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ハイブリッド養殖魚「カイワリ×アジ」桐蔭学園柔道部出身×さかなクン同僚で食用目指す

日刊スポーツ / 2024年10月5日 8時22分

カイワリとアジのハイブリッド魚に優しく視線を落とす森田哲朗。スタッフは「森田さんが出張にいくと何匹かは状態が悪くなる」と証言する(撮影・寺沢卓)

<情報最前線:ニュースの街から>

カイワリという魚をご存じですか? さらに、おいしい魚の代表格アジを掛け合わせて夢の魚を作ったら…? 魚研究に没頭する魚類学者と事業開発のエキスパートがタッグを組んでハイブリッドな“美味オサカナ”を誕生させた。もしかしたら、近い将来この世で最強の養殖魚が食卓に並ぶかもしれない。(敬称略)

    ◇    ◇    ◇  

今から40年前の1984年(昭59)、日本の漁業と養殖業の漁獲量は1282万トンだった。

海に囲まれた日本、魚がとれなくなるなんて誰もが考えてもいなかった。2022年(令4)、漁獲量はわずかに392万トンにまで減ってしまった。

海が広がっているから、魚には困らない…それは幻想でしかない。

さかなドリーム(千葉・館山市)の社長、細谷俊一郎(32)は社会に大きなインパクトを与えられる事業を興すことが使命と感じていた。

横浜市で生まれ育った。小学2年から柔道を始めた。父は極真空手で鍛えていており、その背中を見て育った。強い男にあこがれ、将来はオリンピック(五輪)選手になって、金メダルを首にかけることが夢だった。

だが、世の中、そんなにうまくはいかない。柔道の名門桐蔭学園高校に入学して、厳しさが身に染みた。段位では黒帯2段にはなれた。

「こんなバケモノの中では選手として戦えるわけがない」

高校の後輩にはパリ五輪90キロ級銀メダルの村尾三四郎(24)がいる。学年は離れているが、細谷の世代も柔道の天才ばかり。

高校2年時、1学年上の先輩が引退する秋ごろに部活動の監督から新3年生が集められ、「柔道を続ける気があるか」と1人ずつ確認された。

監督は気合をあらためて注入するために問いただしたようだったが、部内で限界を感じていた細谷は「やめます」と即答。

まさかの返答に驚いた監督は細谷を説得し、家族会議になった。「やっぱりやめるのはやめようかな」と17歳の決断が大きく揺らいだ。

家族会議で父は柔道部退部を反対しなかった。むしろ「いいか、これで戻ったら信じられないぐらいの稽古が待っているぞ。その覚悟があって柔道をやめるんだろうな」。中途半端は許さない父だった。そして、柔道をやめた。

その後、上智大に進学。大学からラグビーを始めた。どんな体格でもできるポジションがあるラグビーは、チームのために自分をどう生かせるか、学びの4年間でもあった。

商社の丸紅に就職して、動物の飼料になるトウモロコシを輸入する担当となった。北南米の産地を飛び回って流通のイロハをたたき込まれた。

何度かの転職を経て、魚の研究者、森田哲朗(47)と出会ってしまった。森田と会話するうちに水産養殖の分野に興味を持つようになった。「天然の魚を追いかけて、とれなくなるのを待つのではなく、おいしい魚を生産したい」と明確なビジョンが見えてきた。

森田は海のない東京・清瀬市出身。幼少期から山に入って、カジカを捕まえ、ヤゴや小魚の捕食を興味深く見つめる少年だった。

近所のアクアショップに通い詰め、水槽で自由に泳ぐ魚を眺めて将来を夢想した。中学で勉強に対する興味が希薄になり「俺は高校には行かない。中学を卒業したら金魚屋で働く」と家族に宣言。

高校進学を母に説得された。必死だった母は水産系学部がある大学のパンフレットを集め、森田に束で渡した。

「ほら、あんたの好きなオサカナ。世の中にはこんなに研究する大学があるんだよ」と。

森田は後にその1つの東京海洋大に進学し、吉崎研究室に入った。卒業後、ニッスイに入社。安い魚を大量に販売するのではなく、ニッスイでの経験から、ブランド化にチャレンジしたいという思いが芽生えた。その後、再び母校の東京海洋大に教員として戻った。

東京海洋大には、さかなクンが客員教授として名を連ねており、森田の魚類研究の同僚となった。

森田は大学の同僚として20年春、さかなクンと意見交換をするようになった。コロナ禍で県境をまたげず、研究する場所も同地区であり、意気投合した。

ある日、さかなクンが地元漁師の定置網船に乗ったときに生きたカイワリがかかり、そのまま生け捕りにして帰港した。

森田にすぐ連絡して引き渡すと、オスで精子を採取できた。アジの卵子を掛け合わせてふ化に成功し、生殖機能を持たないハイブリッド魚をつくれた。

ハイブリッド魚は、精子や卵のもととなる細胞を生まれながらに持たない「種なし」の魚であるため、いけすから逃亡した際に天然資源への悪影響を防止することもできた。

そして23年7月、細谷と森田を含む4人で「さかなドリーム」を共同創業した。

カイワリとアジのハイブリッド魚はまだ名前は決まっていない。5センチ超に成長するのを待って南房総市岩井富浦漁協の管理する海上いけすに移して育てている。

将来的には25~30センチに育て食用魚として市場に投入する予定。さばいた切り身をすし職人ににぎってもらう試食で評価も得られた。

細谷は「とても好評。年末には多くの方を招いて試食会を開きたい」と熱っぽく語った。【寺沢卓】

■海面漁業の漁獲量は減少

水産庁の調べでは、20年、日本の天然魚と養殖魚の生産量は、前年から約4万トン(1%)増加し423万トン。海面漁業の漁獲量は、前年から2万トン減少し、321万トンだった。

魚種別では、マイワシ、ビンナガマグロなどが増加し、サバ類、カツオなどが減少。一方で、海面養殖業の漁獲量は約97万トンで、前年から約5万トン(6%)増加した。日本の漁業・養殖業の生産額では、約1477億円(10%)減少して、1兆3442億円となった。

水産庁漁政部企画科動向分析班の調査では、サケ、サンマ、スルメイカの不漁が続いている。不漁の要因については、<1>海水温や海流等の海洋環境の変化、<2>外国漁船による漁獲の影響などを挙げた。

21年漁獲量はサケは約5・4万トン、サンマは約1・8万トン、スルメイカは約2・5万トンで、いずれも漁獲量は過去最低レベルだった。

■築地も新魚を歓迎「うまそう」「希望の星に」

新種の魚には東京・築地も好反応で歓迎している。まもなく創業90年になる鮮魚の老舗「三宅水産」の三宅正人社長(56)は「カイワリとアジ…うまそうだね、ぜひ商品として扱いたい。カイワリはおいしい魚なのに豊洲市場でも顔はあまり見ないね。安定供給されるなら、目玉のネタになる可能性は大だね」と威勢のいい声を張り上げた。

110年の歴史を持つ佃煮の名店「江戸一飯田」の飯田一雅社長(61)は「温暖化でとれる魚も変化している。魚介が原料の佃煮にとっては死活問題だよね。仕入れが変化している。品質の高い養殖であるなら問題はない。やせていたら天然だからいいという話にはならないから。希望の星になってほしいね」と新魚に大きく期待を寄せていた。

■台風対策も重要 管理する岩井富浦漁協

「さかなドリーム」の養殖するハイブリッド魚を沖のいけすで管理する岩井富浦漁協では「天然の魚の漁獲量が年を追うごとに減少している。漁獲を計算できるという利点もあって、新魚には大きな期待をしている」と話した。今後の課題としては台風被害を挙げ、「19年の台風15号の被害から、千葉上陸による対策も考えないといけなくなってきた。そのときは漁協の建物も吹き飛びましたから。計画できる漁獲を台風で失わない対策も整えないといけない」と語った。

■誕生の背景に釣り好き師匠

14年の著書「サバからマグロが産まれる!?」(岩波書店)で知られる東京海洋大学(本部=東京都港区・品川)の吉崎悟朗教授(57)。サバにマグロの「生殖幹細胞卵子」を移植して、マグロの卵子と精子をつくらせる技術「代理親魚技法」の研究を本としてまとめた。

この技術によって、絶滅も危惧されるマグロの稚魚生産のハードルを下げ、完全養殖の高度化と天然資源保護に貢献したいという思いで研究を進める。吉崎は23年春に魚類発生工学研究の功績により紫綬褒章を受章。森田も吉崎研究室で准教授としてメンバーに入っている。カイワリアジの誕生には師匠の吉崎が大の釣り好きで、釣ったカイワリを食すことを好んでいたという背景もあった。

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