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ICT企業が「桃」 社員の両親高齢化で危機→農園を継承

日刊スポーツ / 2024年8月3日 7時55分

八木澤さんは収穫した桃を優しくなでるように愛情を込めて扱った(撮影・寺沢卓)

<情報最前線:ニュースの街から>

おいしい桃が食べた~い! 「桃源郷」の呼び名のある“日本一の産地”こと山梨・笛吹市春日居町で、高齢化から閉園を覚悟した桃農園を東京・秋葉原のICT(情報通信技術)企業が継承に乗り出した。農業経験ゼロの会社員が所長に赴任して真剣に桃と向き合った。現地での研究期間を経て、今年から桃の木のオーナー制度を取り入れ好評となっている。(敬称略)

   ◇   ◇   ◇   

★“甲州の桃源郷”

きっかけは単純な理由からだった。

「毎年食べていた桃を食べることができなくなる」という危機感だった。

東和エンジニアリング(東京・東神田)の代表取締役社長、新倉恵里子(63)はどうにかならないものか、と頭を悩ませた。

社員の両親が春日居町で桃農園を経営していた。毎夏、美しくみずみずしい桃を送ってもらっていた。真夏に味わう楽しみのひとつだった。

だが、その社員の両親が高齢のため「作業が厳しくなり(農園を)畳まざるを得ない」との知らせを受けたのだ。

新倉にとって一大事。「本当においしい桃。この桃を食べられなくなるのは耐えられない」。

東京・豊洲の青果市場では、毎年7月上旬、春日居町の桃だけの品評会が実施され、その夏の桃の方向性を示されるぐらいだ。

年間通して温暖で、水はけの良さから果樹の育成にすぐれており、桃の優秀な産地であることから、いつしか“甲州の桃源郷”と呼ばれるようになった。

JR中央本線の春日居町駅には「桃源郷」と大きく書かれた看板も設置してある。駅のホームに立つと桃の甘い香りが漂い、いたるところに桃農園がひしめいている。

★予想しない生活

東和エンジニアリングは2018年以来、地元の農家や住民のみなさんの協力を得ながら農園運営を続けてきた。現所長の八木澤歩(60)は1年前に、新倉から桃農園の管理について打診された。

八木澤は同社の社員で当然のことながら農業経験はゼロだ。流行の家庭菜園ですら見向きもせず、畑で結実した野菜を触ったことすらない。

「これからはスマート農業よ」と新倉から聞かされた。「農業にスマートもメタボもあるのか?」と言葉の意味を理解はしていなかった。

東和エンジニアリングは、音響設備を主にしながら、施設内の環境整備を手掛けていた時代があった。

八木澤はそれこそ音響映像担当を目指して入社した。北海道内の駅長を歴任した、祖父の影響だった。趣味人の祖父は8ミリ映写機をこよなく愛し、何かあると映写機を持って孫や親族が集まると撮影していた。

八木澤はその助手のまねごとをして、オープンリールの映写機を幼い頃から扱って、当時は珍しかった、8ミリ映像を白壁に投影させて「将来はこんな仕事に就きたい」と思っていた。

音響映像の最先端で活躍するはずだったが、新入社員で配属されたのはビルなどの空調整備担当だった。当初は落ち込んだが、空調に関連することで、対象となる施設のどこにいても快適に過ごせるようになるにはどうするかを考えるようになった。

「要は気持ちよく過ごしてもらうために、こっちがどうするか…音響も空調も同じなんですよ」と八木澤は笑う。

そして今度は桃農園だ。「予想もしていなかった生活だけど、これからが楽しみですよ」。

★オーナーを募集

東和エンジニアリングはかつて学校の英語授業などで活用された視聴覚室や、旅館などの冷やされた飲料を引き抜くと課金されるシステム冷蔵庫などの開発と普及にも尽力してきた。最近では2021年に開催された東京五輪の各会場での大型ビジョンと音響を担当したことで知られている。

プログラムされたデータを生活の中に取り入れ快適にすることを目的としていて「これも東和なんだ」ということが生活の中に入り込んでいると八木澤はいう。

そんなICT企業が運営する山梨の桃農園で、どんな展開が待っているのか。今年から広く一般に呼びかけて、桃オーナーを募集した。現状、全国から19組の家族の応募があった。

オーナーは農園で桃の木の“お世話”をしながら、真夏の収穫体験などを経て、桃のおいしさだけではなく、農園ライフの楽しさも体験してもらえる。

桃だけで100種以上の品種があり、この八木澤が所長を務める農園でも10種近くを扱っている。

7月中旬から約1カ月、品種をかえながら計30個の桃をオーナーの自宅に宅配する。

★皮下の甘さ絶品

桃の樹木のある農地を「圃場(ほじょう)」と呼ぶ。桃の木から実はたくさん付くが、おいしい実を集中させるために収穫する実以外は摘み取って、栄養を集中させる。

たくさんの栄養を満たさせた実は、不思議なもので枝から勝手に離れて、ぽとりと落ちる。熟れた証拠なのだが、落下して落ちた実は傷ついてしまって商品としては使えない。

傷もなく、全体を真っ赤に染めて、まん丸のみずみずしい実を蓄えた桃だけが商品として出荷される。

収穫をするときに手で押してしまうと傷になるが、枝から簡単に離れる成熟期にうまく収穫できるかが難しい。傷なくキレイな赤い桃を収穫できたとき喜びを感じるという。

桃の収穫は「もぐ」という。漢字では「捥ぐ」だ。手のひらで優しく包むだけで枝から離れるような状態だ。

八木澤は「一番おいしいのは圃場で食べる桃だ」と断言する。傷ついているが、木から離れる時期を悟った桃は落下して傷ついていても実はおいしい。

皮をむかずに包丁でカットして、最後に大きな種だけが残る皮付きの桃はおいしい。皮下の甘さは絶品だ。圃場で食べる桃…八木澤に許可を得て頬張った。

これが桃なんだ…猛暑で失った水分を一瞬で復活させることができた。

圃場で食べないと分からない。この桃を失うのは人生の損失とやはり思ってしまうのだろうな。【寺沢卓】

■作業のデータ蓄積 収穫前の盗難防止

6年前、初代所長として農場を任された稲葉登一(69)はシステムエンジニアだった。趣味で家庭菜園をしていたことはあったが、八木澤と同じく農園経営は経験がなかった。

桃の育成について、地元農家のベテランに手取り足取り教えてもらった。効果的に太陽の光を果実に照射させるために、枝の中から収穫する有力な果実を残して、陰になる枝や葉を取り除いていく。

収穫に合わせて商品となる丸く傷のない桃をどう育てていくか。稲葉はこの6年間、作業工程のデータを蓄積して、桃を育てる工程について研究を進めてきた。

稲葉は「農業のスマート化はある程度できる。方法論も確立できると思うけど、それでも現地での作業経験は大事。離れた場所からリモートでどんなにシステム化できても、人間のやることは残るから」と笑う。

作業のデータ化も重要だが、できた果実をどう守っていくかが課題となった。昨年、大量の桃が収穫前に盗まれた。盗難現場で映像を撮影し、どのように通報するか。試作品はできた。

「これはウチだけの問題ではなく、地域が一体となった取り組みが必要。これをなんとか防犯のスタンダードにしたい」と稲葉は話した。

◆東和エンジニアリング 1952年、創業者の大竹親幸が東京・亀戸に家電量販店「東和電気商会」を創業。音響・映像、ICTのシステムコンサルティング企業として全国8拠点。東和グループとして常駐運用支援サービス、イベント運営なども展開。理念は「人につくし、人に学び、人とともに繁栄する」。

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