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新!映画監督育成の道“GEMNIBUS”新人作品いきなり劇場公開 才能発掘から次の段階へ

日刊スポーツ / 2024年6月29日 8時30分

「GEMNIBUS」を統括する東宝の栢木琢也さん

<ニュースの教科書>

実績のない新人監督の作品をいきなり劇場公開。そんな実験的な試み「GEMNIBUS vol.1」が28日スタートしました。映画会社の若手社員が立ち上げたこの企画には、「ゴジラ」からアニメ、スリラー、ゾンビと魅力的な作品がそろい、真っすぐに「商業映画」を目指す、今どきの若者らしい心意気が垣間見えます。【相原斎】

    ◇    ◇    ◇  

YouTubeを活用して才能を発掘するプロジェクト、GEMSTONE(原石)を映画会社の東宝がスタートしたのは5年前です。スマホでも撮影できる手軽さから、第1回から1000点を超す応募がありました。

「それはそれは多くの才能に出会うことができたのですが、その先に進まないという現実もありました」と振り返るのは、「GEMNIBUS」を統括する東宝の栢木(かやき)琢也さん(29)です。

助監督から修業を積み、監督デビューに至る旧来の「撮影所システム」が、映画人口の激減とともに崩壊したのは80年代のことでした。以来、登竜門といわれるコンクールは他にも数多く立ち上がりましたが、そこを勝ち抜いた新人監督が実際に商業映画を撮り、劇場公開にいたるのは、ごくまれでした。

「このままでは才能と出会うだけで終わってしまう。それってどうなの? という思いがずっとあって、同世代を中心に社内横断的に立ち上げたのが今回のプロジェクトなんです」(栢木さん)

集客力が求められる劇場公開に、無名の新人監督の作品を掛けることには大きな壁があります。ましてや、東宝の劇場チェーンはライバル社に比べて立地に恵まれ、確実にヒットを見込める作品が黙っていても集まります。「未来への投資」とはいえ、その一角に結果の見えない作品を掛けることへの社内の抵抗感は想像に難くありません。

80年代に撮影所システムが崩壊して以来、コンクールに応募してきた新人監督にはとがった人が少なくありませんでした。そんな映画青年的情熱だけでは、現代の確立した興行システムに分け入ることは難しいのです。

「『トップガン』を見て、機体整備士になりたいと思い、大学は機械工学科に入りました。そして『スター・ウォーズ』を見てフェンシングを始めたんです。根っからミーハーなんですよ」と栢木さんは屈託なく語ります。ひと昔前の映画青年とは違う、そんな徹底したエンタメ指向が社内の壁を破り、新人監督に道を開いたのではないかと思います。

「GEMNIBUS vol.1」では、GEMSTONEの受賞者から選ばれた4人の監督が、改めて撮った短編映画4本がオムニバス形式で上映されます。

アニメ作品「ファーストライン」を撮ったちな監督(28)は、高校時代から「ゆるゆり」(テレビ東京系)などにアニメーターとして参加してきました。

「もともと絵を描くのが好きで、アニメもよく見ていました。高校の時にYouTubeに作品を発表している人たちの存在を知り、時々仕事をいただいていました。大学受験に失敗して浪人しているときに、先に業界に入った知人の縁でテレビアニメの仕事も入り、いつの間にかからめ捕られた感じですね。アニメの世界はネットを通じてファンと作り手の距離がすごく近いんです」

デジタルネーティブ世代ならではの感覚でアマとプロの境界をあっけなく越えたのです。

「テレビでアニメを見ていても、お芝居の間合いや表情に、自分だったらこうしたい、というのがずっとあって、それが積もっていました。だから、『ヤマノススメ』という作品(18年のサードシーズン)で、コンテ、演出、原画を1人で担当させてもらった時は、自分の『線』1本に統一できたことに充足感を覚えました」と作品を統括する監督業的な喜びもすでに実感していました。

「ファーストライン」は、原画作りに行き詰まるアニメーターの青年と、彼が師匠と仰ぐ監督の、まるでアメリカ映画「セッション」(14年)のような対決と成長の物語です。

「初めての劇場公開作品ということで、実は仕掛け絵本のような世界をイメージしていたんです。『不思議な国のアリス』のような理不尽なお話とか。それを、いろいろプロデューサーともんだのですが、なかなか形にならない。そんなある日の休憩時間、『アニメ界マジしんどいス。1分のためにオレは何カ月掛けるんだ』とか、まあ、愚痴をこぼしたんですよ(笑い)。そうしたら、プロデューサーが『それ、面白い!』って。それから製作現場の物語がどんどん膨らみました。この作品は僕の愚痴から生まれたんです」

緻密な「線」とダイナミックな動き。ちな監督の思いが伝わってきます。怒号が飛んだかつての熱い製作現場とは違い、ハラスメントを避けてユーモアにくるんだ師弟のやりとりには今風を感じます。

サイコスリラー「knot」を撮った平瀬遼太郎監督(32)は、ただ1人旧来の「撮影所システム」を経験しています。

「両親が映画好きなこともあって、もともとその世界で働きたいという夢がありました。大学時代(桜美林大映画専修)の講師から、東映京都(撮影所)で助監督を募集している、と。こんな機会は2度とないと思い、身1つで飛び込みました」

かつて時代劇の中心地といわれた東映京都には徒弟制度のにおいが色濃く残っています。

「今の時代ではアウト的な部分は確かにあって、強烈でした。でも、仕事を重ねるうちに信頼が生まれるんですね。助監督の仕事は基本段取りですから、僕はどこかシステマチックにやってしまっていたんですが、先輩たちから『演技をしっかり見ろ』と厳しく言われ続けました。おかげで、流れを読むだけだった台本の裏に感情の動きを考えるようになりました。他ではできない貴重な経験でした」

その後、東北新社に移りCM制作に関わります。

「助監督はある作品の製作現場が終わるとすぐ次の現場に移ります。つまり準備段階や編集などの仕上げに関わることがありません。スパンの短いCMなら準備から仕上げまで見ることができます。それが体験してみたかったんですね。CMは商品遡及(そきゅう)が目的ですから、映像の意図を明確にするという、分かりやすい表現も勉強になりましたね」

転職への抵抗がなく、目標へのスキルアップにつなげていく発想はいかにも現代的です。

「knot」は親子の血縁がもたらす呪いが題材。三浦貴大、野波麻帆、金子ノブアキ、滝藤賢一ら一線級の俳優も出演しました。

「現場スタッフは初顔合わせの方ばかりでしたが、もの作りに向けた一体感がうれしかったですね。ベテランの出演者の方たちは簡略化した言葉でも理解していただけますし、最初から高い打点でスタートできたのはホントにラッキーでした。『親子』というのは、ずっと頭に描いてきたテーマで、三浦さん演じる主人公には実は僕の父親が投影されているんですよ」

助監督経験を生かし、とっておきの題材で劇場デビューを飾ったわけです。

もともと映画を目標にしていた平瀬監督とは違い、アニメ好き高じたちな監督も劇場をしっかりと意識しています。

「キャラクターをやたらに動かすのではなく、劇場公開だからこそ、じっくりと見てもらえるたたずまいや、日常生活の微妙な芝居にこだわりました」と明かします。

栢木さんは「YouTubeやTikTokで作品を発表してきた人たちも、決してそこで満足しているわけではないんですね。やっぱり劇場の大スクリーンで公開したいという思いを持ってくださっている。だからこそ、この企画が成立しているんだと思います」

YouTubeやTikTokが、映像制作への間口を広げているとすれば、「GEMNIBUS」は、新たな「育成システム」の出口として機能していくことになりそうです。

【仕掛け人栢木さん】 「YouTubeなどで作品を発表してきた人たちも、そこで満足しているわけではない。だからこそ、この企画が成立していると思います」

【ちな監督】 「劇場公開だからこそ、じっくりと見てもらえるたたずまいや、日常生活の微妙な芝居にこだわりました」

【平瀬監督】 「スタッフ、ベテラン出演者。最初から高い打点でスタートできたのはホントにラッキーでした」

■「ゴジラVSメガロ」(上西琢也監督)

「ゴジラ-1.0」などのVFXを担った白組のCGディレクター上西琢也氏(37)が監督。YouTubeで430万回再生となった自身のショートフィルムを劇場版にパワーアップ。

■「knot」(平瀬遼太郎監督)

全編スマホ内で完結する縦型ホラー映画「娯楽」でTikTok TOHO Festivalサードアイ賞となった平瀬遼太郎監督が撮ったスタイリッシュなサイコスリラー。

■「ファーストライン」(ちな監督)

TOHOのYouTubeアニメチャンネルに最年少で監督選出されたちな監督が、東大工学部で音楽情報処理研究を極めたピアニスト角野隼人を迎えた「同年齢28歳の天才コラボ」。

■「フレイル」(本木真武太監督)

カンヌ映画祭のTikTok部門でグランプリを受賞した本木真武太監督(36)によるSF学園ゾンビ映画。高齢社会を背景にセリフを抑え、ビジュアルストーリーテリングを徹底。

◆相原斎(あいはら・ひとし) 主に映画を担当。黒澤明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。新人監督では80年度のブルーリボン賞スタッフ賞となった当時24歳の石井聰亙監督のとんがりぶりが記憶に残っている。同年の作品賞となった黒澤明監督の映画について「『影武者』? 全然ピンとこないね」

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