1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. IT
  4. ネットトレンド

半年後に将棋の神様が現れるかもしれない話──最強将棋ソフト開発者が語る“ディープラーニング勢の台頭による将棋ソフトの進化”

ニコニコニュース / 2021年1月21日 11時30分

 藤井聡太二冠、誕生。

 2020年の将棋界は……いや日本全土が、この偉業に打ち震えました。

 藤井フィーバーはとどまるところを知らず、スポーツ雑誌である『Number』が初の将棋特集号を発行して出版不況を吹き飛ばす20万部を売り上げ、盤駒は生産が追いつかず、さらに将棋どころか囲碁のゲームソフトまで売れる【※】という事態を巻き起こしました。

 棋聖、王位と立て続けにタイトルを取った藤井二冠の次の標的は、前期も挑戦者決定戦まで進んで挑戦まであと一歩だった王将戦。
 将棋界最難関といわれる王将リーグといえども、今の藤井二冠を止める者は誰もいない……そんな予想はしかし、意外すぎる形で裏切られます。

 何と……トップ棋士が立て続けに、藤井二冠に対して振り飛車をぶつけ始めたのです!

 しかもそれは、普段はあまり振り飛車を指さない、居飛車党の棋士たちでした。
 結果的に、藤井二冠は王将戦の挑戦権を逃すどころか、リーグからも陥落……。

 もともと将棋ソフトは振り飛車を『不利な戦法』と考えており、ソフトを研究に用いる藤井二冠はデビューから一度も振り飛車を採用していません。
 そして藤井二冠以外のトップ棋士たちも、ソフトを使用して研究しているはず。
 それなのにどうして、不利なはずの振り飛車を敢えて使い、しかも居飛車では止めることができなかった藤井二冠を倒すことができたのでしょう?

 同じ頃、将棋ソフトの世界でも衝撃の発表がありました。
 藤井二冠も使用していると公言する最強のソフト『水匠』(すいしょう)の開発者である杉村達也さんと、その水匠の探索部分を開発した『やねうら王』の磯崎元洋さんがタッグを組んで、将棋ソフトの新たな大会『電竜戦』に出場するというのです!
 
 その名も『みずうら王withお多福ラボ』(以下、みずうら王)。

 そして電竜戦前に公開された『みずうら王』のアピール文章には、おそるべき内容が記されていました。

つまり、水匠は、対抗形を捨てて、その表現力を将棋ソフト同士で進行しやすい戦型の学習に費やしたということである。

「強いソフト」「棋力が高いソフト」というと、あらゆる戦型で棋力が高いというイメージがあるが、水匠は、対抗形をあえて弱くすることで、将棋ソフト同士の対局において実現確率の高い局面の学習にその余力分を回したのである。
みずうら王アピール文書より)

 何と水匠は……対振り飛車での強さを犠牲にして、将棋ソフト同士の対局で頻出する局面に絞って学習させていたというではありませんか!
 これはトップ棋士たちが「水匠で研究している」と公言する藤井二冠に対して振り飛車を使い始めたこととも、不気味な符合を感じさせます。

 さっそく私は、電竜戦が終わった直後のお二人に、お話をうかがいました。

取材・文/白鳥士郎

なぜトップ棋士は藤井二冠に振り飛車をぶつけ始めたのか?

──お久しぶりです! 本日もよろしくお願いします!

磯崎:
 ごぶさたしております。

杉村:
 お疲れ様です。

──先日のインタビュー【※】は大好評でした! あの時、お話を聞かせてくださったお二人が、その後タッグを組んで電竜戦に出場なさるということで、非常に驚いたのですが……もっと驚いたのは、お二人の作った『みずうら王』のアピール文章です。
 ここに書いてあるのは、つまり……『水匠』は、振り飛車の局面を削っていくことで、どんどん強くなっていったと。

杉村:
 はい。

──藤井二冠にトップ棋士の方々が、しかも普段はだいたい居飛車を指している方々が、振り飛車をぶつけ始めた。そこに不思議な一致を見たのですが……。
 そのあたり、開発者の方々にはどう見えるのでしょう? まず杉村さんにうかがいたいのは、水匠は本当に振り飛車が相手だと弱いのか、ということです。

杉村:
 水匠の評価関数の元となっているNNUE(ぬえ)関数というのは、2018年に生まれた技術なんです。これが、それより以前からあったKPPTという形式の評価関数と比べて強くなると。

──KPPTは電王戦の頃によく聞きました。玉を含む三駒の位置関係と手番を使って評価していると。

杉村:
 私はNNUEで学習を進めていったんですけど……2019年の大会の時には既に頭打ち状態だったんです。普通に自己対局を繰り返して、それを教師局面として学習をさせても……これ以上強くならないと。

──普通に対局させて、学習させていくだけでは、頭打ちになってしまったと。

杉村:
 「ふーん、まあこのくらいの実力にしかならないのか……」って思っていたんです。が!

──が?

杉村:
 そこからどうやって強くすればいいかを考えてみたんです。そもそもどうして強くならないのかというと、表現力の限界……要するにたくさん学習しても「もう憶えられません!」っていう感じになりつつあったんです。

──詰め込み教育の弊害みたいな感じですね……。

杉村:
 だとしたら、いらない部分を削って、いる部分だけを学習させればいいと。

──教科書を頭からぜんぶ覚えるんじゃなくて、試験に出てきそうなところに限定して覚えるみたいな?

杉村:
 はい。出そうな局面だけに絞るという方法しかないんじゃないかな、と。

 floodgateというコンピューター同士の対局場があるんですけど、そこで現れやすい戦型において、最も勝率が高くなるような評価関数を作る。そういう方法で学習させていって、勝率を上げていった……というのが、水匠の作り方です。

──と、いうことは、逆に言えば……。

杉村:
 floodgateに現れない戦型では、弱くなってるということですね。そこは磯崎さんの計測でもそうなっているようなんです。

 コンピューター同士の対局で出ない戦型の代表格は、振り飛車。だから振り飛車だと弱い。そういうことです。

──磯崎さんは、どういった方法で水匠の強さを計測なさったんです?

磯崎:
 私が計測に使っていたのは、5年くらい前に作った古い局面集……プロの定跡とかが入っているものです。24手目で互角になっている局面だけを抽出して、それを使って検証しました。ずっとその方法を使っていたので。

 だから杉村さんが時々ツイッターで「水匠これだけ強くなりました!」ってツイートされてたんですけど、その評価関数を私がダウンロードして、自分の評価関数と対戦させても、なんにも強くない。それは結局、杉村さんとは計測の仕方が違うからだったんです。

──プロ棋士の実戦から抽出した、互角と思われる24手目の局面をスタートにして戦わせても、差は生まれなかったと。プロの定跡ですから、そこには当然、振り飛車のものも入っていたわけですね。

磯崎:
 それで計測すると、むしろ私の評価関数より弱くて。「たややん(杉村氏のこと)、こいつ何を言うとるんや?」くらいに思ってたわけですよ(笑)。

──ははは!

磯崎:
 ところが、杉村さんに計測方法なども含めておうかがいしてみると……floodgateの対局から独自に互角局面集【※】を作って、それで計測しているということだったんです。

──磯崎さんは人間の将棋を途中からソフトに指し継がせていて、一方杉村さんはソフトの将棋を指し継がせていたと。

磯崎:
 で、私も「じゃあその局面集くれくれ~」言うて、いただきまして。それで検証してみたら、確かに手数が前のほう……12手目くらいから開始させると、水匠つよいんです!

──ほぉぉ~……。

磯崎:
 コンピューター将棋でよくある棋譜というのは、やっぱり居飛車同士なので。だから水匠も、居飛車同士なら強いんだなと。そういう認識に至ったわけです

 でも、36手目からやると……ちょっとは強いんですけど、そこまで差はない。そして私の互角局面集でやると、むしろレートが30くらい弱いんです。

──ほほう!

磯崎:
 それって終盤の強さも少し捨てて、あと出現しにくい戦型も捨てて、序盤に回してるっていうことなんです。

──では、今のお話からすると……人間のプロ棋士が水匠を使って序盤を評価しようとすると、やねうら王と比べて、ちょっと精度が劣ると?

磯崎:
 居飛車は強いでしょうけど、居飛車対振り飛車の対抗形の場合などは正確とは言いがたい部分もあるでしょうね。

──そのへんの違和感を、プロは感じていた……ということなんでしょうか?

磯崎:
 うーん…………感じれるといえば、感じられるんでしょうけども……。

杉村:
 プロの方々が、どこまで評価関数を比較してるかという話だと思うんですよ。

 私はもともと、振り飛車だと水匠は弱いということは知っていたんです。振り飛車しか指さないソフト……私の作った『振電(しんでん)』とか、Qhapaq(かぱっく)さんの作った『振デレラ(しんでれら)』シリーズだったりと対局させると、対振り飛車が得意なソフトであれば6割5分くらい勝つのに、水匠は5割ちょっとくらいしか勝てないんです。

──かなり勝率が変わりますね……。

杉村:
 振り飛車に対する評価は、おそらくおかしいと。だから対抗形の棋譜の検証について水匠を使うのは……あんまり、たぶん、よくない。

 ただ、それが将棋の内容としてどうなのかというのは、私は棋力がそこまでないのでわからないんですけど……でも、明らかに振り飛車に関しては他の評価関数を使ったほうがいいということは、知っていました。

 さらに言えば、それを調べることは容易なんです。だからプロの先生方も、知っていらっしゃったのかもしれない。

──前回のお話で「どんなソフトを使っているか公言すると、不利になる」というのはそういうことだったんですね。では、それを知っていて、水匠を使っている藤井先生に振り飛車をぶつけたかは……?

杉村:
 それはわからないです(キッパリ)。

磯崎:
 たとえばレーティング【※】50下がっていたところで、人間がそれを察知できるかということもありますからねぇ。

※チェス界における棋力判定方法を将棋界に導入したもの。レーティング差200は、段位で言うと一段の差。

 パソコンを変えた時にレーティングが200くらい変わったら「あ、強くなったな」と実感できるでしょう。でも評価関数を変えても50くらいしかレーティングが変わらなかったとして、それを人間が知覚できるかというと……なかなか……。

──難しいと。

磯崎:
 (人間とソフトが)同じくらいの棋力なら、知覚できるかもしれません。けど、かなりの差がありますから……レーティングが1000ナンボとか離れてる状態ではねぇ。

──わかりました! 結論としては、水匠が振り飛車に弱いのと、トッププロが藤井先生に振り飛車をぶつけ始めたのは、関連があるかわからない……というか、多分ないだろうと。

振り飛車は本当に不利なのか?

磯崎:
 …………ただでも、コンピューター将棋は振り飛車を指した瞬間にガクン! と評価値【※】が落ちますけど……そこまで悪くないんじゃないかというのは、みんな思ってて。

※有利不利の目安を数値として視認化したもの。

──ほう? ソフトを作っていらっしゃる方々も、そう思っていらっしゃったんですか? 以前、『さばきのアーティスト』の久保利明九段からも同じようなことをうかがいました。

磯崎:
 対局を続けているうちに、評価値が回復することがわりとあって。ホンマに悪いならそのまま押し切らないといけないのに、持久戦ぽくなったら互角になってたりと。

──それは、どういう理屈でそうなるんでしょう?

磯崎:
 一手の価値が高い序盤においては、飛車を振るということで評価値が大きく落ちる。けど持久戦模様になった時は、一手の価値がそこまで大きくないので、最初に下がった分の評価値を維持できないんでしょうね。

──あ! なるほど……。

磯崎:
 すぐに戦いを仕掛けられれば、そのまま居飛車が有利になるんでしょう。けどお互いに手を殺し合うような展開になったら……戦いが始まらなかったら、評価値がゼロ近くまで戻ってしまうんです。

磯崎:
 だから「振り飛車、そこまで悪くないんじゃないの?」というのは、誰しもが思ってることなんです。

──みんな「おかしい」と思ってるのに、なぜそうなってしまうんでしょう?

磯崎:
 自己対局をして教師局面を作っているんですけど、自己対局する時の読みの深さって、わりと浅くて。一手あたり一秒未満の対局なんです。

 いうたら弱い者同士が戦ってる感じなので。弱い者同士なので、すぐに戦いが始まって、すぐに決着が付く。でも長い持ち時間で戦わせると、戦いが起こらないんです。

──プロ棋士がお互いの手を殺し合って、なかなか戦いが始まらない……みたいな感じになるんですね。

磯崎:
 だから、短い時間で戦わせた勝率の通りにはならないんです。振り飛車の評価値が悪いのは、短い時間で戦わせて教師を作るから、一手の価値が高くて、そういう評価が出てしまうだけで……長い時間で戦わせれば、あそこまで悪くならないのではと。そんなことを漠然と思ってます。

──非常にわかりやすいご説明でした。そういうことだったんですね……。

評価関数とは何なのか?

──そもそもNNUE関数というのは、どういうものなんでしょう? あの、コンピューターにそんなに詳しくない人にもわかりやすいように教えていただけると……。

磯崎:
 うーん……わかる人に簡単に伝えようとすれば、三層のニューラルネットです。

──アニメとかSF小説とかで聞きますね。ニューラルネット。人間の脳を模しているとか……。

磯崎:
 ニューラルネットって、最近はディープラーニング【※】で何かと登場しますので、聞いたこともあると思うんですが……ディープっていうくらいだから、普通はもっと深いんですね。層が。

※機械学習の手法。

──層がたくさんあるからディープなわけですね。

磯崎:
 三層ってぜんぜんディープやないじゃないですか。

──あ、やっぱ三層だと浅いんですね。

磯崎:
 三層だから、そんなに表現力もなくて。それでも従来の評価関数よりは強かったと。そういう感じです。

──浅いのに強かったのは、どうしてなんですか?

磯崎:
 ニューラルネットって、コンピューターにとって計算しやすいんですね。1回の命令で32個の掛け算とかをできたりするんです。ストリーム演算といいまして、1命令で何個も同時に計算できる。従来の、1つの命令で1つ足し算して……みたいなのより速い。

──32倍のスピードでできちゃうわけですか。

磯崎:
 計算の効率がいいので、そこのスピードで得してる部分もあるかなと。

──電竜戦での解説をうかがっていたら、「キャッシュに乗り切る」みたいな話が……。

磯崎:
 そうですね。従来の評価関数って、ランダムアクセスに近い形なので、いろんなところから取って来る。そうすると、CPUの中にあるメモリから追い出されてしまうんです。「もうここ使わへんやろ」と。

 ところがNNUE評価関数は、CPUのメモリの中に収まるんです。小さいから

──層が浅いから、サイズが小さい。だからCPUのメモリにすっぽり収まる。そこが速度に繋がっていて、強さにも繋がるわけですか。

磯崎:
 CPUの外部にあるメモリには、そんなにアクセスしなくて済む。そういうところで速度が稼げてる部分はあります。

──スレッドリッパー3990Xのような高額なCPUを使うのも、CPUのメモリを大きくするためなんですか?

磯崎:
 いや、もっと古いCPUにも乗るんです。スレッドリッパーを使う利点は、CPUコアの数が多いということです。

──コア数が多いと、速く計算できる。前回のインタビューでうかがったお話ですね。

磯崎:
 CPUキャッシュは、最近になって突然大きくなたっとか、そういうことはないみたいなので。1コア当たりではね。

──水匠は『標準NNUE』ということなんですが、この標準とはどういう意味なんです?

杉村:
 三層であって、その最初の層は256×2個のニューロン。そして2層目に32個のニューロン、3層目に32個のニューロン、という要素しかないNNUE関数ということです。

 開発者の那須悠さんのおかげで、それをもっと深い形にしたり……三層じゃなく何十層にしたり、あと一層をもっと広くしたりもできるんです。(第28回世界コンピュータ将棋選手権 那須さんのアピール文書

──ほぉぉ……。

杉村:
 標準は、開発した那須さんおよびT.N.K.(たぬき)チームが使っていた形式です。で、それを変更したほうが強くなるんじゃないかっていう実験は、当然やられてはいたんです。18年~19年くらいに。

 けど、私が知る限りでは誰も標準NNUEより強いのが見つけられなかったんです。

──2年以上前のものが現在も使えると。よっぽど洗練された技術だったんですね!

杉村:
 ただ、「入力するものを変えたら強くなるんじゃないか?」っていうのは、また別にあって。

 それがHalfKPE9で……そこは私、そんな詳しくないんで、磯崎さんに任せたいところですけど(笑)。

──HalfKPE9って見たことあります! 今回の電竜戦に出場したソフトも、そちらを使っているのいっぱいありましたよね? どうしてこれを使うんでしょう?

杉村:
 そちらのほうが表現力が高いからです。今は、玉と他の駒の距離感というか位置関係しか考えてないんですけど、それにプラスして『利き』というのも特徴として学習させたほうがいいんじゃないかと。そういうスタンスで始まったものなんです。

 ただ、見るべきものが多いので、そうすると評価関数のサイズも大きくなっちゃいますし、速度も落ちるんです。速度が落ちると、読む深さも落ちる。読む深さと引き換えに、大局観を良くしようという。

──サイズを小さくすることで速くして、それで強くなったのがNNUE関数ですよね? その速さを犠牲にしてしまうというのは……上手く行くのでしょうか?

杉村:
 みずうら王側で実験して、学習を進めてみたら……速度が落ちるほうが悪影響だったので。標準NNUEよりも強くならないというのが、私たちの考えです。

──逆の結論にいたった方々は、電竜戦で採用したわけですね。ところで水匠は、玉のまわりにスペースを作って戦うことが多いですよね? それは標準NNUEを使って、玉と他の駒の位置関係だけを見ているからなんでしょうか?

杉村:
 うーん……どうなんですかね? 玉を固める棋風にならなかった理由というのは、よくわからないんです。ただ、振り飛車に対しては穴熊を指すのが相当好きなので……。

──固めるのが嫌い、というわけではないんですね。

杉村:
 相居飛車の場合は、固めないほうが勝ちやすいというふうに勉強したんだなぁと。相当、受けの棋風になりました。固めて受けるというよりは、相手の駒を根絶やしにするという感じで。

──恐ろしいですね…………あっ! 磯崎さん、図を書いてくださったんですか!?

磯崎:
 ここの入力に何を与えるかで、工夫のしようがある。またはここの構成(アーキテクチャ)を変更するところでも、工夫のしようがあると。

 ところがアーキテクチャを変えてもなかなか強くならないし、変えた場合は全くのゼロからまた学習をさせなくてはいけないんです。その計算資源のコストがバカにならなくて、誰もやらないんですよね(笑)。

 結局、たぬきさん【※】が最初に公開した学習済みの標準NNUEに追加で学習させて強くするのをみんなやってて。だからアーキテクチャ変えてるチームって、ほとんどないんです。私とたぬきさんが何個かやってたくらいで。

※T.N.K.(たぬき)チームのメインの開発者。

杉村:
 私もやったんですけど、教師局面が少なかったのか、強くならなかったので……追加学習しかないなと。

磯崎:
 アーキテクチャを変更するのって、なかなかハードルが高い。そこで、入力するものを変えようと。特徴量っていうんですけど。

 今回のHalfKPE9というのは、Kが王様(キング)で、Pが他の駒で、Eが利き(エフェクト)。そして9は3×3の組み合わせで……将棋は1つのマスに、桂馬もあるので最大で10個の利きが集まることがあるんです。

──自分の駒の利きと、敵の駒の利きを組み合わせると、膨大な数になってしまいますね。

磯崎:
 けど、利きって普通は3つも集まらないじゃないですか。

──確かに。むしろ駒が利きすぎてる状態は、効率が悪くて悪手の可能性が高そうです。

磯崎:
 だから、味方の利きが、0か1か2以上かの3通りでやろうと。そして相手の利きも同じく3通りで表現して……。

──3×3で9なんですね! なるほど。

磯崎:
 ただ、駒が無い場所の利きも大きな意味があったりするじゃないですか?

──角の利きとか、飛車の横利きみたいな?

磯崎:
 本当はそういう部分もやりたいんですけど、計算量が増えちゃうんで……なかなか強くならないですよね。

──標準NNUEを使って、学習させるものを絞る水匠のようなアプローチがある一方、NNUEそのものを変えていくアプローチもあると。その2つのNNUEがぶつかり合ったのが、今回の電竜戦なわけですね!

ソフトの評価値は信用できない?

──みずうら王というのは、磯崎さんと杉村さんの、いいところを合体させたわけですよね? いったいどのくらい強くなったんでしょうか?

磯崎:
 そうですね。NNUE評価関数の中では、杉村さんの水匠が一番強いとされています。探索部分も……やねうら王のソースコード(プログラム)は公開はしていますが、開発版とは差があるんです。だから公開しているものよりは、若干強いものを使ったんです。

──将棋ソフトを強くするには、評価関数の他に、この探索部分を改良すればいいんですね?

磯崎:
 評価関数は、大局観に当たる部分です。局面の評価を数字で示してくれる。一方、どこの局面を優先して読むかとか、どの順番で読むべきかを選んでくれるのが探索部分です。

 やねうら王は探索部分のメインなので、そこを強くすれば、評価関数は同じでも強くなったりするんです。

──探索部分については、やねうら王以外のものは今も存在するんですか?

磯崎:
 ディープラーニング系を除けば、やねうら王一択になっています。昔はいっぱいいたんです。でも、やねうら王に……。

──勝てない?

磯崎:
 細かいチューニングの差もありますが……指し手生成のプログラムで、やねうら王よりも速いのってなかなか書けないんです。そういう部分で差が付いてしまう。同じ評価関数を使っても、やねうら王に勝てない。そうすると、やねうら王に勝てないソフトのソースコードを公開しても……。

──使わない、というわけですね。それで最近は、定跡や評価関数を作る方向に人が集まっているわけですか。

磯崎:
 強くするポイントとしては、定跡と、評価関数と、探索部分。大きい枠組みでいくとこうです。

──最強の評価関数である水匠、公開されたものより強いやねうら王、そして定跡はテラショック定跡。これは強くなって当たり前じゃないですか!

磯崎:
 テラショック定跡がね…………これが、強くなくて…………。

──ええ!?

磯崎:
 コンセプトというか、アイデア自体は悪くないんです。けど…………今の将棋ソフトって、序盤、弱いんです。

──え!? 強いですよ?

磯崎:
 何と比較するかという話になってしまうんですけど…………序盤で100点の差が付いても、だいたいどっかで逆転したりどっかで反省【※】したりするんです。特にNNUE評価関数は、序盤の評価値にそこまで信頼性がないので……。

 それでゲームツリーを作って、『一番よい』とされてる局面を目指して進めて行っても……それが実はよくなかったりするんです。

※ソフトが劣勢を認め、評価値が急変すること。

──前回お話をうかがった時も、テラショック定跡にはあまり自信がなさそうな感じでしたもんね……まだまだ穴があると。

磯崎:
 事前に、他の定跡を使ったものと対局させてみたんです。そしたら、他の定跡使ったほうがマシだなというくらいの話だったので……。

──何が問題だったんです?

磯崎:
 一言で言うと、今のソフトの序盤の評価値は信用できないと。

──いやでも、人間からすると、コンピューターの評価値って絶対的なものになりつつあると思うんですよ。永瀬王座がインタビューで「昔は人が思いつかない手を指す人間が天才でしたが、いまは将棋ソフトが答えを出すので、その最善手を指し続けられる、それに近いパフォーマンスを続けられる人間が天才」って言い切っちゃってて……。(『将棋世界』2021年1月号)

磯崎:
 定跡局面に関して言うと、5手先の100点の局面と10手先の200点の局面を比較しないといけないんです。単純に「200点だからこっちがいい!」と言ってしまっていいのかという話です。

──??? は……あ?

磯崎:
 将棋って有利を拡大していくゲームだから。期待勝率で見た時に、評価値が高いほうがいいのかというと、なかなかそうは言い切れない面があって。

──まだあんまりピンと来てないんですけど……開発者の方々って、あんまり評価値を信用していらっしゃらないんですね……。

磯崎:
 1つの局面でAの指し手を指した時は100点、Bの指し手を指した時は200点なら、おそらくBの指し手のほうが良いでしょう。でも、あまりに離れた2つの局面で、それぞれ100点と200点の評価値である時に、本当に200点のほうの局面のほうが良いのかという……。

 それに、ソフトって終盤になっても0点(互角)を付けることがよくあるんですが、終盤なんだからどっちかが勝ってないとおかしい。仮に序盤で-100点となって、この終盤の0点の局面を目指してそれが定跡だと思って進んで行ってしまったら、定跡を抜けた瞬間に頓死することもあり得るわけです。

──結論づけられないまま0点になってしまっていると。そういう評価値が潜んでいるわけですね。

磯崎:
 ゲームツリー全体で見た時に、果たして評価値を比較してしまっていいのかなというのは、あるんじゃないかなと……。

杉村:
 それは私も思っていて、さっきの居飛車と振り飛車の話に繋がる部分もあるんです。

──ほほう!?

杉村:
 今回の電竜戦で、振り飛車ばかりを指すソフトがQhapaqで、それが3位に入ったんです。その将棋をご覧いただければわかると思うんですが……。

 最初に200点くらい、居飛車側が有利って言ってるんです。ですがその200のまま、ずぅっと200なことが多いんです。けど角換わりとか相掛かりの200点って、10手進んだら400点になってるとか600点になってる可能性って相当大きいんです。だとすると、最初に出てきた……。

──200という数字がおかしい?

杉村:
 振り飛車の200点と、角換わりの200点というのは、同じ評価ではない可能性がある

──振り飛車の200点は、どこまで行っても変動しない200点。角換わりの200点は、手数が進めば差が広がっていく200点。確かに全く違いますね!

杉村:
 そうすると、違う戦型・違う手数の局面同士で比較して「こっちの点数のほうが高いからいい戦型だ!」とは、ならんわけだと思うんですよ。

 磯崎さんも言う通り、特定の局面でどちらの指し手が良さそうかを評価することにおいては、評価値というのはまあまあ信用が置けるとは思います。けど、異なる局面と局面でその数字を比較してしまうと……。

──つまり「振り飛車が序盤で点数が悪くなる。だから振り飛車は悪い戦型だ」……という結論は、おかしいと?

杉村:
 本質を見誤っている可能性がある、ということなんでしょうね。

──その辺りにも、コンピューターを使って学習することの危うさのようなものが潜んでいるわけですね……。

杉村:
 そうですね。しかも水匠は振り飛車の評価値が怪しいですし。

──藤井二冠も、評価値は色々な条件で変わりうるから絶対的なものではないとおっしゃっていたように思うんですが……やはりそれは、慧眼なわけですね。

杉村:
 …………藤井先生と私、お話しする機会がありまして。

──おお!

杉村:
 その時にうかがったんですけど……評価値のみを見て、という学習方法ではなく、他のやりかたもやってらっしゃるようでした。

──そうなんですか!? そ、それはどんな……?

杉村:
 それはご本人がおっしゃったら……。

──わかりました。お二人がどんなことをお話になったのか、公開されるのを楽しみにしています!

(藤井二冠と杉村さんの対談は赤旗日曜版新年合併号に掲載されています。気になる方はぜひそちらをご覧ください!)


電竜戦

──今回の電竜戦で上位に入ったソフトだと、たとえば5位のBURNING BRIDGESさんは、定跡を手入力でやってらっしゃるとか……。

杉村:
 私もそれ、聞いていました。評価値を見て、1手ずつ入力してると。

──まるで職人技のような……。

杉村:
 棋士の先生もそうやっていらっしゃる方はいるんじゃないですかね。『2番目の手で進めて行ったらこうなったから、やっぱり1番目の手がいいんだな』と調べていって、それを手入力で定跡を作っていくという方法は。

──その手法は私もプロの方から聞いたことがあります。

杉村:
 BURNING BRIDGESさん、強かったですからね。悪い定跡は入っていなかったみたいですし。だからその方法でも強くなります。大変ではありますが……。

──言い方は悪いんですが、手法としてはコンピューターの扱いに慣れていない人でもやれそうだなと思うんです。いろいろと試行錯誤しても、そうやって作ったものとさほど強さが変わらないというのは……やはり、強くする限界に来ているということなんでしょうか?

杉村:
 テラショック定跡を使っても、手入力の定跡よりもレーティングが上がらず、NNUE関数をいじっても、レーティングが50変わるかどうかという状況なんです。

 だとしたら、探索部を改良するか、それともディープラーニングに移行するという方法のほうが強くする可能性はある……という話を、これから磯崎さんがしてくれると思います(笑)

──ではそろそろ電竜戦の話題に……今回お二人が『みずうら王』というソフトを作られて、それはどんなソフトになると予測しておられましたか? また、その予測が電竜戦の結果とどう違ったのかということをお聞かせいただきたいのですが。

磯崎:
 私ねぇ、将棋盤を見てると何か気持ち悪くなるんで……。

──ええ!?

磯崎:
 将棋自体、あんまり見なくて。開発してる時は、将棋盤を一切見ないんです。開発したものを自己対局させるフレームワークがあって、そいつに投げてやれば、勝率だけが返ってくる。

──ボタン1つで。そして数字だけを見ていると。

磯崎:
 これが将棋ソフトの開発なのか、はたまた温室栽培で野菜の収穫量を増やすソフトの開発なのか、わかんなくなるんです(笑)。

──将棋クエストで四段の実力者の言葉とは思えません(笑)。

磯崎:
 探索部も、強いやつを大会前に公開しちゃって。自分で自分の首を絞めた面が……(苦笑)。

──じゃあ大会の進行をご覧になっていた杉村さんにうかがいます。初日は、圧勝でしたね。本戦で2位になったGrampus(ぐらんぱす)にも勝っていましたし。

杉村:
 あれは定跡の段階で勝っちゃいましたね。

──しかし2日目の本戦では、競争相手に後手を引き続けるという不運が……。

杉村:
 クジ運のせいにしてはいけないんですけど……ただ、人間だと先手52%くらいでも、コンピューター同士だと先手55~57%くらい勝率に差があります。それだけでレーティング50くらい損をしていることになりますね。

──あの、脇に逸れちゃって申し訳ないんですが……「将棋は先手必勝なのか、それとも後手必勝なのか?」っていう話題は、たぶん将棋が生まれたときからあると思うんです。
 その……後手のほうが強いソフトを作るのって、やっぱり無理なんですか? 将棋のゲーム性として……。

杉村:
 後手のほうが強いかはともかく、先手番で強い評価関数と後手番で強い評価関数が異なるということは、ありうると思います。

──おおっ!

杉村:
 それ同士を戦わせて、後手番の勝率が先手番の勝率を上回るかは別ですよ? ただ、先手番専用・後手番専用とで評価関数をわけたほうがいいのかもしれないという話は、磯崎さんともしたことがあります。

──そういう構想はおありなんですか? 磯崎さん。

磯崎:
 将棋の結論が仮に引き分けだとすると、後手は引き分けに持ち込むしかないんです。ただ……引き分けで、どうなの? みたいな……。

──プロの対局だと、千日手か持将棋になるということですよね。後手番で絶対に千日手にする人がトップだったら……最初は面白くても、すぐに飽きるでしょうねぇ。

磯崎:
 引き分けにしたいなら、後手は引き分けになりやすい戦型に誘導したほうが得なわけです。でも普通の実戦だと、仮に将棋が先手必勝でも、先手が間違えたら後手だって勝てるわけです。

 それにコンピューター将棋の大会だと、引き分けは0.5勝になっちゃう。そうすると、そこを狙うのは損だなと。

──確かに。

磯崎:
 角換わりとかは、定跡レベルで千日手を狙えてしまう。だから先手で角換わりに行く定跡を使うのは、損でしょうね。

杉村:
 それは思います。みずうら王の定跡は私が用意したんですが、先手は相掛かりしか指さない。千日手になりにくいからですね。

──すみません。脱線してしまって……では2日目の本戦ですが、みずうら王は4回戦で、初日には勝ったGrampusに負け。そして5回戦で、ディープラーニング系のソフトであるGCTに敗北しました。

杉村:
 GCTに負けたのは序盤の精度の差かなと思ったんですが……Grampusに負けたのは、上手く指されたなと。

──相掛かりの、捻り飛車でしたよね?

杉村:
 ええ。みずうら王は振り飛車が苦手で、しかも後手番で相掛かりを避けません。そこを上手くミックスして突いてこられた感じがして……ああ、これは嫌な形だなと。

──捻り飛車は、途中で飛車を横に動かしますからね。それが結果的に振り飛車っぽい形になったということでしょうか?

杉村:
 そうなのかなぁと。で、実際に逆転されてしまって。向こうも事前にそういう定跡を作っていたわけではなくて、ソフトが勝手に指したみたいなんですけど。

──優勝候補のみずうら王が中盤で2敗し、大会は予想外の大混戦。ものすごく白熱しました! そして迎えた最終局の9回戦で、歴史に残るドラマが起こります。

杉村:
 最後のBURNING BRIDGESさんとの対局は、勝てば逆転優勝だったと思うんですが……。

──熱い戦いでしたよね!

杉村:
 千日手模様から、負けてしまって……ただ、みずうら王がどれだけ強かったとしても6割くらいしか勝てないわけです。同じ3990Xを使っていますし、そんなに差はないとすると……。

──こういう結果も有り得ると。みずうら王は勝てば優勝という戦いに負け、最終的には4位という成績でした。負けた将棋は全て後手でしたね。
 そして……1位には、なんとディープラーニング系のソフトであるGCTが輝くという、驚愕の結果となりました! まさかあのインタビューの直後にもう、ディープラーニングが1位になる時代が訪れるとは……。

杉村:
 磯崎さんは探索部を改良してくれたんで、そのぶん強くなったと思います。私のほうは、そこまで強くなっていなかったので……しかもディープラーニング勢が、予想以上に強くなっていたので。

──やはり、強くする限界が来ているということなんでしょうか?

杉村:
 評価関数については、そうですね。たぶん、これ以上強くは……ならん。と思っています。

ディープラーニングの時代が到来?

──前回のインタビューでは、これからディープラーニング勢との戦いが白熱していって、どんどん面白くなるだろうということでした。今回、実際に戦ってみて、いかがでしたか?

磯崎:
 今回ね? AWSでA100というのが使えるタイミングになってしまいまして。

──AWSは、アマゾンの提供するサービスですね。A100は、GPUを開発しているNVIDIAという企業が今年の5月に発表した、モンスター級のGPU……で、いいんですよね?

磯崎:
 以前から使えていたV100というのの3倍くらい速いんですそのA100を8基買うと2000万円くらいするんですが、それと同じパソコンを……もうそれはパーソナルではない規模ですけど……AWSで使えるようになったと。こっちのCPU(Ryzen Threadripper 3990X)は50万円くらいですからね(苦笑)。

──うわぁ……。

磯崎:
 しかもGPUって並列演算に特化してるんで、普通のCPUと比べて1秒間の演算性能が10倍くらいあって。

──物量だけでボコボコにされてしまいますね……。

磯崎:
 計算量はこっちの100倍くらいかもしれません。ただ、GCTやdlshogiはそのマシンパワーをフルに使えていたわけではなくて。ちょっと遊び時間があるようでした。チューニングがまだ足りなかったみたいで。

──まだ余力を残していると? どのくらいなんです?

磯崎:
 GPUの使用率を見てみたら、30%くらいしか使ってなかったとか

──漫画みたいですね!? 「これが30%のディープラーニングだ……!」みたいな。

磯崎:
 まだ本気を出していない、みたいなね(笑)。

──GPUって凄い勢いで伸びてるってうかがってましたけど、そこまで…………けど、お高いんでしょう?

磯崎:
 AWSでA100のインスタンスを借りるのは、そこまで高くなくて。A100×8のインスタンスで1時間3000円くらいなんです。ただ、利用には条件があるんです。申請して、それが通れば使えるというわけです。

──なかなか一般の人では、将棋ソフトの開発に使うのは難しいと?

磯崎:
 研究者の方が使われることが多いみたいなので、誰でも使わせてもらえるわけではなさそうです。

──私は電竜戦もリアルタイムで拝見し、解説なども聞いていましたが……ディープラーニング系のソフトは、かなり異次元の将棋を指すというか、異質というか……。

磯崎:
 序盤がメチャ強いです。大局観が優れているので。

 優勝したGCTって、大会の後で公開されたんです。ただ、私はいいGPUを持っていないんで、とりあえず自分の開発機で動かしてみたんですけど……。

──GPUでなくても動くんですね。

磯崎:
 でもCPUでやらせるから(GPUの何十分の一ぐらいの速度しか出なくて)、1秒間に100局面くらいしか読めないんです。GPUの何十分の一しか読んでないはずなのに、私よりも強い

──将棋クエストで四段の磯崎さんよりも強いとなれば、大部分の人間より強いですね。

磯崎:
 別のソフトと対戦させてみても……レーティングでいうと、おそらく2800くらいある。100局面しか読んでないのにそれって……。

──読んでる局面数が少ないのに強いというのは、つまり大局観が優れているということですよね? 従来、それが人間の強みとされてきました。

磯崎:
 コンピューターはこれまで1秒間に何百万局面も読んで、ようやく人間と同じくらいになったぞと言ってきたわけです。それなのに100局面で人間と同じレベルなんだったら、GCTの大局観は人間と同じレベルに達しているんだなと

──A100というのを使うと、もっと読めるんですよね?

磯崎:
 GCTは今回の大会では秒間70万局面くらい読めていたとおっしゃっていました。人間と同じ大局観を持っている人が70万局面を読んで指したら……これは大変な事だろうと(苦笑)。

──1秒で人間がどれだけ読めるかはわかりませんが……ヘタをしたら、人間と同じ大局観を持ち、何万倍も速く読めるという、おそろしいソフトが誕生したのかもしれませんね……。

磯崎:
 今回の電竜戦ではGCTは1手10秒かけていたとして、人間換算にしたら、それは何年分……何十年分の局面を読んだの? っていう話になりますね(笑)。

──うぅーん…………いやもう、話が凄すぎて……。杉村さんはGCTの将棋をご覧になって、いかがでしたか?

杉村:
 GCTとの対局では、みずうら王は序盤で「自分がいい」と言っていて、GCTも「自分がいい」と言っていて。それで、みずうら王が反省させられて負けたという形でした。

──みずうら王の序盤の認識が誤っていた、ということでしょうか。

杉村:
 対局の戦型自体も、コンピュータ将棋でよく指されている相掛かりという居飛車の戦法でした。つまり、序盤の力負けということになると思います。

 で、(ディープラーニング勢は)終盤力が若干、CPUを使っているソフト……NNUE勢に比べて弱いとされていて。実際にGCTは他の対局で、終盤で逆転負けしたこともあったんですが……みずうら王との対局では全くそんなこともなく、勝ち切られたという感じです。

磯崎:
 終盤は、ゲロゲロ弱いんですよ。dlshogiって五手詰めどころか三手詰めも見逃しますし。

──そこまでなんですか!? 電竜戦を拝見していると、普通に詰まして勝ってたような……?

磯崎:
 AobaZeroという、同じディープラーニングで作られているソフトが棋譜を公開しているんです。それを見たら……三手詰めを見逃して頓死してる棋譜とかもあって。

 dlshogiの場合、これを改善するために、探索開始局面では、即詰みの有無をチェックしてます。ただ、それだけですとわりと頓死したりするので、末端の局面でもdlshogiは五手詰めの有無をチェックしていますが、その五手詰めを、三手詰めとか一手詰めとかにしていくと、弱くなっていくらしくて。

──聞けば聞くほど不思議なソフトですねぇ……。

神様のレーティング

杉村:
 今回の電竜戦では、ディープラーニング勢とNNUE勢は、ほぼ同じくらいの強さだったと思うんです。優勝はディープラーニング勢でしたけど、全勝優勝というわけではなかったですし。

──そうなんですよね。優勝したGCTは7勝1敗2千日手(千日手2回で1敗扱い)で、4位のみずうら王は6勝3敗。dlshogiは4勝5敗で6位でしたし、全体的に互角だったと思います。

杉村:
 ただ、ここから半年後にコンピューター将棋選手権が行われるとして……そこまでにどのくらい改良する余地があるのかというと、磯崎さんが最近「こうしたらdlshogi強くなるんじゃないの?」みたいなこと言ってるので……

──ライバルを強くしちゃってるじゃないですか!

磯崎:
 遊び時間のところで話した、30%くらいしか使ってなかったやつ。あれを私が改良すれば100%使えるようになるんです。

──その時点で3倍!

磯崎:
 それだけでレーティング300くらい強くなります。他にも私、改良点を見つけていまして。

──トータルでは、どのくらい強くなるんです……?

磯崎:
 500くらいは上がるんじゃないかと

──ごひゃ…………ちなみに、NNUEだとどうなんですか?

磯崎:
 探索部分を1年間かけて100くらい。評価関数は50上がるかどうか……みたいな勝負をこっちはしてる。なのに向こうは簡単に500とか上がる余地があるので、半年後には勝負にならないなと。

杉村:
 電王戦当時の、佐藤天彦名人とPonanzaのレーティングの差がおそらく500くらいじゃないですか。そのくらいの差を、半年で付けられてしまう。

磯崎:
 はっはっは!

──それは、もう…………勝負にならないレベルですね……。しかしそこまで差が付くとなると、開発の軸足もそちらに移すという可能性もあるんでしょうか?

磯崎:
 やねうら王は既にdlshogi互換のエンジンをほぼ実装しまして。

──おお~!(インタビュー後に『ふかうら王』として公開されました! 名前!!)

磯崎:
 探索部は、dlshogiよりは、やねうら王のほうを使ったほうが強いよ、というところまで持っていきたいです。今後はこのような互換エンジンがたくさん生まれていくような状況になったと思います。

──すみません、あの…………ディープラーニングしてる部分って、評価関数……なん、です、よね?

磯崎:
 ああ、そこの説明が必要ですね。

──すみません。勉強してきたつもりでも、お話をうかがっていると自分の理解の足りなさがどんどん浮き彫りに……。

磯崎:
 ディープラーニングって、探索部分も従来のものとは違っていて……また図を書きましょうか。

磯崎:
 探索と、評価関数がありまして。やねうら王の探索部分は、チェスのものを参考にしているんです。評価関数はNNUEですね。

 ディープラーニング系のほうは、評価関数はResNet(れす・ねっと)という……これ、ググれば出てくるんですが、画像分類というもので使われています。犬と猫を見分けますよ、というやつです。

──ディープラーニングといえば、画像認識ですよね。

磯崎:
 で、探索部分はモンテカルロ・ツリーサーチという……。

──あっ! 囲碁のやつですか?

磯崎:
 そう、同じです。MCTSと略すんですが、やねうら王で動かそうとした場合、これを作らないといけませんし、ResNetも動くようにしないといけませんし……じゃあやねうら王の何が残ってんねん? って話なんですが……。

──何が残っているんでしょう?

磯崎:
 実際は、この2つの他にも、指し手を生成するものとか、いろんな定跡をファイルから読み込んで現在の局面に選択するものとか……探索と評価する部分の他にも割とたくさんコードが必要でして。

──そういう部分が、やねうら王は洗練されているということでしょうか?

磯崎:
 そうです。だから互換エンジンを作る時にも使えて、短い時間で完成しました。

──そのエンジンを使って、定跡を作ったり、学習させていったりする手法を使えば、今までのような方法でディープラーニングのソフトも強くしていくことができるんですか?

磯崎:
 はい。定跡については、今までのノウハウが使えます。学習のやりかたは、ちょっと違うんですけど……ノウハウは似通っている部分がありますから。

 ディープラーニングで将棋ソフトを作っていたのは、dlshogiの山岡さんと、AobaZeroのチームと、2つしか大きなチームはなかったんです。山岡さんも一人だと手が回らない部分があったんですが、やねうら王はたくさんの人が参加して、もうサンドバッグのようにタコ殴りにされて……。

──いろんな人が手を出して、改良していったというわけですね(笑)。

磯崎:
 ある程度、技術が枯れてて。もう雑巾絞れないくらいカチカチになってるんですね。でもdlshogiにはまだまだ伸び代があるんです。改良したら強くなりそうな部分も見えているので……。

──では今後は、やねうら王を改造していた人たちが、ドドドドッとdlshogiに雪崩れ込んで行く可能性が高いと?

磯崎:
 これはすごいことになるぞ……という感じではありますね

──水匠は、評価関数を改良していたんですよね? この図でいうとNNUEという部分を。

杉村:
 この図でいうと、やねうら王の評価の部分ですが……その部分の中の更に小さい部分として『教師局面を作成して学習させる』という部分があるんです。

──はい。

杉村:
 その教師局面をどうやって作って、それを何か加工したほうがいいのか、加工したほうがいいのならば、どう加工したらいいのか? っていう部分。そこが一番、検証できていた部分なんです。それはおそらく、ディープラーニングでも活きると思います。

 dlshogiの評価関数も、教師局面があって、それを学習した結果、強いのが生まれるということなので。ノウハウは、ある程度活きると思っています。だから私も、やねうら王のNNUEのまま開発を進めるわけではない可能性もあります。

──ResNet水匠みたいな感じの?

杉村:
 水匠という名前のままかはわかんないですけど(笑)。学習の対象は、変わる……かも、しらんと。

──NNUEでは、サイズを大きくしないように、学習させる棋譜を絞って強くしていきました。しかしその制約が外れるとなると、試したいアイデアなどはたくさんある……という感じなんですか?

杉村:
 そうですね。ただ、学習に適した局面だけを学習させていったほうが強くなる、という部分はおそらく変わらないのではないかと。

 その学習に適した局面というのを、どうやって作っていけばいいのか。その部分で工夫していきたいですね。

──今後、開発するうえでお金がすごくかかるようになる……みたいなことって、あるんでしょうか?

磯崎:
 それがまだわかんなくて……GPUって1年で2倍くらいの性能になることって、よくあるんです。製品のサイクルとして、同じパフォーマンスのものが1年後には半額になっていたりすることが、まだまだあるんですね。

──活気がある業界ですもんねぇ。NVIDIAも株価がガンガン上がってて。

磯崎:
 今すぐめちゃ強いのを作ろうとしたら、すごくお金がかかるかもしれません。けど、来年とか再来年とかなら、今の値段の半額とか四分の一とかで開発に参加できるようになっているかもしれませんしね。

──半年後に、世界コンピュータ将棋選手権が行われるとして……その頃には、どんな戦いが行われるようになっているんでしょう?

磯崎:
 500とかレーティングで上がるわけですからね。今のレーティングが4500くらいだとしたら、5000を超えることになるんですよ。

──ご、ごせん……。水匠が4500で、藤井二冠3300くらいだったでしょうか……。

磯崎:
 5000てね? コンピューターがまだ人間のプロと同じくらいの強さだったときに、神様のレーティングだったんです。

──神様?

磯崎:
 将棋の神様がいたとして、レーティングなんぼくらいや? っていう時に、5000くらいちゃうかと。一説には、そう言われていたときもあったんです。

 ところが、いざ5000のソフトができるとなると……まだまだ上、なんぼでもあるで? みたいな感じではあります。

──あっさり5000は超えて、しかもディープラーニングのソフトはさらに強くなっていく可能性を秘めている……ということなんですね……。
 杉村さんは、ソフトを使って人間の将棋もご覧になっているんですよね? そんな神様みたいなソフトが実用化されたら、人間の将棋はどう変わっていくと思われますか?

杉村:
 あー……どうなんでしょう? 私にはぜんぜんわからないんですが……今のところ、ディープラーニング勢の指し手が従来のものと全く違うということはないので……。

 しかし、序盤は、すごく強いはずです。だからディープラーニング系のソフトを使って序盤研究をするほうが捗るのは間違いないと思います。ただ、動かすためのパーツを集めたり、ソフトを導入する部分で挫折するプロ棋士の方も出てくるかもしれません。

──AWSを契約したりする必要も出てくるかもしれませんよね。そのあたりのことをうかがってみたくて、次は囲碁のプロ棋士の方にもインタビューしてみようと思っているんです。

磯崎:
 囲碁は手が広いので、AIから学ぶことがすごく多かったですよね。従来とは打ち方がかなり変わったみたいなんですが……将棋はコンピューターが強くなっても、オープニングで角道を開けるのは変わらなかったですしねぇ。

──なるほど確かに。Ponanzaは初手に金を上がってましたけど、あれは最善を追求したわけではなかったですしね。

磯崎:
 将棋のオープニングについては、もともと人類だけで完成されていたんじゃないですかね? 囲碁と比べると、ディープラーニングのソフトが強くなっても、人間にはインパクトが無いんじゃないですか?

 感覚をブチ壊すまでには至っていないですよね? 強い人が指してるな、という程度で。

──なるほどなるほど……杉村さんも同じ感想をお持ちですか?

杉村:
 少なくとも、一般の方が見るぶんにはあまり変わらないと思います。もしかしたらプロの先生から見ると、違いが出てくるのかも…………たとえば、矢倉の6六歩が消えたとか。

──ありましたね。2五歩を決めるようになったとか。

杉村:
 相掛かりでも、飛車先の歩を交換しなくなったとか。そういった部分で何かしらの違いを発見できるようになる……かも、しれません。

 これからディープラーニング系がどんどん強くなっていったら、逆に6六歩が復活したり、また飛車先の歩を交換するようになるかもしれませんし、「振り飛車いいじゃん!」となるかもしれない。

 今までと、まったく違う戦法が生まれるということはなくても、指し方としてこっちの方がいい……みたいな形で影響があるかもしれないですね。

──飛車を振ったら評価値がいきなり200下がる、という部分をもう少し詳しく見ていくことができるかもしれない……?

杉村:
 かもしれないですけど……今のdlshogiも、振り飛車の評価はよくないですけどね(笑)。

──はっはっは! 将棋の神様はやっぱり居飛車が好きなんですかね? 今日はありがとうございました!


 将棋界では、棋士に対する定番の質問があります。

『もし将棋の神様がいたら……?』

 この続きは『何をお願いしたいですか?』『何を聞きたいですか?』『何枚落ちなら勝てますか?』と様々ですが、棋士ならば神様絡みの質問を一度はされたことがあるでしょう。

 羽生善治九段は(かなり昔ではありますが)『神様と将棋を指して勝てますか?』という質問に対して「神様が角落ちなら勝てる気がする」と答えました。

 渡辺明名人は『神様に何を聞きたいですか?』という質問に「まず前提として、僕は将棋の神様は存在しないと思っています」「それよりまず先に、神様あなたどのくらい強いのよと言いたい。まずそこからですよ」とドライに切り返します。

 藤井聡太二冠は『神様に何をお願いしたいですか?』という質問にこう答えて、話題になりました。
「せっかく神様がいるなら、一局お手合わせ願いたい」

 昨年は中止となった世界コンピュータ将棋選手権が、2021年はネット上で開催される予定です。
 5月3日から5日までの3日間。今からおよそ半年後です。
 おそらくその大会は、ディープラーニングを使った将棋ソフトが上位を席巻することになるでしょう。

 果たして、将棋の神様は現れるのでしょうか?

 そして、将棋の神様が本当に現れたとき……積み重ねられた『もし将棋の神様がいたら?』という疑問に、答えは得られるのでしょうか?

―あわせて読みたい

・人間にうまく負けるためのゲームAIはいかに開発されているのか。将棋、囲碁、麻雀などの定番系ゲームを手掛ける開発会社に聞いてみた

・藤井二冠の自作PCについて最強将棋ソフト開発者に聞いたらトンデモないことが判明した件

・藤井聡太はなぜ矢倉でタイトルを取ったのか【勝又清和七段インタビュー 聞き手:白鳥士郎】

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください