連載「超歌舞伎 その軌跡(キセキ)と、これから」第十三回
ニコニコニュース / 2021年8月6日 20時0分
2016年の初演より「超歌舞伎」の脚本を担当している松岡亮氏が制作の裏側や秘話をお届けする連載の第十三回です。(第十二回はこちら)
「超歌舞伎」をご覧頂いたことがある方も、聞いたことはあるけれどまだ観たことはない! という方も、本連載を通じて、伝統と最新技術が融合した作品「超歌舞伎」に興味を持っていただければと思います。
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京都・南座にて9月3日(金)〜9月26日(日)に「九月南座超歌舞伎」の上演が決定! チケットは電話・Webにて受付中!
・九月南座超歌舞伎公式サイト
https://chokabuki.jp/minamiza/
異例の挑戦 超歌舞伎「リミテッドバージョン」上演
文/松岡亮
中村獅童さんにとって南座のある京都の地は、亡きお母様小川陽子さんの出身地ということもあって、大変ゆかりある土地でもあります。
歌舞伎関係者のあいだでは、〝獅童ママ〟の愛称で親しまれたお母様には、数々のエピソードが残されています。
ご存じの方も多いかと思いますが、獅童さんのご父君(初代獅童)が早くに歌舞伎界を離れたため、若き日の獅童さんには、お弟子さんや身の回りのお世話をするスタッフさんが誰ひとりいませんでした。
そのために、お母様が自ら重い楽屋鏡台を背負って、かつての歌舞伎座(第4期歌舞伎座)の急な階段をのぼり、楽屋に運びいれていたという逸話は、お母様の獅童さんへの篤い思いと愛情がひしひしと伝わってくるエピソードです。
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『今昔饗宴千本桜』オープニング映像に込められたメッセージ
残念ながら獅童さんのお母様は、2013年12月に急逝され、超歌舞伎での獅童さんの活躍ぶりを目にすることは叶いませんでした。しかし、私たち歌舞伎製作チームのあいだでは、折にふれて、獅童ママに超歌舞伎をひと目、観て欲しかったと語り合っていました。
この話題を耳にした超歌舞伎のCGチームの皆さんが、それならばと、ひと肌脱いでくれたのが、2019年の『今昔饗宴千本桜』のオープニング映像です。
あのオープニング映像の終盤、〝みるくほうる〟の二階テラスで男の子をあやしている着物姿の女性が、在りし日の獅童さんのお母様をCGで再現したもので、舞台側からではありますが、超歌舞伎の様子を観ていただくことと、獅童さんのご子息の陽喜くんを抱いてあやしていただくということを、仮想の世界で実現してくれたのです。しかも陽喜くんのおくるみの模様は、実際に使われていたものを再現するというこだわりようでした。
のちにこのオープニング映像に隠されたメッセージを獅童さんにお伝えしたところ、大感激してくださいました。
多くの声援を頂いた、伏見稲荷でのお練り・成功祈願祭
さて、獅童さんのお母様の出身地にほど近い伏見稲荷大社で、2019年7月30日、八月南座超歌舞伎のお練りと成功祈願祭がおこなわれました。
お蔭様で伏見稲荷の参道には、熱心な超歌舞伎ファンを始め、数多くのお客様が詰めかけて下さいましたが、容赦なく照りつける京都の夏の日差しに、声援を送って下さる参道の皆さんはもとより、獅童さんを始めとした出演者の皆さん、また私たち公演関係者が、したたる汗をぬぐいながらのお練りとなりました。
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が、ただひとり、NTTさんの技術を用いた山車に乗って参加された初音ミクさんのみ、汗をひとすじも流さず、いつもの笑顔で、参道の皆さんに手を振り続けて下さりました。人前で汗をかく様子を決して見せない、ミクさんのプロ意識の高さに、ただただ頭が下がるばかりでした。
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“京都・南座ならでは”の「超歌舞伎」
お練りと成功祈願祭を終えると、汗がひく間もなく、南座の舞台を使ってのお稽古が開始されました。お稽古そのものは順調に進みましたが、大きな懸念点がありました。それは、幕張メッセにおける公演のように、舞台と客席が一体化した盛り上がりが生まれるか?ということでした。
獅童さんもお稽古期間中に、「超会議という大きなお祭りのなかで上演される幕張と、今回の南座では雰囲気も違うし、お客様の層も異なるので、どうやってあの盛り上がりを作っていくのかが問題だよね」と、その点について指摘されました。
これを受けて、獅童さんを始め、主要な製作スタッフ陣、劇場関係者と共に話し合い、『超歌舞伎のみかた』において、お客様参加型の歌舞伎であることを丁寧に説明した上で、ペンライトの購買率を高めるために、客席内でもペンライトを販売することや、カーテンコール時にお客様のスマートフォン等での撮影をOKにして、SNSでの拡散をはかってもらうなどの施策をとることとなりました。
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そして、迎えた2019年8月2日、いよいよ八月南座超歌舞伎の初日を迎えました。普段から南座の公演に足を運ばれているお客様は勿論のこと、超歌舞伎をご愛顧下さるお客様も数多く詰めかけてくださり、これまでの南座の公演ではあまり見たことのない、熱気あふれる客席となっていました。
定刻となって『超歌舞伎のみかた』が開幕し、続いて南座公演のための新作舞踊『當世流歌舞伎踊(いまようかぶきおどり)』が披露され、いよいよ『今昔饗宴千本桜』の幕があきました。
冒頭の口上で、獅童さんが盛り上げて下さったこともあって、物語がクライマックスに近づくにつれて、客席の熱量も高まり、事前の懸念は見事に払しょくされ、宙乗り演出からの幕切れ、カーテンコールでは、お客様の興奮も最高潮となりました。
カーテンコールでのお客様へのご挨拶で、感無量の獅童さんが「今日の光景を一生忘れません」と仰いましたが、私たちスタッフも忘れることのできない初日でした。
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リミテッドバージョンという新たなチャレンジ
八月南座超歌舞伎で欠くことのできないもうひとつの話題は、リミテッドバージョン(以下、リミテッド公演)の実施でした。このリミテッド公演は、短時間で気軽に楽しめるインバウンド向けの歌舞伎公演として企画されたもので、あわせて、佐藤忠信役に澤村國矢さん、青龍役に中村獅一さんを抜擢し、おふたりの飛躍の場としていただくという役割も担っていました。
これまでの超歌舞伎における國矢さんの活躍ぶりはご存じのとおりですが、獅一さんの場合は、立廻りを作る立師(たてし)と黒衣(くろご)のお仕事に専念していらっしゃったこともあり、超歌舞伎への出演はリミテッド公演が初めてのことでした。
『今昔饗宴千本桜』の劇中には、青龍の声のみが響き渡る場面がありますが、そのための音声収録の日のこと。歌舞伎座への出演を終えて、収録現場に現れた獅一さんの声はかすれ気味になっていました。夏風邪によるものかと心配したところ、この日、獅童さんと獅一さんとで一対一での青龍の台詞のお稽古があり、熱が入るあまりに実際の舞台と同じ息、同じ声量でのお稽古となった結果ですと事情を説明してくださいました。
さいわいなことに、水分をとって、しばらく咽喉(のど)を休めていただいたところ、かすれ気味だった声も回復し、収録も無事に終わりましたが、思いがけなく伺ったその師弟愛に胸をうたれました。
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2019年7月末には、リミテッド公演のお稽古も始まり、ひと通りお稽古を終えた段階で、演出の藤間勘十郎師が仰ったのは、獅童さんの忠信は、その圧倒的なパワーと熱量で幕にすることができるものの、國矢さんの忠信はそのふたつに不足するところがあるので幕にならないという厳しい言葉でした。そのためにも忠信の動きに関しても、國矢さんの忠信ならではの工夫が必要だという指摘もなされました。こうした問題点については、獅一さんの青龍に関してもまた同様でした。
しかしお稽古を重ねて、南座での舞台稽古を行うころには、当初の問題点が解消され、國矢さんならではの誠実性を持った忠信、獅一さんならではの冷徹さを持った青龍ができ上がっていました。これはひとえに、おふたりの人知れずの努力による賜物と推察していますが、新作歌舞伎を同じ演出、同じ台本で、別の配役で上演する難しさを痛感させられました。
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本公演の初日から2日後の8月4日、リミテッド公演の初日となり、黒紋付き袴姿での獅童さんの口上から始まりましたが、國矢さんに向けての獅童さんならではのエールも、リミテッド公演で忘れることのできない思い出のひとつです。
舞台が始まると、國矢さん、獅一さんのおふたりは勿論のこと、本公演同様に初音の前を演じた中村蝶紫さん始め、出演者の皆さんの熱演もあり、リミテッド公演はならではの盛り上がりを見せて幕となりました。ところが幕が閉まったあとも拍手が鳴りやまず、急遽、もう一度、カーテンコールを行うこととなりました。
リミテッド公演では、いつも冷静に舞台を見守っている演出の勘十郎師が、作品終盤でペンライトを振っていた姿も印象に残る光景のひとつです。
ペンライトの光に染まった京都・南座
八月南座超歌舞伎公演は、台風接近に伴う休演が1回あったものの、2019年8月26日、つつがなく千穐楽を迎えることができました。
千穐楽の客席は、緊張感と熱気が入り混じった初日の客席とはまた趣きのことなる熱気であふれていましたが、初日と大きく異なったのは、南座の客席がほぼペンライトの光で埋め尽くされていたことでした。
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獅童さんもたびたび言及されているように、この南座公演の期間中に、熱心な超歌舞伎ファンの方と超歌舞伎を初めてご覧になるお客様とのあいだで交流が生まれ、お客様同士でペンライトを貸し借りしあって、一緒に盛り上がるという観劇スタイルが生まれたのは、予想外のできごとでした。
南座の舞台と客席が桜色に染まり、場内大興奮のなか千穐楽の幕が下りたあとに、慰労のためのささやかな小宴で飲んだ生ビールの美味しさは格別な味わいでした。
執筆者プロフィール
松岡 亮(まつおか りょう)
松竹株式会社歌舞伎製作部芸文室所属。2016年から始まった超歌舞伎の全作品の脚本を担当。また、『壽三升景清』で、優れた新作歌舞伎にあたえられる第43回大谷竹次郎賞を受賞。NHKワールドTVで放映中の海外向け歌舞伎紹介番組「KABUKI KOOL」の監修も担う。
■超歌舞伎連載の記事一覧
https://originalnews.nico/tag/超歌舞伎連載
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