ったんですけど……うちが囲碁将棋のゲームで考えてた以上に……何と言うか、その……プレーヤーに対して接待的なことをしなきゃいけないみたいで。

──接待的な……というのは、わざと負けろみたいな?

山本:
 いえ。『駆け引きをしろ』って。

──駆け引き?

山本:
 エンジン開発を始める際に言われたのが……ポーカーの棋力(?)を計るサイトがあるんですけど、そのアマ高段者以上にしてくれと。それで開発をして、そのレベルまで行ったんですけど、プロの方にやってもらったら……。

──何て言われたんです?

山本:
 『全然おもしろくない』と。

──え!? がんばって強くしたのに?

山本:
 負けると思ったらすぐ降りちゃうし、行けると思ったらすぐ倍賭けしてくるし。確率論的には強いのかもしれないけど、それだと面白くない。ポーカーは駆け引きが面白いゲームなんだと。

 だからブラフをかけるようにしたり……そういうのをやって、ようやく人間らしいプレーをするようになったんです。そうやって開発したのが、ポーカースタジアムに使われてるCPUのエンジンになりますね。

──評判はどうなんですか?

山本:
 ツイッターとかでたまに見てるんですけど、『コンピューターのくせにブラフかけてきやがって』とか『意外に強いな』と言っていただけてるんで、よかったなと。

──ポーカーのゲームは『人間に負けるAI』でないと成立しないジャンルだったんですね!

山本:
 将棋だったら、わざと悪手を指したら強い人にはすぐバレちゃうからダメなんです。でもポーカーの場合は、手札が悪いのにわざと勝負に出たりするのは、タイミングによってはそれが好手になったりすることもあって。そのあたりが将棋とは違うから、開発が難しかった部分ですね。

──あの……運の要素が絡んでて、しかもカードが伏せられているゲームというのは、プレーしてる側からすると『コンピューターは全部わかってるんじゃないの?』と思っちゃうんですけど……。

山本:
 麻雀の場合、難易度を高くしようとするとエンジンの造りが難しいんです。強くしようとしても、なかなか強くならない。だから性能を上げるよりは、そういう仕組みを使ったほうが早いというのは事実です。

 だからこそうちの銀星麻雀は『イカサマなしの真剣勝負』というのを売り文句とし販売させていただいています。

──麻雀ゲームの評判はいかがですか?

山本:
 けっこう強いね、と言っていただいてます。次に発売するものは、『この場合はこの牌を切るといいよ』みたいなことを教えてくれるようなものになります。確率も出して、理論的に教えてくれるような。

──やはりこれからのテーマは『いかに上手に人間に教えるか』という部分になってくるんですね。ありがとうございました。最後に、今後の目標などについて教えていただけますでしょうか?

山本:
 うちはずっと、対局ソフトを作ってきた会社です。コンピューター対人間ですね。人間対人間ではなく、コンピューターと人間。なので今後もそういうソフトを作っていきたいなと。ずっと囲碁将棋にお世話になってきたので、これからも可能な限り……囲碁将棋のゲームソフトというものが成立している限りは、やっていきたいなと思っていますね

──石の心がわかる……。

山本:
 石の心がわかるAIを求めて、ですね(笑)。


 いかがでしたでしょう?
 『石の心がわかってない』というユーザーからのクレームは、衝撃的でしたね……。

 では、強いソフトだったら『石の心をわかってる』ことになるんでしょうか?
 おそらく違うのでしょう。
 クレームは来なくなるかもしれませんが、きっと遊んでくれる人もいなくなってしまうんじゃないでしょうか。

 ポーカーのAIが象徴的でしたが、『強さ』と『面白さ』は全く別物だということを、今回のインタビューは教えてくれました。

 AIは今後も、どんどん強くなっていきます。これは間違いありません。
 しかし強くなれば自動的に面白くなるわけではありませんし、人間の役に立つわけではありません。
 そのための工夫が必要となります。

 ゲーム作りを通じて『人間がAIに対して何を求めているのか?』を探り続けてきたからこそ、最新の将棋AIに比べて遙かに弱いSSJさんの将棋エンジンは、多くの商品に搭載され……今後も多くの将棋ファンを産み出していくのでしょう。

 そして12月17日発売の将棋ゲーム『りゅうおうのおしごと!』も、AIとキャラクターを組み合わせて、楽しく将棋をしていただけるものになっています。よかったら遊んでみてくださいね!

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